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領地運営とデビュタント
しおりを挟む「また伯爵は王都に遊びにいっているのですか……」
小さな頃からお世話になっている侍女、ザーラの言葉に視線を上げた。紅茶を目の前に置きながら、ザーラはとても怒っているようだ。
私は座っている椅子に背を預けると、机の上に置かれている書類を眺めながら頷いた。
「まだ18歳のエルヴィーラ様に領地運営を任せて……本来、ご自身で行わない場合は、家令を雇うものでしょう。その費用すら出し惜しんで」
私はザーラに苦笑いを返し、居るのに慣れてしまった執務室に視線を移した。
「いいのよ……屋敷に置いてもらえるだけでも感謝しないと」
「なにを……エルヴィーラ様はまごうことなき、フェルステマン伯爵家の長女であらせられるのに……」
立っているザーラに再び視線を戻すと、痛ましそうな顔をしている。
「長女と言ってもこの顔だから、誰も婿になど来てくれないだろうし……義務を果たせないわ」
自分の醜い火傷の痕を思い出し、私はそっと溜息をついた。
この火傷は小さい頃に癇癪を起こしたゾフィーナにおわされたものだ。私のドレスを着たいと子供のゾフィーナは騒いだが、丈も違う上にお茶会の時間が迫っていた。だからザーラが断ったのだけれど、それに怒りが爆発したゾフィーナは、なんと暖炉に入ったままだった火かき棒を私に投げつけたのだ。私が怪我をすればお茶会に参加できず、ドレスを着ることができると思ったらしい。
しかしとんでもない騒ぎとなり、結局はゾフィーナが私のドレスを着ることは無かった。
騒ぎを聞きつけてやってきた両親は、泣きわめくゾフィーナが、自分はやっていない、と主張する姿を信じた。その場は痛みで何も言えなかった私だったけれど、ザーラが一生懸命に説明してくれている姿は何となく覚えている。けれど両親は私が自分で転んでぶつけた、というゾフィーナの言葉を鵜呑みにした。
嫌な気持ちを思い出し、私は瞼を強く閉じた。
「そんなこと……」
ザーラの悲しみが滲む声が聞こえる。
「ディビュタントに参加できるのは今年で最後……もう今年の社交の季節も終わるわ。私はゾフィーナがもらう婿と両親にとって邪魔者だから、せめて領地運営をして家令の真似事でもしないとね」
そっと瞼を持ち上げて、考えていた今後の身の振り方を話した。
通常、貴族の子女は16歳から18歳の間に王都で行われる舞踏会、デビュタントボールに参加し、両親や稀に本人同士の希望により縁談が結ばれる。しかし私はこの傷もあり、両親から参加を促されたことはない。まあ自分も参加したいと思っていた訳じゃないけれど。
「……お相手探しもあるかと思いますが、一度だけでも舞踏会の華やかな雰囲気を味わってみてはどうでしょう」
ザーラの言葉に私は目の前のカップをぎゅっと握りしめる。
ダンスの相手が見つけられず、壁の花になるのはまだ良い。しかし舞踏会に参加すれば、小さい頃に化け物と馬鹿にしてきた者達が、大人になってもなお、私の心や体を傷つけるのは明白だと思えた。
けれど参加できる最後の機会になり、迷いが出てきている自分がいるのも事実だった。
※
「申し訳ないのですが、馬車の修理道具をお借りすることは可能ですか」
ザーラと話をしてから数日後、屋敷に上等な服を着た従僕が訪ねてきた。きっと上位貴族の従僕なのだろう。
この屋敷には今は家族が私しかいないので、必然的に判断は任せられることになる。
「ええ……かまいませんが。いかがいたしました?」
私の言葉に安心したのか、従僕はほっと息を吐いた。
「実はこの近くで馬車が壊れてしまい……できれば修理する場所もお借りしたいのですが」
「まあ……それは大変ですね。よろしいでしょう。裏手に馬車置き場がございますから、そちらで……」
「裏手ですか……」
従僕は少し苦い顔をした。
「もしかして、ご主人が乗っているのですか」
「ええ……」
従僕は申し訳なさそうな顔をしている。馬車を修理している間、主人を屋敷に滞在させて欲しい、ということだろう。
「……貴方の主人をお招きしましょう。応接間を好きに使ってください」
従僕は再び安心したように息を吐いた。
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