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第三章 広がる世界
6話 新たな旅立ち⑥
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翌日の夜明け前。
宿舎の自室にて、日々喜は出立の準備をしていた。
専用の革のベルトを腰に付け、そのホルダーにアトラスを装着する。その反対側となる右側の腰回りには愛用の手斧を携え、マントを羽織った。そして、忘れ物は無いかと、改めて部屋の隅々を見渡して確認する。
ここに来てから二か月ほど、自分の持ち物は手に抱える程も無かったのだと、日々喜は思った。
ふと、自室の窓から外の様子を眺めた。
夜空一面には、波打つ様に瞬く光る靄が、地上にその朧げな明かりを届けている。その為、二階に位置するその窓からは、満月の夜の様に照らされる裏庭の様子が見て取れた。
既に二人の人影があるのが分かる。
顔はハッキリと見えないが、その背格好からオレガノとキリアンであろうと日々喜には分かった。
昨日の昼間、フェンネルの事は、タイムの協力によって迅速に伝えられた。日々喜は、ハニイから聞かされた話を包み隠さずオレガノ達三人に打ち明けたのだった。
「アーティファクトを手にする為に、よからぬ者を呼び出すなんて、なんて無謀な事を……」
リグラはマジックブレイカー達の恐ろしい計画に絶句した。
「無謀という程でもないさ」
キリアンが口を挟んだ。
「神話の時代から続く世界の拡張は全て、外から来たよからぬ者の仕業。この国は賢者の力と、それに同調するルーラー達によって守られてるけど、国外ではしょっちゅうよからぬ者が現れ、新しいルーラーとして自らの領域を作り出してるんだ」
「そうなの、キリアン?」
オレガノが驚いた顔をして尋ねた。
「ああ、世界各地を旅してきた歴史上の魔導士達は、何度もそうした現象を目の当たりにして後世に伝えてる。世界は徐々に変化し、拡張して行ってるって。実際、国内で用いられる魔導が、時間の経過と共に少しずつズレて行くのは、広がり続ける世界の影響を少なからず受けているからだと言われてるんだ」
「へー。すごいのね。まるで世界が、生きて成長しているみたい」
オレガノの言葉のニュアンスに、キリアンは眉をしかめた。
「広げている奴がいるんだから、巨大な建築物みたいなものだろう。世界自体が成長している訳じゃない」
オレガノはキリアンの言葉に不服有り気に口を尖らせた。
「言ってる場合ですか! オレガノも感心してはいけませんよ。国内でそんな真似をするなんて、明らかに賢者達への冒涜です!」
今度はリグラが口を挟んだ。オレガノは軽率な事を言ったと反省した様に謝罪した。
「落ち着けよリグラ。それよりも、日々喜の話しが先だ」
キリアンはそう言うと、オレガノとの話に聞き入っていた日々喜に続きを話すように促した。
日々喜が話しを再開する。
自分は、フェンネルの意思を確認する為に、これからイスカリに向かう事を打ち明けた。自分がマジックブレイカー達に狙われる立場である事を含めて。
イスカリ領までの道中、常に警戒し、慎重に行動しなくてはいけない。復興機関の人間にイバラ領を出た事を知られれば、すぐさま、追っ手のマジックブレイカー達がやって来るに違いないからだ。
その為、皆もイスカリ領に向かうのならば、別々に行動した方がいいと提案した。予想していた様に、オレガノはその提案を真っ向から否定して来た。
「馬鹿な事を言わないで。皆、お嬢様の事を心配してる。何かしなきゃって考えてるのに、日々喜だけが危険をかえりみないなんておかしいわよ。全員で助け合わなくちゃ。そうでしょ、リグラ、キリアン」
「そ、そうです。そうですとも」
オレガノに続く様にしてリグラがそう言った。いつも以上に意気込みを込めたのか、その言葉は空回り気味にも聞こえた。
