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第二章 奪い合う世界
53話 新年度祭④
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イバラの森。街道を挟んだ西側。
いくつか点在している小高い丘の上にコウミは一人座り込み、南東に向かう道筋の先、遠くで開催される新年度祭の様子を眺めていた。
つい最近まで、よからぬ者に怯えていたと言うのに。
賑わいを見せる街の様子は、必死で日常を取り戻そうとする人々の足掻きにも映り、コウミはそれを見て皮肉を込めて小さく笑った。
祭りの明かりは街道を行き交う人々の事も照らしている。
その中でたった一人、街の入り口付近でウロウロとする人影がある事に気が付いた。
「あれは、日々喜か?」
街道に灯されたコーディネートの電飾によって、日々喜の姿は暗闇の中でも明るく照らされている。
暫く、街道から街の中を窺うように、ウロウロとしていた日々喜は、意を決した様にその中へと入って行った。
終始その様を眺めていたコウミは、そこから日々喜の姿が見えなくなると、フンと鼻を鳴らした。
「まだまだだな。あいつは……」
このイバラ領に来たばかりの時、この場所で同じようにしながら、街とフォーリアムの館を眺め、日々喜の様子を観察していた。
あれから、季節が僅かに巡り肌寒かった風の中には、穏やかな温かさと僅かな新緑の香りがのり始める。
「もう、直に春が終ると言うのに」
暗い森の中で、コウミは季節の節目を感じ取り、そう呟いた。
「コ、コウミ様……」
直ぐそばの闇の中から、自分の名を呼ぶ声が聞こえ、コウミはそちらを振り返る。
見れば、そこには小さなゴブリン達と大きなタマリの事を率いる長老ワサビの姿があった。
「漸く、顔を見せたか、ワサビ」
ワサビは酷く怯えた様子で、オドオドしながらこちらを見つめていた。
「何だお前達。随分数が減ったな」
初めて出会った時に比べて三分の一程まで、その数は減っていた。そればかりか、残っているのは老人と子供ばかりになっていた。
「キュ、キュプレサスの、あのよからぬ者の支配から逃れた者達が、森で、オオカミに食われましたじゃ」
「獣に?」
イバラの森のオオカミは、それ程大型では無かった。
あんなものにやられるなんて、子供かそうでなければ、よっぽど森に慣れていない証拠だ。
コウミはそう考えると、項垂れるワサビの姿を見て、どうしようもない可笑しさの様なものが込み上げて来るのを感じた。
「そ、それらを率いた、我が弟のラッキョウも、恐らく。う、うう……」
「そうか、犬に食われたのか、お前の弟は。ククク……」
涙ながらに訴え始めるワサビ。とうとう堪え切れず、コウミは笑い声を口から漏らした。
「まったく、他人のくだらない戦い程、笑えるものは無いな。ましてや、そんなもので命を落とすとなれば、クク、ハハハ、アハハハ!」
ワサビが泣き伏せる中、コウミは腹を抱えて笑い始めた。
「コウミ様! どうか、我ら氏族の頼みを聞いて頂きたい! 数が半減し若手が消えた今、我ら氏族に残るのは、わしの様な老人と子供のゴブリンのみですじゃ。最早、この森の中でさえ生きて行く事が叶いませぬ」
「し、氏族。ククク、こいつめ、全滅の間際でまだ見栄を張りやがって。ハハハハ――」
「我らは人間への忠誠を誓いますじゃ! あの檻の中へ、我らを保護して頂きたい! どうか、コウミ様のお力添えで、人間達への仲立ちをお願いしたいのですじゃ!」
「――フフフ、そうか、自由に生きるより、檻の中で暮らす方がましか」
一頻り笑いが収まり始めた所で、コウミは呼吸を整えるかのように大きく息を着いた。
「ところでお前、憶えているか? キュプレサスに迎合した時、随分と偉そうに言ってくれたよな?」
「そ、それは……。あの時は、何と言いますか、時が悪かったと言うか……」
ワサビはしどろもどろになりながら弁解を始めた。
「時ね……。つまりは、タイミングか?」
