お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第141話 クワンジア遠征準備02

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鍛冶屋の道は一日にして成らず。
当然です。俺たちは真っ新なド素人。

人並みよりも速く動けて力が有るだけの!

生まれて初めて褌を締め。首巻き付きの背中が開いた防護服と耐熱グローブ(俺だけ自前)を装着。

工房内に入る前に目出し帽とゴーグルを着ける。

工房手前の着替え兼お食事休憩控え室でミーティング。

既に中から熱気がバシバシ伝わって来てます。

「流石は大将。いい道具揃えてんな。懐中時計は中で壁掛けにしてソプランがタイムキーパーだ。慣れない内は30分置きに出て水分と塩分補給。中に水筒持って喉の渇きを覚える前に流し込めよ。
炉の前は当然俺だ。他の三人は後ろに付いて指示に従え。
基本的に溶鉱炉、分離路、砂型成形炉の往復。
一番危険なのは桶に移す時。桶を運ぶ最中。意識飛ばして零せば簡単に手足が消えるぜ。
ソプランは重要な監視役だ。後ろから見て誰か一人でもフラッとしたら叫んで声を掛けろ。
作業時間は最大でも十七時まで。素人はその前にぶっ倒れる。今回は最上の石使ってるから夜間の温度管理は不要だ。俺がちょいちょい様子見に来る。

最初は分離が面倒臭え鎧を溶かす所から。今の炉は一番低い鉄が溶ける温度で設定してる。あれで序の口。
タングステンやマウデリンはもっと上だ。あんな微温湯で逃げるんじゃねえぞ」
「「「「おす!」」」」

「作業中はソプラン以外無駄口を叩くな。溶岩舌で味わいたい弩変態なら止めねえけどよ。

分離固体を取り出すのも俺の指示を待て。

褌は鍛冶屋の正装みたいなもんだ。明日からは渡した替えを履いて来い。

作業終わりは後ろのお嬢さん方はガン無視でここで着替えろ。後ろは見たくねえならさっさと帰んな。

悪いがここは男の戦場だ。差別じゃねえぞ」
「「「「「はい!」」」」」
フィーネ、アローマ、ミランダ、シュルツと。ギークが心配で付いて来ちゃったエナンシャも巻き込まれた。

「お嬢さん方は知らねえ顔も居るが男は全員知ってる顔で良かったぜ。じゃあ行くぞ!」
「「「「おす!!」」」」

デニーロ指揮官の下。こうして危険なアルバイト1日目が始まった。

一番鍛冶仕事を嘗めていたのは俺かも知れない。

屋外で融点が低い金属を溶かすのとは話が違う!
ペラニウムの作業は赤ん坊の這い這いだった。たっちもしてない乳飲み子だ。

次元が違う。灼熱地獄。そう表わすのは容易い。
痛いのなんて屁でもねえぜ、とイキってた俺は何処へ。
永続的なサウナの前に俺の心は簡単に屈した。

最初に泣き言を吐いたのはそうです俺です。

ソプランに裸の背中を蹴られて奮起再生。
支え合える仲間の大切さを知った。

これまで武器を損在に扱って御免なさい。
鍛冶師の皆さんの魂の結晶を小馬鹿にして御免なさい。
これからは、1本1本大切に使わせて頂きます。

1日目の作業終了後の4人で入った本棟の水風呂の気持ちよさと言ったら無かった。

お前は霊廟鎧着ればいんじゃね?
鍛冶師の皆さんの神聖な聖域を汚してはいけません。

ギークペアは自宅の客間にお泊まり頂き望んだ2日目。

1日作業すれば慣れたでしょ?
いえいえそんな事は微塵も御座いません。

1日目は鉄。2日目の途中からタングステン。
3日目のマウデリン。体感は10℃、実際は3℃の上昇。

3日目は100℃は軽く越えていた。もうあれは見るだけ無駄だ。

身体の水分が沸騰するんだぜ!
たった2秒入っただけでな!!