「マジックブレイカーは剣士で、俺達は魔導士だ。お互い、いがみ合った歴史がある。黙ってても何時かは衝突する宿命なんだ。あんたが心配する事じゃない」
キリアンの答えに、日々喜は悲しげな表情を浮かべた。
「キリアン……。それでも、僕は戦いたくないし、皆にも戦ってほしくない」
キリアンは小さく笑いをこぼした。
「俺だって戦いたくないよ。そんな下らないものは避けて通ればいいんだ。一緒に行動したって、戦いを避ける方法はいくらでもあるだろ」
「そうですよ。上手くやりましょう! 私達ならできますよ」
今度はキリアンの言葉に、リグラが相槌を打った。
「まあ、行くとなれば、俺達だって狙われない保証は無いからな。いざとなったら頭数が多いい方が有利だろ」
「やっぱり、戦う気じゃないですか!」
大袈裟に驚くリグラ。そんな彼女の事を嘲笑う様にキリアンは、いざという時だってと言い返していた。
そこから先は、日々喜が口を挟む間もなく、なし崩しに全員でイスカリ領へ向かう方向へと話がまとまって行く。
自分と共に行動する危険性について。何故、自分がマジックブレイカー達に追われる身なのかと言った様な質問がされなかった事に日々喜は拍子抜けした。
少しくらいは気にならないものだろうかと愚直に尋ねる真似をしなかったのは、その直ぐ後、オレガノ達に打ち明ける為に手を貸してくれたタイムに、散々叱られたからであった。
タイム自身は顔を潰された思いがしたのだろう。本当に申し訳ない事をした。
平に謝り続けるその時の自分を思い返し、日々喜は反省の気持ちを漏らすように大きく溜息を着いた。
そして、着替えなどが詰まった鞄を背負い部屋を後にしようと静かに扉を開いた。
「おっと、失礼」
丁度、部屋の外から扉に手を掛けようとしていたリグラと鉢合わせする。
「少し遅かったので、ひょっとしてまだ寝ているのかと思って」
リグラは手に持ったランタンをかざし、扉から顔を覗かせる日々喜の事を照らしてそう言った。
「ごめん。ちゃんと起きてたよ」
部屋から出た日々喜は、そう言うとゆっくり扉を閉めた。そして、先導するリグラの後に続き宿舎の表口から外へと出た。二人はそのまま、中庭を回り込むようにして裏庭へと向かって行く。
既にその場に集まっていたオレガノとキリアンらしき人影が、ランタンの明かりに気が付きこちらを振り向いた。
「リグラ、明かりを消せよ。起きてる奴が居るかもしれないだろ」
キリアンがそう言うと、リグラは慌ててランタンの灯を消した。一瞬、目の前が暗くなるが直ぐに慣れ始める。空から降り注ぐ淡い光によって、その場に集まった四人には、お互いの顔の表情まではっきりと見えた。
「お前達、荷物はそんなもんでいいのか?」
キリアンは自分の足下に置いてあったズタ袋を背負い込みながらそう言った。周りの者が抱える荷物に比べて一際大きく見える。
「私は、お嬢様と一緒にイバラへ帰るつもりだもの。荷物は必要最低限。それ以外は置いて行くわ」
オレガノがそう答えた。
「私も一応そのつもりです。フォーリアム一門はまだ解体した訳では無いですから」
リグラが続いて答えた。
「どうかな、クローブが死んで、フェンネルまで居なくなった。一門解体は時間の問題かも知れないぜ」
「そんな事無いわよキリアン。お嬢様が戻ってくれば、全部元通りになるわ」
オレガノはしんみりとしてそう言った。
フェンネルが居なくなってから、不安を感じていたはずなのに、日々喜の話しを聞いてから、落ち着きを取り戻し始めている。むしろ、この旅に出る事を待ち望んでいたかのようにさえ今は見えた。
「そうですよキリアン。それなのに貴方ときたら一門を出るだなんて。気が早すぎます」
リグラの言葉に、キリアンはフンと鼻を鳴らした。
「日々喜の話しじゃ、あいつは自分からこのイバラを捨てたんだろ。簡単に戻ってくる訳無いし、戻ったとしても元通りになる訳無いね」
キリアンは素っ気なく答えた。
「またそんな事を言って」
