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第90話 アッテンハイム外務02
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食堂での朝食後。
チェックアウトする前に、シュルツに連絡を入れエンペラーの引き渡しと食パンの支給を済ませた。
プイエーラの市場の視察だけに留め、何も購入せずに出発した。
次の目的地、マタイトまでは2日掛かる工程。
途中に宿場は無いがオートキャンプ場に似た広い野営地が国の管理で幾つか点在している。
簡易トイレと粗末な流し場が設置されているだけの平原。
運が悪いと魔物も出る。
雨足は小雨模様。泥濘んだ路面が多くなりお馬の足取りも重くなった。
極力人気の少ない野営地に入り、奥まった木々の間に陣取った。
馬車まで覆える雨露避けの天幕を張った上で…ご相談。
「我慢するのも、ご当地の環境に耐えるのも仕事の内と言うけれど…。目隠しの天幕も張ったので」
フィーネさんの一言。
「自宅に帰ろう」
「クワッ」
「お前らがいいなら文句は無い。見張りを立てるのにも人手が足りないからな」
「スターレン様が転移の道具を持っているのは既に周知の事実です。使える物を使って何がいけないのでしょう」
3人とクワンの心強い声援を受けて。西には変な奴らが待ち構えてるからと言い訳しながら。
シュルツにメールした。
夕食の準備。各所への連絡。馬小屋の受け入れ体制が整ったとの返事を受けて飛んでしまった。
その夜。標的が居るとの情報を得て夜襲を敢行したとある集団が居た。
天幕の中身は蛻の殻。南の森から逃げ出したと誤解した集団は夜通し森の中を彷徨ったと言う。
中央大陸内ではハイランクのビッグベアーの縄張が在るとも知らずに…。
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数日振りの自宅風呂を堪能し、シュルツを交えてリビングでだらけ切った。
「やっぱ自宅最高。仕事戻りたくない…」
「ペリーニャちゃんが待ってなければダラダラ行けるのにねぇ」
「それを言われると戻らざるを得ない」
「お二人がそこまでお会いしたくなるような人物。とても興味が湧きます」
「私も楽しみです」
「かなりの美少女なんだろ。西側の奴らにちょっかい出されてなきゃいいけどな」
「…それは教皇様が黙ってないでしょ。聖女に手を出す愚か者は世界に1人だけにして欲しい」
「女神様が直接見守っているようなものだから。もう大丈夫よ」
時刻は20時手前。
「さてと。明日の朝食とお昼のお弁当。さっき料理長からカレーのルーを貰って来たから蛇肉ポークカレーでも仕込みますかね」
「美味そうなフレーズが聞こえて来たな」
「私もお手伝いします」
「見学します!」
その中でフィーネが。
「ねえスタン。明日の午前に1回水没潜りに行っていい?」
「いいけど…。それなら慌てずに1日あっちの予定ずらして色々足りてなかった備品買い物しよっかな。ゆっくり潜ってる間に色々出来るし」
「だったら俺らも着替え入替えたり買い物するか。そのカレーは夕飯にしてくれよ。食いに来るから」
「そうですね。馬も雨天続きで疲れているでしょうし。休ませられます」
クワンも頷いている。
「ありがとみんな。これで心置きなく潜れるわ」
シュルツだけが暗い顔。
「私もお買い物に同行したいですが。無理ですよね」
ソプランが。
「俺たちは本来アッテンハイムに居る人間だ。邸内以外で知り合いに会うのも避けたい。この上シュルツまで連れ回せば人目を引いて疑われる。
水没ダンジョンも。少しでも情報は秘匿しなきゃいけないんだ。解るだろ?」
「はい」
アローマがシュルツの手を握り。
「お買い物は帰国後に皆で沢山致しましょう」
「はい!」
「じゃあさっさと作りますか」
突発の半分休暇だがそれも悪くない。
訳の解らん西側の奴らなんて放置でいいや。
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ペリーニャは深夜に目覚めた。
突然半身を起こしたペリーニャに部屋内で控える修女が驚いて声を掛けた。
「どうされました、ペリーニャ様。おトイレでしょうか」
「いいえ」
ペリーニャは南側の窓を開き、漆黒に染まる空を眺めた。
振り込む小雨を気にする様子も無く。
「お風邪を引いてしまいますよ」
「直ぐに閉めます。ご心配なく」
窓を閉め、受け取ったタオルで顔と髪を拭いた。
「御父様とゼノンに至急伝えて下さい。西の愚か者が熊を刺激してしまったと」
修女の顔が一気に冷めた。
「直ちに!」
独りになった部屋で、ベッド端に腰掛けた。
無知は罪。興味は誰にでも。
しかしどうして人はそっとして置けないのだろう。
大切なお客人にご迷惑を掛けてしまうなんて。
心の中で詫びると同時に。
「責任は必ず取って頂きます。愚かな者よ」
静かな怒りの灯火を瞳の裏に閉じ込め、ペリーニャは横になって眠りに就いた。
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昨日の夜から自宅に5人でお泊まり。
朝食はベーコンエッグトーストと
野菜たっぷりのお味噌汁。飲める人は牛乳。
丁度鰹節が切れたので今日はラフドッグにも寄ろう。
ソプランは「腹壊しそうだからいらね」と牛乳拒否。
「王都の買い物は任せるよ。防虫製のある大きな天幕と雨具一式と適度なテントと虫除けのお香はマストで」
自分の名前入りの証文数枚と金貨100枚を置いた。
「了解」
「畏まりました。お香のお店は何方に」
「4区寄りの5区内。北西方面のラプシェってお店。良い香りが漂ってるから直ぐに解ると思うよ」
お昼は各自適当に。夕方に自宅集合として解散した。
主にフィーネの身支度を済ませて大滝へと飛んだ。
相変わらず人影は無い。
何れここも観光名所になると思う。水没が知れ渡るのも時間の問題だ。それまでに主要アイテムの数を揃えたい。
上流のアッテンハイムが雨期に入ったので河の水量が若干増えていた。
愛情たっぷりのキスをして。
「中の流れも変化があるかもだから気を付けて」
「うん。行って来ます」
「俺は近辺で弓の練習してるから」
「はーい」
「クワンティは周囲の偵察がてらお散歩して来て。俺の下手糞な弓は避けてな」
「クワッ」
クワンが上に飛んだのを見て、まずは近場の大木の幹を的にして練習用の小弓を取り出した。
トームの構えとソプランに教わった基本動作を頭で重ねながら只管射った。
初心者に有り勝ちな手元で直ぐ落ちに何度も心を折られながらも立ち不動から習得して行った。
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水没したフィーネです。
前回からざっと1週半。ダンジョン内の魔物はしっかり復活していました。
水の流れ自体にそれ程変化は見られません。
見るからに変化したのは、魔物の数が倍近くに増えていた点です。
上の水量が増えたからか、迷宮主を倒し切って難易度が上昇したからなのか。考えられるのはその2つ。
スタンに相談すると。
「うーん。主を倒し切ったからだと思うなぁ。今回は勿体ないけど主を放置すれば次回来た時に解るよ」
「主が他に何を出すのか興味あったけど…。それは最後のお楽しみになりそうね」
主も素直に出るのか不明。
姿だけ確認して逃げてしまおう。
材料として海月の皮も欲しいから。
数は増えても攻撃パターンは同じ。
剣魚からは長めの角がチラホラ。スタンが練習中の弓矢の代用に使えそう。
運良く階層主から角がドロップ。
2層の大蛸からはクリップが2つもドロップ。
ラッキーだ。
3層の海月の大群から皮を大量納入。
海月を倒し切り、様子を伺った。…何も出ず。
双眼鏡で確認しても扉の向こう側に居る。
やはり扉に近付かないと出て来ないのかしら。
その確認も最後だ。
スタンに報告して帰還した。
用意していてくれたホットワインを飲みながら成果報告。
「角とクリップ2つゲット出来たよ」
「運がいいな。フィーネのポーチとペリーニャ用の貴重品袋で決まりだな」
自分のポーチにクリップを取り付け、角類を全て渡した。
「黄金角以外の角は長い物があるな」
「長いのは弓矢の代用になるんじゃない?」
「いいねぇ」と言って1本手に取り弓に宛がった。
格好良く弦を弾いて見せたが、矢は手元でボトリと落下してしまった。
「…練習不足だ」
追加で数本。近くで剣山と化した大木に何とか刺さった。
「難しいみたいだね」
「まあね。行き成りトームさんには成れないよ。時間作って教えて貰おうかなぁ」
何度も構える練習をするスタンに尋ねた。
「最後に扉の向こう側に行こうと思うんだけど。どうかな」
「…」彼は困った顔になった。
何かを悩んでいる時にする顔だ。
「駄目かな」
「ソラリマと槍のフル装備なら…。どんな相手でも逃げられると思う」
そう言って古竜の泪と架振の指輪を渡してくれた。
「架振で飛べる3割以上の魔力を残しながらの練習。それをマスターしてからじゃないと絶対行かせない」
「解った。安全圏を維持しながら練習する」
「ソラリマも槍もハンマーも。その上円月輪も魔力操作してるみたいだから。攻撃で使う分を体感で習得する事」
旦那様にはお見通しだ。て投擲して手元に戻してる時点でバレバレだった。
「上限無しの槍を試したくても。相手が居りませぬ」
スタンは軽く笑って。
「槍の練習は東に行ってからだな」
「先は長いですねぇ」
「さて。自宅戻ってお昼にしますか」
「そうしましょう」
上空のクワンティを呼び戻して自宅に帰った。
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洗濯機を回しながらフィーネがシャワーを浴びてる間に昼食の準備。
色々食材はあるけれど、これはと言う物が浮かばない。
悩んでいる間に洗濯機が止まった。
一刻も早く干してあげようと水色の水着を叩いて頬ずり
「何してんのよ!」
バスローブを着込んだ真っ赤なフィーネに叩かれた。
「叩くなよ。フィーネの温もりが残ってないかと確認を」
「残ってる訳ないでしょ!変態!」
引っ手繰られてしまった。
お茶でご機嫌を伺いつつ。
「お昼いいのが思い付かなかったから。ラフドッグで食事にしない?」
フンすと鼻息荒く。
「何で平然としてるのよ。私怒ってるんですけど?」
「許しておくれよぉ。愛する嫁の温もりが」
「もういい。それ言えば何でも許されると思わないで」
「御免なさい」
「はぁ…。最初から素直に謝りなさい。
時間が勿体ないから早くラフドッグ行こう」
仲直りしてラフドッグへ飛び、丼屋さんに入った。
狙いは相乗り丼。皆で仲良く舌鼓。
市場で魚介類と野菜と果物を大量購入。
熟成無しの黒大蒜抜きの滋養酒を購入。
「お陰様で大蒜入りは売り切れでね。お二人が買ってるのがバレて。
メドーニャさんとこだけじゃなくても大人気商品さ」
「良かったですね」
「宣伝の甲斐がありました」
「有り難い話です。何時か来て頂ける用に、今新作を色々漬けてるとこなんで。次は楽しみにしてて下さいよ。
お二人に試飲して貰うまでは売りに出さないんで」
「それは楽しみです」
「試飲楽しみにしてますね」
メドーニャさんにも当然ご挨拶。
「来た来た。待ってたよぉ。雨期が来る前に蒟蒻と鰹節を沢山拵えたから持ってっておくれ」
「態々済みません」
「代わりにお芋さんを沢山買いますね」
「何言ってんだい。こっちのも好きなだけ持って行きな」
有無も言わさず芋類を大量に袋詰めされて渡された。
店番交代で半ば強引に連れて行かれてしまう。
止める間も無く。
蒟蒻と干物と鰹節を頂き、更に良く冷えたフルーツ寒天ゼリーまで一杯。
「寒天ゼリーはロロシュさんに試食して貰っても大丈夫ですか?」
「そうねぇ。それは視察時の取って置きにしたいからまだ内緒で頼むよ」
「解りました」
「出さないように気を付けます」
海辺の雑貨屋で大きなビーチパラソルと独立式の大型BBQ薪編み台を購入した。
「態々焼き台作るまでもなかったな」
「あれはあれで色々使えるからいいんじゃない」
数軒出店準備中の海辺を眺めた。
「こっちももう直ぐって感じだね」
「ここらの雨期は短いらしいから。それが明けたら夏本番らしいよ」
「間に合うかな」
「海開きのシーズンも結構長いらしいから多分大丈夫。
ロロシュさんの視察に同行出来るかは微妙だけど」
肌が焼けてしまう前に礼拝堂でお参りしてハイネハイネの南東森へ飛ぶ…。
「ハイネに行くの?」
「キャンプ用品買おうかなって。あっちの方が良い物ありそうだし」
「そっか。じゃあ序でに転移の練習するから先に飛んで」
クワンのケージを受け取って。
「おけ。失敗したらスマホで連絡頂戴」
「はーい」
先に飛んで…暫くしてからフィーネも飛んで来た。
「魔力がごっそり持ってかれた…。これが転移かぁ」
フィーネの手を取って確認。
確かにベース魔力値の3割が飛んでいた。
気の所為かそのベース魔力も上がっている。
トレーニングの成果かな…。
「でも1発成功したね。本番は保険でブレスレットも着けておくといいよ」
「そうする。じゃお買い物行こう」
今日は時間も無い為変装無しの直球勝負。
何軒か回った最後の店は。
ギャラン&ボラン商隊共同経営のアウトドアショップ。
「へぇ。共同経営でこんな店やってたんだ」
「旅で培った知識を凝縮したって感じだね」
「ス!?」
店番をしていたトーマスさんの口を塞ぎ。
「現金で購入します。俺たちが来た事は内密に」
「内緒にしないとお金が落とせないので」
ウンウンしてくれたので速攻で買い漁った。
飯ごうセット、組み立て式大型テント、簡易トイレ数基。
魔物除けではない動物除けと虫除けランタンを複数個。
大判風呂敷マット、夏冬共用寝袋5巻。
ちり紙と薪束と炭も序でに大量購入。
トイレは宝物殿産の「物」を異次元に消し飛ばせるレベルではないが必需品となるので衝動買い。
定価売りの金貨を置いて逃げ去った。
「北陸の山々を想定されてはいませんか?」
「滅相もないです。北の大陸想定さ」
「成程。それなら納得です」
「長居は無用。さっさと帰りましょう」
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自宅へ戻り、裏庭の焼き台に綺麗に水洗いした黒石と魔石を敷き詰め、甘芋数本を投入した。
「石焼き芋なんて久し振り」
「今まで貰ったはいいが豚汁くらいにしか使わなかったから結構余ってたんだ。蜜たっぷりだから絶対にこうすれば美味しいに違いない。クワンのおやつにもなるしな」
「クワッ」
次第に漂う甘い煙。
遅れてソプランとアローマも裏庭に来た。
「お、また良い匂いしてんな」
「何をされているのですか」
そこへロロシュ氏とシュルツも合流。
「今度は甘い匂いか」
「これはまた誘われる匂いですね」
メドーニャさんの所で取れた甘芋を石焼きにしていると4人に説明。
「この手法も他でやってないなら特許取れそうですね」
「うむ。少なくともわしは知らぬ。その案は貰ったぞ」
「河原とか何処でも取れる黒石を寄せ集めて火の魔石で温めるだけなんで簡単ですよ」
「もう直ぐ焼き上がりなのでダイニングでお待ち下さい。
アローマさん。そろそろカレーの温め直しをしましょう」
「畏まりました」
