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二章 ショウネシー領で新年を
19. 月明かりの下で
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新しいショウネシー邸のバルコニーで、月を眺めながら、ダーモットは亡き妻を思い出す。
「貴方でなければ、この呪いは受け切れないのです。どうか私を娶って私の呪いに塗れて」
美しい顔でそう言ったひと。
伯爵家の庶子で、母親はどこの国にも属さない流民だった。
ダーモットの亡き妻、クレメンティーン。
微笑みながら、決して己れの不幸を嘆くことはなかった。それどころか、有無を言わせずダーモットを、その家門を道連れにした。
彼女にとってそれしか選択肢がなかったのだから、恨んではいない。
確かにこの数年は苦難の日々だった。それでも信頼できる使用人や子供達がそばにいてくれたので不幸だとは思わなかった。
ただ。
あの日、庭園に出来ていた妖精のいたずらと、側に落ちていた薬草の本を見つけるまでは。
ゲインズ侯爵から連絡が来て、慌てて王都の邸宅を売りに出した。
それでも、なにかが。なにかが、チカチカとダーモットの中で警告を発していた。まだ、その時ではないと。
ギリギリまで愚図ったお陰で、子供達には嫌われたかもしれない……マグダリーナの冷めた瞳を思い出す。
そして迎えた結果は――
「クレメンティーン、素晴らしい魔法を見たよ。だが私はまだ、動けないのだろうね」
もちろん応える声は無いけれど。
ダーモットのそばにいる風の妖精達が、ふわふわと彼の髪を弄んでいた。
◇◇◇
「くっははっ。どうだい? こんなのもう、興奮するしかないだろう!!」
ショウネシー領が寝静まった深夜。
走る車のない道路にしゃがみ込んで、頬をつけて喜んでる男と、それを氷の眼差しで見つめるものがいた。
領民でない者の侵入に、警備担当のマゴーは、男達に敵意がないことを把握すると、捕縛でなく様子を見ることにして、その一部始終を記録しはじめる。
「地下の水路や魔導経路はウシュの技術だ。この仕込みはニレルだろうなぁ。ところがその上のこの道! 石材かと思ったら、苔を詰めて上にスライム材と魔法でうす~く被膜してある。うす~いのに、この固さ!」
バシバシ道路を叩いて、興奮する男。
クセのある短髪黒髪に真紅の瞳の美男子だったが、興奮するごとに尖った耳がひょこひょこ動いた。
彼の連れは黙ったままだ。
「生きてるぞ、この道路。路面に水や雪が付くと素早くこの苔が水分を吸い取って、土壌水、地下水になる仕組みだ。水だけじゃなく、空気も魔素も精素も出入りする。しかも地の霊脈を全く阻害しないんだ。こんなの四千年以上生きたが見たことない!」
男の蘊蓄に、初めて彼の連れもしゃがみ込んで道路に手を当てる。
「これは……女神の森と、同じ鼓動……?」
「これをやったのが、あの子なんだな、俺の娘!」
「あの子に貴方の血なんて、一滴も流れてないどころか、顔を合わせたこともないよね? 僕はイラナだけに声をかけたのに、何故ここにいるのかなエデン?」
上空から聞こえた声に、道路に手を当てていたイラナは、さっと姿勢を正し礼を取る。
「申し訳ございません。気をつけておりましたが、付き纏われてしまい……」
暗闇に月光の輝きを纏って浮遊し、白金の長い髪を靡かせていたニレルは、イラナの側に優雅に降り立つと、手振りで楽にするようイラナに伝える。
「仕方がない、彼の振る舞いには叔母上も頭を痛めていたからね」
「ディオンヌが俺の話をお前にしたのかい? なんて云ってた? イイ男だと云っていただろう?」
「いいえ、全く」
「随分つれないじゃあないか、ニレル。心配しなくても、俺もあの子に嫌われたくない。愛しい女の忘形見だ、傷つけたりはしないさ」
「そんなことはわかっているよ。でも、困らせるつもりだろう?」
「どうかなぁ? それはあの子次第かなぁ? んはははっ」
ニレルは溜息をついた。
「すでにこの時間の訪問が迷惑なんだ。一旦森に帰って朝九時から出直して。領に入る時には、ちゃんと正規の門を通ってくること」
「はあ、わーかったよ。イラナ、出直そう」
「いや、イラナはそのまま僕と一緒に来てくれればいい」
「はい、ニレル様」
「ちょ、そりゃないんじゃないか?」
ニレルは無言でエデンを森へ強制転移した。
◇◇◇
新しいショウネシー領の境に柵はない。
一応領境がわかるように、女神の森に自生していたローズマリーやタイムなどの薬香草を増やして生垣を作った。
さらに他領との道の境に背の高い門を作って、そこで通行者の確認をすることに。
門に詰めてるのはマゴーだが、他領の人と直接やりとりするのは人の方が良いだろう。
二つある門に当面はグレイと、読み書きのできる領民の男性で、それぞれで対応してもらうことになった。
門には通っただけで浄化魔法や鑑定魔法が働き、病原体や危険物を持ち込めないようになっている。
門以外のところから進入しようすれば都度結界が展開されて侵入はできないことになっているし、門も門番の許可がなければ通行不可能になっていた。