「リグラの言う通りよ。一緒にお嬢様に会いに行くって言ったのはキリアンなのに、どうしてそんな事言うのよ」
オレガノも少し怒った様にそう言った。
「一門を出る以上、修練期間中の俺の経歴に空白ができちまう。だから、今後の進路申告の為に近場の学院に顔を出す必要があるだろ。このまま旅に出るにしろ、他の門下に加わるにしろ、一度イスカリに向わなきゃならないのさ」
オレガノは修練生の制度について初めて聞いた様な表情を浮かべ、確認する様にリグラの方を向いた。リグラはそれに合わせる様にカクカクと首を縦に振った。
その様子を眺め、キリアンは、そんな事も知らなかったのかと、あからさまに溜息を着いて見せた。
「いずれにせよ、あんた達と一緒に行くのはついで。勝手をやったフェンネルには、正直ムカついてるからな。一言言ってやって、それでサヨナラさ」
キリアンはそこまで言うと、オレガノ達に背を向けた。
「もう、自分の事ばっかり! 勝手に門下を抜けるような真似をして、後で怒られたって知らないんだから」
オレガノはそう言い放つと、キリアンから顔を背けた。これから出立だと言うのに先行きが思いやられる。そんな思いに駆られ、リグラは間をとりなす様に二人の事を宥め始めていた。
それは普段から見慣れた光景だった。遠巻きに見つめていた日々喜は安心した様に三人のそばに歩み寄った。
「キリアン、リグラ、オレガノ。行こうか」
日々喜の言葉に三人が頷く。それを見て、日々喜は先導する様に裏庭を後にした。
音も無く、庭路を歩いて行く四人。
短い期間とは言え、お世話になった学び舎兼勤め先を後にする事に、何とも言えない寂しさの様なものが日々喜の胸を刺した。
しかし、その気持ちに浸り込む間もなく、日々喜は足を止める。本館の脇を通る庭路を越え、主庭へと差し掛かった辺りだ。
後に続いていた三人もほとんど同時に足を止めた。
行く手に誰かが立っている。背格好からメイドのサルヴィナだと直ぐに分かった。彼女は主庭の門の前で、まるでフォーリアムの敷地から出て行く者を見張る様に、本館の方を眺めていたのである。
サルヴィナは日々喜達の姿を見咎めると、ランタンの灯をかかげこちらに向かって歩き出した。
「うわ!?」
リグラが、思わず声を上げた。その声に慌てた様にキリアンが踵を返した。
「やばい! 一旦戻るぞ」
そう言いながら元来た道へ駈け出そうとする。すると行く手の先で、先程の間で連れ立って歩いていたはずのオレガノの後姿が目に入る。
「あいつ!?」
先に逃げやがった。キリアンが、そう思ったのも無理はない。しかし、一年以上も長くこのフォーリアムの屋敷で学んで来たオレガノだ。このフォーリアムの屋敷内で最も畏怖すべきものが何であるかが体に染みついている。サルヴィナの姿を見咎めた瞬間、反射的に逃げ出していても仕方のない事だった。
「オレガノ! ずるいぞ!」
脇目も振らず裏庭を回り込んで行ったオレガノに、キリアンは怒鳴り声を上げ、後を追おうとする。しかし、次の瞬間には自身の襟首が羽織ったマントごと引っ張られるのを感じた。
そこには既にサルヴィナの姿があった。サルヴィナは一瞬のうちに主庭を走り抜け、花壇を飛び越え、逃げ出そうとするキリアンの事を捕まえたのだ。
驚くほどのサルヴィナの身体能力を見せつけられ、キリアンはそのまま言葉を失っていた。
「ひええ、キ、キリアン!?」
茫然とするキリアンの様子を見て、リグラが思わず声を上げた。
「ご、ごめんなさい、サルヴィナさん! 勝手に門下を抜けようとした訳じゃないんです! ただちょっと、森の様子でも見に行こうかと思っただけで――」
「お静かに!」
サルヴィナは一喝する。
必死な思いで言い訳をしていたリグラは、言葉を飲み込むように黙った。
「こんな夜更けに、貴方達は何を騒いでいるのです」
サルヴィナはそう言うと、キリアンの襟首から手を離した。