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配膳終わりにご挨拶して夕食スタート。
「カレーのルーは本棟の料理長さんが仕上げてくれた物なので蛇肉以外は何時でも揃えられます。
甘芋は温かい内がお勧めですが冷めても美味しいです」
「甘芋は砂糖と醤油で煮付けても美味しいですよ」
全員総意で納得のお味。堅焼きパンが止まらない。
軽いフランスパンに似ているので付けて良し、後追いで食べても良し。
「美味い。芋も蛇肉カレーも絶品だ」
「光栄です」
「しかし不思議な感覚だな。外務中の四人がここでのんびり食事とは」
「アッテンハイムの雲行きが怪しくて。野営中はゆっくり食事も出来ない状況なんです」
「…なんだと」
「ロロシュさんの悪い予感が的中したみたいで。三国の上の方が兵隊連れてアッテンハイム内にまで出張ってるんですよ」
「十中八九私たち狙いです」
「…目的が解らんな」
「俺たちにもサッパリ。まだ直接対峙してないので詳細は不明です。次の野営は向こうで粘る積もりですが。
昨日の夜から今日だけ足りてなかった備品を買う序でに帰って来ました」
「話は理解した。ヘルメンには何と伝える」
「首都へ到着後に状況を見てクワンティを城へ飛ばす予定です。陛下へはその折に」
「ふむ。その様にしよう」
「出来る限り穏便に済ませる積もりですが相手次第です。
申し訳ないですがメルフィスさんを朝一でここに呼び寄せて貰えませんか?」
「後でゼファーに連絡させる」
「有り難う御座います」
「礼には及ばん。わしも余計な事を口走ったようだ」
その後暫く団欒を過ごし、早めの解散となった。
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朝一にお願いしていたら、本当に朝食中にご夫婦揃ってやって来た。
残り物のカレーを2人に食べて貰いながら。
「「美味しい!」」
食後に情報収集。
「教皇様が対処出来ないとなるとかなりの上役。
西方三国の中でも好戦的なのはメレディスとクワンジアです。恐らくその何方か、又は両国。
モーランゼアは中立的な立ち位置ですので可能性は低いと思います」
「そうですか…」
モンドリアさんが。
「敵は何処に布陣しているのですか?」
地図を広げ、クワンが確認した場所を示した。
一時モンドリアさんが言葉を失った。
「…正気か。ブラッズイアの南にはビッグベアの縄張が在ると言うのに。馬鹿共め」
拳を振わせ怒りを露わにした。
「熊、ですか?」
「アッテンハイム内で最強最悪な部類です。属性は風。
素早い上にキングでなくても中距離の空刃を操ります。
馬鹿共が刺激していない事を祈るばかりです」
「…」
ソプランが悪態を吐いた。
「クソッ。嫌な流れだぜ」
「代表的な倒し方は弓ですか?」
「そうですね…。遠距離から乱れ打ちにして射殺すのが常套手段。ですが通常ベアは家族単位の群れで動きます。
その内の一体でも傷付こうものなら…最悪の展開が待っています」
「群れ全体で向かって来る」
「最悪は誰か一人が囮となって南に引っ張るか、その群れをその場で倒し切るかの二択です。お二人ならその何方も可能だとは思いますが魔素溜りと他の群れだけには注意して下さい。ベアは特殊で例え残存が居ても、高確率でキング以上が発現します」
「なっ…」
フィーネが頭を抱えた。
「帰ると言う選択は過ちだったかも知れないわね。直ぐに準備して戻りましょう」
「2人共貴重な情報有り難う御座いました」
「「いえ」」
シュルツも。
「お話は後で御爺様に伝えます。スターレン様。自分用に収納袋の同等品を追加で作成しました。それ如きで事が収まるかは解りませんが、その馬鹿に投げ付けてやって下さい」
「交渉材料にくれてやるなんて勿体ない。それはペリーニャへのプレゼントに加えるよ」
「有り難う。後で貰いに行くわ」
「よし。準備出来次第出発。今日中にマタイトを越えてツイエラまで行く」
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馬車で野営地まで戻ると、誰も人が居なかった。
管理者の姿さえ。
斬り刻まれた天幕が野営地の奥で揺らめいている。
「俺たちを襲う気まんまんじゃねえかよ」
「穏便に済ませてやろうと思ってたのになぁ」
「馬鹿も極めると天井が見えないわ」
「正に青天井ですね」
「クワァ…」
「このままマタイトへ。休憩がてらギルドで情報収集。それからツイエラに行こう」
「了解」
マタイトへ到着後、トイレ休憩を兼ねて冒険者ギルド前に馬車を横付けした。
他の馬車は見当たらない。
しかし人の動きが慌ただしい。
各自トイレの後に受付へ。
「西方面で何かあったのか」
「何がなんてもんじゃねえよ。どっかの兵隊とベアが交戦中で冒険者が続々とツイエラから避難して来て大変なんだ。詳細はこっからじゃ解らねえ」
もう手遅れだったか。
隣のソプランが。
「橋は無事なんだろうな」
「少なくともツイエラまでは問題ない」
「3人共行ける?」
全員で頷き合う。
引き留めようとする受付を無視して外へ出た。
人間は大丈夫でも馬は適度に休ませなければならない。
人間とクワンは檸檬水に滋養酒を混ぜて飲み干した。
馬舎に割り込んで馬の水分補給と食事を与えた。
短時間の小休止。
クワンの。
「行けるそうです」
「行こう」
ツイエラまでに1回だけ食事休憩を挟み、御者をソプランと交代して外嚢を被り馬車を走らせた。
何とか日暮れに間に合い、1軒だけ開いていた宿屋へ駆け込んだ。
フロント員に西の様子を伺った。
「どうやら大橋が落とされたらしいんだ。あっちからの商隊がブラッズイアに引き返してしまって。今日の食事は出せない。明日の朝食なら何とか」
「それでいいよ。馬の餌は後でやりに行くので馬車の管理だけお願いします」
「賜りました」
10人部屋の大部屋。
交代で内風呂に入った後で手製の夕食時。
「橋はロープで間に合う。一足早く行って掛けるからその後で馬車を渡して」
「重量は大丈夫なのか」
「ラザーリアで500人を一度に持ち上げられたから問題ない」
「だったら安心だ。馬に下を見せないようにするのと」
「東西からの他の馬車を排除する必要があるわね」
「便乗を狙う輩が居た場合は」
「その時は俺が少し先まで先行して折り返しで転移する。
もう人目を気にしてる場合じゃないから。堂々とやってやるよ」
「どの道ロープも充分目立つしな」
「その通り」
美味しい筈のカレーや焼き芋が何だか味気なかった。
クワンが心配そうに。
「今から様子を見て来ましょうか?」
「いいよ。雨強いし。そいつらの自業自得。ブラッズイアの町は国の兵士と聖騎士軍が守ってる筈だ」
「クワッ」
「なら橋を落としたのって」
「間違いなくアッテンハイム軍だな。熊を東側へ流さないように」
「明日まで持ち堪えるでしょうか」
「他国で戦闘行為をする頭の可笑しな戦闘狂だよ。装備もいいの持ってるだろうし大丈夫さ。逆に調子に乗って深入りしてなきゃいいけど」
「それが一番怖いね」
「心配しても始まらない。食器片付けて早めに寝よう」
全員の同意を得た所で索敵。
ロイドちゃん9割拡大して。
「了解です」
…付近に敵影は無しと。
取り敢えずの安心を得て就寝。
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翌朝簡素な朝食を頂いて身支度を済ませ西へ出発。
雨の止み間に出られた。
雲の合間から薄く日も差している。視界は悪くない。
2時間程で大橋手前の休憩所に到着した。
双眼鏡を片手にフィーネが。
「あー残念。向こうにもこっちにも待機してる人が一杯」
「渡りたい奴らと逃げたい奴らでゴチャゴチャか」
「一っ走り行って来るよ」
「気を付けて」
元気に挨拶して走った。
結構深い谷間。底が見えない程ではないが、普通の人が落ちたら命は無い。
川が流れている箇所でもなく、大橋の損傷も最低限。
木造の棟梁中央部が2割崩されている程度。これなら復旧も早い。帰りに間に合ってなかったら手伝うかな。
人目はあるが気にせずロープで渡った。
対岸の休憩所には人は居ない。北側に目撃者多数。
構わず往復して馬車を運んだ。
「何か文句言ってる奴らが居るな」
「無視無視。さっさと行こう」
文句は垂れても邪魔して来る訳じゃない。
そのまま街道を西へ向かった。
「フィーネ。南で掠ったら教えて」
「はーい」
自分は御者台まで身を乗り出して望遠鏡を覗いた。
1時間強走った所でそいつらが現われた。
「居た。真南50km辺り」
大分浅いな。押されてるのか。
「ソプラン馬車停めて。様子見たい」
「オーケイ」
立ち上がって望遠鏡を覗き見た。
「おーおーやってるなぁ。あれならまだ大丈夫そうだ」
地図に大凡の場所を書き込んで。
「このままブラッズイアに行こう」
中からフィーネ。
「素通りするの?」
「助けるにしても。先に聖騎士軍に魔素溜りの場所を確認しないと動けない」
「そっか。ごめん、出して」
「俺のお人好しが随分と移りましたましたね」
「…次官失格ね」
「俺はそんなフィーネさんが大好きです」
顔を赤くして目を伏せた。
「人の隣でイチャ付いてんじゃねえ!」
文句を言いながら西へと馬を走らせた。
小1時間走らせた所で。
御者台のソプランが叫んだ。
「何か厳つい鎧着た連中が道塞いでるぞ」
どれどれと身を乗り出すと。前方から見覚えのある顔触れが現われた。
「あ、ゼノンさんたちだ。あれが聖騎士軍だよ」
「へぇ、あれが」
少し離れた所に馬車を停車し、俺とフィーネだけで地に降りた。
こちらが手を振る前に、馬を降りて全員膝を着いた。
「お久し振りです、ゼノンさんと第三師団の皆さん」
「こちらに来たのは一部だけですか?」
「久方振りです。現在首都で遊軍として動けるのは我が師団のみ。残りはブラッズイアに控えております」
ゼノンに地図を見せ。
「で、ここで熊と戦闘してる阿呆は何処の何奴なの?」
「やはり見られてしまいましたか。あれは…
クワンジアの国防準将、イリヤンド・アルファリの私兵部隊です。本人は我らが邸館で踏ん反り返っています」
「…準将?大将じゃなくて?」
「はい。…申し訳な」
「ゼノンさんが謝るとこじゃないでしょ」
「そうですよ。その準将如きがどうして私たちを狙っているんですか?」
ゼノンは悔しそうに唇を噛み。
「…スターレン様の、腕試しをさせろと。クワンジア国王の密書を片手に乗り込んで来ました」
「「「「はぁ?」」」」
「クワ?」
あれ?何だか立ち眩みが。
「またまたぁ。ゼノンさんも冗談が好きだなぁ」
「い、嫌ですよ。そんな理由で他国で暴れるだなんて」
「…冗談ではありません。私は密書の中身を見た訳ではありませんが。教皇様もその密書で渋々了承を」
少しその中身が気になるな。
「…助ける気が失せたけど。通り掛かった序でに助けて来るよ。ゼノンさんたちはどうする?」
「我らは立場上人間には危害が加えられません。表に出て来たベアはお任せ下さい」
「そいつら餌にして北へ引っ張るかなぁ」
ゼノンさんに魔素溜りの場所を聞くと、さっき戦闘していた場所の更に南70km付近だと言う話だった。
後ろに専門家が控えてくれるなら心強い。
ゼノン小隊を引き連れ元の場所に戻った。
先程は気付かなかったが、街道から少し南西部に開けた場所があり多くのテントが建てられていた。
仮設の野営地なのは間違いない。
全員が出払っていて無人だった。
人様の土地でやりたい放題。
ゼノンさんの説明に依ると、どうやらイリヤンドから何かしらの指示が下された模様。
簡単に倒せると踏んだか玉砕戦の指示か。
「後者なら同情するけど」
「恐らく前者でしょう」とゼノンさんが答えてくれた。
長期戦を見込み、断りを得て自分たちのテントや備品の設営をした。
天幕を南側に開き、大型のBBQ台を設置した。
「何を為さっているのですか?」
「皆さんも。腹拵え序でに熊さんが匂いに食い付かないかなぁって考えて。
フィーネは南の監視継続。ソプランとクワンは地上と空から周辺警戒。ゼノンさんたちは街道から一般人が近付かないように監視と人払いをお願いします。
肉と野菜焼き捲るんで時々戻って来て下さい。
アローマさん焼きを手伝って」
「ハッ!」
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焼きだしてから1時間は大きな変化は無かった。
双眼鏡を覗き見ながら咀嚼物をゴックン。
「膠着状態が続いてる。魔物の討伐戦を観戦しながらの炭焼きって最高ね。シャンパン飲みたい」
「一応仕事中なんで控えてね」
後ろでも美味い美味いの大合唱。
「これが大蒜ショウユ…。美味です。ペリーニャ様に何とご報告すれば良いのか」
「天気が良ければ首都でもやりましょう。教皇様は食には五月蠅い方でしたっけ」
「それはもう。身内の中では有名なお話です。好き嫌い無く広く異国の食をお求めです」
話が通じそうな人物みたいで良かった。
変化が見られないとロープで巨大団扇を作り、煙を南へと流し始めて数分後。
「あ!熊が立ち上がってこっち見てる!……
兵隊無視して走り出した。…群れは6体」
「よし食い付いた。全員迎撃態勢。
クワンティ。上空を通り過ぎて南に行こうとする馬鹿が居たら北へ追い返してくれ。
馬に指示してやるだけで充分だ」
「クワッ!」
「ゼノンさんたちは討ち漏らした熊をお願いします。異国の兵士たちを捕縛しながら戦うんで」
「了解しました」
「1匹も漏らさない。素材にとっても興味があるから」
フィーネさんが完全にハンターに成ってしまった。
「ソプランとアローマは転がした兵士たちを縄で縛って回って。縛る物は隣に山程あるから」
「はいよ。アローマ、抵抗したら腕でも折ってやれ」
「はい!」
「フィーネ。正しく処理した熊肉は焼肉でも鍋でも大変に美味しいらしいぞ」
「やるわ!スタンはソラリマを」
手には初お披露目の矛。
後ろの人たちがおぉっと唸った。
30分後に木々を薙ぎ倒しながら直進して来る大きな熊が肉眼で捉えられる距離まで来た。
なだらかな傾斜で視界は良好。
時刻は15時過ぎ。
熊から遅れて敵兵たちも続々と現われた。
観客は多いに越した事はない。
「そんなに見たいってなら見せてやるよ、馬鹿共め」
テント群を背にして染まるはゼブラ色。
「自分でやった時は気付かなかったけど…しまう」
「それは言ってはいけないぜ」
先頭熊の前に躍り出て即座に白い壁を設営。
壁の解除と同時に延長した灰色ソラリマで両断した。
瞬時の出来事で南から来た兵士たちは歩を止めて呆然として見詰めていた。
同様の方法で2匹目を割った。
脇からフィーネが3匹目の首を薙いで落とした。
飛んで来た空刃を手で払い、後ろの5匹目に当てた。
「微風だな」
「扇風機か乾燥機には成りそうね」
ゼノン隊の見せ場にと4匹目を後ろへ流した。
先頭のゼノンさんが空刃を盾で受け止め、残りの聖騎士が脇を擦り抜け両脚を削ぎ、絶叫しながら倒れた熊の背に剣と槍が刺さった。
見事な早業。
こちらも負けじと5匹目の爪をソラリマで受け止めた瞬間にフィーネが喉元を貫いた。
最後の6匹目は両サイドから攻め、腕を落としたと同時に俺が首を落として終了。
討伐完了後。
「私がタイラントのスターレン・シュトルフだ!クワンジアの雑兵諸君。不服があるなら挑んで来い!!
