ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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十章 マグダリーナとエリック

200. スライムは秋の海水浴ざぶーん

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 世の中には、敵に回してはいけない人種がいる。

 マグダリーナは目の前で起こったことを理解するのに、ちょっぴり時間がかかった。

 そしてもし、もしもオーブリー家が健在で、ショウネシーとオーブリーが敵対していたとしたら、あの簀巻きはマグダリーナだったかもしれない……
 とてもとても不謹慎だが、ライアンとレベッカが捨てられて、ショウネシーへ辿りついたことに、心から女神に感謝した。

「リーナ、レベッカ、ヴェリタス」

 何事もなかったかのように、ライアンは物陰にいた三人に声をかける。

「そろそろ次の授業が始まるから、急いで戻ろう」

「気づいてたのかよ……」
 歩きながらヴェリタスが言う。
「そんな派手な髪色が三人揃ってたら、流石にわかるさ」

 マグダリーナは一番気になることを聞いた。
「まさかあの公爵令嬢を、ドミニクさんの所に転移させた……の……?」
「いいや、ダーモット父さんもダメだって言ってたし、魔獣が一緒だからヒラのところに行くようにした」
「じゃあ、いいかな」

 と言うことは、エステラが善きに計らってくれることだろう。マグダリーナは安心した。

「いや、よくねーよ」
 ヴェリタスが間髪入れずにツッコミする。

「一応公爵家の令嬢が居なくなったんだぞ。公爵家から何言ってくるかわかんないじゃん」
「え? 本当の領地戦になったりする?」

 マグダリーナは一気に不安になった。

 だが次の瞬間、勝手に脳内に三色スライムがイケスラパウダーを撒き散らしながらが飛び回り、ゼラとササミ(オス)が暴れて、黒マゴー部隊が見たことのない仮想公爵邸を制圧したところで、あれ? となる。

「もしかして、うち、領地戦になっても勝てちゃう?」
「エルロンド王国制圧してますものね」
 レベッカも頷いた。

「心配すんのはそこじゃねーよ。あのご令嬢を、責任取ってライアンかハンフリーさんの嫁にしろって言ってきたら、どーすんだよ」

 レベッカの目がすっと座った。
「いくら喉から手が出るほど、ハンフリーさんのお嫁さんが欲しくても、あの人は嫌ですわ。ドミニクさんに責任を取らせましょう」

「いや、あの人(ドミニク)今回、なんの関わりも責任もないだろう」
 ヴェリタスが呆れて言ったが、レベッカはふっと薄く笑った。
「そんなの、ショウネシーにいる間に、関わらせてしまえば良いのですわ」

 ――ここにも、敵に回してはいけない人種がいた。



◇◇◇



 そしてその頃、件のヴィヴィアン・オーズリー公爵令嬢は、今まさに海中に沈まんとしていた。

 ヒラ達が丁度、秋の海水浴を楽しんでいるところだったからだ。

 三匹のスライムと浮き輪をつけたゼラとササミ(メス)がズラリと簀巻き令嬢を取り囲む。

「たす……っ、がぼ……」

「知らない人なの」
 ハラが言った。
「領民カード持ってないのぉ。でもこのマットぉ、スラゴーが作ったものだよぉ」
 ヒラも困ったお顔になる。
『む、では主がこの娘を始末しようと……!』

