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第三章 広がる世界
1話 新たな旅立ち①
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日の昇りきらない明け方の事だ。イバラの森の中に続く街道を日々喜が馬に乗って歩いて行く。
乗馬は未だに不慣れなのか、馬は街道を右へ左へとジグザグに行ったり来たりした。日々喜はその度に手綱を引き、何とか馬の進行を変えながら、街道を北に向かって進んで行った。
この馬には、何か気になる事があるのだろうか。
再び進行を逸らし、街道の右端へと歩み寄って行った馬を見つめながら日々喜は思った。ほどなく歩みを完全に止め、馬は森の中を見つめたまま動かなくなる。
大火に襲われたイバラの森の東側。そこは、見る間も無く再生されていた。
後継者達がこのイバラ領のルーラーとなり、よからぬ者を撃退した次の日の事だった。
数十年かけなければ生えない様な大木や、鬱蒼とする下草。まるで、火災が起こる前の森が戻って来たかのように、元通りとなったのである。
日々喜も、フォーリアムの館に住む見習い達も、そして、イバラに住む人々も、この奇跡の様な現象を目の当たりにして、この土地で起きた問題がすべて解決したのだと、その時は思ったのだった。
しかし、オレガノの様なこのイバラ領で生まれ育った者にとって、新しい森は以前と何かが違って見えるらしい。具体的にそれが何であるのかを説明できないが、そこはかとなく不安の様なものを感じるのだと言うのであった。
この馬も、イバラ領で生まれ育ったものなら、新しい森に対する不安の様なものを覚えているのかもしれない。
日々喜は馬上から手を伸ばし、馬の首筋を優しく撫でてやった。
「イバラの支配者。玉繭の双生児。この子に暗闇に打ち勝つ勇気をお与え下さい」
馬は、日々喜の手を振り払うように首をブルりと震わした。そして気安く触るなと言いたげに、ブッシ、ブッシと鼻を鳴らし、再び街道を歩き始めたのだった。
「ごめん……」
言葉の通じない馬に対して小さくそう呟きながらも、気休めにはなっただろうかと日々喜は考えた。
街道の中腹へと辿り着くと、日々喜は馬を降りる。
手綱を引きつつ、片手に持ったランタンの明かりを頼りに、そこから森の東側へと入って行った。歩き難い森の中でありながらも、街道を行っていた時よりも、馬の足取りはスムーズで日々喜の背後にピタリと付いてい来る。おかげで、森の中の方がよっぽど早く移動できたように思えた。
やがて、コウミが住処にしている洞窟の前へと辿り着いた。
この辺りにも、火の手が上がったが、今は以前よりも鬱蒼とした草木に満ちており、最早、森に住み着く者でもない限りは、誰もこの場所には立ち入らない様に日々喜には思えた。
日々喜は洞窟の前に生える一本の木に手綱を結びつけると、再び馬の首筋を手で優しく叩いた。
「少し、待っていてね」
今度は手を振り払う真似はしなかった。馬は頭を垂れ、勝手に行けとばかりに、こちらに視線を合わせようともしなかった。
ひょっとしたら、嫌われてるのかもしれないな。
馬の気持ちが理解できない日々喜は、そんな事を考えつつ、洞窟へと入って行った。
「遅かったな、日々喜」
影の差す出入り口の淵で、人魂の様な白い丸が浮かび上がり、すぐさま日々喜に向かって声がかけられた。
日々喜は驚き、そちらをランタンで照らす。すると、コウミの真っ黒な全身が明らかとなった。白い人魂は丸い外形を崩し、コウミの右目に付いたヒビから漏れ出る淡い光へと変わった。
「コウミ? ずっとそこにいたの?」
カラスを模る仮面の様な顔が小さく頷いた。
「夜明け前に来いと言ったのに」
コウミは洞窟の中から見える夜空を見上げながらそう呟く。空は既に白み始めていた。
「まあいい。お前の事だ、誰にも見つかりはしなかっただろ?」
「多分、大丈夫」
日々喜の曖昧な答えに、コウミはフンと鼻を鳴らした。
「奴は奥だ」
コウミはそう言って、洞窟の奥へ視線を送った。
暗い洞窟の中、奥まった辺りでは焚火を焚いた様に、明かりが揺らいでいるのが見える。
「無理やり口を割らしても良かったが、お前になら話すと言うもんでな。そっちの方が俺も手間が省ける」
コウミは視線を日々喜へと戻した。
「拘束はしてない。一応、用心はしておけ」
「分かりました」
コウミは付いて来いと一言言うと、洞窟の中へと歩いて行った。
その後を日々喜が続いて行く。
洞窟の奥まった所では、一人の女性が焚火を前に腰を下ろし蹲る様にしていた。焚火の赤い炎に照らされ、こけた頬には影の様なものが射し、まるで病人の様に見える。しかし、日々喜達が近づいてきた事に気が付くと、生命力に満ちる鋭い視線をこちらに向けた。
「ハニイさん……」
その女性の様子を見て、日々喜は言葉を呑んだ。
「心配するな。ムラサメで付けた傷は完治してる」
コウミはそう言いながら、ぐるりと焚火を回り込み、洞窟の壁へ背中を預けた。
「ただ、その為に消耗した体力が、まだ戻って無いだけだ」
