ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
10 / 285
一章 ナイナイづくしの異世界転生

10. 領主がいナイ

しおりを挟む
 

 ととのえるの魔法で館中ぴかぴかにして、王都の館を後にする。

 
 リーン王国の北側には、隣国まで跨ぐ大森林がある。
 古くから存在するその森は、女神の森と呼ばれていて魔獣や妖精が多く、人が入ると迷って帰って来れないと言われる。

 そこはどの国にも属さない、不可侵の森だった。

 その森とリーン王国は北から北西と広範囲に近接していた。ショウネシー領もその内のひとつで、女神の森からの河川が領地内を蛇行していた。

 エステラ達のいたゲインズ領はショウネシー領の隣。
 同じく女神の森と近接している。

 ゲインズ領の女神の森側には、マグダリーナ達が妖精のいたずらで飛ばされた、魔物の森と呼ばれる森がある。入り口付近は薬草や木の実等の恵み深い森だが、奥に行くにつれ強い魔獣が現れる危険な森だ。
 冒険者ギルドの支部も、ゲインズ領にはあった。


 ショウネシー領はゲインズ領ほど魔獣が出ることはないというのが、ダーモットの話だった。
 が。

「半年ほど前から、ゲインズ領の冒険者ギルドに、ショウネシー領の魔獣討伐依頼が来てたはず……ちょっと確認して来るよ」

 そう言ってニレルが転移魔法で去り、道中魔獣が出た時のために、エステラとスライム達が一緒に馬車に同乗して、ショウネシー領まで付いて来てくれることになった。

 収納魔法のおかげで荷馬車を借りる必要がなくなり、最速の魔獣馬の馬車で途中まで移動する事が出来る。
 ショウネシー領は道が整備されていないので、途中からはエステラの転移魔法で一気に移動する手筈だ。


「お父さま、領地に着いたらまず何から始めますか?」

 マグダリーナは一応確認しておく。

「そうだね……しばらくは領主の館にやっかいになりながら、まずは領地の現状確認からだね……」

 ショウネシー子爵家が領地に入ることは、前もって手紙で連絡し、王都出発前にも先触れの鳶便、通称とん便を飛ばしてある。

 領地はマグダリーナの祖父の弟の次男……父にとって従兄弟のハンフリーが、現在領主をしていた。

 ハンフリーは、学問の功績で爵位をいただいたショウネシーの血筋らしい、真面目で研究心も旺盛な人物とのこと。
 十年前に川の氾濫があったことから、まず領地の治水を行い、それでも年々収穫量が落ちるため、近年は土壌改良の研究もしていたらしい。

 聞いた限り、ダーモットが領地を丸投げしてるだけあって優秀そうな人のようだが……


 マグダリーナが真面目に領地のことを考えているのに、ダーモットはソワソワとエステラの膝の上のハラとヒラを気にしている。

「んー、んー、ヒラ、くん……?」
「なぁにぃ?」
「君たちはスライムで合ってるよね?」
「そぉだよぉ。ヒラとハラはディンギルスライムだよぉ」
「ディンギル……さしずめスライムの神……という意味かな……?」
「そだよぉ。ダモはわかってるねぇ! スライムの最上位種だよぉ。すごいでしょぉ!」
「そうなんだ、とてもすごいね!」

「スライムすぐ死ぬから、みんなヒラとハラまでなかなか辿り着けないのぉ。ヒラはベビぃの時にタラに会って、大事に大事に大事にぃ育てて貰ったから、可愛くてすごぉいスライムになったんだよぉ」

