ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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十四章 契約と誓約

275. 白いワンピースと白い魔導車

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 「リーナ!」
 マグダリーナ達がショウネシー邸の外に出ると、リィンの町まで一緒に行く約束をしていたエステラとニレルが、ちょうど門前についたところだった。エステラが元気よく手を振っている。

 いつも首の後ろで一つに括っているエステラの髪が、さらりと風に靡いている。夏らしい白いひらひらワンピース姿のエステラは、息を呑むほど美しく可愛いかった。

 「ふわぁぁぁあ!!! 可愛い!! エステラかわいいわ!!!!」

 朝練の時は運動服姿だったので、マグダリーナは一気にテンションが上がった。

 翻るワンピースの裾からは、いつものようにズボンが覗いているが、その細身のズボンの裾も斜めの段フリルになっていて、やっぱりかわいい。靴も白く踵が高めの、くるぶしまでのブーツで爪先を細らせてあった。
 ニレルもエステラに合わせて、上品なブルーグレーのズボンとベストを着ている。
 二人ともマントも身につけていた。
 エステラのマントの内側には、スライムが入るポケットも付いている。もちろんハラ、ヒラ、モモが楽しそうに収まっていた。

 「エステラお姉様、とってもかわいいわ! でもそのお衣装でダンジョンに入りますの?」
 「これは戦闘用に防具も兼ねてるの。一応試作品だから、性能試験も兼ねて今日は着てみたのよ。リーナやレベッカの分はこっち! あとで使用感を教えてね。そしてこれ。上の階層に行くにつれ、階層ごとに明るさや気温も変わってくるのよ。このマントは防御の他にも、外気温の急激な変化を緩和してくれるから」

 エステラは魔法収納からドレス二着と人数分プラス、ナードとヴヴのマントを出す。マグダリーナとアンソニーのマントの内側には、エステラのマントと同じように、スライムが仕舞えるポケットが付いていた。
 マグダリーナとレベッカ、そして従魔のマントは裾スカラップでリボン飾りも付いて、とてもかわいい。
 エステラが手を振ると、マグダリーナとレベッカは魔法の光に包まれて、ドレスに着替えてマントを羽織っていた。着ていた運動服は、まとめてマグダリーナの魔法収納に収まっている。

 「すごく軽くて動きやすいですわ!!」
 レベッカがくるりと回ってみせる。エステラのワンピースのように翻ったりしないが、勿忘草色のドレスはしっかり形崩れもせず美しいシルエットを保っている。
 マグダリーナの青藤色のドレスも白いレースの襟が可愛い。

 「ありがとう、エステラ! 私も頑張って強くなるわ」
 あの夢で見た、未来を変えるために。

 早速マグダリーナは、魔法収納から魔導車を取り出した。エステラが町長就任祝いにと贈ってくれた特別仕様魔導車だ。

 形はモモ・シャリオ号と同じ。でもその色は真っ白の、タマ・シャリオ号だ。

 タマ・シャリオ号の所有権限も、運転者登録権限もマグダリーナにあった。
 次にまた拐われるようなことがあっても、これで逃げられるように……エステラは何も言わなかったが、マグダリーナはそのためのタマ・シャリオ号なのだと思った。

 「オープン!」

 タマ・シャリオ号は『たま~』と鳴いて、フロントと後部座席の扉を開いた。
 マグダリーナが運転席、ライアンが助手席に乗ると、アンソニーがダーモットとマゴー1号を連れてきて、皆それぞれ後部座席に乗り込む。

 まずは久しぶりの運転のカンを取り戻す為に、マグダリーナがリィンの町まで運転する。今回は領地戦の時のように壁面走行などないから、気が楽だ。
 それからライアン、アンソニー、レベッカ……最後にダーモットの順で、運転者登録をしてダンジョン内で運転練習をする予定だった。一番手がライアンなのは、ウィングボードの操作も一番早くコツを掴んだと聞いたから。マグダリーナの代わりに教える側にもなってもらえそうだからである。

 「さあ、リィンの町まで出発よ!」

 全員乗り込んだのを確認して、マグダリーナはアクセルを踏み込んだ。





 「基本は簡単なのよ。足元のアクセルを踏んで、進む、加速する。その隣のブレーキを踏んで、減速、停止。リーナが握ってるハンドルで、進行方向を決める……」

 エステラが皆んなに、基本的な運転操作の説明をしていく。

 「ニレルやエデンの運転操作と違うみたいですが……?」

 よく観察している。アンソニーが左手を動かしながら言った。

 「そうなの。より簡単に運転出来るようになってるのよ」

 マグダリーナは慎重派なので、対向車のいない道路でも、スピードが出過ぎないよう気をつける。助手席のライアンは、隣でマグダリーナを観察して、大体のことは理解できたようだ。さっそく魔法表示画面を操作して、テーブルを出し入れしたり、地図を表示したりしている。

 「到着予定時間が残り二十分ってなってるけど、いつもより早くないか?」

 地図に表示された時間を見て、ライアンはマグダリーナに聞いたが、答えたのはエステラだ。

 「マゴー車は通常、時速四十五キロ走行してるのよ。でもいま六十キロ出てるからね。もっと速度出しても平気よ」
 「無理」
 マグダリーナは即答した。







 無事に野生の魔獣に遭遇することも、うっかりスライムを轢いてしまうこともなく、リィンの町に到着した。
 そのまま女神の塔まで着くと、マグダリーナは一旦、タマ・シャリオ号を魔法収納に仕舞う。

