ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
81 / 285
五章 白の神官の輪廻

81. エステラの家

しおりを挟む
 思い立ったら即行動な面子しか居ないので、マグダリーナ達はエステラとニレルの家に向かった。

 ショウネシー邸の隣ではあるが、実際に家の方へ行くのは初めてだった。


 エステラの家の周囲は水色の縦格子と色とりどりの美しい、多様な薔薇で覆われ、近づくだけで良い匂いがする。
 この世界で薔薇を見るのは、この家でが初めてだった。

 魔導車も出入りするので、入り口は広く開けて門扉もないが、ショウネシー領では特に問題はない。

 車庫までの道と、家の入り口までの道以外は柔らかい苔が美しく敷かれ、小精霊達と一緒に、コッコがオスメス数羽、そこでくつろいでいた。
 この苔も薬香草の一種で、爽やかな香りがする。

 家屋の方は床下が高く、玄関前に数段階段とスロープが並び、広い軒と漆喰の白い壁、木製の黒い柱、そして黒い飾り格子の和の様式を取り入れた作りになっていた。

 もうこの時点で珍しく、皆んなでキョロキョロと辺りを見回していると、玄関の引戸がガラッと開いた。


『土足厳禁である!』

 出迎えのササミ(メス)にそう言われて、土足文化の面々は面食らった。

「おう……ここで靴を脱ぐのか……?」
 ヴェリタスが狼狽える。

『足に虫を飼ってるものも、我がきっちり根こそぎ浄化する故、遠慮なく脱ぐが良い』

 そういうと、ササミ(メス)は全員の足に浄化の焔を吹きかけた。

「きゃっ」
 見た目にびっくりしたものの、熱さもなく一瞬のことだった。

 玄関で靴を脱ぎ、上り框を上がると、すぐ隣に小さな洗面台があった。

『外から帰ったら、そこで綺麗に手を洗い、うがいをするのだ』

 言われるがまま、列を作って手を洗いとうがいをしていく。洗面器に手を入れると、勝手に水と石鹸水が出て、洗い上がると一瞬で乾く。うがい用のコップを持って、うがい用とわかるアイコンのボタンを押せば、同じように水と薬液がコップに注がれる。
 全員終わるまで、そんなに時間はかからなかった。

 ササミ(メス)の案内で廊下を進む。石とレンガの屋敷にはない木の香りがして、気持ち良い風を感じる。

 微かに水音がすると思うと、明るい日差しが差し込む縁側に出た。


 そこでは、ニレルとエデンが着物と作務衣を合わせたような涼しげな服を着て、長い足を持て余すように、裸足で円座に胡座をかき、ちゃぶ台の上の盤上遊戯に興じていた。

 縁側から見える庭園には緑が溢れ、ところどころに大輪の芍薬の花が咲いている。
キラキラ光る、小さな妖精蜂が花蜜を求めて数匹飛び交っていた。
 中央には女神の光花が縁取る、澄んだ水の池があり、縁側の下の水路へ気持ちよい水音をたてて流れている。

 池と水路には、淡く輝く蛇のような龍のような魔獣が一匹に無数の海月のような透明な魔獣がキラキラと浮いたり泳いだりしていた。
 緑の中に白い可憐な梔子の花が咲く一角があり、芍薬と共に辺りに良い香りを漂わせる。

 室内側との仕切りには色とりどりの長い薄衣が何枚か下げられ、風に合わせて舞ゆらめき、顔と姿の良い男たちをさらに際立たせた。


 マグダリーナとレベッカは、声を無くしてお互いを支えあった。

 ヴェリタスもライアンもどこから驚けばいいのかわからない顔をしているが、アンソニーは元気に声をかけた。

「お邪魔します、ニレル、エデンさん。エステラは居ますか?」

「ようこそ。今隣の部屋に座卓と飲み物用意してるよ」
「んっはは。いい眺めだろう? じっくり堪能してってくれ」

 薄衣の間から、小さな白い手が見えると、ニレル達と同じ格好のエステラが現れた。

「どうぞ入って入って」

 招かれるまま部屋に入ると、マグダリーナには懐かしい井草のような香りと、想像通りじゃない畳の間があった。

「どーなってんの?!」

 天井の天窓から自然の明かりが差し込み、畳部屋を一直線に割るようにガラスのような透明な素材の床が、池からの水の流れを見せていた。

 部屋の中心の天窓の真下は円形にくり抜かれた段差が有り、そこも水の流れる様子が眺められる。
 ササミ(メス)がその上に円形の座卓を置き、円座を並べていく。

「せっかく広い土地をいただいたので。玄関近くは普通の住居区にして、奥から工房にかけては寝殿造の雰囲気を真似て癒しの空間にしたの。水音っていいわよね」

 しずしずとヒラとハラが飲み物を乗せたお盆を持ってきた。

 レベッカが珍しそうに辺りを眺めて、ライアンの袖を引っ張る。
「私、床に座るのは初めてですわ」
「多分皆んなそうじゃないかな?」

 エステラも少し考え込んだ。

「領内の貴族用以外の家は、全部土足厳禁にしてあるけど、畳はないから床に座る人は確かにいないかも。あ、飲んでみて炭酸ダメだったら言ってね? 普通の水で作り直すから」