「そ、そうですじゃ! タイミングが悪かっただけですじゃ! 誠に申し訳ございません!」
ワサビはそう言うと、勢い良く頭を下げた。あまりの勢いで、その緑色の額が地面にめり込む程だった。
その様を見据えて、コウミは興が醒めた様に溜息を着いた。
「強い者に媚びへつらい、弱い者に石を投げる。おまけに、自分を省みる事もしない」
ワサビは慌てて顔を上げた。
「い、いいえ!? 決してそのような事は――」
「黙れ!!」
コウミの突然の怒号は、暗い森の中で響き渡り、周囲の木々をザワザワと揺らした。
「一つ、いい事を教えてやるワサビ」
コウミはそう言いながら立ち上がると、地べたで腰を抜かしているワサビの事を見下ろした。
「俺はな、そんなお前の事が嫌いじゃなかった。いちいち余計な口を挟んで、俺の頭を悩ませる。そんな小賢しい人間とは違う。お前はただ、醜く、愚かで、どうしようもなく馬鹿なだけだったから。……救う必要も無い、無価値な存在だったからだ」
「あ、ああ……」
コウミの言葉にワサビは絶句した。救いの手が完全に消えた。そんな思いから目を背ける様に自分の顔を手で覆い、声を殺しながら泣き始めた。
「命までは取らない。ここから、消えろ」
コウミはそんなワサビに冷酷な一言を浴びせた。
顔を上げる事も無く、めそめそと泣き続けるワサビ。それまで黙って見守っていたタマリが、蹲るワサビの下に歩み寄って行った。
そして、丸まったその小さな背中を優しく撫でてやった。
「タマリ。そんなものに、お前はまだ手を差し伸べるのか?」
タマリは頷き答えた。
「私達、同じヅケ氏族。誰も、見捨てません」
コウミはその言葉を鼻で笑った。それどころか、再び可笑しさが込み上げて来たように、クスクスと笑い声を立てた。そして、その様をタマリに見せまいとするように背を向けた。
「そうか、ならあいつらも連れて行ってやれ」
コウミはそう言いながら暗闇に目掛け、白く丸い目を瞬かせた。するとその暗闇の中から、続々と若いゴブリン達が姿を現した。
その光景を見つめていたワサビは、彼らがコウミの背を越え近づいて来た時に、漸く、人間達に囚われた若いゴブリン達である事に気が付いた。
「おお! お前達」
ワサビは、同じ氏族の若者たちの下に駆け寄る。そして、その先頭を歩いて来た一際大きな体のゴブリンに抱き着いた。
「フクジン! フクジンよ! よくぞ無事で!」
フクジンはその場で跪き、長老の事を抱きしめ返し、老いた背中を優しく撫でてやった。
「すまなかった! わしが全て間違っていたのじゃ! お主達の言う事を、もっと、多くの事に耳を傾けていれば! すまぬ、すまぬぅ……」
フクジンは泣き止まないワサビの事を抱き上げた。そして、こちらに歩み寄って来ていたタマリと目を合わせる。
言葉を交わす事は無かった。フクジンはタマリの安否を確認できて、安心した様に穏やかな表情を作った。タマリはそんなフクジンの艶やかな頭を優しく撫でた。
「借りは返したぞ、フクジン」
フクジンとタマリがコウミの方へ振り向く。
「そいつらを率いて、人の領域からとっとと出て行くんだ」
「コウミ殿、それは……」
長老たるワサビが決める事だ。他人のコウミが口を挟む事ではない。しかし、コウミはそんな氏族達の常識も気にせず、北の方角を指差し話し続けた。
「国境を越えろ。昔、俺はそうやって魔導士達の追跡から逃れた。お前達が生き残る術は、それ以外に無い。出来ないと言うのなら、この場で全員、俺が殺す」
コウミは腕を下ろした。まるで、それが自分達への手向けであるかのように、ゴブリン達は息を呑み、黙ったままコウミの事を見つめた。
「モンスター共、命がけの旅に出ろ。自分達の生き残りを賭けて、営みを築いて見せろ。
そして、フクジン。これからは、お前が氏族を守って行くんだ」
コウミの事を見つめ続けていたフクジンは、眉間に皺寄せながら、何かとてつもなく思い切れない様な感情を顔に描いた。