 
 『む!』
 さて女神の塔に入ろうかというところで、エステラの後ろにいたササミ(メス)が、不意に翼に嘴を入れてモゾモゾする。

 『バーナードから、手紙が届いたぞ』
 「どうして脇に王子様からの手紙が届くんですの?!」

 レベッカの驚きの声に、驚くところ、そこで良いんだっけ? マグダリーナは思った。

 『マゴー達が転移してきたのだ』
 ササミ(メス)は器用に両羽根で手紙を開ける。ハラもエステラのマントの中から、にゅっと顔を出す。

 『なになに……親愛なるササミとハラへ。急ぎマグダリーナに伝えて欲しい』

 その書き出し文に嫌な予感しかせず、マグダリーナは振り返ってササミ(メス)を見た。

 『深夜辺境伯より、緊急通信が届いた。ギルギス国の第三王子と冒険者ギルド長、そしてAランク冒険者パーティが、辺境伯領を無断で通り抜けショウネシー領へ向かったという。彼らは王国最速の魔獣馬、ペガサスの馬車でやってきた。辺境伯の騎士が追っているらしいが、ペガサス相手に期待はできないだろう。俺と叔父上、ドロシー姉上も急ぎ其方に向かう。念の為、ショウネシー伯爵にはダンジョンに入らずに待機してもらいたい』

 マグダリーナはさっそくダンジョンに入ろうとするダーモットの気配を察知し、ルシンから貰った魔鞭を振った。
 魔鞭は素早くダーモットに巻きつく。

 『という事らしいのだ』

 「リーナ……」
 ダーモットは鞭でぐるぐる巻きになったまま、しゅんとした顔で娘を見た。

 「そんな顔してもダメです。隣国のお客様はお父さまのお話も聞きたいんですよ、きっと。配信をみて来られるんだもの」

 エステラはササミ(メス)から手紙を受け取って、まじまじ眺める。

 「ペガサス? ペガサスに会えるの!?」
 「落ち着いてエステラ。おそらくエステラが期待してる天馬のことじゃないよ。たぶん天馬の血を引いた交配種が定着したものだ。ドルーン王国で何頭か育てていたはずだから」

 ニレルの説明に、アンソニーも聞き返した。
 「天馬の血を引いてるということは、空を飛ぶんですか?」
 「そうだね。高さニメートルぐらいならね。あと普通の車体を引いていては飛べないよ。そのかわり、足はとても速いね」

 「でもお師匠は、おでかけする時は、たまに女神の森からペガサスを呼んでいたわよね? いつも高い所から舞い降りてきてたわ」

 エステラはニレルの袖を握って、ぶんぶん振る。ニレルは反対の手でエステラの頭を撫でた。

 「そうだね。女神の森には確かに天馬がいる。叔母上の従魔だった天馬もね。彼にはちゃんと個別に名前があったんだ。普段は天馬の別称の『ペガサス』と呼んでいたけど」

 エステラは思い切り目を見開いて、それからニレルの腕に顔を埋める。

 「真っ黒でツヤッツヤで、紅玉みたいに綺麗な赤い目をした子だったわ……」

 その色合いに、皆んな誰かを思い出していた。

 「あの子の本当の名前は、ハラにも秘密だったの……」
 ハラは少し悔しそうに、そしてどこか淋しそうに目を伏せた。


 エステラ達が思い出を懐かしんでいる間に、マグダリーナの領民カードがブブブと震えて、ハンフリーから通信が入った。

 『リーナ、隣国からのお客様が到着した』
 「は? いま?!」

 はやすぎないだろうか。はやすぎないだろうか? どんな速度出してるの??

 『もう其方へ向かっている。それぞれ武器を携えた者達が乗っている。ダンジョン目当てだと思って通したが、辺境伯騎士団が追ってきた。すまない。気をつけてくれ』
 「……ハンフリーさんは、絶対に領都を動かずにいて下さい。王宮からもこちらに人を寄越してくださるようなので、がんばってみます……!」

 (向かってる? 向かってる? いま運転してきたあの道を通って?)

 ダンジョンを見にくるのに、なんでそこまで慌てる必要あるのかしら……。マグダリーナはもう一度ササミが読み上げた内容を思い出す。

 待って、あの手紙、無断って言ってなかった? 無断で辺境伯領通り抜けたって!   
 ありえない。一般他国民じゃなくて、王族や世界規模組織の関係者でしょ? お忍びでもないんでしょ? なにも言わずに王宮すら素通りして、直接こっちに来るなんて、なんて非常識な……というか、犯罪!

 大陸の国家間条約で、王族は他国に入ったら、まずはその国の王城、または王宮を訪ね訪問の意図を詳らかにする決まり事がある。もちろん事前に訪問を知らせて、受け入れ国側の使者と共にだ。
 それは先日の王族トリオ女神の塔視察で、何気なく「もしかしてお忍びで他国の王族がやってきたら?」と呟いた時に、「それは我が国に対する宣戦布告だから」と教えてもらった、まだぴっちぴちに新鮮な知識……。

 おかげで今日の予定も、上がってた気分も潰れたわ。

 「マゴー! 配信の準備よ!」
 マグダリーナは高々と宣言した。
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