タングステンを切り分けた分離炉の作業台で超硬弾を転がす作業は俺1人で遣り遂げた。
取れたのはたったの30発。

200発入りの店売り品に少ねえなぁ、と文句を言っていた過去の俺を壊れるまで殴りたい。

マウデリンからは約5kgのインゴットと約2kgのインゴット。希望していた長剣と短剣と胸当てが出来た。

端材は長方形に小分けして5個。

製作工程で初っ端から長剣に行こうとした俺はデニーロ軍曹の愛の鉄拳を頂いた。
「嘗めんじゃねえ!!単純な胸当てからだ。
短剣も早え。叩いた事もねえのに曲がっちまうだろ。
何度もやり直したいのか!」
「すんませんした!!」

砂型からベースの形を作り、成形炉で何度も焼き直して軍曹と俺で叩き、カーネギとギークで追い込み。

予定超過の8日目に3品目の成形が終わって炉の火を落とした。

喜ぶのはまだ早い。仕上げの研ぎが待っていた。
「全編マウデリンなんざ誰も研いだ事ねえだろうなぁ。
だから最後は全員交代でやろう。大将たちは武器の扱いに慣れてる。それを信じて任せるぜ」
「「「「おす!」」」」

5人で交代しながら研ぎ、9日目で完成。


最終日にデニーロ軍曹をロロシュ邸の本棟に招き、今回の閉会式をサンドイッチを貪りながら執り行った。

応接室の大テーブルに成果品を並べて。

「大将。鍛冶屋の苦労が少しは解っただろう」
「骨の髄まで染み込みました。これからは1つ1つ大切に使わせて頂きます」
男子一同頭を垂れた。

「俺もいい勉強させて貰ったぜ。報酬は要らねえとは言ったが今後もマウデリン持ち込む可能性があるなら金三千振り込んどいてくれ。
急な話で工房の改造が間に合ってなかった。何をどうするのかの問題点も解った。
もうちょい楽に打てるように工房改造してやるよ」

「忘れずに振り込みます」
「足ねえ道具も揃えなきゃいけねえ。
時間は一年は欲しい。後は要の釜と桶と鎚。耐熱性と耐久性を備えた物を用意して貰えると助かる」

「頑張って探します」
「胸当ての付属品はキッチョムのとこで見繕え。口は堅えし大将も馴染みだろ。

それはいいとして剣の名前をどうする、大将」

「名前…全く考えてなかった」
「素材が素材だけに工房名は彫れねえ。だが責めて名前だけは残してやりてえ。
それが武具への礼儀ってもんだ」
生み出した武具への感謝と手向けか。重要だな。

市販品の鞘から刀身部を抜き出した。
黒鉄とも違う透き通るような灰色。
煉獄とはまた違う色合。照明を反射させると僅かに虹色が差す。

豪華な装飾も無い一般的な形。唯一他と違うのは柄の部分に魔石を填め込めるスロット穴を設けた事位。

鑑定で見破られないように偽装は施す。しかし大切な名は残したい。

ふざけた名前は付けられない。

共にこれを造った4人の顔触れを見回した。
スデギカッソ…頭文字では今一だ。

「5人の頭だと今一語呂が悪いんで。
長剣は黒鉄剣ペインジット。破壊だけが全てじゃない。
そんな願いを込めて。
短剣は、黒鉄剣ラインジット。ここが終わりじゃない。
そんな意味合いで。
胸当ては黒鉄装タイトジット。貫けるもんならやっとみろって挑戦的な象徴で」
「…いいねえ。俺は納得だ。他は」
「いいと思うぜ」
「うん。納得」
「申し分ない。立ち会えただけでも僥倖だ」

女性陣からも拍手が上がった。
片隅にはロロシュ氏も!?いつの間に…。

作業終わりでボーッとしてた。

「じゃあ俺は帰るぜ。上さん放置しててお怒りだからよ」
「何でしたら打上げ会来ませんか。奥さんも誘って」

ちょっとだけ悲しそうな顔で。
「上さん。耳が聞こえねえんだわ…。
賑やかな場はちょっとな。家でしんみりやるのがいんだよ」
「立ち入って済みませんでした。二人がお好きなお酒とか有ります?」

「デニスのとこで出すような渋いウィスキーがいいな」
「それなら丁度良いのが。エストラージの帝都で買って来たお土産です」
「おぉいいねえ。有り難く貰うぜ」
ボトル瓶を袋に包んで手渡した。

「洗濯物と御礼状は後日誰かに運ばせます」
「数日は休むから。適当でいいぜ。じゃあまたな」

お別れを言い合い、ソプランが正門前まで送り届けた。

「ロロシュさん。今回は俺の勉強代なんで勝手に払わないで下さいよ」
「解っておるわ。…既に支払った謝礼金は許せ」
思わず額をテーブルに打つけた。遅かったか…。

「ギ、ギークとエナンシャも何日も拘束してごめん。婚礼祝で何個か良い物持ってくから期待してて」
「なんの。次があるならまた呼んでくれ」
「大丈夫です。スターレン様のお手伝いだって言ったら担当長も二つ返事でOKでしたから」
そうなのねぇ。

