ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
271 / 285
十四章 契約と誓約

271. 朝の闖入者

しおりを挟む
 目が覚めて、まず一番に寝室の戸棚にあるクッキー缶を開けてみると、中身は全て空になっていた。

 まあ、それはいい。予想出来てたことだから。
 しかしそのすぐ後「なぜか」寝台の横の水差しの水が、勝手にマグダリーナの顔にかかった。バシャっと勢いよく。寝台と戸棚はまあまあ距離が開いてるので、それはもう勢いよく。

 「……っぷは」
 鼻に水が入って、ツーンと痛む。マグダリーナの頭の上にいたタマもびしょ濡れで、プルプル震えて、水を弾き飛ばす。

 秘書マゴー達が慌ててやってきて、水浸しのマグダリーナと寝室を綺麗にしてくれた。

 「リーナ、どうしてタマ達、お部屋で濡れてるのー」
 「私も知りたいわ……」

 エアがふわふわと、お布団から出てきてマグダリーナの肩にとまった。

 『妖精のせいだぴゅん。眠り妖精精霊にお菓子をあげたから、拗ねてるぴゅん』

 (役に立たないいたずらしかしないくせに、なんて図々しいの……)

 マグダリーナは妖精の厚かましさに呆れた。
 しかし、バーナードやヴェリタスが妖精の実のおかげで、命が助かってるのもまた事実……無下に扱うと何しでかすか分からない面倒くささがあるので、内心溜め息を吐いた。

 「わかったわ。妖精の分もお菓子を用意すれば良いのよね。ただし眠り妖精精霊にお菓子を用意する期間だけよ」

 マグダリーナがそう言うと、羽の生えた青や水色の小さな光が現れ、マグダリーナの周りを円を描くように回ると消えていった。

 「……今の……妖精……?」
 「リーナ! 床に光る粉が落ちてるー」

 タマに言われて足元を見ると、確かにキラキラと光る粉がマグダリーナの周囲に落ちている。秘書マゴー達がそれを見て、素早く収納瓶に集めていく。

 「妖精の粉は、とても貴重な素材なのです!」

 秘書マゴーがいい笑顔で言った。

 「エステラに渡したら、喜ぶかしら?」
 「そりゃあ、もう!」

 エステラに贈り物ができるという、またとない機会を得て、マグダリーナは水をぶっかけてきた面倒くさい妖精達を許した。

 ところが。

 「おい、何が起こってる?」

 背後から、知っている声が聞こえて、マグダリーナはまた溜め息を吐いた。

 「……ルシン、ここは乙女の寝室で、私はまだ寝衣で着替えてもいないんだけど?」
 「それがなんだ? そんな事よりなんで精霊と妖精との二重契約なんかしてるんだ」

 おのれ、何故肝心なところをスルーする。
 一瞬頭が沸騰しかけたが、思い止まる。彼がこんな風に現れるのは、大抵何かあった時だ。

 「もしかして私、危険な状態だったりする?」

 ルシンはふぅと息を吐いた。

 「大した契約じゃないようだな。今のところ、寿命は削られてないし、身体にも異常は無さそうだ。運が良かったな」
 「つまり、運が良くないと、今言った状態になってたってこと?」

 ルシンは黙って頷いた。

 おのれ、妖精共……。
 ここは紹介された精霊より、押しかけ妖精の方をアウト判定すべきだろう。

 「精霊は滅多に人と契約しないし、契約者に無茶はさせない。妖精の扱いは、くれぐれも気をつけろ」
 「……わかったわ。心配してきてくれて、ありがとう」

 ルシンは無表情に頷く。

 口は悪いし意地悪で、何を考えてるかてんでわからない。
 だけど、マグダリーナに何かある時は、真っ先に駆けつけてくれる。
 流民の結界に閉じ込められた時もそうだった……神官としてシャロン伯母様に付き添っていたはずなのに、誰でもなく彼が助けに向かってくれた。

 なんでだろう……。

 マグダリーナは頬が熱くなるのを感じて、慌てて話題を変える。

 「そ……そうだ、ルシンは精霊の祭壇の作り方って知ってる?」
 「祭壇?」
 ルシンの整った顔が、珍しく年相応の気の抜けた表情を作った。きょとんとマグダリーナを見る。

 マグダリーナの心臓が、ぴょこんと跳ねた。

 (い……今の可愛い顔は、反則じゃない?!)