「指導を行う者がいないからといって、羽目を外すような真似をするのはこの私が許しませんよ」
三人の見習いを見下ろすようにしながらサルヴィナはそう言う。ランタンの明かりに映し出される彼女の顔が恐ろしく見えるのか、三人は黙ったまま下を向いていた。
そんな中で、リグラが漸く口を開く。
「すみません……」
声にならない程の小さな声だった。しかし、サルヴィナの耳には届いたらしく、溜息を着く様な小さな音が三人の頭の上から聞こえた。
それからしばらくの間、サルヴィナは他の言い分を待つ様にじっと黙り続けた。下を向き続ける彼らには、張り詰め続ける空気の緊張度合いからその事が分かった。
やがて、その緊張を解く様にサルヴィナは口を開いた。
「結構」
三人は息をつく様に顔を上げた。
「長岐、私に何か言うべき事はありますか?」
日々喜に視線を向けるサルヴィナがそう尋ねた。
まずい。リグラはビクリと体を震わせた。
日々喜は屋敷に勤める立場、サルヴィナは上司の様なものだ。下手な嘘は直ぐに見破られてしまう。
リグラは心配する様に日々喜の事を見守り続けた。
「屋敷を出ます」
日々喜の言った言葉に、リグラはおろかキリアンまで驚きの表情を向けた。
「屋敷を出る? それは、辞職すると言う事ですか?」
「分かりません。場合によってはそうなるかもしれません」
日々喜の曖昧な回答に、リグラとキリアンはドギマギとした。
そんな日々喜の真意を測る様に、サルヴィナは黙って日々喜の事をジッと見つめていた。
「分かりました。それでは三人共、付いてきなさい」
サルヴィナはそう言うと、踵を返して主庭を回り込むように本館を目指して行った。
「へぇ……?」
後に続いて行く日々喜の後姿を不思議そうに見つめ、リグラは気の抜けたような声を出した。
「リグラ、行こうぜ」
キリアンがそっと耳打ちし、リグラの腕を引いた。混乱を引きずりながらも、リグラはキリアンと共に本館の中へと入って行った。
宿舎の自室にて、日々喜は出立の準備をしていた。
専用の革のベルトを腰に付け、そのホルダーにアトラスを装着する。その反対側となる右側の腰回りには愛用の手斧を携え、マントを羽織った。そして、忘れ物は無いかと、改めて部屋の隅々を見渡して確認する。
ここに来てから二か月ほど、自分の持ち物は手に抱える程も無かったのだと、日々喜は思った。
ふと、自室の窓から外の様子を眺めた。
夜空一面には、波打つ様に瞬く光る靄が、地上にその朧げな明かりを届けている。その為、二階に位置するその窓からは、満月の夜の様に照らされる裏庭の様子が見て取れた。
既に二人の人影があるのが分かる。
顔はハッキリと見えないが、その背格好からオレガノとキリアンであろうと日々喜には分かった。
昨日の昼間、フェンネルの事は、タイムの協力によって迅速に伝えられた。日々喜は、ハニイから聞かされた話を包み隠さずオレガノ達三人に打ち明けたのだった。
「アーティファクトを手にする為に、よからぬ者を呼び出すなんて、なんて無謀な事を……」
リグラはマジックブレイカー達の恐ろしい計画に絶句した。
「無謀という程でもないさ」
キリアンが口を挟んだ。
「神話の時代から続く世界の拡張は全て、外から来たよからぬ者の仕業。この国は賢者の力と、それに同調するルーラー達によって守られてるけど、国外ではしょっちゅうよからぬ者が現れ、新しいルーラーとして自らの領域を作り出してるんだ」
「そうなの、キリアン?」
オレガノが驚いた顔をして尋ねた。
「ああ、世界各地を旅してきた歴史上の魔導士達は、何度もそうした現象を目の当たりにして後世に伝えてる。世界は徐々に変化し、拡張して行ってるって。実際、国内で用いられる魔導が、時間の経過と共に少しずつズレて行くのは、広がり続ける世界の影響を少なからず受けているからだと言われてるんだ」
「へー。すごいのね。まるで世界が、生きて成長しているみたい」
オレガノの言葉のニュアンスに、キリアンは眉をしかめた。