ギークたちにもお土産を渡して今日はお帰り頂いた。

入れ替わりでソプランが戻って来た所で。
「限界です!明日は絶対休む!寝る」
「俺もさっさと寝るわ」大欠伸で答えた。
「俺も無理」

早めに解散して宣言通り丸1日ゴロゴロした。




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生血には頼らず自然回復。
グーニャにマッサージして貰ってスッキリ爽快。

フィーネと侍女3人で作ってくれた蛤の甘露煮を朝から摘まんで。鍛冶仕事中の出来事を聞いた。

「新双眼鏡と擬態道具の改造は終わった。水没潜ったらクリップが3つも出たから黒鉄シリーズの偽装に使う。
ペラニウム端材で小型インゴット作って洗濯機に取り付けた。今更だけど。
マウデリンの端材プレートを1個手袋に合成して。昨日ペリーニャと一緒に上書きして来た。見てみて」

見た目は変わらず。模様のシルバー感が増した左手手袋を頂戴して鑑定。

名前:唐草の手袋・左手用
性能:任意の場所に瞬間転移できる
   魔力消費:残量の0.5割/1回
   座標条件:所有者が行った事の在る場所
   座標軸:記憶した場所。誰も居ない平場
   同時搬送可能数:最大300名+装備品
   (紐等で締結された状態で所有者と接触)
特徴:転移秘宝の1つ

「お、右手よりも性能いいな。記述も修正されてる」
「それは頑張りましたもん。ペリーニャもスタンの役に立てるって張り切ってた」
「有り難う。こっち貰っていいの?」
「勿論。擬態のネックレスは私が預かる。スタンに渡すと無茶苦茶やりそうだから。
それと500km双眼鏡。今度は透視機能は潰さなかったわ。私で試してみて」

どうれどうれ。…だがしかし!服は服のまま。

「…透けないよ?」
「当たり前でしょ。シュルツが魔改造したんだから。女性の服は透けません。裸の人は逆に服が上書きされます」
ナンテコッタイ。

「何て余計な改造を!じゃなかった凄えなシュルツ」
「今、本音が聞こえましたが何か?」
「冗談は置いといてありがと。敵の位置が解るだけでも助かるよ。フィーネも嫌な物見なくて済むし」
「うん。そっちの方が助かる。毎回吐きそうだったから」

一旦緑茶タイム。

「肝心の複合型の量産はどうする?私的にはフローラさんに頼んで配合型で小さなインゴット埋め込むタイプの方が両立出来ていいかなって思うんだけど」
茶を一口。
「うーむ。難しいねぇ」
「何が?」

「渡すならフィーネの案だけど。鑑定で見抜かれて奪われるのも、本人が身に着けてない時に誘拐されるのも。
クリップ織り交ぜて更に改造加えても。本人がお風呂とか寝てる時とか外してしまうならあんまりメリットを感じないし。指輪ではインゴットを埋め込むのが難しい。

更にダリアやニーナやメルシャン様だとお姫様だから指輪は渡せないし。ピンキーなんて文化は見た事無い。
マウデリン混ぜて所持するだけで飛ばせるようにするにはまだ何か足りない気がするし。送受信だとペアを作って全員持ってないと効果は限定的。配合率もピッタリ同じに揃えないといけない」

「あー…。配合型にして所持で発動可能にすると常時お話状態にもなるんだ」
「それもある。複合のアクセは送信に限定したから成立したんじゃないかな、て思う。作って渡しても遠慮して使わなかったりさ」

「遠慮ねぇ。充分有り得るわね。同じ物を配布するには圧倒的にマウデリンが少ない」
「精錬の方法と必要温度は学んだから道具を揃えられれば自力で抽出も不可能じゃない。だけど専用の工房を家でも作らないと危なくて外じゃ無理」

フィーネが額を親指で擦って。
「今は手を出す時期じゃないか」
「折角ペラニウムの複製品作ったんだから。それだけマウデリン合成してみてどうなるか試してみよっか。魔力の封入もやってみたい。黒鉄に封入する前の練習としても」
「そうね。お昼からのんびり無人島でやりましょ」

議題は婚礼宴会に持って行く手土産に移った。
「蛤の甘露煮は作ってくれたから。あっさり鰻の白焼きは何本か焼く。鮪は入れる?」
「ん~。明日潜って3本だけ。贈呈用とお城へ献上する分と自分たち用に」