 ヒラとハラは揃って首を振った。

「ここの海はぁ、タラのお気にぃいりぃだからぁ、ゴミは捨てないのぉ。海も街もぉ綺麗に大切にぃだよぉ」
「つまり間違えて、落ちてきたなの?」

 その時、魔魚マグロンが波間から現れ、ヴィヴィアンとスライム達をご飯にしようと、大きなお口を開けて、突進してきた。

 キラン、と、ヒラ、ハラ、モモの目が光り、三匹は海中を超高速で泳ぎ、三匹同時に、マグロンにスライムボディアタックを打つける。

 魔魚マグロンは空高く舞い、浜辺に打ち上げられ、そのままスラゴーに解体、加工されていった。

 そして三色スライム達によって、海面で支えられていた簀巻きは、そのまますーっと沈んでいくのだった。

 ぶくぶくぶくぶく。



◇◇◇



「ひどいのですわぁぁぁ」

 マグダリーナの予想通り、無事ヴィヴィアンはエステラに回収された。その頃には、もちろん全身ずぶ濡れで海藻だらけだったが……

「これに懲りたら、誰かを陥れようとかしたらダメだよ。おねーさん」

 エステラは魔法でヴィヴィアンと眠り妖精を綺麗に整える。海藻もちゃんと回収する。事情もマグダリーナから魔導具を使って聞いていた。

「すごい魔法ですわ!!」

 ヴィヴィアンは学園にいた時よりも、美しく整えられて、上機嫌にくるりと回る。
 そしてすぐ近くから、ヴィヴィアンの嗅いだことのない、香ばしい良い匂いが漂ってきた。

 三色スライムと白色竜種コンビが、ごま油醤油ベースの特製ダレで味付けされた、マグロンと白ねぎの串焼きを作って焼いていた。
 モモもヒラとハラに習って、いつのまにか錬成空間を操るようになっていて、器用に白米を炊いて塩で味付け、おにぎりを生産していく。そこにササミ(メス)が恭しく、パリパリの焼き海苔を巻いていった。

らめぇぇ

 ヴィヴィアンの眠り妖精が、涎を垂らしながらそれを見ていた。

 浜辺に日除をたてて、テーブルと椅子も準備する。
 森の方向から吹いてくる風が、森林の香りを薄っすら運んできた。
 エステラとヴィヴィアンは、テーブルの椅子に並んで座り、美しいショウネシーの海を眺める。

「海の水、しょっぱかったでしょう?」
「塩辛かったですわぁ」
「おねーさんの眠り妖精、角ちっちゃいね。ちゃんと魔力のあるもの食べさせてる?」
「普通のお食事じゃダメですの?」
 エステラは頷いた。

「あの子特殊個体でしょ? 通常より魔力量が豊富なものを食べさせた方がいいわ。まだ眠りの魔法もうまく使えないんじゃない?」
「そうなんですの……代わりにちょっと人がお願いを聞いてくれやすくなる魔法が使えるんですけど、特殊個体だったからですのね……」
「魅了の魔法かぁ……人に使ったら怒られるから、おねーさんの将来は冒険者か冒険者か冒険者かな」
「三回言いましたのぉぉぉぉ」
 メソメソと項垂れるヴィヴィアンの背中を、エステラはぽんぽん優しく叩いた。

 ヒラがテーブルの上に、串焼きとおにぎりがたっぷりと乗った、大きなお皿を置く。

「召し上がれぇ」
「わーい、皆んなご飯の準備ありがとう! モモちゃんも、ずいぶんお料理出来るようになったね」
 エステラがモモから順番に従魔を撫でていく。

「はい! おねーさんもどうぞ!」
 エステラに串焼きを差し出され、ヴィヴィアンは素直に受け取って、食べた。

「んんんぅぅ、こんな美味しいもの初めてですわ。この白いのも外はパリっと中はとろりとして甘味がありますの」

 眠り妖精の方も、らんめぇぇぇ らんめぇぇと夢中で食べていた。

 ゼラがぽぽーんと、小さな花火のようなブレスを空に放つと、ニレルとエデンがやってくる。

 耳の長い、顔も姿も良い男達を見て、ヴィヴィアンは目を丸くした。そしてもう一度エステラをみると、エステラは長い耳をぴこぴこ動かした。

「……ところでここ、何処ですのぉぉぉ!? そして、あなたはどなたでしたのっ」

 今更かという叫びが、砂浜に響いた。
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