ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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一章 ナイナイづくしの異世界転生

9. 家がナイ

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 ニレルの転移魔法で、王都のショウネシー子爵家まで送ってもらう。
 きちんと保護者に会えるまでと、ニレルとエステラも一緒に中まで着いてきてくれる。心強い。

 「ただいま……?」

 邸の中は薄暗く……まあそれはいつものことだけれど、執事のカルバンが出てくる様子もない。

 (留守? 入れ違いになったのかしら?)

 「お姉さま、書斎にならお父さまがいらっしゃるかもしれません」
 アンソニーの言葉に頷き、父ダーモットの書斎に向かった。



 「いい加減にして下さい、旦那様! お子様達に会いたくないんですかっ!?」

 ケーレブの声だ。彼がこんなに声を荒げるのを、初めて聞いた。
 マグダリーナとアンソニーは顔を見合わせる。

 「そんなことはない、そんなことじゃないんだよ……」
 「確かに奥様は、時が来るまで何もしてはいけないとおっしゃいました……ですがこうなってはもう動くしかないでしょう! お嬢様とお坊ちゃんがいなくなって、お二人が大事だと身に沁みられたのでしょう? 往生際が悪いですよ。このお屋敷の引き渡しも迫ってるのに……」

 (ん?? 引き渡し?)

 「わかってはいるんだ……でも……」

 「あ」
 エステラの肩の上から、空気の読めないスライム達が転がりでると、書斎にぽよぽよ入って行く。

 「こんにちはぁ。ヒラとハラなのぉ」
 「わっ! っえ、スライム?! しゃべ……いや、なんでこんな所に」

 慌てて警戒する執事見習いケーレブと対照的に、ダーモットはのんびり頷いた。

 「こんにちは。私はダーモット・ショウネシー。我が家になにか用かな?」
 「ダモぉ?」
 ヒラは可愛らし身体を傾ける。ぷるるん。
 「言いにくいなら、ダモでいいよ」

 (お父さま、なんでそんなに落ち着いてるのよ?)

 「ダモ! おそぉい! ヒラとハラはぁタラとニィと一緒に、リーナとトニー連れてきたのぉ」
 「リーナ……トニー……」

 ハッとして立ち上がると、ダーモットは書斎の入り口を見た。

 「リーナ! トニー! 良かった!!」

 見つかったので、マグダリーナはのろりと書斎に入った。
 途端に二人ともダーモットに抱きしめられる。
 「良かった……本当に……っ」
 感動の再会のはずだったが、マグダリーナの心は凪いでいた。

 「ところで引き渡しって、なんですか?」

 ダーモットはケーレブを見た。縋るような目で。
 ケーレブはそっと片膝を突いて、マグダリーナとアンソニーに目線の高さを合わせると、頭を下げた。

 「申し訳ございません。そろそろ現状を維持するのも限界だと思い、このお屋敷を売って資金を作り、馬車と馬を借りてお二人をお迎えに行こうかと。そしてそのまま領地に引越し、領地を立て直しながら慎ましく生活していくことを、旦那様に提案させていただきました。旦那様は王都で働く事はおできになりませんし、このお屋敷を手放しても不都合はないかと」

 「それで、売れたのね」
 「はい、オーブリー侯爵夫人がご購入下さいました」

 オーブリー侯爵夫人は亡き母の異母姉、シャロン伯母様のことだ。結婚して侯爵夫人になった。
 マグダリーナも母の生前に会った記憶があり、母とは腹違いの姉妹だが、とても仲が良く、優しい方だったので、支援の気持ちで購入下さったのだろう。

 「王都を離れるということで、永らくお世話になったカルバンさんとマハラさんは、お辞めになりました」

 (確か二人共王都に家族がいたはずだから、仕方ないよね……でもせめてお別れが言いたかった……)
 マハラの優しい手を思い出して、マグダリーナは涙を呑み込んだ。

 「荷造りは済んでおります。あとは馬車さえ手配すれば……出発できたのですが……」
 「お父さまはなんでぐずったのかしら?」

 ダーモットとケーレブが一瞬視線を交わすと、ケーレブはしれっと述べた。

 「図書室の本を全て運べないから、と……」

 紙が前世の日本ほど大量に作れずに価格が高いこともあり、この世界での本は高価だ。
 そもそも識字率の問題で、貴族の需要を基本に部数も価格も決められているので、さもありなん。