「充分喜んで貰える、とは思うけど。なんかパターン化して芸が無いんだよなぁ」
「でもここで欲張って新作作ろうとすると時間がちょっと足りないかな」
宴会は4日後だもんなぁ。
「欲張るのは止めとくか。ノイちゃんの事だから料理が足りないなんてことも無いだろうし」
「うかうかしてるとラフドッグで内緒休暇取れないもん」


適当なお昼を食べて無人島へ。

黒鉄シリーズにクリップを合成。理想通りに名前を変えず材料不明品に変化した。

指針の胸飾りの原本を手に持ってお試し。
俺とフィーネで交互に手に持ち、胸元に付けたり目の前で飛ばし合った。
「ふーん。念話って程じゃない。一言と場所だけか」
「相手がスタンだから何ともないけど。他の人からだとゾワッと来そうな予感がする」

「真ん前で向き合ってる安心感も影響してそう」
「うん」

お互いに収納袋に入れた場合は発動せず。着けるなり手で持つなどしなければ使えなかった。…当然。

「マウデリンだけでは手放し発動は成立しない」
「ちょっと考えが甘かったね。シュルツの言う通り手袋は皮の部分が。小袋もイレイダールの皮が手放し機能を可能にしてるんだ」

「レイルに頼んで…毛皮欲しさに生み出して貰うって何か違うよなぁ」
「単なる悪人ね。代償として酷い要求も来る。革製品で肌身離さずの形がイメージ出来ません」
「俺もで御座います」

次にマウデリンの端材プレートの1つを半分にカットしてレプリカに合成。

念話をイメージしながら魔力を注ぎ込んだ。

念とは何か。強い想い。届けたい想い。願い。
想いを飛ばすと言うのはある意味奇跡。度を超せば独り善がりになってしまう。
「…むっず。フィーネ!」
「はい!」
「愛してる!」声に出して強く祈る。

すると女神の彫像を使った時のような輝きを放った。

「照れちゃうじゃないのぉ。私も♡」

名前:指針の胸飾り(レプリカ)
性能:スターレンの妻フィーネに念と現在位置を飛ばす
特徴:閉じ込められて助けが欲しい時に便利
   知り合いの女性推奨

「魔力半分使ってフィーネ限定品になってしもた…」
「予想通りっちゃ予想通りね。渡す候補も女性ばかりだからこれはこれで正しいのかも」

「たった此れっぽっち混ぜただけでベースの魔力半分持ってかれるのかぁ」
「昨日ペリーニャの補助した時も半分位飛んだ。本人も半分から6割消費。マウデリンの含有量は余り関係が無いんだと思う」
「それを聞いて安心した。念の為クワンにマント着せて。俺たちがぶっ倒れたら自宅に運んでな」
「クワッ!」

『我輩は暇だニャ』
「敵が倒れた所を襲って来る可能性も零じゃない。グーニャは周囲を警戒しててくれ」
『ハイニャ!』

俺たちとクワンの装備を整え。
「最初は胸当てから。フィーネは回復出来ないから1日1回が限度だ」
「明日、明後日なら大した用事も無いし。トライ出来る。
失敗したら…今の装備に付け足さないと上書き出来ないと思うから慎重に」
2人共ベースが上限に到達してるから上書きは難しい。

ソラリマと煉獄を左手に装備して右手を胸当てに添えた。
その上にフィーネの右手が添えられる。

さて注入しようと構えた時にロイドちゃんが。
「スターレン。時間操作はイメージから外す様に女神様が仰って居ります。一歩間違えると石英と同等品が生まれてしまうかもと」
おぉ…それは危険だ。石英を封印した意味が無い。
「どうしたの?」行動を止めた俺を心配そうに。
「あぁ今ロイドちゃんからの忠告で。俺の時間操作スキルのイメージは外せって。うっかり石英の道具と同じ物が出来ちゃうかもってさ」
「おぅ危ない危ない」

「一旦落着こう」
一度手を離して2人で深呼吸。

仕切り直していざ。

胸当ては防具だ。当初は男性用を想定していたが流曲線を加えて共用品に仕立てた。付属品を替えれば男女問わず着られる。

防御範囲は物理的に胸回り。しかしそれでは今後戦うであろう強敵に対しては心許ない。

材料の都合上面積を狭めただけで本当なら首から下全部を防御出来るのが理想。

名付けた通り貫通攻撃が怖いと考えた。露出部も然り。
装備者の身体を覆い尽くすイメージを最大限に。物理や魔法を通さずに反射する。2人合わせた対魔力値を越えられる者はそうそう居ないと考えて。