それは、冷酷で不条理な物言いをするコウミに対するものか、あるいはこの領域に住む人々に対する憤りのようなものだったかもしれない。ひょっとすれば、ただただ、別れを惜しむ様な気持ちが表に出ただけかも知れなかった。
いずれにせよ、黙ったままフクジンの事を見つめ返すコウミには、モンスターの内心を理解する必要は無かった。
「行こう、皆」
フクジンは振り返り、仲間のゴブリン達にそう言うと、彼らを先導する様にその場を離れて行った。
ゴブリン達はフクジンに続き、一人、また一人とその場を後にして行く。
最後に残っていたタマリが、ペコリとコウミに頭を下げその場を去った。
人間らしい礼だった。
誰も居なくなった暗い森の中で、コウミは一人そう思う。
やがて、暗闇を眺める事に飽きると、再び街の方を眺めた。
一つの種族が生き残りを賭けて旅へと赴いた。そんな事など知る由も無く祭りの陽気をここまで届けて来る。先程眺めていた時と、街の様子は何一つ変わる事が無いと言うのに、今度はまるで暗闇に佇む自分の方が笑われているような気分になった。
「フン。浮かれやがって」
コウミが感傷に浸る最中、フォーリアムの屋敷の方からこちらに向かって来る一台の馬車が目に入った。
御者台に座り込む人物はまるで顔を隠す様に、深くフードを被り、風に飛ばされないように頭の上から抑え込んでいる。馬車の中には、一人の女性が乗り込んでいる様で、頻りに街の様子を窓から眺め続けていた。
やがて、目の前を横切る街道に差し掛かった時、コウミはその人物が何者であるのかを理解した。
御者はマウロ・アンドルフィ。はためくフードの中からその横顔が見えた。
馬車の中で街を眺めていた女性は、惜別の思いを断ち切る様に、窓から視線を移す。その拍子にコウミはその顔を見咎めた。フェンネル・フォーリアムだった。
二人の乗り込む馬車は、そのまま、森の中へと続く街道を突き進み、誰にも止められる事無く、イバラの領域を越えて行った。
「波乱を呼ぶな、あの女は」
静観し続けていたコウミは、再び日々喜の居る街の方へと視線を戻した。
「お前の旅立ちも近い。もう、直に春は終わるんだ」
コウミはそう言うと、踵を返し、暗い森の中へと消えて行った。
第二章 終
いくつか点在している小高い丘の上にコウミは一人座り込み、南東に向かう道筋の先、遠くで開催される新年度祭の様子を眺めていた。
つい最近まで、よからぬ者に怯えていたと言うのに。
賑わいを見せる街の様子は、必死で日常を取り戻そうとする人々の足掻きにも映り、コウミはそれを見て皮肉を込めて小さく笑った。
祭りの明かりは街道を行き交う人々の事も照らしている。
その中でたった一人、街の入り口付近でウロウロとする人影がある事に気が付いた。
「あれは、日々喜か?」
街道に灯されたコーディネートの電飾によって、日々喜の姿は暗闇の中でも明るく照らされている。
暫く、街道から街の中を窺うように、ウロウロとしていた日々喜は、意を決した様にその中へと入って行った。
終始その様を眺めていたコウミは、そこから日々喜の姿が見えなくなると、フンと鼻を鳴らした。
「まだまだだな。あいつは……」
このイバラ領に来たばかりの時、この場所で同じようにしながら、街とフォーリアムの館を眺め、日々喜の様子を観察していた。
あれから、季節が僅かに巡り肌寒かった風の中には、穏やかな温かさと僅かな新緑の香りがのり始める。
「もう、直に春が終ると言うのに」
暗い森の中で、コウミは季節の節目を感じ取り、そう呟いた。
「コ、コウミ様……」
直ぐそばの闇の中から、自分の名を呼ぶ声が聞こえ、コウミはそちらを振り返る。
見れば、そこには小さなゴブリン達と大きなタマリの事を率いる長老ワサビの姿があった。
「漸く、顔を見せたか、ワサビ」
ワサビは酷く怯えた様子で、オドオドしながらこちらを見つめていた。
「何だお前達。随分数が減ったな」
初めて出会った時に比べて三分の一程まで、その数は減っていた。そればかりか、残っているのは老人と子供ばかりになっていた。
「キュ、キュプレサスの、あのよからぬ者の支配から逃れた者達が、森で、オオカミに食われましたじゃ」