「広げている奴がいるんだから、巨大な建築物みたいなものだろう。世界自体が成長している訳じゃない」
オレガノはキリアンの言葉に不服有り気に口を尖らせた。
「言ってる場合ですか! オレガノも感心してはいけませんよ。国内でそんな真似をするなんて、明らかに賢者達への冒涜です!」
今度はリグラが口を挟んだ。オレガノは軽率な事を言ったと反省した様に謝罪した。
「落ち着けよリグラ。それよりも、日々喜の話しが先だ」
キリアンはそう言うと、オレガノとの話に聞き入っていた日々喜に続きを話すように促した。
日々喜が話しを再開する。
自分は、フェンネルの意思を確認する為に、これからイスカリに向かう事を打ち明けた。自分がマジックブレイカー達に狙われる立場である事を含めて。
イスカリ領までの道中、常に警戒し、慎重に行動しなくてはいけない。復興機関の人間にイバラ領を出た事を知られれば、すぐさま、追っ手のマジックブレイカー達がやって来るに違いないからだ。
その為、皆もイスカリ領に向かうのならば、別々に行動した方がいいと提案した。予想していた様に、オレガノはその提案を真っ向から否定して来た。
「馬鹿な事を言わないで。皆、お嬢様の事を心配してる。何かしなきゃって考えてるのに、日々喜だけが危険をかえりみないなんておかしいわよ。全員で助け合わなくちゃ。そうでしょ、リグラ、キリアン」
「そ、そうです。そうですとも」
オレガノに続く様にしてリグラがそう言った。いつも以上に意気込みを込めたのか、その言葉は空回り気味にも聞こえた。
「マジックブレイカーは剣士で、俺達は魔導士だ。お互い、いがみ合った歴史がある。黙ってても何時かは衝突する宿命なんだ。あんたが心配する事じゃない」
キリアンの答えに、日々喜は悲しげな表情を浮かべた。
「キリアン……。それでも、僕は戦いたくないし、皆にも戦ってほしくない」
キリアンは小さく笑いをこぼした。
「俺だって戦いたくないよ。そんな下らないものは避けて通ればいいんだ。一緒に行動したって、戦いを避ける方法はいくらでもあるだろ」
「そうですよ。上手くやりましょう! 私達ならできますよ」
今度はキリアンの言葉に、リグラが相槌を打った。
「まあ、行くとなれば、俺達だって狙われない保証は無いからな。いざとなったら頭数が多いい方が有利だろ」
「やっぱり、戦う気じゃないですか!」
大袈裟に驚くリグラ。そんな彼女の事を嘲笑う様にキリアンは、いざという時だってと言い返していた。
そこから先は、日々喜が口を挟む間もなく、なし崩しに全員でイスカリ領へ向かう方向へと話がまとまって行く。
自分と共に行動する危険性について。何故、自分がマジックブレイカー達に追われる身なのかと言った様な質問がされなかった事に日々喜は拍子抜けした。
少しくらいは気にならないものだろうかと愚直に尋ねる真似をしなかったのは、その直ぐ後、オレガノ達に打ち明ける為に手を貸してくれたタイムに、散々叱られたからであった。
タイム自身は顔を潰された思いがしたのだろう。本当に申し訳ない事をした。
平に謝り続けるその時の自分を思い返し、日々喜は反省の気持ちを漏らすように大きく溜息を着いた。
そして、着替えなどが詰まった鞄を背負い部屋を後にしようと静かに扉を開いた。
「おっと、失礼」
丁度、部屋の外から扉に手を掛けようとしていたリグラと鉢合わせする。
「少し遅かったので、ひょっとしてまだ寝ているのかと思って」
リグラは手に持ったランタンをかざし、扉から顔を覗かせる日々喜の事を照らしてそう言った。
「ごめん。ちゃんと起きてたよ」
部屋から出た日々喜は、そう言うとゆっくり扉を閉めた。そして、先導するリグラの後に続き宿舎の表口から外へと出た。二人はそのまま、中庭を回り込むようにして裏庭へと向かって行く。
既にその場に集まっていたオレガノとキリアンらしき人影が、ランタンの明かりに気が付きこちらを振り向いた。