異国の特使に対して刃を向けるなら、容赦無く斬り捨てるまでだ!!!」
兵士たちは全員武器を捨ててその場に伏した。
部隊長の投降を受け入れず、暴れた者も数名居たがソプランに横腹を蹴り上げられて大人しくなった。
生存者の腕を軽く縛り上げ、怪我人は自分たちで処理させ、死亡者は放置した。
他のベアの餌とする為に。
捕虜をBBQ台の近くに集め、獲れ立ての熊肉で焼肉を続行してやった。
夜通し戦っていた人には何よりもの拷問。
「うっま」
「そんなにお腹減ってないけど美味しいね」
捕虜以外でお食事しながら、伝令に走った者以外のゼノン隊を交えて尋問タイム。
「貴方が部隊長殿ですね」
「はい…」
其処彼処でお腹が盛大に鳴っている。
「女神教信者でもある貴方方がどうしてアッテンハイムのお膝元で、どうしてこの様な狼藉を働いたのですか」
「詳しくはイリヤンド様からお聞き下さい。端的に申し上げれば。西の大陸の魔族の活発化に伴い、より強き者を募る為。スターレン様の噂を聞きつけたピエール王陛下様から下されたご指示です」
信者の中では俺が教皇様からの召還に応じて入国する事は周知されていて、それに合わせて待ち構えていたと部隊長は語った。
「西の魔族が活発化しているのは三国同盟内の共通認識ですか?」
「その様に存じます。スターレン様のマッハリアでの偉業の真偽を確認する上でこれが必要な事だと」
なんかイライラしてきたな。
「なんで俺がそれに協力しなきゃいけないの?あんたらが勝手に西に手を出しておいて。報復されるのを承知で挑んだ事案に対して、巻き込まれる理由が見当たらないんですけど?」
「…最悪の場合は。聖女様を人質にせよと」
その言葉を聞いた瞬間。ゼノンさんが柄に手を掛けた。
それを押し留めて。
「予定外の外務は勝手に進められない。我が国のヘルメン陛下の意向を伺わないと。これ以上は貴方たちと対話しても無意味です。取り敢えず捕虜として首都まで同行して貰えますか」
「はい」
「空腹じゃ動けないので貴方たちは自分たちで買い占めた物で腹を満たして下さい。
明朝、ブラッズイアに移動します。
ああそうだ。縄を解く前に確認なんですが。ここに陣取ってる奴らは何してるの?」
街道脇の崖の上を示して。
「…落石準備です」
プッツンしたゼノンさんに殴り飛ばされてしまった。
そんなゼノンさんをロープで簀巻きにして。
「落着いて下さい。立場は何処に行ったんですか。下の者を幾ら殴っても意味無いですよ」
「しかし!そんな事が許される筈が」
「先ずは首都に居るイリヤ何とかって雑魚と話をしてみてからです。崖下にこの人たちを並べれば難無く通れますから安心して下さい」
捕虜たちの前に立ち。
「全員の武装は没収します。女性も居るので裸には剥きませんが素手で魔物に挑む勇気があるなら、逃げて貰っても構いません。クワンジアに帰る為には首都に向かう以外の道は無いですが」
以降は特に問題も無く素直に従ってくれた。
ゼノン隊で交代で見張りをしてくれるとの事で安眠。
就寝前のソプランが。
「寝袋は快適だが…、焼肉臭え」
「大蒜入れすぎたな」
「明日の朝はハーブたっぷりにしましょう」
「そうしましょう」
「クワッ」
---------------
捕虜は240名。
翌朝になっても離脱者は居なかった。
汲み取り式のトイレは放置して、それ以外の撤収作業を終えて出発。
近場のご遺体だけ火葬。
その煙を見返して何人かが涙していた。
だったら来るなよ。
一々聞いてやる道理は無い。
部隊長の荷物の中に射程1000kmの双眼鏡があったので有り難く頂いた。
聞き直すと、熊の群れが居るのは認識していたが夜襲担当者が止める間も無く叩いてしまったらしい。
情けない。
そんな情けない奴らの為に時間を掛けるのは勿体ない。
と言う事で運搬方法は。
「体調悪くなった人は叫んでねー」
御者台から見上げる空には人々の群れ。
「上が気になり過ぎて集中出来ん」
「檻付きの大型馬車用意するのも勿体ないじゃん」
捕虜たちが使っていた馬はアッテンハイムで引き取って貰うのは取り決めた。
その馬と資材を組めば護送馬車も作れたが面倒になってこの結果を生んだ。
昼前にブラッズイアに到着し、捕虜と自分たちの食事休憩の時間を設けた。
捕虜は纏めて大きな納屋に収めて、聖騎士軍第三師団のゼノンさん含めた代表者と国軍代表者を交えて昼食会。
アッテンハイム側は捕虜の扱いに頭を悩ませていた。
「スターレン様なら一度に運べはするが、多過ぎる」
「捕虜と言う形では…クワンジアを逆撫でするだけではないでしょうか」
「大半をここに置いて一部の人間だけ運ぶのはどうでしょうかね」
「俺はどっちでも構いませんよ。各所に食料と休憩場所さえ用意して貰えれば。掛かる手間は変わりません。
扱いに関しては教皇様とご相談して決めたいですね」
「確かに我らだけでは手に余ります。
スターレン様はどの様に対処しようとお考えですか」
「そうですね…。
クワンジア軍の部隊長と女性兵を優先して50人程連れて行き、その准将に押し付けて追い返します。
そうすれば俺とフィーネの対処能力もピエール陛下にも伝わるでしょう。
三国が満足するかどうかはその反応を見てからです」
フィーネも。
「首都での滞在期間を延ばすにしても。
タイラントのヘルメン王直下に当たる私たちに対し、準将などの下っ端を持って来るとは些か…
いえ大変に不満です。お話にも成りません」
「この様に。クワンジア側は端から交渉する気など無い。
正式な召還状すら寄越さず、無関係なここに割り込んで来るような無作法。断じて許し難い。
取るべき手は幾つか。
一切相手にせずだんまりを決め込む。
遣られる前に叩き潰す。
ピエールを引っ張り出して一騎打ち」
場が凍り付く。
「正直に申し上げて。クワンジア兵は弱い。
ヘルメン王と教皇様の許可さえ得られればスターレンと私だけで王都を軽く沈められます。半日でもあれば充分でしょう」
「ピエールは何かを勘違いしている様子ですが。圧倒的に有利に立っているのは俺たちです。
俺たちってまだ全力全開で戦った事無いんで」
「半分冗談なのでご安心を。ヘルメン王も教皇様も
その様な許可は出しませんから」
ゼノンさんが額の汗を拭い。
「お人が悪いですよ。寿命が縮みました。
ではスターレン様の仰る通りに。五十名を選抜して運んで頂くと言う事で」
拠点兵長さんも安堵の息を吐き出した。
「各所への伝達と残り捕虜の管理は国軍が対処します。
大橋の再建は上層の判断を仰ぎます」
「今日は半端な時間ですのでまた明日の朝出発とします。
宿の手配は…」
再び兵長さん。
「そちらは既に手配済みです」
案内された高級宿の大部屋で。
「あー嘘八百並べるのも疲れるわぁ」
「嫌な仕事ね。外交官って」
「嘘かよ!」
「お止め下さい。心臓が止まり掛けましたよ」
「クワァ」
「ごめんごめん。ああでも言わないとまた面倒な方向に行きそうだったからさ」
「ピエールが遊び半分ならこっちも相応な態度を示さないと嘗められて損するだけだし」
「これからどうすんだよ」
「ピエールの密書を読ませて貰ってから考えるよ。脅すか対話か交渉か。相手だって本気で聖女様を攫おう何て考えてないだろうし。後は上司の判断次第さ」
「滞在が延長されてクワンジアから正式な召還があった場合は応じるのですか」
「今の所応じる必要性は無いね。さっきも言ったけど立場はこっちが上だから。ピエール本人がアッテンハイムに来ないなら交渉する気も無い」
「延長されたら教皇様の許可を得て。最後は転移で帰っちゃおうよ」
「いいねぇ。両国のトップの許可さえあればそれで帰ろう」
「今日はどうする?夕食までは時間あるけど」
「うーん。偶には男女別で散策してみる?
雨も降ってないからクワンも散歩行けそうだし」
「クワッ」
俺の何気ない一言から始まった束の間の自由時間も、兵士諸君の目もあったりで余り見所無く終わり。
男子組は良く解らない蝮酒を買い。
女子組も日用品を買い漁るだけに留まった。
地物の特産品って拘り始めると中々手が伸びなくなるもので…。
---------------
翌日は朝から雨。
急遽移動用屋根付き小屋を作って貰い、50人を収容して運ぶ事となった。
「出来る限り揺らさないように運びますが、気分が悪くなったら横の窓から手を振って下さいね」
部隊長が涙目で。
「スターレン様。私は高い所が苦手で」
「今日は下が見えないんで我が儘言わないで下さい。嫌なら雨晒しですよ」
「…済みません。我慢します」
こっちは御者台で雨晒しだぞ。
今度は日指付きに改造して貰おう。横殴りだと気休めだけどな。
午前、昼、午後に休憩を挟みながら。夕方前にゲテルフィンへと到着した。
首都が近くなっている所為か。建物の純白度合いに磨きが掛かっている。
眩しくないのに目に眩しい。
「白さで張り合ってるのか…」
「町行く人も全員白い服だな。そんで皆が空に浮かぶ小屋を凝視してる」
「画期的な運搬方法だと言って欲しい」
「斬新過ぎるだろ」
ゼノンさんが隣に来て。
「今日も宿が用意されているそうです。小屋の置き場も含めてあそこの兵が案内してくれます」
示された方向には元気に手を振る兵士が数人。
「ありがとー。色々すいません」
「いえ、これも仕事の内です。ペリーニャ様からも丁重にご案内せよと言い付けられますので」
「どうっすか今夜隊の皆さんで一杯」
「有り難い話ですが。それは首都に帰ってからの楽しみにして置きましょう」
真面目な人だなぁ。
今日も大部屋。
4人で交代して内風呂を出た頃には直ぐに夕食。
代わり映えのしないフライ物とパスタ。
豚のヒレカツとデザートにはミニケーキが付いていたのが救いだった。
「この時期食べ物も傷みやすいから。冷蔵庫が無いと何処もこんな感じになるのかなぁ」
「その日の物はその日の内にが基本だから」
「ソースやタルタルが欲しいと思う時点で俺はもう駄目なんだろうな」
「タイラントが如何に優れているのかが身に染みて解りますね」
「クワァ…」遠い目をしている。
口直しにと。冷蔵庫からフルーツ寒天ゼリーを出して食べ合った。
完熟パイン、マンゴー、オレンジのバランス感が絶妙。
余計な砂糖を使ってないのが高得点。
「ラフドッグに飛びたくなってくるな」
「仕事終わらせて早く行きたいね」
「ラフドッグに行けばこんな物まであるのか」
「私も海に行きたくなってきました」
アローマが熱い視線をソプランに送っていた。
「解ったからそんな目で見るな。連れてってやるから」
「有り難う御座います。楽しみにしていますね」
色々な意味でも今回の仕事は長引かせるのは得策じゃないな。
「俺たちに気を回して早めにとか考えてんのか」
「お仕事はお仕事です。与えられた物を途中で投げ出すような事は言いませんよ」
「それもあるけど。色々な面で長引かせるのは宜しくない。
継続案件ばかり増えると。何時まで経っても大陸を抜け出せないからさ」
「途中途中で往復するのは嫌よね」
終わらせられる物は早急に終わらせるべきで、引き延ばすのは政治的・外交的にも善くないと解いた。
「政治的な話か。だったら俺が口出す問題じゃねえな」
「出過ぎた言動をお許し下さい」
「気にしない。んじゃ歯磨いて寝ますか」
「明日は野営地かぁ。護送者が居なければ無理も出来るのにって考えちゃうね」
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コルセアーツまでは一晩野営地を挟む。
単独なら夜まで走れば行き着けるが、捕虜が居る為そうは行かないのが面倒だ。
雨はたっぷり降ってるし。
今の所体調不良を訴える者も居らず、順調な運び。
野営地に到着して捕虜に配分する料理に悩んだ。
微高温多湿の中で…生野菜はどうなんだろうかと。
綺麗な雨水で洗えはするが。
届けられたのは葉物野菜と玉葱人参馬鈴薯と豚肉。
大量の硬パン。
総勢70人近く居るし、衛生面を考慮すると翌朝迄で消化させたい。
仕方が無いので醤油で煮込む事にした。
何故俺たちが炊き出ししてんだ?と疑問を抱えながらも調理開始。
大鍋とコンロを最大限並べ、出来上がる頃には行列が出来ていた。
「雨水はそのまま飲まない。煮沸して冷ましたお茶があるんでそれで水分補給を」
「硬パンは黴が生えるので明日の分はこちらで預かりまーす」
「そこ、ちゃんと並べ。食事抜くぞこら」
「炊き出しも大変ですね」
「捕虜生活の方が立派な物が食べられる」
「猛烈にタイラントに行きたくなってきた」
沸き上がるスターレン様万歳コール。
悪い気はしないがどうにも腑に落ちない。
…これは、引き取る流れでは。嫌だ。
序でにバスタブと木桶に湯を沸かして捕虜たちも汗臭い身体を拭いて貰い、天然シャワーで頭もシャンプー。
軒並み髪が爆発していたが皆喜んでいた。
自分たちはヘロヘロに疲弊して就寝。
こんなん外交じゃねえ!ボランティア活動だ。
ゆっくり出来たコルセアーツを越えて、街道沿いの谷間に到着。
手前に停車して捕虜小屋を頂上に置いた。
数分後に上に陣取っていたクワンジア兵が全員投降。
武装は没収したが小屋には収まらないので、雨具だけ着せて行群再開。
想定から2日遅れで、首都エル・ペリニャートに無事到着した。
捕虜小屋と投降者を国軍総司令塔の前に置き、邸館入りし湯浴み後にお着替え。
勲章を胸に教皇様とペリーニャと接見。
跪きご挨拶。
「お初にお目に掛かります。グリエル様。
タイラントより参りました、
特務外交官のスターレン・シュトルフ」
「次官のフィーネ・シュトルフと申します」
「面を上げられよ」
見上げる壇上の椅子に座る教皇様とペリーニャ。
グリエル様は豊かな黒髭で童顔を隠した中肉中背なイケメン40前後の優しげなおじさんと言う印象。
久々に会うペリーニャは柔やかな笑顔を浮べていた。
2人に会釈して姿勢を正す。
「長旅ご苦労。私情で呼び立てた筈が…
大変な目に遭わせてしまった事を謝罪する」
「勿体なきお言葉。
行き掛けの序でに拾い物をしただけです」
「お気を遣われ、御心をお痛めされる程ではありません」
両者共に一呼吸置き。
「挨拶はここまでに。用意させた夕食を、先ずは四人で取りたいと思うがどうかね。従者らは別室と成るが」
「その様に」
「感謝致します」
別室に移動して席に座り直した。
下座に控えるのは給仕役の修女が3名とゼノンさんと副官の2名。
ゼノンさんたちだけ武装状態だが、ベルトを外して剣と盾は壁際に置かれていた。
和やかな雰囲気だ。
「グリエル様。言葉を崩しても宜しいでしょうか」