「獣に?」
イバラの森のオオカミは、それ程大型では無かった。
あんなものにやられるなんて、子供かそうでなければ、よっぽど森に慣れていない証拠だ。
コウミはそう考えると、項垂れるワサビの姿を見て、どうしようもない可笑しさの様なものが込み上げて来るのを感じた。
「そ、それらを率いた、我が弟のラッキョウも、恐らく。う、うう……」
「そうか、犬に食われたのか、お前の弟は。ククク……」
涙ながらに訴え始めるワサビ。とうとう堪え切れず、コウミは笑い声を口から漏らした。
「まったく、他人のくだらない戦い程、笑えるものは無いな。ましてや、そんなもので命を落とすとなれば、クク、ハハハ、アハハハ!」
ワサビが泣き伏せる中、コウミは腹を抱えて笑い始めた。
「コウミ様! どうか、我ら氏族の頼みを聞いて頂きたい! 数が半減し若手が消えた今、我ら氏族に残るのは、わしの様な老人と子供のゴブリンのみですじゃ。最早、この森の中でさえ生きて行く事が叶いませぬ」
「し、氏族。ククク、こいつめ、全滅の間際でまだ見栄を張りやがって。ハハハハ――」
「我らは人間への忠誠を誓いますじゃ! あの檻の中へ、我らを保護して頂きたい! どうか、コウミ様のお力添えで、人間達への仲立ちをお願いしたいのですじゃ!」
「――フフフ、そうか、自由に生きるより、檻の中で暮らす方がましか」
一頻り笑いが収まり始めた所で、コウミは呼吸を整えるかのように大きく息を着いた。
「ところでお前、憶えているか? キュプレサスに迎合した時、随分と偉そうに言ってくれたよな?」
「そ、それは……。あの時は、何と言いますか、時が悪かったと言うか……」
ワサビはしどろもどろになりながら弁解を始めた。
「時ね……。つまりは、タイミングか?」
「そ、そうですじゃ! タイミングが悪かっただけですじゃ! 誠に申し訳ございません!」
ワサビはそう言うと、勢い良く頭を下げた。あまりの勢いで、その緑色の額が地面にめり込む程だった。
その様を見据えて、コウミは興が醒めた様に溜息を着いた。
「強い者に媚びへつらい、弱い者に石を投げる。おまけに、自分を省みる事もしない」
ワサビは慌てて顔を上げた。
「い、いいえ!? 決してそのような事は――」
「黙れ!!」
コウミの突然の怒号は、暗い森の中で響き渡り、周囲の木々をザワザワと揺らした。
「一つ、いい事を教えてやるワサビ」
コウミはそう言いながら立ち上がると、地べたで腰を抜かしているワサビの事を見下ろした。
「俺はな、そんなお前の事が嫌いじゃなかった。いちいち余計な口を挟んで、俺の頭を悩ませる。そんな小賢しい人間とは違う。お前はただ、醜く、愚かで、どうしようもなく馬鹿なだけだったから。……救う必要も無い、無価値な存在だったからだ」
「あ、ああ……」
コウミの言葉にワサビは絶句した。救いの手が完全に消えた。そんな思いから目を背ける様に自分の顔を手で覆い、声を殺しながら泣き始めた。
「命までは取らない。ここから、消えろ」
コウミはそんなワサビに冷酷な一言を浴びせた。
顔を上げる事も無く、めそめそと泣き続けるワサビ。それまで黙って見守っていたタマリが、蹲るワサビの下に歩み寄って行った。
そして、丸まったその小さな背中を優しく撫でてやった。
「タマリ。そんなものに、お前はまだ手を差し伸べるのか?」
タマリは頷き答えた。
「私達、同じヅケ氏族。誰も、見捨てません」
コウミはその言葉を鼻で笑った。それどころか、再び可笑しさが込み上げて来たように、クスクスと笑い声を立てた。そして、その様をタマリに見せまいとするように背を向けた。
「そうか、ならあいつらも連れて行ってやれ」
コウミはそう言いながら暗闇に目掛け、白く丸い目を瞬かせた。するとその暗闇の中から、続々と若いゴブリン達が姿を現した。
その光景を見つめていたワサビは、彼らがコウミの背を越え近づいて来た時に、漸く、人間達に囚われた若いゴブリン達である事に気が付いた。
「おお! お前達」