「リグラ、明かりを消せよ。起きてる奴が居るかもしれないだろ」
キリアンがそう言うと、リグラは慌ててランタンの灯を消した。一瞬、目の前が暗くなるが直ぐに慣れ始める。空から降り注ぐ淡い光によって、その場に集まった四人には、お互いの顔の表情まではっきりと見えた。
「お前達、荷物はそんなもんでいいのか?」
キリアンは自分の足下に置いてあったズタ袋を背負い込みながらそう言った。周りの者が抱える荷物に比べて一際大きく見える。
「私は、お嬢様と一緒にイバラへ帰るつもりだもの。荷物は必要最低限。それ以外は置いて行くわ」
オレガノがそう答えた。
「私も一応そのつもりです。フォーリアム一門はまだ解体した訳では無いですから」
リグラが続いて答えた。
「どうかな、クローブが死んで、フェンネルまで居なくなった。一門解体は時間の問題かも知れないぜ」
「そんな事無いわよキリアン。お嬢様が戻ってくれば、全部元通りになるわ」
オレガノはしんみりとしてそう言った。
フェンネルが居なくなってから、不安を感じていたはずなのに、日々喜の話しを聞いてから、落ち着きを取り戻し始めている。むしろ、この旅に出る事を待ち望んでいたかのようにさえ今は見えた。
「そうですよキリアン。それなのに貴方ときたら一門を出るだなんて。気が早すぎます」
リグラの言葉に、キリアンはフンと鼻を鳴らした。
「日々喜の話しじゃ、あいつは自分からこのイバラを捨てたんだろ。簡単に戻ってくる訳無いし、戻ったとしても元通りになる訳無いね」
キリアンは素っ気なく答えた。
「またそんな事を言って」
「リグラの言う通りよ。一緒にお嬢様に会いに行くって言ったのはキリアンなのに、どうしてそんな事言うのよ」
オレガノも少し怒った様にそう言った。
「一門を出る以上、修練期間中の俺の経歴に空白ができちまう。だから、今後の進路申告の為に近場の学院に顔を出す必要があるだろ。このまま旅に出るにしろ、他の門下に加わるにしろ、一度イスカリに向わなきゃならないのさ」
オレガノは修練生の制度について初めて聞いた様な表情を浮かべ、確認する様にリグラの方を向いた。リグラはそれに合わせる様にカクカクと首を縦に振った。
その様子を眺め、キリアンは、そんな事も知らなかったのかと、あからさまに溜息を着いて見せた。
「いずれにせよ、あんた達と一緒に行くのはついで。勝手をやったフェンネルには、正直ムカついてるからな。一言言ってやって、それでサヨナラさ」
キリアンはそこまで言うと、オレガノ達に背を向けた。
「もう、自分の事ばっかり! 勝手に門下を抜けるような真似をして、後で怒られたって知らないんだから」
オレガノはそう言い放つと、キリアンから顔を背けた。これから出立だと言うのに先行きが思いやられる。そんな思いに駆られ、リグラは間をとりなす様に二人の事を宥め始めていた。
それは普段から見慣れた光景だった。遠巻きに見つめていた日々喜は安心した様に三人のそばに歩み寄った。
「キリアン、リグラ、オレガノ。行こうか」
日々喜の言葉に三人が頷く。それを見て、日々喜は先導する様に裏庭を後にした。
音も無く、庭路を歩いて行く四人。
短い期間とは言え、お世話になった学び舎兼勤め先を後にする事に、何とも言えない寂しさの様なものが日々喜の胸を刺した。
しかし、その気持ちに浸り込む間もなく、日々喜は足を止める。本館の脇を通る庭路を越え、主庭へと差し掛かった辺りだ。
後に続いていた三人もほとんど同時に足を止めた。
行く手に誰かが立っている。背格好からメイドのサルヴィナだと直ぐに分かった。彼女は主庭の門の前で、まるでフォーリアムの敷地から出て行く者を見張る様に、本館の方を眺めていたのである。
サルヴィナは日々喜達の姿を見咎めると、ランタンの灯をかかげこちらに向かって歩き出した。
「うわ!?」
リグラが、思わず声を上げた。その声に慌てた様にキリアンが踵を返した。