「構わん。楽にしてくれ給え」
お言葉に甘え、肩に張った力を抜いた。
「お仕事の話は明日にして。ペリーニャ久し振り」
「元気だった?」
「お陰様で。心身共に健やかに過ごしております」
「それは良かった」
「帰省まで付き合えたら良かったけど。あの後スタンが寝込んでしまって」
「まあそれは大変でしたね」
クスクス笑うペリーニャはやっぱり可愛い。
フィーネに腕を抓られた。
「痛いって」
「鼻の下が伸びてる」
グリエル様が少し驚いていた。
「娘が救われたと言うのは本当な様だな」
「まだ疑ってらしたのですか。御父様」
「いや、そう言う訳ではなくてだな」
「偶然が重なりまして」
「女神様のお導きでしょうかね」
和やかまま食事は進む。
川魚のムニエルと骨まで食べられるように2度揚げされた物がメインだった。
添え物は根菜のスープ。出汁に魚のあらを使っているのかほんのり魚介系。
「口に合うかね」
「ええ。こちらに来てから店でも宿でも揚げ物やパスタなど濃い物ばかりでしたので」
「優しい味わいが何とも落着きます」
「何か改善点は無いかね」
答えるべきか悩んでいると、ペリーニャが大きく頷いて見せた。
「では恐縮ですが。スープの出汁に川魚のあらに沢蟹を崩した茹で汁を加えると奥行きが増して更に美味しくなるかと思います」
「灰汁取りと殻の濾しは入念にお願いします。入れ過ぎると臭くなってしまいますので」
修女さんたちがメモを取り始めた。
「沢蟹の茹で汁を流用するなら。バターと生クリーム、
山菜やキノコ類と川魚の白身をパスタと和えてクリームパスタにしても良いかと」
「無塩バターで後からお塩を加えるのがお勧めです」
焦り始めた修女さんを横目に。
「茹で汁で豚肉や牛肉の挽肉と根菜類を煮詰め、小麦を練った物で包み、蒸し上げるとそれだけでも料理が一品完結しますね」
「小麦の練り物は半刻程寝かせて下さい。挽肉には香草類を加えて臭みを飛ばすのも大変良いです」
修女さんたちが汗汗しながらメモを終えた。
「ベースの出汁に一手間加えるだけで料理にも幅が広がります」
「是非お試しを」
「素晴らしいな。噂通りだ。
貴国の晩餐会に出席した者たちが料理を絶賛していたものでな」
「その料理の中にも俺たちが考案した物も入っていたんですよ」
「仕上げたのはタイラントの王宮料理番の方々なので胸を張っては言えませんが」
「グリエル様。明日、その晩餐会にご出席された
ケイブラハム枢機卿とモーツァレラ外務卿にお会いする事は可能でしょうか」
「既にその予定だ。内務官と祭事長も同席するが気にしないでくれ。…多分飛んだ邪魔者が割り込んで来るが」
「ご配慮有り難う御座います。邪魔者に関してはその時に考えます。最近自分の名前ばかりが一人歩きしてしまって面倒事が増える一方で」
「無関係なそちらにも多大なご迷惑が掛かっていると聞いております。お許し下さい」
「こちらこそだ。力及ばすこの様な事態に至ってしまった事を許して欲しい」
ペリーニャも頭を下げた。
「暗いお話はここまでにしましょう」
ソワソワと落着きが無くなるペリーニャちゃん。
「その様な…いや、でも」
「どうしたんだペリーニャ」
「今日は色々ペリーニャに贈り物を用意して来たんですがもう解っちゃった?」
「はい…。大体は」
2人の前に6番スマホと貴重品袋と腰巻きポーチを並べて見せた。
「小袋とポーチは体内魔力量に比例して容量が拡大する収納袋になっています。ペリーニャは既に1000越えしているのでかなりの量が入れられます。
そちらの黒い物体はスマートホンと呼ばれる宝具です。
登録されている6台の間ならこの星の何処に居ても通話が可能。番号指定で簡単な文章も送り合ったり出来ます」
「本当に頂いても宜しいのですか」
「いいよいいよ。
タイラント国内だけで回すのも勿体無いし。信用出来る人に渡さないと意味が無い。現状国外で該当者は君だけだ」
「それの使い方を今からイメージするから読んで」
………
「はい。把握しました」
若干緊張しながら電源を入れ、
俺とフィーネに「今晩は」と打ち込んでくれた。
「流石ペリーニャ。飲み込みが早いな」
「緊急時に呼び出せば。ゼノンさんたちよりも早く駆け付けられちゃうよ」
堪らずゼノンさんが。
「それはちょっと…我らの立場が」
「まあ良いではないか。娘の守り手が増えるなら何の文句も無い。感謝する」
暗黙クリップをポーチに取り付け、スマホを出し入れして貰った。
修女さんたちが拍手。
「グリエル様へのお土産はやはりこちら」
広い場所に中型冷蔵庫を出してお披露目。
「ゼノンさんたちにはチラッと見せてしまいましたが。
これは低温を維持出来る冷蔵庫と呼ばれる物です。
収納袋も状態保存が出来ますが、日持ちしない食品の長期保存やデザートを冷やしたり出来る代物です」
「お酒の瓶や飲み物の冷やしは勿論。日持ちしない牛乳でも1週間程度は持たせられます」
「なんと…」
グリエル様以外も目を丸くして驚いていた。
「中身を空にして厨房の脇などに…」
ペリーニャに袖をそっと引かれた。
「ん?何か食べたい物ある?」
「…フルーツ寒天ゼリーを。食べさせては頂けないかと」
食事は終わってしまったが急遽ゼリーのご提供。
先に毒味をした修女とゼノンさんたちが悶絶。
その後に食べた2人も喜んでくれた。
「ゼリーは数ヶ月後にタイラントの名物食品に加わると思います。冷蔵庫の普及率は国内でもまだ4割にも到達していません。こちらで取り寄せられるのも1年以上先となる見込みです」
「こちらはグリエル様へ先行的にお贈りし、商品の宣伝も兼ねております。是非お納め下さい」
「これは有り難い。これからの時期にも重宝する。
ヘルメン王にも感謝状を送らねばならないな」
掴みは上々だ。
案内された厨房の空きスペースに設置し、中身を引き上げて提供されている部屋へと戻った。
大きな建屋が3棟。
今居るのは本館の客間。最上階の4階に対面2部屋が用意されていた。
男女別で分かれるか相談したが、ペアで分けましたよ?
何もしませんけどね!
一旦こちらの部屋に集まった。
「何だよ冷蔵庫まで献上したのか」
「…ゼリーはもう無いのですか」
「ク…」
「仕方ないじゃん。ペリーニャに宝具渡して教皇様に何も無しじゃ通らんでしょ」
「そう言うと思って。ゼリーは残してあります」
最後の3つを配布。
自分たちはバナナをモグモグしながら。
「何か変わった事あった?」
「俺らの方はゼノン隊の数人と修女も居たが」
「室内で重鎧を着込んだ頭の悪そうな方が、ジッと私たちを睨みに来ていましたね」
クワンも。
「アッテンハイムの国紋ではなかったです」
「そいつがイリ…何たらだな」
そんな雑談をしていた時にペリーニャから入電。
「どうした?」
「今からそちらへお伺いしても宜しいですか」
「全然いいよ。て言うかここはペリーニャの家だしな」
クスりと笑って今から行きますと切られた。
「ペリーニャが来るって」
「聖女様が?俺たち戻るか?」
「どうしましょう」
「挨拶程度でしょ。別に逃げなくても4人揃ってるのは見えてる筈だし」
「そっか。ならゆっくり食おう」
「それにしても凄いスキルですね」
「見えすぎるのも辛いと思うよ。人の欲望や裏の顔まで見えちゃうってのは」
「見たくなくても見えちゃう、か。想像出来ないね」
ノックが聞こえ、人払いして単独で入って来た。
ソプランとアローマに挨拶して、クワンティを抱き締めて頬ずりし出した。
クワンに会いに来たのか。
一頻りクワンを堪能した後。
「どうしてもクワンティ様に会いたくなりまして。我慢出来ずに押し掛けてしまいました」
クワンの「気にしないで」のメッセージを受け今度は背中から羽交い締めにした。
その流れで膝に乗せたまま、近場の椅子に腰掛け。
「もう一方。是非お会いしたい人が居るのですが」
「…急だなぁ」
「恐らく。今夜しか無いのかと思いまして」
明日から面倒事が増えるからか。
どうするロイドちゃん。水竜様の許可は降りた?
「…何とか。頗る不機嫌ですが。
首を縦に振って頂けました。問題ありません」
前の遣り方でいいの?
「はい」
「フィーネ。またロイド呼び出すから手出して」
「え?今から?」
周りを見渡し、窓も雨戸が閉まっているのを確認。
「良いよ」
「マジか。急だな。アローマ、取り敢えず姿勢を正せ」
「…何が起きるのですか?」
「スターレンの守護天使様が降りて来る」
「!?」無言で襟まで正した。
薔薇の香りを携えてフワリと俺の隣に現われ、フィーネの手を取った。
「そう何度も頻繁に出されては困るのですが。
初めまして。ペリーニャ様とアローマさん。ソプランさんはお久し振りです」
アローマは瞳全開。ソプランは挙動不審。
ペリーニャはクワンをテーブルの上にそっと置いてロイドに抱き着いた。
美女と美少女のハグは絵になるなぁ。
「初めまして」
「初見で抱擁とは。どうされたのですか?」
「幼き頃に他界された、御母様にとても似ていると感じてしまいました」
左手でペリーニャの頭を優しく撫でながら。
「そうでしたか。他人の空似とはよく在る物なのですね」
至近距離で見詰め合う2人。
キスシーンでも拝めるのかと思ったが、そんな事は
「ありませんよ!」ちょっとペリーニャにキレられた。
特に会話も無いまま抱擁は続き。
「そろそろお時間です。余り長時間具現化していると肝心な時に出られませんのでこの辺でお許しを」
「…有り難う御座いました」
消え去る前にフィーネともハグしていたので、じゃあ俺もと立ち上がった所で消えてしまった。
いいじゃんハグぐらいさぁ。
「駄目です。フィーネさんに激怒されますよ」
それを言われちゃ諦めようか。
フィーネとペリーニャの初ジト目を頂いた。
アローマはずっと石みたいに固まっていた。
呼吸も忘れて。
「…お美しい。あれが本物の魅了スキル。己の魂すら捧げたくなりました」
「それは違うと思うぞ」
フラフラと立ち上がったアローマをソプランが引き取って行った。
「ペリーニャはどうする?まだ何か食べたい物があれば内緒で出すよ」
「お言葉に甘えて。お二人が食べていたバナナと…
その、蛇肉を少しだけ」
「貪欲だな」
「ちょっと食べ合わせが悪そうだけど」
序でだからと醤油焼き蛇肉を3人とクワン用にも並べ、デザートにバナナを提供。
「これだけはお披露目出来ないから絶対内緒で」
「出した途端に食い尽くされるからね」
「クワァ」
「はい。承知しております」
とても美味しそうに食べていた。
「変な質問するけど。ペリーニャは身近で口封じとか声を奪う魔道具って見掛けた事ない?」
貴重な蛇肉を咀嚼しながら考え中。
しっかり飲み込んでから。
「それかは解りませんが。明日の会議に出席予定のサファリ祭事長が持っていましたね。確か…盗言の碑石だったかと記憶しています。それが何か」
「目的は解らないけど。当たりかな」
「実に怪しいね」
ペリーニャにフローラさんの話をした。
「お声を奪われたアッテンハイムの出身者…」
「そのサファリって人に危険は感じない?」
「私のスキルも万能ではありません。中には読めない方や読み辛い方が居ます。サファリ祭事長はその読み辛い人物です」
読めない人も居るんだ。
「はい。先程の天使様は見えません。高次元な存在の方は無理です。その点サファリは単純に心を固く閉ざした方で表向きは温和。深い何かを抱えているのだと思います」
「深い何か、ね」
「思い返せば私が帰って来てからと言うもの。事在る度に声を聞かせろ聞かせろと迫られた事があります」
「ペリーニャちゃんの声を奪おうとしたのかな」
「…違うな。首都に居るのは敬虔な信者たちだ。聖女に危害を加えようとする輩は滅多に居ない。サファリが黒だとするなら。ペリーニャの声を記憶して、似た声質の人から奪うと思う」
「面白そうね。明日私がペリーニャちゃんの声真似して釣ってみようかしら」
フィーネが変声のピアスを取り出して見せた。
「…大丈夫なのか?」
「私たちなら問題無いでしょ?」
「干渉攻撃無効化されてたか。なら弾き返せるな」
「ペリーニャちゃん。もう少しだけ時間頂戴」
「はい」
洗面台に向い、アツッと小さな悲鳴の後で戻って来た。
まだ少し血が出てる。
「自分自身へのヒールは効きが悪いので」
ペリーニャがフィーネの耳朶を抓んだ。
「あー温かい。人にされるのってこう言う感じかぁ」
血も止まり、ペリーニャの指も拭き取った所で。
フィーネが声を調整。
「どう?」
「どうですか?」
俺は親指を立てた。
「て言うか似過ぎ。多重音声みたい。フィーネはそれで声を低くしてみて」
「こんな感じ?」
「それ位で。言い訳としては酒焼けでもしたって事にしようか」
「恥ずかしいけど。風邪引いたって心配されるよりはマシかしら」
「ありがとペリーニャ。これで何が釣れるかは解らんけど試してみるよ」
「ありがとね」
「はい。そろそろ廊下の修女が怒鳴り込んで来そうなので失礼します。食器の片付けは済みません」
「洗面台借りて浄化するだけだから平気よ。お休みなさい」
「お休み~」
「クワァ~」
満面の笑みで。
「お休み為さいませ」
ペリーニャが退出後。
「やっと2人切りに成れましたね、フィーネさん」
「…クワンティが居るよ?」
「クワンなら反対向いててくれるさ」
フィーネがピアスを外してテーブルの上に置いた。
何かを喋り掛けた彼女の唇を強引に奪い、情熱的なキスを重ね合った。
チェックアウトする前に、シュルツに連絡を入れエンペラーの引き渡しと食パンの支給を済ませた。
プイエーラの市場の視察だけに留め、何も購入せずに出発した。
次の目的地、マタイトまでは2日掛かる工程。
途中に宿場は無いがオートキャンプ場に似た広い野営地が国の管理で幾つか点在している。
簡易トイレと粗末な流し場が設置されているだけの平原。
運が悪いと魔物も出る。
雨足は小雨模様。泥濘んだ路面が多くなりお馬の足取りも重くなった。
極力人気の少ない野営地に入り、奥まった木々の間に陣取った。
馬車まで覆える雨露避けの天幕を張った上で…ご相談。
「我慢するのも、ご当地の環境に耐えるのも仕事の内と言うけれど…。目隠しの天幕も張ったので」
フィーネさんの一言。
「自宅に帰ろう」
「クワッ」
「お前らがいいなら文句は無い。見張りを立てるのにも人手が足りないからな」
「スターレン様が転移の道具を持っているのは既に周知の事実です。使える物を使って何がいけないのでしょう」
3人とクワンの心強い声援を受けて。西には変な奴らが待ち構えてるからと言い訳しながら。