唯一の例外が女神の森と接地する箇所で、基本的に結界はない。
――普通の人間が女神の森からやってくることは出来ないのだから。
「貴方でなければ、この呪いは受け切れないのです。どうか私を娶って私の呪いに塗れて」
美しい顔でそう言ったひと。
伯爵家の庶子で、母親はどこの国にも属さない流民だった。
ダーモットの亡き妻、クレメンティーン。
微笑みながら、決して己れの不幸を嘆くことはなかった。それどころか、有無を言わせずダーモットを、その家門を道連れにした。
彼女にとってそれしか選択肢がなかったのだから、恨んではいない。
確かにこの数年は苦難の日々だった。それでも信頼できる使用人や子供達がそばにいてくれたので不幸だとは思わなかった。
ただ。
あの日、庭園に出来ていた妖精のいたずらと、側に落ちていた薬草の本を見つけるまでは。
ゲインズ侯爵から連絡が来て、慌てて王都の邸宅を売りに出した。
それでも、なにかが。なにかが、チカチカとダーモットの中で警告を発していた。まだ、その時ではないと。
ギリギリまで愚図ったお陰で、子供達には嫌われたかもしれない……マグダリーナの冷めた瞳を思い出す。
そして迎えた結果は――
「クレメンティーン、素晴らしい魔法を見たよ。だが私はまだ、動けないのだろうね」
もちろん応える声は無いけれど。
ダーモットのそばにいる風の妖精達が、ふわふわと彼の髪を弄んでいた。
◇◇◇
「くっははっ。どうだい? こんなのもう、興奮するしかないだろう!!」
ショウネシー領が寝静まった深夜。
走る車のない道路にしゃがみ込んで、頬をつけて喜んでる男と、それを氷の眼差しで見つめるものがいた。
領民でない者の侵入に、警備担当のマゴーは、男達に敵意がないことを把握すると、捕縛でなく様子を見ることにして、その一部始終を記録しはじめる。
「地下の水路や魔導経路はウシュの技術だ。この仕込みはニレルだろうなぁ。ところがその上のこの道! 石材かと思ったら、苔を詰めて上にスライム材と魔法でうす~く被膜してある。うす~いのに、この固さ!」
バシバシ道路を叩いて、興奮する男。
クセのある短髪黒髪に真紅の瞳の美男子だったが、興奮するごとに尖った耳がひょこひょこ動いた。
彼の連れは黙ったままだ。
「生きてるぞ、この道路。路面に水や雪が付くと素早くこの苔が水分を吸い取って、土壌水、地下水になる仕組みだ。水だけじゃなく、空気も魔素も精素も出入りする。しかも地の霊脈を全く阻害しないんだ。こんなの四千年以上生きたが見たことない!」
男の蘊蓄に、初めて彼の連れもしゃがみ込んで道路に手を当てる。
「これは……女神の森と、同じ鼓動……?」
「これをやったのが、あの子なんだな、俺の娘!」
「あの子に貴方の血なんて、一滴も流れてないどころか、顔を合わせたこともないよね? 僕はイラナだけに声をかけたのに、何故ここにいるのかなエデン?」
上空から聞こえた声に、道路に手を当てていたイラナは、さっと姿勢を正し礼を取る。
「申し訳ございません。気をつけておりましたが、付き纏われてしまい……」
暗闇に月光の輝きを纏って浮遊し、白金の長い髪を靡かせていたニレルは、イラナの側に優雅に降り立つと、手振りで楽にするようイラナに伝える。
「仕方がない、彼の振る舞いには叔母上も頭を痛めていたからね」
「ディオンヌが俺の話をお前にしたのかい? なんて云ってた? イイ男だと云っていただろう?」
「いいえ、全く」
「随分つれないじゃあないか、ニレル。心配しなくても、俺もあの子に嫌われたくない。愛しい女の忘形見だ、傷つけたりはしないさ」
「そんなことはわかっているよ。でも、困らせるつもりだろう?」
「どうかなぁ? それはあの子次第かなぁ? んはははっ」
ニレルは溜息をついた。
「すでにこの時間の訪問が迷惑なんだ。一旦森に帰って朝九時から出直して。領に入る時には、ちゃんと正規の門を通ってくること」
「はあ、わーかったよ。イラナ、出直そう」
「いや、イラナはそのまま僕と一緒に来てくれればいい」
「はい、ニレル様」
「ちょ、そりゃないんじゃないか?」
ニレルは無言でエデンを森へ強制転移した。
◇◇◇
新しいショウネシー領の境に柵はない。
一応領境がわかるように、女神の森に自生していたローズマリーやタイムなどの薬香草を増やして生垣を作った。
さらに他領との道の境に背の高い門を作って、そこで通行者の確認をすることに。
門に詰めてるのはマゴーだが、他領の人と直接やりとりするのは人の方が良いだろう。
二つある門に当面はグレイと、読み書きのできる領民の男性で、それぞれで対応してもらうことになった。
門には通っただけで浄化魔法や鑑定魔法が働き、病原体や危険物を持ち込めないようになっている。
門以外のところから進入しようすれば都度結界が展開されて侵入はできないことになっているし、門も門番の許可がなければ通行不可能になっていた。
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――普通の人間が女神の森からやってくることは出来ないのだから。
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