 うっ、とエステラは両手で顔を押さえた。これは、うちの子尊いムーブですね。

「僕にもスライム、テイムできるかな……」
 ぼそりとアンソニーがつぶやいた。

 この時は皆んな、まさかあんなものをテイムする事になるなんて、思ってもいなかったのだ……


 道中、宿で一泊し、王都を出てから二日後、ショウネシー領に到着した。

 通常なら一週間以上かかる旅程を、エステラとスライム達の魔法のお陰で一気にショートカットできた。

 リーン王国の国土は、コの字を傾けたような形をしている。

 王都や公爵領など栄えた領地と海を挟んで向こう側にあるのが、ショウネシー領とバンクロフト領。
 この二つの領地はリーン王国二大辺境ど田舎だった。
 ただしバンクロフト領は、ショウネシー領と違い農作物がよく育つ。特に豆が。


 初めて見るショウネシーの領地は、枯れかけた作物ばかりで人影もあるかないか……うそです。ほぼナイです。

 ただただ、ただっぴろい荒れ地が広がった、見るからに寂れたところだった。

 既に秋も終わろうとしているので、侘しさが目に沁みた。

 枯れ作物を押し退けて、ところどころ見知らぬ雑草が、青々すくすく背を伸ばしている。全くの不毛の地という訳ではないようだった。

 途中で馬車を返して、転移魔法に頼って大正解である。とても馬車が走れるような状態とは思えない。

 僅かに雑草の生えていない場所が道のようになっている所がある。おそらくバンクロフト領の商人の荷馬車が、根性だして通っている跡だろう。


 バンクロフト領はショウネシー領との境以外は海に囲まれた、どん詰まりの領地だ。
 海の魔獣は陸の魔獣より未知で凶暴。魔魚の体当たりに耐えうる船でないと、王都に荷を運ぶことは出来ない。
 そもそもこの国で船を造っている所はない。

 たとえショウネシー領がどんな荒れ地でも、バンクロフト領は根性出して王都まで何週間もかけて自領の農産物を売りに行く。主に乾燥させて日持ちのする豆類を。

 来る途中の馬車の中で、父のダーモットがそう説明してくれた。



◇◇◇



 ショウネシーの領主館の側に来ると、柵が設置してあり“魔獣出没危険”と札がかけられていた。

(なにこれ?)

 ヒラとハラがぽんぽん跳ねながら辺りを確認すると、ハラが喋った。

「ここ、土地から懐かしい匂いがするの」
「わかる! するぅ。ヒラの生まれたとことぉ同じ匂い」
「ああ、なるほど」
 エステラは頷いてダーモットに確認した。
「十年前に女神の森から流れる川が氾濫したんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「だとすると、女神の森の魔力が川の水に溶けて流れ込み、土地に定着したんだと思います」
「それは、いけないことなのかい?」
「今までと同じ作物だと土地の魔力に負けて育ちません。合う作物を探すか品種改良するかですね……果樹なら女神の森のものを移植して育てられると思う……」
「しかし、女神の森は……」

 入ったら出て来れないとも言われる危険な場所だ。

「私とニレルとこの子達なら、大丈夫ですよ。女神の森は庭と一緒です」

 その言葉にダーモットは目を見張った。
「君達は、一体……」
「ふふふ、世界一の魔法使いの弟子です」
 ダーモットはそれ以上深く詮索せずに頷く。
「とても頼もしいね。良ければこれからも、その知恵を貸してほしい」
 そう言って差し出した手を、エステラより素早くヒラの手がにゅっと伸びて握り返す。
「いいよぉ」

 その様子に、思わず皆んなで笑った。


 魔獣注意の札があるので、念のためにハラが先に領主館の中に入って確認する。

 入り口の扉に鍵はかかってなかったので、領主でありダーモットの従兄弟ハンフリーがいるものと思っていたが。

 うにゅっと玄関から顔を出したハラが声をかける。
「魔獣いない、大丈夫なの。この中誰もいないの」
「誰もいない? とん便も出したのに、ハンフリー様が不在だなんて……」