シュルツにメールした。
夕食の準備。各所への連絡。馬小屋の受け入れ体制が整ったとの返事を受けて飛んでしまった。
その夜。標的が居るとの情報を得て夜襲を敢行したとある集団が居た。
天幕の中身は蛻の殻。南の森から逃げ出したと誤解した集団は夜通し森の中を彷徨ったと言う。
中央大陸内ではハイランクのビッグベアーの縄張が在るとも知らずに…。
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数日振りの自宅風呂を堪能し、シュルツを交えてリビングでだらけ切った。
「やっぱ自宅最高。仕事戻りたくない…」
「ペリーニャちゃんが待ってなければダラダラ行けるのにねぇ」
「それを言われると戻らざるを得ない」
「お二人がそこまでお会いしたくなるような人物。とても興味が湧きます」
「私も楽しみです」
「かなりの美少女なんだろ。西側の奴らにちょっかい出されてなきゃいいけどな」
「…それは教皇様が黙ってないでしょ。聖女に手を出す愚か者は世界に1人だけにして欲しい」
「女神様が直接見守っているようなものだから。もう大丈夫よ」
時刻は20時手前。
「さてと。明日の朝食とお昼のお弁当。さっき料理長からカレーのルーを貰って来たから蛇肉ポークカレーでも仕込みますかね」
「美味そうなフレーズが聞こえて来たな」
「私もお手伝いします」
「見学します!」
その中でフィーネが。
「ねえスタン。明日の午前に1回水没潜りに行っていい?」
「いいけど…。それなら慌てずに1日あっちの予定ずらして色々足りてなかった備品買い物しよっかな。ゆっくり潜ってる間に色々出来るし」
「だったら俺らも着替え入替えたり買い物するか。そのカレーは夕飯にしてくれよ。食いに来るから」
「そうですね。馬も雨天続きで疲れているでしょうし。休ませられます」
クワンも頷いている。
「ありがとみんな。これで心置きなく潜れるわ」
シュルツだけが暗い顔。
「私もお買い物に同行したいですが。無理ですよね」
ソプランが。
「俺たちは本来アッテンハイムに居る人間だ。邸内以外で知り合いに会うのも避けたい。この上シュルツまで連れ回せば人目を引いて疑われる。
水没ダンジョンも。少しでも情報は秘匿しなきゃいけないんだ。解るだろ?」
「はい」
アローマがシュルツの手を握り。
「お買い物は帰国後に皆で沢山致しましょう」
「はい!」
「じゃあさっさと作りますか」
突発の半分休暇だがそれも悪くない。
訳の解らん西側の奴らなんて放置でいいや。
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ペリーニャは深夜に目覚めた。
突然半身を起こしたペリーニャに部屋内で控える修女が驚いて声を掛けた。
「どうされました、ペリーニャ様。おトイレでしょうか」
「いいえ」
ペリーニャは南側の窓を開き、漆黒に染まる空を眺めた。
振り込む小雨を気にする様子も無く。
「お風邪を引いてしまいますよ」
「直ぐに閉めます。ご心配なく」
窓を閉め、受け取ったタオルで顔と髪を拭いた。
「御父様とゼノンに至急伝えて下さい。西の愚か者が熊を刺激してしまったと」
修女の顔が一気に冷めた。
「直ちに!」
独りになった部屋で、ベッド端に腰掛けた。
無知は罪。興味は誰にでも。
しかしどうして人はそっとして置けないのだろう。
大切なお客人にご迷惑を掛けてしまうなんて。
心の中で詫びると同時に。
「責任は必ず取って頂きます。愚かな者よ」
静かな怒りの灯火を瞳の裏に閉じ込め、ペリーニャは横になって眠りに就いた。
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昨日の夜から自宅に5人でお泊まり。
朝食はベーコンエッグトーストと
野菜たっぷりのお味噌汁。飲める人は牛乳。
丁度鰹節が切れたので今日はラフドッグにも寄ろう。
ソプランは「腹壊しそうだからいらね」と牛乳拒否。
「王都の買い物は任せるよ。防虫製のある大きな天幕と雨具一式と適度なテントと虫除けのお香はマストで」
自分の名前入りの証文数枚と金貨100枚を置いた。
「了解」
「畏まりました。お香のお店は何方に」
「4区寄りの5区内。北西方面のラプシェってお店。良い香りが漂ってるから直ぐに解ると思うよ」
お昼は各自適当に。夕方に自宅集合として解散した。
主にフィーネの身支度を済ませて大滝へと飛んだ。
相変わらず人影は無い。
何れここも観光名所になると思う。水没が知れ渡るのも時間の問題だ。それまでに主要アイテムの数を揃えたい。
上流のアッテンハイムが雨期に入ったので河の水量が若干増えていた。
愛情たっぷりのキスをして。
「中の流れも変化があるかもだから気を付けて」
「うん。行って来ます」
「俺は近辺で弓の練習してるから」
「はーい」
「クワンティは周囲の偵察がてらお散歩して来て。俺の下手糞な弓は避けてな」
「クワッ」
クワンが上に飛んだのを見て、まずは近場の大木の幹を的にして練習用の小弓を取り出した。
トームの構えとソプランに教わった基本動作を頭で重ねながら只管射った。
初心者に有り勝ちな手元で直ぐ落ちに何度も心を折られながらも立ち不動から習得して行った。
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水没したフィーネです。
前回からざっと1週半。ダンジョン内の魔物はしっかり復活していました。
水の流れ自体にそれ程変化は見られません。
見るからに変化したのは、魔物の数が倍近くに増えていた点です。
上の水量が増えたからか、迷宮主を倒し切って難易度が上昇したからなのか。考えられるのはその2つ。
スタンに相談すると。
「うーん。主を倒し切ったからだと思うなぁ。今回は勿体ないけど主を放置すれば次回来た時に解るよ」
「主が他に何を出すのか興味あったけど…。それは最後のお楽しみになりそうね」
主も素直に出るのか不明。
姿だけ確認して逃げてしまおう。
材料として海月の皮も欲しいから。
数は増えても攻撃パターンは同じ。
剣魚からは長めの角がチラホラ。スタンが練習中の弓矢の代用に使えそう。
運良く階層主から角がドロップ。
2層の大蛸からはクリップが2つもドロップ。
ラッキーだ。
3層の海月の大群から皮を大量納入。
海月を倒し切り、様子を伺った。…何も出ず。
双眼鏡で確認しても扉の向こう側に居る。
やはり扉に近付かないと出て来ないのかしら。
その確認も最後だ。
スタンに報告して帰還した。
用意していてくれたホットワインを飲みながら成果報告。
「角とクリップ2つゲット出来たよ」
「運がいいな。フィーネのポーチとペリーニャ用の貴重品袋で決まりだな」
自分のポーチにクリップを取り付け、角類を全て渡した。
「黄金角以外の角は長い物があるな」
「長いのは弓矢の代用になるんじゃない?」
「いいねぇ」と言って1本手に取り弓に宛がった。
格好良く弦を弾いて見せたが、矢は手元でボトリと落下してしまった。
「…練習不足だ」
追加で数本。近くで剣山と化した大木に何とか刺さった。
「難しいみたいだね」
「まあね。行き成りトームさんには成れないよ。時間作って教えて貰おうかなぁ」
何度も構える練習をするスタンに尋ねた。
「最後に扉の向こう側に行こうと思うんだけど。どうかな」
「…」彼は困った顔になった。
何かを悩んでいる時にする顔だ。
「駄目かな」
「ソラリマと槍のフル装備なら…。どんな相手でも逃げられると思う」
そう言って古竜の泪と架振の指輪を渡してくれた。
「架振で飛べる3割以上の魔力を残しながらの練習。それをマスターしてからじゃないと絶対行かせない」
「解った。安全圏を維持しながら練習する」
「ソラリマも槍もハンマーも。その上円月輪も魔力操作してるみたいだから。攻撃で使う分を体感で習得する事」
旦那様にはお見通しだ。て投擲して手元に戻してる時点でバレバレだった。
「上限無しの槍を試したくても。相手が居りませぬ」
スタンは軽く笑って。
「槍の練習は東に行ってからだな」
「先は長いですねぇ」
「さて。自宅戻ってお昼にしますか」
「そうしましょう」
上空のクワンティを呼び戻して自宅に帰った。
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洗濯機を回しながらフィーネがシャワーを浴びてる間に昼食の準備。
色々食材はあるけれど、これはと言う物が浮かばない。
悩んでいる間に洗濯機が止まった。
一刻も早く干してあげようと水色の水着を叩いて頬ずり
「何してんのよ!」
バスローブを着込んだ真っ赤なフィーネに叩かれた。
「叩くなよ。フィーネの温もりが残ってないかと確認を」
「残ってる訳ないでしょ!変態!」
引っ手繰られてしまった。
お茶でご機嫌を伺いつつ。
「お昼いいのが思い付かなかったから。ラフドッグで食事にしない?」
フンすと鼻息荒く。
「何で平然としてるのよ。私怒ってるんですけど?」
「許しておくれよぉ。愛する嫁の温もりが」
「もういい。それ言えば何でも許されると思わないで」
「御免なさい」
「はぁ…。最初から素直に謝りなさい。
時間が勿体ないから早くラフドッグ行こう」
仲直りしてラフドッグへ飛び、丼屋さんに入った。
狙いは相乗り丼。皆で仲良く舌鼓。
市場で魚介類と野菜と果物を大量購入。
熟成無しの黒大蒜抜きの滋養酒を購入。
「お陰様で大蒜入りは売り切れでね。お二人が買ってるのがバレて。
メドーニャさんとこだけじゃなくても大人気商品さ」
「良かったですね」
「宣伝の甲斐がありました」
「有り難い話です。何時か来て頂ける用に、今新作を色々漬けてるとこなんで。次は楽しみにしてて下さいよ。
お二人に試飲して貰うまでは売りに出さないんで」
「それは楽しみです」
「試飲楽しみにしてますね」
メドーニャさんにも当然ご挨拶。
「来た来た。待ってたよぉ。雨期が来る前に蒟蒻と鰹節を沢山拵えたから持ってっておくれ」
「態々済みません」
「代わりにお芋さんを沢山買いますね」
「何言ってんだい。こっちのも好きなだけ持って行きな」
有無も言わさず芋類を大量に袋詰めされて渡された。
店番交代で半ば強引に連れて行かれてしまう。
止める間も無く。
蒟蒻と干物と鰹節を頂き、更に良く冷えたフルーツ寒天ゼリーまで一杯。
「寒天ゼリーはロロシュさんに試食して貰っても大丈夫ですか?」
「そうねぇ。それは視察時の取って置きにしたいからまだ内緒で頼むよ」
「解りました」
「出さないように気を付けます」
海辺の雑貨屋で大きなビーチパラソルと独立式の大型BBQ薪編み台を購入した。
「態々焼き台作るまでもなかったな」
「あれはあれで色々使えるからいいんじゃない」
数軒出店準備中の海辺を眺めた。
「こっちももう直ぐって感じだね」
「ここらの雨期は短いらしいから。それが明けたら夏本番らしいよ」
「間に合うかな」
「海開きのシーズンも結構長いらしいから多分大丈夫。
ロロシュさんの視察に同行出来るかは微妙だけど」
肌が焼けてしまう前に礼拝堂でお参りしてハイネハイネの南東森へ飛ぶ…。
「ハイネに行くの?」
「キャンプ用品買おうかなって。あっちの方が良い物ありそうだし」
「そっか。じゃあ序でに転移の練習するから先に飛んで」
クワンのケージを受け取って。
「おけ。失敗したらスマホで連絡頂戴」
「はーい」
先に飛んで…暫くしてからフィーネも飛んで来た。
「魔力がごっそり持ってかれた…。これが転移かぁ」
フィーネの手を取って確認。
確かにベース魔力値の3割が飛んでいた。
気の所為かそのベース魔力も上がっている。
トレーニングの成果かな…。
「でも1発成功したね。本番は保険でブレスレットも着けておくといいよ」
「そうする。じゃお買い物行こう」
今日は時間も無い為変装無しの直球勝負。
何軒か回った最後の店は。
ギャラン&ボラン商隊共同経営のアウトドアショップ。
「へぇ。共同経営でこんな店やってたんだ」
「旅で培った知識を凝縮したって感じだね」
「ス!?」
店番をしていたトーマスさんの口を塞ぎ。
「現金で購入します。俺たちが来た事は内密に」
「内緒にしないとお金が落とせないので」
ウンウンしてくれたので速攻で買い漁った。
飯ごうセット、組み立て式大型テント、簡易トイレ数基。
魔物除けではない動物除けと虫除けランタンを複数個。
大判風呂敷マット、夏冬共用寝袋5巻。
ちり紙と薪束と炭も序でに大量購入。
トイレは宝物殿産の「物」を異次元に消し飛ばせるレベルではないが必需品となるので衝動買い。
定価売りの金貨を置いて逃げ去った。
「北陸の山々を想定されてはいませんか?」
「滅相もないです。北の大陸想定さ」
「成程。それなら納得です」
「長居は無用。さっさと帰りましょう」
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自宅へ戻り、裏庭の焼き台に綺麗に水洗いした黒石と魔石を敷き詰め、甘芋数本を投入した。
「石焼き芋なんて久し振り」
「今まで貰ったはいいが豚汁くらいにしか使わなかったから結構余ってたんだ。蜜たっぷりだから絶対にこうすれば美味しいに違いない。クワンのおやつにもなるしな」
「クワッ」
次第に漂う甘い煙。
遅れてソプランとアローマも裏庭に来た。
「お、また良い匂いしてんな」
「何をされているのですか」
そこへロロシュ氏とシュルツも合流。
「今度は甘い匂いか」
「これはまた誘われる匂いですね」
メドーニャさんの所で取れた甘芋を石焼きにしていると4人に説明。
「この手法も他でやってないなら特許取れそうですね」
「うむ。少なくともわしは知らぬ。その案は貰ったぞ」
「河原とか何処でも取れる黒石を寄せ集めて火の魔石で温めるだけなんで簡単ですよ」
「もう直ぐ焼き上がりなのでダイニングでお待ち下さい。
アローマさん。そろそろカレーの温め直しをしましょう」
「畏まりました」
---------------
配膳終わりにご挨拶して夕食スタート。
「カレーのルーは本棟の料理長さんが仕上げてくれた物なので蛇肉以外は何時でも揃えられます。
甘芋は温かい内がお勧めですが冷めても美味しいです」
「甘芋は砂糖と醤油で煮付けても美味しいですよ」
全員総意で納得のお味。堅焼きパンが止まらない。
軽いフランスパンに似ているので付けて良し、後追いで食べても良し。
「美味い。芋も蛇肉カレーも絶品だ」
「光栄です」