ワサビは、同じ氏族の若者たちの下に駆け寄る。そして、その先頭を歩いて来た一際大きな体のゴブリンに抱き着いた。
「フクジン! フクジンよ! よくぞ無事で!」
フクジンはその場で跪き、長老の事を抱きしめ返し、老いた背中を優しく撫でてやった。
「すまなかった! わしが全て間違っていたのじゃ! お主達の言う事を、もっと、多くの事に耳を傾けていれば! すまぬ、すまぬぅ……」
フクジンは泣き止まないワサビの事を抱き上げた。そして、こちらに歩み寄って来ていたタマリと目を合わせる。
言葉を交わす事は無かった。フクジンはタマリの安否を確認できて、安心した様に穏やかな表情を作った。タマリはそんなフクジンの艶やかな頭を優しく撫でた。
「借りは返したぞ、フクジン」
フクジンとタマリがコウミの方へ振り向く。
「そいつらを率いて、人の領域からとっとと出て行くんだ」
「コウミ殿、それは……」
長老たるワサビが決める事だ。他人のコウミが口を挟む事ではない。しかし、コウミはそんな氏族達の常識も気にせず、北の方角を指差し話し続けた。
「国境を越えろ。昔、俺はそうやって魔導士達の追跡から逃れた。お前達が生き残る術は、それ以外に無い。出来ないと言うのなら、この場で全員、俺が殺す」
コウミは腕を下ろした。まるで、それが自分達への手向けであるかのように、ゴブリン達は息を呑み、黙ったままコウミの事を見つめた。
「モンスター共、命がけの旅に出ろ。自分達の生き残りを賭けて、営みを築いて見せろ。
そして、フクジン。これからは、お前が氏族を守って行くんだ」
コウミの事を見つめ続けていたフクジンは、眉間に皺寄せながら、何かとてつもなく思い切れない様な感情を顔に描いた。
それは、冷酷で不条理な物言いをするコウミに対するものか、あるいはこの領域に住む人々に対する憤りのようなものだったかもしれない。ひょっとすれば、ただただ、別れを惜しむ様な気持ちが表に出ただけかも知れなかった。
いずれにせよ、黙ったままフクジンの事を見つめ返すコウミには、モンスターの内心を理解する必要は無かった。
「行こう、皆」
フクジンは振り返り、仲間のゴブリン達にそう言うと、彼らを先導する様にその場を離れて行った。
ゴブリン達はフクジンに続き、一人、また一人とその場を後にして行く。
最後に残っていたタマリが、ペコリとコウミに頭を下げその場を去った。
人間らしい礼だった。
誰も居なくなった暗い森の中で、コウミは一人そう思う。
やがて、暗闇を眺める事に飽きると、再び街の方を眺めた。
一つの種族が生き残りを賭けて旅へと赴いた。そんな事など知る由も無く祭りの陽気をここまで届けて来る。先程眺めていた時と、街の様子は何一つ変わる事が無いと言うのに、今度はまるで暗闇に佇む自分の方が笑われているような気分になった。
「フン。浮かれやがって」
コウミが感傷に浸る最中、フォーリアムの屋敷の方からこちらに向かって来る一台の馬車が目に入った。
御者台に座り込む人物はまるで顔を隠す様に、深くフードを被り、風に飛ばされないように頭の上から抑え込んでいる。馬車の中には、一人の女性が乗り込んでいる様で、頻りに街の様子を窓から眺め続けていた。
やがて、目の前を横切る街道に差し掛かった時、コウミはその人物が何者であるのかを理解した。
御者はマウロ・アンドルフィ。はためくフードの中からその横顔が見えた。
馬車の中で街を眺めていた女性は、惜別の思いを断ち切る様に、窓から視線を移す。その拍子にコウミはその顔を見咎めた。フェンネル・フォーリアムだった。
二人の乗り込む馬車は、そのまま、森の中へと続く街道を突き進み、誰にも止められる事無く、イバラの領域を越えて行った。
「波乱を呼ぶな、あの女は」
静観し続けていたコウミは、再び日々喜の居る街の方へと視線を戻した。
「お前の旅立ちも近い。もう、直に春は終わるんだ」
コウミはそう言うと、踵を返し、暗い森の中へと消えて行った。
第二章 終
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