 ケーレブは念の為懐から短剣を出して、中へ進む。ダーモット、アンソニー、マグダリーナと続いて最後にエステラが中に入ってすぐ、しゃがみ込んだ。

「どうしたの」
 エステラの行動に気づいて、マグダリーナもしゃがんだ。
「リーナ、これ」
 エステラが指差した場所に、羽毛がパラパラ落ちていた。

「コッコカトリスの羽毛だわ」
「コッコ……なに?」
「コッコカトリス。通称コッコ。ニワトリにちょっとダケ似た魔獣よ」

 魔獣と聞いて、マグダリーナは慌てて皆んなの後を追った。


 領主の執務室は、まるでつい先程までそこで仕事をしていたかのように、書きかけの書類や書類の束が置いてあった。

 中へ入ろうとしたダーモットを、ケーレブが慌てて制す。

「いけません、旦那様! 早く離れて!」

 しかし時遅く、書類束がふわりと舞い上がると、ビリリと細かく裂けた。

「ああ~!!」

 ケーレブの悲鳴を聞き、ダーモットは慌てて執務室からでた。

「お父様、今のは一体……?」
「ああ……うん……どういう訳か昔から、近くにある書類が破けてしまってね……」

(お父さまが国の仕事に就けない理由って、もしかしてこれ?!)

「ダモ、妖精のいたずらぁ!」
「妖精……これは妖精の仕業だったのかい?」
「ダモの周りに風の妖精いるよぉ」
「なんですか、その妖精、書類に恨みでもあるんですか」
 執務室からケーレブが出てきた。

「旦那様、これを」
 銀縁の眼鏡を、ケーレブは渡した。

「こ……これは、ハンフリーの本体!」

(眼鏡でしょ?)

「机の横に落ちていました」

 父の手元を覗き込むと、眼鏡の縁にふわふわの羽毛がついている。
「……まさか、コッコに食べられちゃったの?」
 思わずでた言葉に、ハラがふるふる震えて否定する。
「血の匂いもないし、ここで捕食はされてないなの。それにコッコは人を食べないの」
「そうなのね、よかったわ」

 安心した途端に、外の音が気になった。
 ドドドドドと何かの足音のような音が聞こえてきたのだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生したので、今世こそは楽しく生きます!~大好きな家族に囲まれて第2の人生を謳歌する~

結笑-yue-
ファンタジー
『可愛いわね』 『小さいな』 『…やっと…逢えた』 『我らの愛しい姫。パレスの愛し子よ』 『『『『『『『『『『我ら、原初の精霊の祝福を』』』』』』』』』』 地球とは別の世界、異世界“パレス”。 ここに生まれてくるはずだった世界に愛された愛し子。 しかし、神たちによって大切にされていた魂が突然できた輪廻の輪の歪みに吸い込まれてしまった。 神たちや精霊王、神獣や聖獣たちが必死に探したが、終ぞ見つけられず、時間ばかりが過ぎてしまっていた。 その頃その魂は、地球の日本で産声をあげ誕生していた。 しかし異世界とはいえ、神たちに大切にされていた魂、そして魔力などのない地球で生まれたため、体はひどく病弱。 原因不明の病気をいくつも抱え、病院のベッドの上でのみ生活ができる状態だった。 その子の名は、如月結笑《キサラギユエ》ーーー。 生まれた時に余命宣告されながらも、必死に生きてきたが、命の燈が消えそうな時ようやく愛し子の魂を見つけた神たち。 初めての人生が壮絶なものだったことを知り、激怒し、嘆き悲しみ、憂い……。 阿鼻叫喚のパレスの神界。 次の生では、健康で幸せに満ち溢れた暮らしを約束し、愛し子の魂を送り出した。 これはそんな愛し子が、第2の人生を楽しく幸せに暮らしていくお話。 家族に、精霊、聖獣や神獣、神たちに愛され、仲間を、友達をたくさん作り、困難に立ち向かいながらも成長していく姿を乞うご期待! *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈ 小説家になろう様でも連載中です。 第1章無事に完走したので、アルファポリス様でも連載を始めます! よろしくお願い致します( . .)" *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

処理中です...