「炭酸?」
 ライアンは配られたグラスの中身を見つめる。

「しゅわしゅわパチパチするから、まずは少しずつ飲んでみて」

 飲みはじめ驚いたものの、爽やかな味が美味しくて、皆んな気に入ったようだった。

「これ、リモネと妖精蜂の蜂蜜?」

 リモネは前世のレモンと同じ果実だとマグダリーナは思っている。

「そう! やっぱりこれは定番よね!」

 ショウネシーでは妖精蜂も、どんどこ増えていた。

 女神の光花の蜂蜜は高級素材すぎてお蔵入りにしてしまったが、サトウマンドラゴラと苺の畑近くに巣箱を置かせて貰っている。

 農夫達はサトウマンドラゴラのお世話で手一杯なので、マゴーやヒラとハラがちょいちょい妖精蜂から巣蜜を分けて貰って、ショウネシー家にもディオンヌ商会にも蜂蜜はサトウマンドラゴラ糖程でもないが、たくさんあった。

 リモネはリーン王国ではよく取れる上に、酸味の強い果物なので貴族の人気も低く、価格は安い。

「どうして平民の家は靴を脱ぐように作ったんですか?」
 気になったのか、アンソニーが聞く。

「衛生面や掃除のしやすさもあるけど、平民の場合は、足に合った靴を買えない場合も多いでしょう? だからとりあえず強制的に靴から足を解放する時間を作ろうと思って」

「確かに合わない靴をずっと履いてるのは、足に良くないですね……」
「今は農夫の何人かに作業用の長靴をモニターしてもらってるとこなのよね……あれ? ところで今日は皆んなどうしたの?」

 ふむふむと話しに聞き入っていたが、レベッカが図書館で話していたことを説明した。

「うーん、冷たいお菓子なら一番簡単に作れるのがあるけど」

 レベッカはふるふると首を振った。

「出来るなら、手で摘んで食べられるようなお菓子にしたいんですの」

 エステラは頷いた。

「じゃあ、クッキーにしよう。まず普通に作って、それから魔法で作る。明日から授業の中に入れようか。場所はショウネシー邸の厨房が広いから、そっちを借りよう」

「エステラお姉様、魔法で作るのは錬金術ですの?」
「普通に魔法で作ります。原初魔法の錬金術を使うには、まず空間魔法を習得しないといけないからね」

「エステラ、僕が紅茶を淹れたり、クリームをホイップするのに使ってる魔法は錬金術じゃないの?」
 アンソニーが不安そうに聞いた。

「トニーに教えた、ホイップしたり、ウモウのミルクからバター作ったりする方法は初級の錬金術だよー。錬金術は一切の道具を使わずに、錬成空間を利用して素材を加工する魔法だから……」

 トントンとエステラは座卓を叩いて考え込む。

「今の所、トニー以外には空間魔法教えてないから、期限もあるし今回は普通の魔法でいきましょう」

 その時、ヴェリタスが無言で手を上げた。

「空間魔法って収納魔法とかだろ? リーナの魔導具はともかく、なんでトニーだけ伝授されてんの?」
「だって、いくら魔導具とはいえ、動力はリーナの魔力だから、リーナだけに負担がかからないよう二人で協力できたら良いかなって。何せ出会ったばかりのリーナとトニーは風が吹けば飛びそうなくらい痩せ細ってたんだもの」

 ヴェリタスは驚いた顔で、リーナとトニーを見る。

「確かに初めて会った時は今より病弱そうだった……」

 マグダリーナはフフンと得意げになった。
「今じゃ逆に、太り過ぎないよう気をつけないとと思うくらいよ」

 実は最近エアに、体重管理もしてもらっている。

「そうだよなぁ……エステラ、俺はいつになったら収納魔法を伝授してもらえる?」
「んー、収納くらいならまあいっかな。バチっとする?」
「するする!」
「じゃあ」

 エステラはいつものようにヴェリタスの額に手を当てると、バチっとやった。

 ヴェリタスは早速飲み終わったグラスを出し入れして、収納魔法を試す。

「魔法ってこんなに簡単に覚えられますの? 私達が今まで散々頑張って土を掘ってたのは何だったんですの?」

 レベッカがわなわな震えるのを、ライアンが宥めた。

「今した事が簡単にできたのは、ルタにそれだけの魔法を入れられる器が出来てたからよ。魔法は使えば使うほど効率よく魔力量も少なく扱えるようになるし、徐々に使える魔力量も増えて来るから、今まで土を掘ったりしてたのは重要な基礎訓練です」
「……そ、そうでしたの……ごめんなさい」
「不安にさせちゃってごめんね」

 レベッカはふるふると首を振って、真っ赤な顔を手で隠した。

「お姉様を信じきれなかったこと、お恥ずかしいですわ」
「レベッカ……!」

 エステラはぎゅっとレベッカを抱きしめる。そして。

「それじゃあ早速、皆んなでこの飲み終わったグラスを魔法で綺麗で清潔な状態にしてみましょう」

 次の瞬間、アンソニーのグラスがおろしたてのように、汚れも指紋も水滴一つも付いてない状態になった。

「きれいにととのえよ!」

 マグダリーナもさっさと自分のグラスを綺麗で清潔な状態にした。

 ライアンが呆然と、「トニー、はやい……」と驚く。

「ああ、そうか、ととのえるは浄化や洗浄やら色々混ざった複合魔法だっけ?」
 ヴェリタスもととのえる魔法でグラスを綺麗にする。

 ライアンとレベッカも慌ててそれに倣った。


 そのあとは、皆んなで縁側に出て、陽が傾くまで、のんびり幻想的な庭の景色を、おしゃべりしながら楽しんだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...