 マグダリーナはきゅっと目を瞑って俯いた。そして、中々ルシンの返事がないので、顔を上げて絶句した。

 違う場所に居たからだ。

 しかも真っ先に目に入ったのは、裸のニレルだ。
 幸い全裸ではない。

 夏だから、寝衣の上だけ脱いで寝ていたんだろう。寝台から上半身を起こして、驚いた顔でマグダリーナを見ている。その身体は、普段の柔らかい雰囲気とは裏腹に、長く冒険者をやっていたのを裏付けるように、しなやかな筋肉を纏っている。普段は見えない、しっかり割れている腹筋や綺麗に浮き彫りになっている腕の血管とかが目に入り、マグダリーナはさらにニレルが全身脱毛済みであることを思い出して、気まづさに頬が熱くなった。

 咄嗟に何か言い訳をしなくては、と思ったが、おそらく魔法だろう、マグダリーナの声が出なかった。

 ニレルはそっと人差し指を自身の薄く形の良い唇に当てると、視線を横に流した。

 ニレルのすぐ横で、エステラがモモとゼラを抱えて、健やかな寝息をたてている。こちらはちゃんと真っ白な寝衣をきっちり着ていて、マグダリーナは安心した。起こさないでねということだろう。
 その側でハラとヒラがスライムボディをふるふるゆらしたり伸ばしたりしている。

 いつも後ろで束ねている美しい髪を広げて、真っ白の絹の寝衣で眠るエステラは、天使のように可憐で胸が締め付けられるほど愛くるしい。マグダリーナはすぐ、了解の意思を伝える為に頷いた。

 ニレルが「向こうの部屋で話そう」と身振り手振りで伝えて来たので、ハラとヒラの案内で部屋をでる。

 「……ルシン」
 マグダリーナはジト目でルシンを見た。

 「精霊に詳しい人のところに、連れてきてやっただけだ」
 しれっとそう言うルシンを見て、マグダリーナはあとでセレンにもっと常識を身につけさせてほしいとお願いすることに決めた。

 ニレルとエステラ達の寝所から出るとそこは、白い柱に囲まれた渡り廊下になっていた。床は不思議な光沢の白木で、さらりと足を柔らかく受け止めてくれる。裸足の足に心地よい。

 どうやらショウネシー邸の隣にある家ではないようだ。あちらは渋い焼柱だったから。そして廊下の床も、ワゴンが使いやすいように固めの木だった。ということは。

 「ここはもしかして、リィンの町なの?」
 「そだよぉ。女神様から貰った拠点なのぉ。リーナとタマとルンは初めてだよねぇ、ようこそぉ」

 ヒラがほにゃっと笑う。
 女神様から貰った拠点ということは、あの女神の塔の横にある、どう見ても宮殿なあそこね……。
 
 「ニレルはいつもエステラと同じ寝台で寝てるのー?」

 マグダリーナの頭の上で、タマが興味深々に聞いた。

 「そだよぉ。ヒラ達も皆んなで一緒に寝てるよぉ」

 ええと、従魔の皆んなが一緒なら、ギリセーフとしておこう。

 ……いや、やっぱりアウトじゃない?

 ここの社会常識的に、未婚女性の隣で半裸で寝ているのはあり得なくない? 全身脱毛してれば許されるなんてことは無いはず。

 「不埒な事を考えてるな」
 ルシンがジト目でマグダリーナとタマを見た。

 「違うわ。不埒かどうかを考えてたのよ」
 「わかるぅ。タマも人の常識学習してるもんー」

 「リーナ、不埒なのぉ?」
 ヒラが汚れのない瞳で、マグダリーナを見た。

 「……ううっ、そんな目で見ないで。こんなこと考えてる自分がやっぱり不埒なのかと思っちゃう」
 「何考えてたなの?」
 ハラもワクワクして聞いてくる。

 「どうしてニレルはあんな半裸で、堂々とエステラと一緒に寝てたのか……よ」
 「リーナの云う通りなの。寝る前はきちんと上も着てたなの。ニレルはエステラを油断させる悪い男なの」

 ――なんと!

 「プラとササミがぁ、寝台から落っこちて床で寝てるのに気づいたからぁ、シャツを掛けてあげたんだよぉ。半裸はぁニィの優しさだよぉ」

 ヒラがその汚れなき瞳をきゅるんとさせて、真実を教えてくれる。

 「そうか。マグダリーナが不埒だったんだな」
 「半裸は優しさなの」
 「半裸は優しさー」

 おのれルシン。そこで話を締めるな。あとハラとタマはその単語を繰り返さないで。

 「昨日は遅くまでボス部屋にいたなの。きっとエステラは十時くらいまで寝てるなの」

 マグダリーナ達が近づくと、別棟への扉がとても静かに自動で開いた。話題が変わって、ほっとする。

 「何階のボス部屋だったの?」
 「七十階なの。ボス五体の合計レベルが七百だったから、皆んなで総力戦だったの」
 「……それは……皆んな怪我はなかった?」

 レベルの桁が違う……そんな魔物と戦えるエステラでも、マグダリーナや誰かが人質に取られたら、手も足も出せなくなってしまうのだ……。
 マグダリーナは夢でみたことを思い出して、身震いした。

 「お薬いっぱい持って行ったしぃ、ヒラもタラも回復魔法は得意だからぁ、大丈夫だったよぉ」

 案内された部屋に通されると、既にニレルが待っていた。半裸の優しさは捨て、ちゃんと隙なく身嗜みを整えて。

 「座って。明け方はまだ涼しい、温かいお茶で良いかな」
 「ありがとう」

 マグダリーナは先程の不埒に心の中で謝罪しつつ、ルシンと並んでソファに腰掛けた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...