ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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七章 腹黒妖精熊事件

134. その子だれの子?

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「……いま、星が動いた」

 唐突にルシンがそう言って、シャロンを見た。

「星? ルシン君は昼間にも星が見えるのかしら?」
 ルシンと目が合って、シャロンは不思議そうに首を傾げる。

「星の光は女神の輝きで出来ている。星読みの神官だったルシンは、夜の空だけでなく、人の星を読み解くことも得意なんだ」
 ニレルがそう説明すると、ルシンは肯定の意味を込めて頷く。そうして、言った。

「シャロンさん、女の子だ」

 シャロンは言われた事の意味が判らず、目を瞬かせる。

 ルシンは再度続けた。
「お腹の子」

 シャロンは大きく瞳を見開いて、驚いていた。

「あら、私、子供ができたの?」
「女の子だ。今年の夏は暑いから、無理せず身体を労るよう、女神が云ってる」
「おめでとう、ルシンが星を読み取ったなら間違いない。きっとシャロンに似て綺麗な女の子だ」

 ニレルが祝いを述べる。

「まあ、ありがとう。でもお祝いの言葉は、無事出産してからにして頂戴。朝練は軽くだったら大丈夫かしら?」
「走らずに歩くようにした方がいいと思うの。私も一緒に歩くわ。あと魔力操作の訓練とかは、大丈夫」
「あら、エステラちゃんとお散歩できるのは、嬉しいわね」

 本人とハイエルフ達が嬉しそうにしている傍らで、置いてけぼりになってる面々は、誰が真っ先に「それ」を聞けばいいか目配せし合っていた。

 そして、シャロンの息子のヴェリタスに視線が集まる。

 ヴェリタスはきゅっと唇を引き結んで、それから息を吐き出すと、意を決して「それ」を口に出した。

「母上……その、俺の妹の、父親は誰なんですか?」

「伯爵ではないから、安心なさいな」
「いや、むしろ伯爵であって欲しかったよ?」

 マグダリーナとレベッカ、ライアンの視線がダーモットに集まったが、ダーモットは慌てて首を横に振った。

「それじゃあ……」
 ヴェリタスがそう言ってハンフリーを見る。
 ハンフリーは高速で首を横に振った。

 シャロンはため息を吐いた。
「男爵にそんな甲斐性が有りましたら、良かったのですけど……そうね、私、お相手の方と夫婦でいる姿がどうしても想像できませんの。だから一緒になる気はなくてよ。つまり、父親はいないと言うことね。だからヴェリタス……貴方が代わりに妹を守ってちょうだい」
「それは……そんなの、父親がいても俺は守る気だよ。でも相手は母上のことが好」
 言いかけて、ヴェリタスは言葉を切った。

 相手と一緒になる気がないというのは、望まぬ相手と望まぬことになったということではないだろうか。マゴーが付いていても、予期せぬことに遭遇する確率は0ではないだろう……
 もしそうだったら、シャロンは絶対何がなんでも相手のことは、喋らないだろう。誰にも。

「……まあいいや。母上がそう言うなら。俺、明後日から居ないけど、無理せずエステラ達の言う事ちゃんと聞いて、何かあったら、すぐ治療院へ行ってくれよ」
「もちろんよ。治療院へお世話になるようなことは絶対しなくてよ」

「ん、でも妊娠がわかったら、医者に診てもらった方がいいんだろ? とりあえず明日にでも治療院には行っておいたら?」
「まあ、まだ鑑定魔法でも判らないような状態よ。気が早くてよ。もう少し体調に変化が出てからで大丈夫よ」

 その時ヴェリタスは、ぴんと来た。

 用心深く手際よく物事を進める、いつものシャロンなら、今の提案をはぐらかすのはおかしい、と。

「まさか、母上……」

 勘の良い息子が気づいたことに、勘の良い母親も気づいて、扇子で顔を隠す。

「そうなのか? ……イラナなのか?! 確かに俺もあの人を父上って呼ぶ自分は想像できない……」
「まあ、この子ったら……淑女の秘密をこんなところで暴くなんて」

 シャロンはずっと扇子で顔を隠したままだ。

 ダーモットは驚きのあまり、口をぽかんと開けていた。


 イラナは本人の申告がないと、誰が見ても嫋やかな女性にしか見えない挙句、シャロンの異母妹でありダーモットの亡き愛妻に瓜二つのハイエルフだ。

 マグダリーナはそっとエステラに尋ねる。
「エステラ、気づいてた?」
「ンー、何となくイラナはシャロンさんのこと気遣ってくれてるなーとは思ったけど、それも普通の常識の範囲内に見えたから、わかんなかったわ。あ、でも脱毛したいって頼まれた事があったんだけど、あれってそういう……!!」

 レベッカやライアンだけでなく、ダーモットとケーレブまで寄ってきて、二人の会話に聞き耳を立てる。

「脱毛って全身脱毛? まさかVIOも!?」
 うっかり聞いてしまったマグダリーナであった。

 エステラは厳かに頷く。

「ハイエルフって清楚な顔してるほど、攻めてるのね……」
「僕はエステラの魔法の実践に付き合っただけだから」
 ニレルが声を顰めて、マグダリーナに囁いた。

 しまった、淑女らしくない言動でありましたとマグダリーナが頬を赤らめる中、エステラがぽつりと言った。

「でも、イラナは絶対、娘を可愛がりたいと思うのよ……」

 それはマグダリーナもそう思った。マグダリーナやアンソニーにおじいちゃん扱いされたがる程だもの。
 二人ともおじいちゃんと言ったことは無いが。

 一応マグダリーナは確認する。
「シャロン伯母様は結婚せずに子供を産んで、その……社交界で支障はないの? それにイラナは娘の父親になりたがると思うの」

 シャロンはようやく扇子を閉じると、その瞳にきらりと意志の強い光を宿した。

「私は私の誇りに賭けて、あの人を国と貴族のしがらみに縛りつけたくないの。それに今さら色恋の外聞など、影響するような小娘ではなくってよ」

 そう言って彼女は嫣然と微笑むと、また扇を広げて顔を隠した。

「まあ、結婚しなくても、娘の父親であることは確かなのだから……別に一切関わらせないように、などとは思ってなくてよ」
「シャロン伯母様ったら……まさかとは思うけど、ギリギリまでイラナに教えないつもりじゃないですよね?」

「まあリーナ、よくわかること。そう言うわけで、皆んなも彼にバラしちゃダメよ。あのクレメンティーンそっくりの顔で微笑みながら喜ばれたら、私の心の健康状態が、色々と不安定になりますもの」

 シャロンがイラナとのことをここで話したなら、二人の間に彼女の意思に反した事はなかったのだと判断して、ヴェリタスは内心安堵した。
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