「しかし不思議な感覚だな。外務中の四人がここでのんびり食事とは」
「アッテンハイムの雲行きが怪しくて。野営中はゆっくり食事も出来ない状況なんです」
「…なんだと」
「ロロシュさんの悪い予感が的中したみたいで。三国の上の方が兵隊連れてアッテンハイム内にまで出張ってるんですよ」
「十中八九私たち狙いです」
「…目的が解らんな」
「俺たちにもサッパリ。まだ直接対峙してないので詳細は不明です。次の野営は向こうで粘る積もりですが。
昨日の夜から今日だけ足りてなかった備品を買う序でに帰って来ました」
「話は理解した。ヘルメンには何と伝える」
「首都へ到着後に状況を見てクワンティを城へ飛ばす予定です。陛下へはその折に」
「ふむ。その様にしよう」
「出来る限り穏便に済ませる積もりですが相手次第です。
申し訳ないですがメルフィスさんを朝一でここに呼び寄せて貰えませんか?」
「後でゼファーに連絡させる」
「有り難う御座います」
「礼には及ばん。わしも余計な事を口走ったようだ」
その後暫く団欒を過ごし、早めの解散となった。
---------------
朝一にお願いしていたら、本当に朝食中にご夫婦揃ってやって来た。
残り物のカレーを2人に食べて貰いながら。
「「美味しい!」」
食後に情報収集。
「教皇様が対処出来ないとなるとかなりの上役。
西方三国の中でも好戦的なのはメレディスとクワンジアです。恐らくその何方か、又は両国。
モーランゼアは中立的な立ち位置ですので可能性は低いと思います」
「そうですか…」
モンドリアさんが。
「敵は何処に布陣しているのですか?」
地図を広げ、クワンが確認した場所を示した。
一時モンドリアさんが言葉を失った。
「…正気か。ブラッズイアの南にはビッグベアの縄張が在ると言うのに。馬鹿共め」
拳を振わせ怒りを露わにした。
「熊、ですか?」
「アッテンハイム内で最強最悪な部類です。属性は風。
素早い上にキングでなくても中距離の空刃を操ります。
馬鹿共が刺激していない事を祈るばかりです」
「…」
ソプランが悪態を吐いた。
「クソッ。嫌な流れだぜ」
「代表的な倒し方は弓ですか?」
「そうですね…。遠距離から乱れ打ちにして射殺すのが常套手段。ですが通常ベアは家族単位の群れで動きます。
その内の一体でも傷付こうものなら…最悪の展開が待っています」
「群れ全体で向かって来る」
「最悪は誰か一人が囮となって南に引っ張るか、その群れをその場で倒し切るかの二択です。お二人ならその何方も可能だとは思いますが魔素溜りと他の群れだけには注意して下さい。ベアは特殊で例え残存が居ても、高確率でキング以上が発現します」
「なっ…」
フィーネが頭を抱えた。
「帰ると言う選択は過ちだったかも知れないわね。直ぐに準備して戻りましょう」
「2人共貴重な情報有り難う御座いました」
「「いえ」」
シュルツも。
「お話は後で御爺様に伝えます。スターレン様。自分用に収納袋の同等品を追加で作成しました。それ如きで事が収まるかは解りませんが、その馬鹿に投げ付けてやって下さい」
「交渉材料にくれてやるなんて勿体ない。それはペリーニャへのプレゼントに加えるよ」
「有り難う。後で貰いに行くわ」
「よし。準備出来次第出発。今日中にマタイトを越えてツイエラまで行く」
---------------
馬車で野営地まで戻ると、誰も人が居なかった。
管理者の姿さえ。
斬り刻まれた天幕が野営地の奥で揺らめいている。
「俺たちを襲う気まんまんじゃねえかよ」
「穏便に済ませてやろうと思ってたのになぁ」
「馬鹿も極めると天井が見えないわ」
「正に青天井ですね」
「クワァ…」
「このままマタイトへ。休憩がてらギルドで情報収集。それからツイエラに行こう」
「了解」
マタイトへ到着後、トイレ休憩を兼ねて冒険者ギルド前に馬車を横付けした。
他の馬車は見当たらない。
しかし人の動きが慌ただしい。
各自トイレの後に受付へ。
「西方面で何かあったのか」
「何がなんてもんじゃねえよ。どっかの兵隊とベアが交戦中で冒険者が続々とツイエラから避難して来て大変なんだ。詳細はこっからじゃ解らねえ」
もう手遅れだったか。
隣のソプランが。
「橋は無事なんだろうな」
「少なくともツイエラまでは問題ない」
「3人共行ける?」
全員で頷き合う。
引き留めようとする受付を無視して外へ出た。
人間は大丈夫でも馬は適度に休ませなければならない。
人間とクワンは檸檬水に滋養酒を混ぜて飲み干した。
馬舎に割り込んで馬の水分補給と食事を与えた。
短時間の小休止。
クワンの。
「行けるそうです」
「行こう」
ツイエラまでに1回だけ食事休憩を挟み、御者をソプランと交代して外嚢を被り馬車を走らせた。
何とか日暮れに間に合い、1軒だけ開いていた宿屋へ駆け込んだ。
フロント員に西の様子を伺った。
「どうやら大橋が落とされたらしいんだ。あっちからの商隊がブラッズイアに引き返してしまって。今日の食事は出せない。明日の朝食なら何とか」
「それでいいよ。馬の餌は後でやりに行くので馬車の管理だけお願いします」
「賜りました」
10人部屋の大部屋。
交代で内風呂に入った後で手製の夕食時。
「橋はロープで間に合う。一足早く行って掛けるからその後で馬車を渡して」
「重量は大丈夫なのか」
「ラザーリアで500人を一度に持ち上げられたから問題ない」
「だったら安心だ。馬に下を見せないようにするのと」
「東西からの他の馬車を排除する必要があるわね」
「便乗を狙う輩が居た場合は」
「その時は俺が少し先まで先行して折り返しで転移する。
もう人目を気にしてる場合じゃないから。堂々とやってやるよ」
「どの道ロープも充分目立つしな」
「その通り」
美味しい筈のカレーや焼き芋が何だか味気なかった。
クワンが心配そうに。
「今から様子を見て来ましょうか?」
「いいよ。雨強いし。そいつらの自業自得。ブラッズイアの町は国の兵士と聖騎士軍が守ってる筈だ」
「クワッ」
「なら橋を落としたのって」
「間違いなくアッテンハイム軍だな。熊を東側へ流さないように」
「明日まで持ち堪えるでしょうか」
「他国で戦闘行為をする頭の可笑しな戦闘狂だよ。装備もいいの持ってるだろうし大丈夫さ。逆に調子に乗って深入りしてなきゃいいけど」
「それが一番怖いね」
「心配しても始まらない。食器片付けて早めに寝よう」
全員の同意を得た所で索敵。
ロイドちゃん9割拡大して。
「了解です」
…付近に敵影は無しと。
取り敢えずの安心を得て就寝。
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翌朝簡素な朝食を頂いて身支度を済ませ西へ出発。
雨の止み間に出られた。
雲の合間から薄く日も差している。視界は悪くない。
2時間程で大橋手前の休憩所に到着した。
双眼鏡を片手にフィーネが。
「あー残念。向こうにもこっちにも待機してる人が一杯」
「渡りたい奴らと逃げたい奴らでゴチャゴチャか」
「一っ走り行って来るよ」
「気を付けて」
元気に挨拶して走った。
結構深い谷間。底が見えない程ではないが、普通の人が落ちたら命は無い。
川が流れている箇所でもなく、大橋の損傷も最低限。
木造の棟梁中央部が2割崩されている程度。これなら復旧も早い。帰りに間に合ってなかったら手伝うかな。
人目はあるが気にせずロープで渡った。
対岸の休憩所には人は居ない。北側に目撃者多数。
構わず往復して馬車を運んだ。
「何か文句言ってる奴らが居るな」
「無視無視。さっさと行こう」
文句は垂れても邪魔して来る訳じゃない。
そのまま街道を西へ向かった。
「フィーネ。南で掠ったら教えて」
「はーい」
自分は御者台まで身を乗り出して望遠鏡を覗いた。
1時間強走った所でそいつらが現われた。
「居た。真南50km辺り」
大分浅いな。押されてるのか。
「ソプラン馬車停めて。様子見たい」
「オーケイ」
立ち上がって望遠鏡を覗き見た。
「おーおーやってるなぁ。あれならまだ大丈夫そうだ」
地図に大凡の場所を書き込んで。
「このままブラッズイアに行こう」
中からフィーネ。
「素通りするの?」
「助けるにしても。先に聖騎士軍に魔素溜りの場所を確認しないと動けない」
「そっか。ごめん、出して」
「俺のお人好しが随分と移りましたましたね」
「…次官失格ね」
「俺はそんなフィーネさんが大好きです」
顔を赤くして目を伏せた。
「人の隣でイチャ付いてんじゃねえ!」
文句を言いながら西へと馬を走らせた。
小1時間走らせた所で。
御者台のソプランが叫んだ。
「何か厳つい鎧着た連中が道塞いでるぞ」
どれどれと身を乗り出すと。前方から見覚えのある顔触れが現われた。
「あ、ゼノンさんたちだ。あれが聖騎士軍だよ」
「へぇ、あれが」
少し離れた所に馬車を停車し、俺とフィーネだけで地に降りた。
こちらが手を振る前に、馬を降りて全員膝を着いた。
「お久し振りです、ゼノンさんと第三師団の皆さん」
「こちらに来たのは一部だけですか?」
「久方振りです。現在首都で遊軍として動けるのは我が師団のみ。残りはブラッズイアに控えております」
ゼノンに地図を見せ。
「で、ここで熊と戦闘してる阿呆は何処の何奴なの?」
「やはり見られてしまいましたか。あれは…
クワンジアの国防準将、イリヤンド・アルファリの私兵部隊です。本人は我らが邸館で踏ん反り返っています」
「…準将?大将じゃなくて?」
「はい。…申し訳な」
「ゼノンさんが謝るとこじゃないでしょ」
「そうですよ。その準将如きがどうして私たちを狙っているんですか?」
ゼノンは悔しそうに唇を噛み。
「…スターレン様の、腕試しをさせろと。クワンジア国王の密書を片手に乗り込んで来ました」
「「「「はぁ?」」」」
「クワ?」
あれ?何だか立ち眩みが。
「またまたぁ。ゼノンさんも冗談が好きだなぁ」
「い、嫌ですよ。そんな理由で他国で暴れるだなんて」
「…冗談ではありません。私は密書の中身を見た訳ではありませんが。教皇様もその密書で渋々了承を」
少しその中身が気になるな。
「…助ける気が失せたけど。通り掛かった序でに助けて来るよ。ゼノンさんたちはどうする?」
「我らは立場上人間には危害が加えられません。表に出て来たベアはお任せ下さい」
「そいつら餌にして北へ引っ張るかなぁ」
ゼノンさんに魔素溜りの場所を聞くと、さっき戦闘していた場所の更に南70km付近だと言う話だった。
後ろに専門家が控えてくれるなら心強い。
ゼノン小隊を引き連れ元の場所に戻った。
先程は気付かなかったが、街道から少し南西部に開けた場所があり多くのテントが建てられていた。
仮設の野営地なのは間違いない。
全員が出払っていて無人だった。
人様の土地でやりたい放題。
ゼノンさんの説明に依ると、どうやらイリヤンドから何かしらの指示が下された模様。
簡単に倒せると踏んだか玉砕戦の指示か。
「後者なら同情するけど」
「恐らく前者でしょう」とゼノンさんが答えてくれた。
長期戦を見込み、断りを得て自分たちのテントや備品の設営をした。
天幕を南側に開き、大型のBBQ台を設置した。
「何を為さっているのですか?」
「皆さんも。腹拵え序でに熊さんが匂いに食い付かないかなぁって考えて。
フィーネは南の監視継続。ソプランとクワンは地上と空から周辺警戒。ゼノンさんたちは街道から一般人が近付かないように監視と人払いをお願いします。
肉と野菜焼き捲るんで時々戻って来て下さい。
アローマさん焼きを手伝って」
「ハッ!」
---------------
焼きだしてから1時間は大きな変化は無かった。
双眼鏡を覗き見ながら咀嚼物をゴックン。
「膠着状態が続いてる。魔物の討伐戦を観戦しながらの炭焼きって最高ね。シャンパン飲みたい」
「一応仕事中なんで控えてね」
後ろでも美味い美味いの大合唱。
「これが大蒜ショウユ…。美味です。ペリーニャ様に何とご報告すれば良いのか」
「天気が良ければ首都でもやりましょう。教皇様は食には五月蠅い方でしたっけ」
「それはもう。身内の中では有名なお話です。好き嫌い無く広く異国の食をお求めです」
話が通じそうな人物みたいで良かった。
変化が見られないとロープで巨大団扇を作り、煙を南へと流し始めて数分後。
「あ!熊が立ち上がってこっち見てる!……
兵隊無視して走り出した。…群れは6体」
「よし食い付いた。全員迎撃態勢。
クワンティ。上空を通り過ぎて南に行こうとする馬鹿が居たら北へ追い返してくれ。
馬に指示してやるだけで充分だ」
「クワッ!」
「ゼノンさんたちは討ち漏らした熊をお願いします。異国の兵士たちを捕縛しながら戦うんで」
「了解しました」
「1匹も漏らさない。素材にとっても興味があるから」
フィーネさんが完全にハンターに成ってしまった。
「ソプランとアローマは転がした兵士たちを縄で縛って回って。縛る物は隣に山程あるから」
「はいよ。アローマ、抵抗したら腕でも折ってやれ」
「はい!」
「フィーネ。正しく処理した熊肉は焼肉でも鍋でも大変に美味しいらしいぞ」
「やるわ!スタンはソラリマを」
手には初お披露目の矛。
後ろの人たちがおぉっと唸った。
30分後に木々を薙ぎ倒しながら直進して来る大きな熊が肉眼で捉えられる距離まで来た。
なだらかな傾斜で視界は良好。
時刻は15時過ぎ。
熊から遅れて敵兵たちも続々と現われた。
観客は多いに越した事はない。
「そんなに見たいってなら見せてやるよ、馬鹿共め」
テント群を背にして染まるはゼブラ色。
「自分でやった時は気付かなかったけど…しまう」
「それは言ってはいけないぜ」
先頭熊の前に躍り出て即座に白い壁を設営。
壁の解除と同時に延長した灰色ソラリマで両断した。
瞬時の出来事で南から来た兵士たちは歩を止めて呆然として見詰めていた。
同様の方法で2匹目を割った。
脇からフィーネが3匹目の首を薙いで落とした。
飛んで来た空刃を手で払い、後ろの5匹目に当てた。
「微風だな」
「扇風機か乾燥機には成りそうね」
ゼノン隊の見せ場にと4匹目を後ろへ流した。
先頭のゼノンさんが空刃を盾で受け止め、残りの聖騎士が脇を擦り抜け両脚を削ぎ、絶叫しながら倒れた熊の背に剣と槍が刺さった。
見事な早業。
こちらも負けじと5匹目の爪をソラリマで受け止めた瞬間にフィーネが喉元を貫いた。
最後の6匹目は両サイドから攻め、腕を落としたと同時に俺が首を落として終了。
討伐完了後。
「私がタイラントのスターレン・シュトルフだ!クワンジアの雑兵諸君。不服があるなら挑んで来い!!