「やばい! 一旦戻るぞ」
そう言いながら元来た道へ駈け出そうとする。すると行く手の先で、先程の間で連れ立って歩いていたはずのオレガノの後姿が目に入る。
「あいつ!?」
先に逃げやがった。キリアンが、そう思ったのも無理はない。しかし、一年以上も長くこのフォーリアムの屋敷で学んで来たオレガノだ。このフォーリアムの屋敷内で最も畏怖すべきものが何であるかが体に染みついている。サルヴィナの姿を見咎めた瞬間、反射的に逃げ出していても仕方のない事だった。
「オレガノ! ずるいぞ!」
脇目も振らず裏庭を回り込んで行ったオレガノに、キリアンは怒鳴り声を上げ、後を追おうとする。しかし、次の瞬間には自身の襟首が羽織ったマントごと引っ張られるのを感じた。
そこには既にサルヴィナの姿があった。サルヴィナは一瞬のうちに主庭を走り抜け、花壇を飛び越え、逃げ出そうとするキリアンの事を捕まえたのだ。
驚くほどのサルヴィナの身体能力を見せつけられ、キリアンはそのまま言葉を失っていた。
「ひええ、キ、キリアン!?」
茫然とするキリアンの様子を見て、リグラが思わず声を上げた。
「ご、ごめんなさい、サルヴィナさん! 勝手に門下を抜けようとした訳じゃないんです! ただちょっと、森の様子でも見に行こうかと思っただけで――」
「お静かに!」
サルヴィナは一喝する。
必死な思いで言い訳をしていたリグラは、言葉を飲み込むように黙った。
「こんな夜更けに、貴方達は何を騒いでいるのです」
サルヴィナはそう言うと、キリアンの襟首から手を離した。
「指導を行う者がいないからといって、羽目を外すような真似をするのはこの私が許しませんよ」
三人の見習いを見下ろすようにしながらサルヴィナはそう言う。ランタンの明かりに映し出される彼女の顔が恐ろしく見えるのか、三人は黙ったまま下を向いていた。
そんな中で、リグラが漸く口を開く。
「すみません……」
声にならない程の小さな声だった。しかし、サルヴィナの耳には届いたらしく、溜息を着く様な小さな音が三人の頭の上から聞こえた。
それからしばらくの間、サルヴィナは他の言い分を待つ様にじっと黙り続けた。下を向き続ける彼らには、張り詰め続ける空気の緊張度合いからその事が分かった。
やがて、その緊張を解く様にサルヴィナは口を開いた。
「結構」
三人は息をつく様に顔を上げた。
「長岐、私に何か言うべき事はありますか?」
日々喜に視線を向けるサルヴィナがそう尋ねた。
まずい。リグラはビクリと体を震わせた。
日々喜は屋敷に勤める立場、サルヴィナは上司の様なものだ。下手な嘘は直ぐに見破られてしまう。
リグラは心配する様に日々喜の事を見守り続けた。
「屋敷を出ます」
日々喜の言った言葉に、リグラはおろかキリアンまで驚きの表情を向けた。
「屋敷を出る? それは、辞職すると言う事ですか?」
「分かりません。場合によってはそうなるかもしれません」
日々喜の曖昧な回答に、リグラとキリアンはドギマギとした。
そんな日々喜の真意を測る様に、サルヴィナは黙って日々喜の事をジッと見つめていた。
「分かりました。それでは三人共、付いてきなさい」
サルヴィナはそう言うと、踵を返して主庭を回り込むように本館を目指して行った。
「へぇ……?」
後に続いて行く日々喜の後姿を不思議そうに見つめ、リグラは気の抜けたような声を出した。
「リグラ、行こうぜ」
キリアンがそっと耳打ちし、リグラの腕を引いた。混乱を引きずりながらも、リグラはキリアンと共に本館の中へと入って行った。
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公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
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