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犯人は何かを見た
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「北海はあのとき……」
仕事帰りに寄った行きつけのバーのカウンターで、俺はそんなことをつぶやいた。
◆
同僚の北海が殺されてもう少しで一年になる。北海は俺の腕の中で息を引き取った。一言のダイイングメッセージを残して。
犯人は何かを見ていた。しかし、何を見たのか、どうしてそんなこと俺にを伝えてきたのか、馬鹿な俺には何もわからなかった。
グラスを傾けながら、隣に座る美田所長が聞いてきた。
「北海がどうかしたのか」
「あ、いえ。なんでもないんすよ。ただ……」
当時、資材置き場の隅でうめき声を聞いた俺は、その不気味な声に誘われて近づいてみると、北海が地面にうずくまっていたのを発見した。
どうしたのかと介抱すると、手がぬるっと生暖かい液体に触れた。北海の後頭部から血が流れていた。近くには、先が赤く塗れた鉄の棒が転がっていた。
当時の俺は、同僚の命の危機に気が動転していた。急いで救急車を呼んだが、到着したときには時すでに遅く、そのあとすぐに警察が呼ばれた。
警察にはうまく事情を説明できなかった。人が死ぬ瞬間を見たことなんて一度もなかった。ましてや、自分の腕の中でだんだんと人が冷たくなっていく経験なんて、あるわけがなかった。
ダイイングメッセージのことを思い出したのは、ショックで寝込んだ俺が現場に復帰して、しばらくしてからのことだった──。
「なにかあるなら話してくれ」
所長が俺を気にかけてくれている。本当は思い出したくないことだった。でも、話せば気持ちが落ち着くかも知れないと思って俺は言った。
「北海が死んだときのことっす。俺、聞いたんすよ」
「聞いたって何を。まさか、犯人の声を」
「いえ、俺が駆け付けた時にはもう誰もいませんでした」
この事件、いまだに犯人が見つかっていない。
所長はグラスに口をつけると、一度喉を鳴らした。俺は、所長なら何か知っているかもと思って質問した。
「所長はあの現場に何があったか覚えてますか?」
「というと?」
「北海が死ぬ直前に言ってたんすよ。『何かを見た』って。もしかしたら現場には何かがあったんじゃないかと思って……」
「北海は一体何を見たんだ」
「いえ、見たのは北海じゃなくて犯人っす」
「犯人が?」
「そうっす。たしかそんなことをあいつが死に際に言ってたんすよ。それがどうも気になって……」
「たしかにそう言ってたのか?」
「そうっすね、そんな感じのことを言ってたんすよ。一字一句同じだったかどうかは微妙っすけど」
「その話、警察には言ったのか」
「それが言いそびれて。もう一年も経ちますし、いまさら言っても遅いっすかね」
あのとき北海がなんと言ったのか、はっきりと思い出せそうで、でも思い出せない。後頭部を殴られた北海は、おそらく背後から襲われている。ということは北海は犯人の姿を見ていないんじゃないだろうか。
でももしも去り際の犯人の姿を見ていたらどうだろう。北海は俺にそれを伝えようとしていたんじゃないか。『犯人を見た』と。でも俺が聞いたのは確か……。
「──ああ、そうだな。言わない方がいい」
「え?」
「言わない方がいい」
前を向いたまま、所長は二度、静かにそう言った。
【解説&ヒントは↓をスクロール】
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〈ヒント「北海はなんと言ったのか具体的に考えてみましょう」〉
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【解説】
主人公は北海からダイイングメッセージを受け取っています。その内容は、犯人が何かを見た、ということでしたが、一体何を見たのでしょう。
というより、主人公は正しくダイイングメッセージを受け取ったのでしょうか? 普通ならば犯人の正体を伝えてきそうなものです。もしも北海が伝えようとしてきたことが、犯人の正体で、主人公が間違えて受け取ってしまっていたら……?
『犯人は見た』ではなく『犯人は美田』だったら……。
仕事帰りに寄った行きつけのバーのカウンターで、俺はそんなことをつぶやいた。
◆
同僚の北海が殺されてもう少しで一年になる。北海は俺の腕の中で息を引き取った。一言のダイイングメッセージを残して。
犯人は何かを見ていた。しかし、何を見たのか、どうしてそんなこと俺にを伝えてきたのか、馬鹿な俺には何もわからなかった。
グラスを傾けながら、隣に座る美田所長が聞いてきた。
「北海がどうかしたのか」
「あ、いえ。なんでもないんすよ。ただ……」
当時、資材置き場の隅でうめき声を聞いた俺は、その不気味な声に誘われて近づいてみると、北海が地面にうずくまっていたのを発見した。
どうしたのかと介抱すると、手がぬるっと生暖かい液体に触れた。北海の後頭部から血が流れていた。近くには、先が赤く塗れた鉄の棒が転がっていた。
当時の俺は、同僚の命の危機に気が動転していた。急いで救急車を呼んだが、到着したときには時すでに遅く、そのあとすぐに警察が呼ばれた。
警察にはうまく事情を説明できなかった。人が死ぬ瞬間を見たことなんて一度もなかった。ましてや、自分の腕の中でだんだんと人が冷たくなっていく経験なんて、あるわけがなかった。
ダイイングメッセージのことを思い出したのは、ショックで寝込んだ俺が現場に復帰して、しばらくしてからのことだった──。
「なにかあるなら話してくれ」
所長が俺を気にかけてくれている。本当は思い出したくないことだった。でも、話せば気持ちが落ち着くかも知れないと思って俺は言った。
「北海が死んだときのことっす。俺、聞いたんすよ」
「聞いたって何を。まさか、犯人の声を」
「いえ、俺が駆け付けた時にはもう誰もいませんでした」
この事件、いまだに犯人が見つかっていない。
所長はグラスに口をつけると、一度喉を鳴らした。俺は、所長なら何か知っているかもと思って質問した。
「所長はあの現場に何があったか覚えてますか?」
「というと?」
「北海が死ぬ直前に言ってたんすよ。『何かを見た』って。もしかしたら現場には何かがあったんじゃないかと思って……」
「北海は一体何を見たんだ」
「いえ、見たのは北海じゃなくて犯人っす」
「犯人が?」
「そうっす。たしかそんなことをあいつが死に際に言ってたんすよ。それがどうも気になって……」
「たしかにそう言ってたのか?」
「そうっすね、そんな感じのことを言ってたんすよ。一字一句同じだったかどうかは微妙っすけど」
「その話、警察には言ったのか」
「それが言いそびれて。もう一年も経ちますし、いまさら言っても遅いっすかね」
あのとき北海がなんと言ったのか、はっきりと思い出せそうで、でも思い出せない。後頭部を殴られた北海は、おそらく背後から襲われている。ということは北海は犯人の姿を見ていないんじゃないだろうか。
でももしも去り際の犯人の姿を見ていたらどうだろう。北海は俺にそれを伝えようとしていたんじゃないか。『犯人を見た』と。でも俺が聞いたのは確か……。
「──ああ、そうだな。言わない方がいい」
「え?」
「言わない方がいい」
前を向いたまま、所長は二度、静かにそう言った。
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【解説】
主人公は北海からダイイングメッセージを受け取っています。その内容は、犯人が何かを見た、ということでしたが、一体何を見たのでしょう。
というより、主人公は正しくダイイングメッセージを受け取ったのでしょうか? 普通ならば犯人の正体を伝えてきそうなものです。もしも北海が伝えようとしてきたことが、犯人の正体で、主人公が間違えて受け取ってしまっていたら……?
『犯人は見た』ではなく『犯人は美田』だったら……。
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