異国の特使に対して刃を向けるなら、容赦無く斬り捨てるまでだ!!!」
兵士たちは全員武器を捨ててその場に伏した。
部隊長の投降を受け入れず、暴れた者も数名居たがソプランに横腹を蹴り上げられて大人しくなった。
生存者の腕を軽く縛り上げ、怪我人は自分たちで処理させ、死亡者は放置した。
他のベアの餌とする為に。
捕虜をBBQ台の近くに集め、獲れ立ての熊肉で焼肉を続行してやった。
夜通し戦っていた人には何よりもの拷問。
「うっま」
「そんなにお腹減ってないけど美味しいね」
捕虜以外でお食事しながら、伝令に走った者以外のゼノン隊を交えて尋問タイム。
「貴方が部隊長殿ですね」
「はい…」
其処彼処でお腹が盛大に鳴っている。
「女神教信者でもある貴方方がどうしてアッテンハイムのお膝元で、どうしてこの様な狼藉を働いたのですか」
「詳しくはイリヤンド様からお聞き下さい。端的に申し上げれば。西の大陸の魔族の活発化に伴い、より強き者を募る為。スターレン様の噂を聞きつけたピエール王陛下様から下されたご指示です」
信者の中では俺が教皇様からの召還に応じて入国する事は周知されていて、それに合わせて待ち構えていたと部隊長は語った。
「西の魔族が活発化しているのは三国同盟内の共通認識ですか?」
「その様に存じます。スターレン様のマッハリアでの偉業の真偽を確認する上でこれが必要な事だと」
なんかイライラしてきたな。
「なんで俺がそれに協力しなきゃいけないの?あんたらが勝手に西に手を出しておいて。報復されるのを承知で挑んだ事案に対して、巻き込まれる理由が見当たらないんですけど?」
「…最悪の場合は。聖女様を人質にせよと」
その言葉を聞いた瞬間。ゼノンさんが柄に手を掛けた。
それを押し留めて。
「予定外の外務は勝手に進められない。我が国のヘルメン陛下の意向を伺わないと。これ以上は貴方たちと対話しても無意味です。取り敢えず捕虜として首都まで同行して貰えますか」
「はい」
「空腹じゃ動けないので貴方たちは自分たちで買い占めた物で腹を満たして下さい。
明朝、ブラッズイアに移動します。
ああそうだ。縄を解く前に確認なんですが。ここに陣取ってる奴らは何してるの?」
街道脇の崖の上を示して。
「…落石準備です」
プッツンしたゼノンさんに殴り飛ばされてしまった。
そんなゼノンさんをロープで簀巻きにして。
「落着いて下さい。立場は何処に行ったんですか。下の者を幾ら殴っても意味無いですよ」
「しかし!そんな事が許される筈が」
「先ずは首都に居るイリヤ何とかって雑魚と話をしてみてからです。崖下にこの人たちを並べれば難無く通れますから安心して下さい」
捕虜たちの前に立ち。
「全員の武装は没収します。女性も居るので裸には剥きませんが素手で魔物に挑む勇気があるなら、逃げて貰っても構いません。クワンジアに帰る為には首都に向かう以外の道は無いですが」
以降は特に問題も無く素直に従ってくれた。
ゼノン隊で交代で見張りをしてくれるとの事で安眠。
就寝前のソプランが。
「寝袋は快適だが…、焼肉臭え」
「大蒜入れすぎたな」
「明日の朝はハーブたっぷりにしましょう」
「そうしましょう」
「クワッ」
---------------
捕虜は240名。
翌朝になっても離脱者は居なかった。
汲み取り式のトイレは放置して、それ以外の撤収作業を終えて出発。
近場のご遺体だけ火葬。
その煙を見返して何人かが涙していた。
だったら来るなよ。
一々聞いてやる道理は無い。
部隊長の荷物の中に射程1000kmの双眼鏡があったので有り難く頂いた。
聞き直すと、熊の群れが居るのは認識していたが夜襲担当者が止める間も無く叩いてしまったらしい。
情けない。
そんな情けない奴らの為に時間を掛けるのは勿体ない。
と言う事で運搬方法は。
「体調悪くなった人は叫んでねー」
御者台から見上げる空には人々の群れ。
「上が気になり過ぎて集中出来ん」
「檻付きの大型馬車用意するのも勿体ないじゃん」
捕虜たちが使っていた馬はアッテンハイムで引き取って貰うのは取り決めた。
その馬と資材を組めば護送馬車も作れたが面倒になってこの結果を生んだ。
昼前にブラッズイアに到着し、捕虜と自分たちの食事休憩の時間を設けた。
捕虜は纏めて大きな納屋に収めて、聖騎士軍第三師団のゼノンさん含めた代表者と国軍代表者を交えて昼食会。
アッテンハイム側は捕虜の扱いに頭を悩ませていた。
「スターレン様なら一度に運べはするが、多過ぎる」
「捕虜と言う形では…クワンジアを逆撫でするだけではないでしょうか」
「大半をここに置いて一部の人間だけ運ぶのはどうでしょうかね」
「俺はどっちでも構いませんよ。各所に食料と休憩場所さえ用意して貰えれば。掛かる手間は変わりません。
扱いに関しては教皇様とご相談して決めたいですね」
「確かに我らだけでは手に余ります。
スターレン様はどの様に対処しようとお考えですか」
「そうですね…。
クワンジア軍の部隊長と女性兵を優先して50人程連れて行き、その准将に押し付けて追い返します。
そうすれば俺とフィーネの対処能力もピエール陛下にも伝わるでしょう。
三国が満足するかどうかはその反応を見てからです」
フィーネも。
「首都での滞在期間を延ばすにしても。
タイラントのヘルメン王直下に当たる私たちに対し、準将などの下っ端を持って来るとは些か…
いえ大変に不満です。お話にも成りません」
「この様に。クワンジア側は端から交渉する気など無い。
正式な召還状すら寄越さず、無関係なここに割り込んで来るような無作法。断じて許し難い。
取るべき手は幾つか。
一切相手にせずだんまりを決め込む。
遣られる前に叩き潰す。
ピエールを引っ張り出して一騎打ち」
場が凍り付く。
「正直に申し上げて。クワンジア兵は弱い。
ヘルメン王と教皇様の許可さえ得られればスターレンと私だけで王都を軽く沈められます。半日でもあれば充分でしょう」
「ピエールは何かを勘違いしている様子ですが。圧倒的に有利に立っているのは俺たちです。
俺たちってまだ全力全開で戦った事無いんで」
「半分冗談なのでご安心を。ヘルメン王も教皇様も
その様な許可は出しませんから」
ゼノンさんが額の汗を拭い。
「お人が悪いですよ。寿命が縮みました。
ではスターレン様の仰る通りに。五十名を選抜して運んで頂くと言う事で」
拠点兵長さんも安堵の息を吐き出した。
「各所への伝達と残り捕虜の管理は国軍が対処します。
大橋の再建は上層の判断を仰ぎます」
「今日は半端な時間ですのでまた明日の朝出発とします。
宿の手配は…」
再び兵長さん。
「そちらは既に手配済みです」
案内された高級宿の大部屋で。
「あー嘘八百並べるのも疲れるわぁ」
「嫌な仕事ね。外交官って」
「嘘かよ!」
「お止め下さい。心臓が止まり掛けましたよ」
「クワァ」
「ごめんごめん。ああでも言わないとまた面倒な方向に行きそうだったからさ」
「ピエールが遊び半分ならこっちも相応な態度を示さないと嘗められて損するだけだし」
「これからどうすんだよ」
「ピエールの密書を読ませて貰ってから考えるよ。脅すか対話か交渉か。相手だって本気で聖女様を攫おう何て考えてないだろうし。後は上司の判断次第さ」
「滞在が延長されてクワンジアから正式な召還があった場合は応じるのですか」
「今の所応じる必要性は無いね。さっきも言ったけど立場はこっちが上だから。ピエール本人がアッテンハイムに来ないなら交渉する気も無い」
「延長されたら教皇様の許可を得て。最後は転移で帰っちゃおうよ」
「いいねぇ。両国のトップの許可さえあればそれで帰ろう」
「今日はどうする?夕食までは時間あるけど」
「うーん。偶には男女別で散策してみる?
雨も降ってないからクワンも散歩行けそうだし」
「クワッ」
俺の何気ない一言から始まった束の間の自由時間も、兵士諸君の目もあったりで余り見所無く終わり。
男子組は良く解らない蝮酒を買い。
女子組も日用品を買い漁るだけに留まった。
地物の特産品って拘り始めると中々手が伸びなくなるもので…。
---------------
翌日は朝から雨。
急遽移動用屋根付き小屋を作って貰い、50人を収容して運ぶ事となった。
「出来る限り揺らさないように運びますが、気分が悪くなったら横の窓から手を振って下さいね」
部隊長が涙目で。
「スターレン様。私は高い所が苦手で」
「今日は下が見えないんで我が儘言わないで下さい。嫌なら雨晒しですよ」
「…済みません。我慢します」
こっちは御者台で雨晒しだぞ。
今度は日指付きに改造して貰おう。横殴りだと気休めだけどな。
午前、昼、午後に休憩を挟みながら。夕方前にゲテルフィンへと到着した。
首都が近くなっている所為か。建物の純白度合いに磨きが掛かっている。
眩しくないのに目に眩しい。
「白さで張り合ってるのか…」
「町行く人も全員白い服だな。そんで皆が空に浮かぶ小屋を凝視してる」
「画期的な運搬方法だと言って欲しい」
「斬新過ぎるだろ」
ゼノンさんが隣に来て。
「今日も宿が用意されているそうです。小屋の置き場も含めてあそこの兵が案内してくれます」
示された方向には元気に手を振る兵士が数人。
「ありがとー。色々すいません」
「いえ、これも仕事の内です。ペリーニャ様からも丁重にご案内せよと言い付けられますので」
「どうっすか今夜隊の皆さんで一杯」
「有り難い話ですが。それは首都に帰ってからの楽しみにして置きましょう」
真面目な人だなぁ。
今日も大部屋。
4人で交代して内風呂を出た頃には直ぐに夕食。
代わり映えのしないフライ物とパスタ。
豚のヒレカツとデザートにはミニケーキが付いていたのが救いだった。
「この時期食べ物も傷みやすいから。冷蔵庫が無いと何処もこんな感じになるのかなぁ」
「その日の物はその日の内にが基本だから」
「ソースやタルタルが欲しいと思う時点で俺はもう駄目なんだろうな」
「タイラントが如何に優れているのかが身に染みて解りますね」
「クワァ…」遠い目をしている。
口直しにと。冷蔵庫からフルーツ寒天ゼリーを出して食べ合った。
完熟パイン、マンゴー、オレンジのバランス感が絶妙。
余計な砂糖を使ってないのが高得点。
「ラフドッグに飛びたくなってくるな」
「仕事終わらせて早く行きたいね」
「ラフドッグに行けばこんな物まであるのか」
「私も海に行きたくなってきました」
アローマが熱い視線をソプランに送っていた。
「解ったからそんな目で見るな。連れてってやるから」
「有り難う御座います。楽しみにしていますね」
色々な意味でも今回の仕事は長引かせるのは得策じゃないな。
「俺たちに気を回して早めにとか考えてんのか」
「お仕事はお仕事です。与えられた物を途中で投げ出すような事は言いませんよ」
「それもあるけど。色々な面で長引かせるのは宜しくない。
継続案件ばかり増えると。何時まで経っても大陸を抜け出せないからさ」
「途中途中で往復するのは嫌よね」
終わらせられる物は早急に終わらせるべきで、引き延ばすのは政治的・外交的にも善くないと解いた。
「政治的な話か。だったら俺が口出す問題じゃねえな」
「出過ぎた言動をお許し下さい」
「気にしない。んじゃ歯磨いて寝ますか」
「明日は野営地かぁ。護送者が居なければ無理も出来るのにって考えちゃうね」
---------------
コルセアーツまでは一晩野営地を挟む。
単独なら夜まで走れば行き着けるが、捕虜が居る為そうは行かないのが面倒だ。
雨はたっぷり降ってるし。
今の所体調不良を訴える者も居らず、順調な運び。
野営地に到着して捕虜に配分する料理に悩んだ。
微高温多湿の中で…生野菜はどうなんだろうかと。
綺麗な雨水で洗えはするが。
届けられたのは葉物野菜と玉葱人参馬鈴薯と豚肉。
大量の硬パン。
総勢70人近く居るし、衛生面を考慮すると翌朝迄で消化させたい。
仕方が無いので醤油で煮込む事にした。
何故俺たちが炊き出ししてんだ?と疑問を抱えながらも調理開始。
大鍋とコンロを最大限並べ、出来上がる頃には行列が出来ていた。
「雨水はそのまま飲まない。煮沸して冷ましたお茶があるんでそれで水分補給を」
「硬パンは黴が生えるので明日の分はこちらで預かりまーす」
「そこ、ちゃんと並べ。食事抜くぞこら」
「炊き出しも大変ですね」
「捕虜生活の方が立派な物が食べられる」
「猛烈にタイラントに行きたくなってきた」
沸き上がるスターレン様万歳コール。
悪い気はしないがどうにも腑に落ちない。
…これは、引き取る流れでは。嫌だ。
序でにバスタブと木桶に湯を沸かして捕虜たちも汗臭い身体を拭いて貰い、天然シャワーで頭もシャンプー。
軒並み髪が爆発していたが皆喜んでいた。
自分たちはヘロヘロに疲弊して就寝。
こんなん外交じゃねえ!ボランティア活動だ。
ゆっくり出来たコルセアーツを越えて、街道沿いの谷間に到着。
手前に停車して捕虜小屋を頂上に置いた。
数分後に上に陣取っていたクワンジア兵が全員投降。
武装は没収したが小屋には収まらないので、雨具だけ着せて行群再開。
想定から2日遅れで、首都エル・ペリニャートに無事到着した。
捕虜小屋と投降者を国軍総司令塔の前に置き、邸館入りし湯浴み後にお着替え。
勲章を胸に教皇様とペリーニャと接見。
跪きご挨拶。
「お初にお目に掛かります。グリエル様。
タイラントより参りました、
特務外交官のスターレン・シュトルフ」
「次官のフィーネ・シュトルフと申します」
「面を上げられよ」
見上げる壇上の椅子に座る教皇様とペリーニャ。
グリエル様は豊かな黒髭で童顔を隠した中肉中背なイケメン40前後の優しげなおじさんと言う印象。
久々に会うペリーニャは柔やかな笑顔を浮べていた。
2人に会釈して姿勢を正す。
「長旅ご苦労。私情で呼び立てた筈が…
大変な目に遭わせてしまった事を謝罪する」
「勿体なきお言葉。
行き掛けの序でに拾い物をしただけです」
「お気を遣われ、御心をお痛めされる程ではありません」