レプリカに注入した時と同じく周囲が白い光に包まれ、光は全て胸当てに吸収された。

情景は元の姿を取り戻し、胸当ての見た目は変わらない。

名前:黒鉄装タイトジット

「あきまへんがな。ペリーニャじゃないと見えまへん」
「やっちまったー。クリップは後にすべきだったぁ」

「専用装備品なら見えたんだろうけど。ま、まあ…
どうせ1発勝負だし。正しいイメージを付与して後で纏めて見て貰おう」
「うっかりしてた…。お土産持って行かなくちゃ」

序でにグリエル様に来月の許可取りに行くかな。
仕事を熟せたようで実は増やしてしまった。

人間偶には失敗するもんさと慰め合い。お片付けして自宅へ撤収した。




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翌日午前は鮪漁と鰻釣りに精を出した。
予定の3本と鰻6匹が釣れた。

生まれ変わったクルーザー。もとい客船は休暇中の楽しみにして俺はまだ見に行ってない。

2日目は黒鉄の短剣にトライ。

短剣の利点は使う人を選ばないに尽きる。
機動性を落とさず。急所を貫く刺突剣としても有用。

巨大な魔物には適さないが立ち回りでカバーしたりと使い方は多岐に及ぶ。

対人戦ならば短剣の方が有利になる場面も多い。

靱性や耐久性を引き上げ、持つ者の腕周りまで守る。
名付けから体力の上昇と回復をイメージしながら魔力を付与した。

上手く付与出来ていて欲しい!と願う。


3日目の午前に長剣にトライ。

よくファンタジーなRPGゲームで武器の三竦みを聞くが実戦ではそんな物は有りません。

武器は扱う者の熟練度で激変する。

槍は先端が躱されれば只の棒。棒術に切り替わる前に懐に飛び込めばリーチの長い長剣が有利。

斧も桁違いの腕力や熟練された体術を併用されれば踏み込める隙は消されてしまう。

腕力上げると俊敏性が落ちる?何処の世界の話それ?

相性は有っても必ずそれが全ての効果を示す物とは限らない。

平均化趣向の人程長剣を選ぶ。使い易いから。
スピード命なら小剣。両立した中剣。複数本腰や背中に装備している人なんて大勢居ます。

諸々含めて長剣と言う形にした。

破壊だけが全てじゃないと名付けた。
クリップ投入直前で見た攻撃力は通常武器の中では破格の4000だった。

属性をスロットで変更すれば煉獄に次ぐ強力な剣である。

破壊を目的とせず、真の敵を。深淵を穿つ。
そんな攻撃手段をイメージしながら注入した。


「上手く出来たかなぁ」
「見えないって怖いわね。ペリーニャの所へは宴会後に行きましょう」


午後から明日は宴会用のお土産の準備で忙しい。

宴会後からラフドッグの休暇までは2日空きがある。
そこで訪ねてみようとなった。




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お祝い宴会日当日。

暑くはないが暑苦しく見えるコートは仕舞い。ちょっと良い服でお出掛けした。

1区西に在る豪勢な邸宅。
平民街にドカンと腰を据えているのは異質だ。

どうして今まで気付かなかったの?と思う位には大きい。

これまでフィーネは何度も遊びに来ているが俺自身は余り足を運ばなかった。

身重で苛つくライラに会わないように配慮した。

そんな彼女も俺が鍛冶のアルバイトをしている間に無事元気な女の子を出産した。
名前は何とアンネと名付けられたらしい。血縁ではない深い絆を感じます。

今回はそのお祝いも兼ねている。

とは言え早めに寝るライラと赤ん坊の真下でがちゃがちゃ騒げない。

宴会会場は離れの1階。

パパになったゴンザは居候で肩身が狭いと嘆いていた。
「そんなの俺たちに比べたら楽勝じゃん。どーんとデカい顔してればいいんだって。開き直っちゃえ」
「そうやって振り切れるお前が羨ましいよ」
相変わらず真面目だ。