衝撃を受けた様に呆然とした日々喜の事を安心させるようにコウミはそう言った。そして、座り込んだままだったハニイの方へ顔を向けた。
「さっさと話せ、こいつには朝の仕事がある。お前の様な暇人と違ってな」
乗馬は未だに不慣れなのか、馬は街道を右へ左へとジグザグに行ったり来たりした。日々喜はその度に手綱を引き、何とか馬の進行を変えながら、街道を北に向かって進んで行った。
この馬には、何か気になる事があるのだろうか。
再び進行を逸らし、街道の右端へと歩み寄って行った馬を見つめながら日々喜は思った。ほどなく歩みを完全に止め、馬は森の中を見つめたまま動かなくなる。
大火に襲われたイバラの森の東側。そこは、見る間も無く再生されていた。
後継者達がこのイバラ領のルーラーとなり、よからぬ者を撃退した次の日の事だった。
数十年かけなければ生えない様な大木や、鬱蒼とする下草。まるで、火災が起こる前の森が戻って来たかのように、元通りとなったのである。
日々喜も、フォーリアムの館に住む見習い達も、そして、イバラに住む人々も、この奇跡の様な現象を目の当たりにして、この土地で起きた問題がすべて解決したのだと、その時は思ったのだった。
しかし、オレガノの様なこのイバラ領で生まれ育った者にとって、新しい森は以前と何かが違って見えるらしい。具体的にそれが何であるのかを説明できないが、そこはかとなく不安の様なものを感じるのだと言うのであった。
この馬も、イバラ領で生まれ育ったものなら、新しい森に対する不安の様なものを覚えているのかもしれない。
日々喜は馬上から手を伸ばし、馬の首筋を優しく撫でてやった。
「イバラの支配者。玉繭の双生児。この子に暗闇に打ち勝つ勇気をお与え下さい」
馬は、日々喜の手を振り払うように首をブルりと震わした。そして気安く触るなと言いたげに、ブッシ、ブッシと鼻を鳴らし、再び街道を歩き始めたのだった。
「ごめん……」
言葉の通じない馬に対して小さくそう呟きながらも、気休めにはなっただろうかと日々喜は考えた。
街道の中腹へと辿り着くと、日々喜は馬を降りる。
手綱を引きつつ、片手に持ったランタンの明かりを頼りに、そこから森の東側へと入って行った。歩き難い森の中でありながらも、街道を行っていた時よりも、馬の足取りはスムーズで日々喜の背後にピタリと付いてい来る。おかげで、森の中の方がよっぽど早く移動できたように思えた。
やがて、コウミが住処にしている洞窟の前へと辿り着いた。
この辺りにも、火の手が上がったが、今は以前よりも鬱蒼とした草木に満ちており、最早、森に住み着く者でもない限りは、誰もこの場所には立ち入らない様に日々喜には思えた。
日々喜は洞窟の前に生える一本の木に手綱を結びつけると、再び馬の首筋を手で優しく叩いた。
「少し、待っていてね」
今度は手を振り払う真似はしなかった。馬は頭を垂れ、勝手に行けとばかりに、こちらに視線を合わせようともしなかった。
ひょっとしたら、嫌われてるのかもしれないな。
馬の気持ちが理解できない日々喜は、そんな事を考えつつ、洞窟へと入って行った。
「遅かったな、日々喜」
影の差す出入り口の淵で、人魂の様な白い丸が浮かび上がり、すぐさま日々喜に向かって声がかけられた。
日々喜は驚き、そちらをランタンで照らす。すると、コウミの真っ黒な全身が明らかとなった。白い人魂は丸い外形を崩し、コウミの右目に付いたヒビから漏れ出る淡い光へと変わった。
「コウミ? ずっとそこにいたの?」
カラスを模る仮面の様な顔が小さく頷いた。
「夜明け前に来いと言ったのに」
コウミは洞窟の中から見える夜空を見上げながらそう呟く。空は既に白み始めていた。
「まあいい。お前の事だ、誰にも見つかりはしなかっただろ?」
「多分、大丈夫」
日々喜の曖昧な答えに、コウミはフンと鼻を鳴らした。
「奴は奥だ」
コウミはそう言って、洞窟の奥へ視線を送った。
暗い洞窟の中、奥まった辺りでは焚火を焚いた様に、明かりが揺らいでいるのが見える。
「無理やり口を割らしても良かったが、お前になら話すと言うもんでな。そっちの方が俺も手間が省ける」
コウミは視線を日々喜へと戻した。
「拘束はしてない。一応、用心はしておけ」
「分かりました」
コウミは付いて来いと一言言うと、洞窟の中へと歩いて行った。
その後を日々喜が続いて行く。
洞窟の奥まった所では、一人の女性が焚火を前に腰を下ろし蹲る様にしていた。焚火の赤い炎に照らされ、こけた頬には影の様なものが射し、まるで病人の様に見える。しかし、日々喜達が近づいてきた事に気が付くと、生命力に満ちる鋭い視線をこちらに向けた。
「ハニイさん……」
その女性の様子を見て、日々喜は言葉を呑んだ。
「心配するな。ムラサメで付けた傷は完治してる」
コウミはそう言いながら、ぐるりと焚火を回り込み、洞窟の壁へ背中を預けた。
「ただ、その為に消耗した体力が、まだ戻って無いだけだ」
衝撃を受けた様に呆然とした日々喜の事を安心させるようにコウミはそう言った。そして、座り込んだままだったハニイの方へ顔を向けた。
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