両者共に一呼吸置き。
「挨拶はここまでに。用意させた夕食を、先ずは四人で取りたいと思うがどうかね。従者らは別室と成るが」
「その様に」
「感謝致します」
別室に移動して席に座り直した。
下座に控えるのは給仕役の修女が3名とゼノンさんと副官の2名。
ゼノンさんたちだけ武装状態だが、ベルトを外して剣と盾は壁際に置かれていた。
和やかな雰囲気だ。
「グリエル様。言葉を崩しても宜しいでしょうか」
「構わん。楽にしてくれ給え」
お言葉に甘え、肩に張った力を抜いた。
「お仕事の話は明日にして。ペリーニャ久し振り」
「元気だった?」
「お陰様で。心身共に健やかに過ごしております」
「それは良かった」
「帰省まで付き合えたら良かったけど。あの後スタンが寝込んでしまって」
「まあそれは大変でしたね」
クスクス笑うペリーニャはやっぱり可愛い。
フィーネに腕を抓られた。
「痛いって」
「鼻の下が伸びてる」
グリエル様が少し驚いていた。
「娘が救われたと言うのは本当な様だな」
「まだ疑ってらしたのですか。御父様」
「いや、そう言う訳ではなくてだな」
「偶然が重なりまして」
「女神様のお導きでしょうかね」
和やかまま食事は進む。
川魚のムニエルと骨まで食べられるように2度揚げされた物がメインだった。
添え物は根菜のスープ。出汁に魚のあらを使っているのかほんのり魚介系。
「口に合うかね」
「ええ。こちらに来てから店でも宿でも揚げ物やパスタなど濃い物ばかりでしたので」
「優しい味わいが何とも落着きます」
「何か改善点は無いかね」
答えるべきか悩んでいると、ペリーニャが大きく頷いて見せた。
「では恐縮ですが。スープの出汁に川魚のあらに沢蟹を崩した茹で汁を加えると奥行きが増して更に美味しくなるかと思います」
「灰汁取りと殻の濾しは入念にお願いします。入れ過ぎると臭くなってしまいますので」
修女さんたちがメモを取り始めた。
「沢蟹の茹で汁を流用するなら。バターと生クリーム、
山菜やキノコ類と川魚の白身をパスタと和えてクリームパスタにしても良いかと」
「無塩バターで後からお塩を加えるのがお勧めです」
焦り始めた修女さんを横目に。
「茹で汁で豚肉や牛肉の挽肉と根菜類を煮詰め、小麦を練った物で包み、蒸し上げるとそれだけでも料理が一品完結しますね」
「小麦の練り物は半刻程寝かせて下さい。挽肉には香草類を加えて臭みを飛ばすのも大変良いです」
修女さんたちが汗汗しながらメモを終えた。
「ベースの出汁に一手間加えるだけで料理にも幅が広がります」
「是非お試しを」
「素晴らしいな。噂通りだ。
貴国の晩餐会に出席した者たちが料理を絶賛していたものでな」
「その料理の中にも俺たちが考案した物も入っていたんですよ」
「仕上げたのはタイラントの王宮料理番の方々なので胸を張っては言えませんが」
「グリエル様。明日、その晩餐会にご出席された
ケイブラハム枢機卿とモーツァレラ外務卿にお会いする事は可能でしょうか」
「既にその予定だ。内務官と祭事長も同席するが気にしないでくれ。…多分飛んだ邪魔者が割り込んで来るが」
「ご配慮有り難う御座います。邪魔者に関してはその時に考えます。最近自分の名前ばかりが一人歩きしてしまって面倒事が増える一方で」
「無関係なそちらにも多大なご迷惑が掛かっていると聞いております。お許し下さい」
「こちらこそだ。力及ばすこの様な事態に至ってしまった事を許して欲しい」
ペリーニャも頭を下げた。
「暗いお話はここまでにしましょう」
ソワソワと落着きが無くなるペリーニャちゃん。
「その様な…いや、でも」
「どうしたんだペリーニャ」
「今日は色々ペリーニャに贈り物を用意して来たんですがもう解っちゃった?」
「はい…。大体は」
2人の前に6番スマホと貴重品袋と腰巻きポーチを並べて見せた。
「小袋とポーチは体内魔力量に比例して容量が拡大する収納袋になっています。ペリーニャは既に1000越えしているのでかなりの量が入れられます。
そちらの黒い物体はスマートホンと呼ばれる宝具です。
登録されている6台の間ならこの星の何処に居ても通話が可能。番号指定で簡単な文章も送り合ったり出来ます」
「本当に頂いても宜しいのですか」
「いいよいいよ。
タイラント国内だけで回すのも勿体無いし。信用出来る人に渡さないと意味が無い。現状国外で該当者は君だけだ」
「それの使い方を今からイメージするから読んで」
………
「はい。把握しました」
若干緊張しながら電源を入れ、
俺とフィーネに「今晩は」と打ち込んでくれた。
「流石ペリーニャ。飲み込みが早いな」
「緊急時に呼び出せば。ゼノンさんたちよりも早く駆け付けられちゃうよ」
堪らずゼノンさんが。
「それはちょっと…我らの立場が」
「まあ良いではないか。娘の守り手が増えるなら何の文句も無い。感謝する」
暗黙クリップをポーチに取り付け、スマホを出し入れして貰った。
修女さんたちが拍手。
「グリエル様へのお土産はやはりこちら」
広い場所に中型冷蔵庫を出してお披露目。
「ゼノンさんたちにはチラッと見せてしまいましたが。
これは低温を維持出来る冷蔵庫と呼ばれる物です。
収納袋も状態保存が出来ますが、日持ちしない食品の長期保存やデザートを冷やしたり出来る代物です」
「お酒の瓶や飲み物の冷やしは勿論。日持ちしない牛乳でも1週間程度は持たせられます」
「なんと…」
グリエル様以外も目を丸くして驚いていた。
「中身を空にして厨房の脇などに…」
ペリーニャに袖をそっと引かれた。
「ん?何か食べたい物ある?」
「…フルーツ寒天ゼリーを。食べさせては頂けないかと」
食事は終わってしまったが急遽ゼリーのご提供。
先に毒味をした修女とゼノンさんたちが悶絶。
その後に食べた2人も喜んでくれた。
「ゼリーは数ヶ月後にタイラントの名物食品に加わると思います。冷蔵庫の普及率は国内でもまだ4割にも到達していません。こちらで取り寄せられるのも1年以上先となる見込みです」
「こちらはグリエル様へ先行的にお贈りし、商品の宣伝も兼ねております。是非お納め下さい」
「これは有り難い。これからの時期にも重宝する。
ヘルメン王にも感謝状を送らねばならないな」
掴みは上々だ。
案内された厨房の空きスペースに設置し、中身を引き上げて提供されている部屋へと戻った。
大きな建屋が3棟。
今居るのは本館の客間。最上階の4階に対面2部屋が用意されていた。
男女別で分かれるか相談したが、ペアで分けましたよ?
何もしませんけどね!
一旦こちらの部屋に集まった。
「何だよ冷蔵庫まで献上したのか」
「…ゼリーはもう無いのですか」
「ク…」
「仕方ないじゃん。ペリーニャに宝具渡して教皇様に何も無しじゃ通らんでしょ」
「そう言うと思って。ゼリーは残してあります」
最後の3つを配布。
自分たちはバナナをモグモグしながら。
「何か変わった事あった?」
「俺らの方はゼノン隊の数人と修女も居たが」
「室内で重鎧を着込んだ頭の悪そうな方が、ジッと私たちを睨みに来ていましたね」
クワンも。
「アッテンハイムの国紋ではなかったです」
「そいつがイリ…何たらだな」
そんな雑談をしていた時にペリーニャから入電。
「どうした?」
「今からそちらへお伺いしても宜しいですか」
「全然いいよ。て言うかここはペリーニャの家だしな」
クスりと笑って今から行きますと切られた。
「ペリーニャが来るって」
「聖女様が?俺たち戻るか?」
「どうしましょう」
「挨拶程度でしょ。別に逃げなくても4人揃ってるのは見えてる筈だし」
「そっか。ならゆっくり食おう」
「それにしても凄いスキルですね」
「見えすぎるのも辛いと思うよ。人の欲望や裏の顔まで見えちゃうってのは」
「見たくなくても見えちゃう、か。想像出来ないね」
ノックが聞こえ、人払いして単独で入って来た。
ソプランとアローマに挨拶して、クワンティを抱き締めて頬ずりし出した。
クワンに会いに来たのか。
一頻りクワンを堪能した後。
「どうしてもクワンティ様に会いたくなりまして。我慢出来ずに押し掛けてしまいました」
クワンの「気にしないで」のメッセージを受け今度は背中から羽交い締めにした。
その流れで膝に乗せたまま、近場の椅子に腰掛け。
「もう一方。是非お会いしたい人が居るのですが」
「…急だなぁ」
「恐らく。今夜しか無いのかと思いまして」
明日から面倒事が増えるからか。
どうするロイドちゃん。水竜様の許可は降りた?
「…何とか。頗る不機嫌ですが。
首を縦に振って頂けました。問題ありません」
前の遣り方でいいの?
「はい」
「フィーネ。またロイド呼び出すから手出して」
「え?今から?」
周りを見渡し、窓も雨戸が閉まっているのを確認。
「良いよ」
「マジか。急だな。アローマ、取り敢えず姿勢を正せ」
「…何が起きるのですか?」
「スターレンの守護天使様が降りて来る」
「!?」無言で襟まで正した。
薔薇の香りを携えてフワリと俺の隣に現われ、フィーネの手を取った。
「そう何度も頻繁に出されては困るのですが。
初めまして。ペリーニャ様とアローマさん。ソプランさんはお久し振りです」
アローマは瞳全開。ソプランは挙動不審。
ペリーニャはクワンをテーブルの上にそっと置いてロイドに抱き着いた。
美女と美少女のハグは絵になるなぁ。
「初めまして」
「初見で抱擁とは。どうされたのですか?」
「幼き頃に他界された、御母様にとても似ていると感じてしまいました」
左手でペリーニャの頭を優しく撫でながら。
「そうでしたか。他人の空似とはよく在る物なのですね」
至近距離で見詰め合う2人。
キスシーンでも拝めるのかと思ったが、そんな事は
「ありませんよ!」ちょっとペリーニャにキレられた。
特に会話も無いまま抱擁は続き。
「そろそろお時間です。余り長時間具現化していると肝心な時に出られませんのでこの辺でお許しを」
「…有り難う御座いました」
消え去る前にフィーネともハグしていたので、じゃあ俺もと立ち上がった所で消えてしまった。
いいじゃんハグぐらいさぁ。
「駄目です。フィーネさんに激怒されますよ」
それを言われちゃ諦めようか。
フィーネとペリーニャの初ジト目を頂いた。
アローマはずっと石みたいに固まっていた。
呼吸も忘れて。
「…お美しい。あれが本物の魅了スキル。己の魂すら捧げたくなりました」
「それは違うと思うぞ」
フラフラと立ち上がったアローマをソプランが引き取って行った。
「ペリーニャはどうする?まだ何か食べたい物があれば内緒で出すよ」
「お言葉に甘えて。お二人が食べていたバナナと…
その、蛇肉を少しだけ」
「貪欲だな」
「ちょっと食べ合わせが悪そうだけど」
序でだからと醤油焼き蛇肉を3人とクワン用にも並べ、デザートにバナナを提供。
「これだけはお披露目出来ないから絶対内緒で」
「出した途端に食い尽くされるからね」
「クワァ」
「はい。承知しております」
とても美味しそうに食べていた。
「変な質問するけど。ペリーニャは身近で口封じとか声を奪う魔道具って見掛けた事ない?」
貴重な蛇肉を咀嚼しながら考え中。
しっかり飲み込んでから。
「それかは解りませんが。明日の会議に出席予定のサファリ祭事長が持っていましたね。確か…盗言の碑石だったかと記憶しています。それが何か」
「目的は解らないけど。当たりかな」
「実に怪しいね」
ペリーニャにフローラさんの話をした。
「お声を奪われたアッテンハイムの出身者…」
「そのサファリって人に危険は感じない?」
「私のスキルも万能ではありません。中には読めない方や読み辛い方が居ます。サファリ祭事長はその読み辛い人物です」
読めない人も居るんだ。
「はい。先程の天使様は見えません。高次元な存在の方は無理です。その点サファリは単純に心を固く閉ざした方で表向きは温和。深い何かを抱えているのだと思います」
「深い何か、ね」
「思い返せば私が帰って来てからと言うもの。事在る度に声を聞かせろ聞かせろと迫られた事があります」
「ペリーニャちゃんの声を奪おうとしたのかな」
「…違うな。首都に居るのは敬虔な信者たちだ。聖女に危害を加えようとする輩は滅多に居ない。サファリが黒だとするなら。ペリーニャの声を記憶して、似た声質の人から奪うと思う」
「面白そうね。明日私がペリーニャちゃんの声真似して釣ってみようかしら」
フィーネが変声のピアスを取り出して見せた。
「…大丈夫なのか?」
「私たちなら問題無いでしょ?」
「干渉攻撃無効化されてたか。なら弾き返せるな」
「ペリーニャちゃん。もう少しだけ時間頂戴」
「はい」
洗面台に向い、アツッと小さな悲鳴の後で戻って来た。
まだ少し血が出てる。
「自分自身へのヒールは効きが悪いので」
ペリーニャがフィーネの耳朶を抓んだ。
「あー温かい。人にされるのってこう言う感じかぁ」
血も止まり、ペリーニャの指も拭き取った所で。
フィーネが声を調整。
「どう?」
「どうですか?」
俺は親指を立てた。
「て言うか似過ぎ。多重音声みたい。フィーネはそれで声を低くしてみて」
「こんな感じ?」
「それ位で。言い訳としては酒焼けでもしたって事にしようか」
「恥ずかしいけど。風邪引いたって心配されるよりはマシかしら」
「ありがとペリーニャ。これで何が釣れるかは解らんけど試してみるよ」
「ありがとね」
「はい。そろそろ廊下の修女が怒鳴り込んで来そうなので失礼します。食器の片付けは済みません」
「洗面台借りて浄化するだけだから平気よ。お休みなさい」
「お休み~」
「クワァ~」
満面の笑みで。
「お休み為さいませ」
ペリーニャが退出後。
「やっと2人切りに成れましたね、フィーネさん」
「…クワンティが居るよ?」
「クワンなら反対向いててくれるさ」
フィーネがピアスを外してテーブルの上に置いた。
何かを喋り掛けた彼女の唇を強引に奪い、情熱的なキスを重ね合った。
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