 下級貴族や字の読める庶民は、学園等の図書館や古本を利用している。
 我が家も下級貴族なのだが、ここでダーモットが毎月新刊を購入していたことが発覚した。

 (食べるものがあの有様だった状態で? そりゃ知識は大切だけど、限度と状況を考えるべきじゃないかしら……本当ダメダメな父親だわ……)

 でも、なんだか憎めない。

 だから伯母さま達も支援の手を差し伸べてくれてたのだろう。

 (なんだかんだと人に助けて貰ってる。お父さまは前世で大きな徳でも積んでいたのかしら?)

 「わぁっ!!」

 ケーレブの驚いた声に振り返ると、荷作りして置いてあった荷物を、アンソニーが収納魔法で片付けてしまったようだ。

 「お坊ちゃん、いつの間にそんな高等魔法使えるようになったんですか?!」
 「エステラとニレルに教わりました。お二人はとても凄い魔法使いなんです!!」

 マグダリーナも立ち上がった。
 「そうだわ、図書室の本も収納しちゃえば良いのよ。それなら引越しになんの心配もないはずだわ。ね? お父さま」
 「……あ、ああ」
 「それじゃあ片づけてくるから、ケーレブは馬車の手配をお願い」
 「お姉さま、僕も手伝います」

 そそくさとマグダリーナとアンソニーは図書室へ向かった。


 書斎に残された主従の二人は、書斎の前にずっといた魔法使い達に気付き、慌てて部屋に招いて礼を言う。

 「助けていただいた上に、娘と息子に魔法の手解きまでしていただいたそうで。本当に感謝します」

 ダーモットが礼を言うと、ケーレブがお礼の金貨を入れた小袋をトレイに乗せて来た。決して少なくない量のそれを、ニレルは受けとる。

 「ニレル! 私はリーナとトニーとは友達になったのよ……だから」
 「お金は受け取りたくない?」
 「だって、お礼なら言葉と気持ちでもう貰ったし。それにまだリーナ達にはお金が必要になってくると思うし……」
 「これは子供を亡くしかけた、ショウネシー子爵からの礼だよ。場所変えの妖精のいたずらは、命に関わることだってある。僕たちが礼を受けないと、あの子達とショウネシー子爵の信頼関係に影響がでるよ」

 ダーモットも頷いた。
 「子供の恩人に礼もしない父親だと、あの子達に愛情を疑われてしまうね。それに今の私はこの家を売って工面したお金以外、何も持たない。どうか遠慮なく受け取ってほしい」

 確かにそうかも知れない。
 でもエステラはダーモットからそれ以上のものを既に受け取っていた。

 顔色も変えず、エステラの大事なヒラとハラを、人間の子供に接するように受け入れてくれたこと。

 でもこの場でそれを主張して無理に断るのは、ダーモットの顔を潰すことになるのかも知れない。

 「わかったわ……」
 辛気臭い顔で礼を受けとるのは、よくない。エステラは笑顔でダーモットに礼を言った。



 書斎の大量の本に呆れながら、マグダリーナは魔法収納に片っ端から収めていく。
 まさか迎えが来なかった理由がこの本達だと思うと、気分は複雑だ。数少ないお母さまのドレスや宝石すら売られたというのに……。
 ふと窓辺に、砂時計が置いてあることに気づいた。砂が落ちる管の部分は随分と細く、ダーモットが書斎にいたことと、ここでの作業時間を考えると、どれだけ長い時間を測るものなのか首を捻ってしまう。
 糸のように細く黒い砂が下に落ちると、金の砂に変わる。黒の砂はまだまだ多く、試しにひっくり返して見たら、物理法則を無視して黒い砂は下から上へと移動していく。

 (不気味だわ)

 そう思ったものの、金の砂を見ていると、一瞬、不思議と守られているような気持ちになった。なんとなく気になったので、マグダリーナは引越しの荷物にそのまま入れた。
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