女性陣は生まれたてのアンネを囲んでキャッキャ。
俺もプニプニしたいなぁと見ていたらライラが寄って来て抱かせてくれた。

首が全く据わっていない赤ん坊を抱くのは大緊張。
それが伝わってしまったのかギャン泣き。

オロオロする俺を見て周囲が笑っていた。

基本は主役10名とメメット隊とその家族関係のみ。
ロロシュ邸代表でシュルツ。
カメノス邸代表はペルシェ親子。
ジェシカは個人的に。
タツリケさんだけ代表で。

他は辞退してくれた(させた)らしい。
フィーネの説得の甲斐あって。

今回初対面の人も多く、主賓の5組の挨拶から面識の薄い人は会場下手席へ座った。

ノイちゃんペアから挨拶が始まり。最後のギークが感極まって泣いていた。
きっとここには居ないエドガントとデュルガを思っていたに違いない。

主賓挨拶が終わると仲介役を務めた俺たちに挨拶を振られてフィーネが嫌嫌したので俺が代表挨拶をした。

「仲介役を務めましたスターレンです。何故か。
本当に何故かは解りませんが、適当に宴会を企画してご紹介した所。悉く成立してしまい。ご結婚までされ。
夫婦共々驚きの毎日です。縁結びの神様でも付いているのでしょうか。大変喜ばしい事この上有りません。
しかし俺たちはお膳立て。ここから先はご夫婦が手を取り合い歩む道。途中で喧嘩別れしても俺たちの所為にはしないでね!」
ちょいウケ。
「この場に来られなかった方。ここにはもう居ない友、
家族、愛した人たち。その方々の分までお幸せに。
新たな門出を迎えた5組の皆様。新たに誕生した命。
共に祝い、喜び合いましょう!空の向こう側に居る先人たちに感謝と祈りが届く様に!」
暖かい拍手を頂いた。


正午過ぎに始めた宴会で昼食会が終わり。ライラ親子とシュルツを帰し、ペルシェ親子とレーラ親子と子供たちをカメノス邸に預け。お酒が入って酒宴がスタートした。

飲んで騒いで夜までは行かなかったが夕方までドンチャン騒ぎは続いた。

途中でノイちゃんとギークとデニスさんから夜に頑張れないと言うお悩み相談を受け、カメノス氏がいい薬作ってるよと紹介。

その波が終わるとクラリアがフィーネの手をがっしり握り絞め。
「今日は逃しませんよ。私にも!何方か!紹介して下さいと言うお願いはお忘れですか?」
「そんな事言われても…ねえ」
助けを求める目を向けられた。
「ラフドッグに居た時とか。彼氏とか好きな人とか居なかったの?」
「あのまーだしぶとく生きてるクソ婆様に邪魔されて。言い寄って来る人なんて誰も居ませんでした!
気晴らしにお店を開いても、来るのはカップルやご夫婦や子供たちばかりで…」
悪い事聞いちゃったな。
「じゃあ今の王都では?」

遠い目をして。
「駄目です…全く。私も商売人の端くれ。一度食事をした位で彼氏気取り。仲良くなったんだから仕事の話をしようと言い出し。二言目には金金。直接的な言葉でなくとも丸解りですよ。
凄いですね王都は。心の中ではスターレン様と知り合いなんだから取り持て、会わせろ、紹介してくれ。とでも浮べているんでしょう。顔に書いてありました。
そんなんばっかです!」
遂には怒り出してしまった。

「聞いた俺が悪かった。でも若くて有望な独身男性の知り合いがもう居ないんだ。絶賛お見合い中のスタルフは本命が居るし。特典として王女の冠が付いて来るし。
王都内で余ってるのは虫歯だらけで女好きのドスケベが居るけど嫌だろ?てか俺が嫌だ」
「そんなの嫌です!」
可哀想なヒエリンド。貶めたのは俺だったり…。
「他…他は。ロル…あ」

「え?彼を紹介する気なの?」
「何方ですか?」

心の親友モーちゃんの息子モーリア君。今の俺よりは少し上でクラリアと年は近い。食事会した時は独身だとも言っていた。
「いや駄目だ。今は時期が悪過ぎる。
気軽に紹介は出来ない。今度ゴーギャンさんに誰か居ないか聞いてみるよ。クラリアが気付かずスルーした人の中にも実は好きでしたって人が居たかも知れないだろ」
「強く否定は出来ませんが…。折角こちらへ越して来たのにまた逆戻りは」

「王都に行ってもいいって人から当たるよ。財団系の人なら住む場所も仕事も幾らでも有るしさ」
「はい…。期待せずにお待ちします」

「はぁ…。誰も居なかったら諦めて自分で探して。私たち世界を回ってる最中で忙しいの。各地で男漁りや縁結びしてる訳じゃないのよ。休み中の時位休ませて」
「御免なさい…。甘えてばかりじゃなく、自分でも頑張ってみます!」
普通でしょそれが。
女性の方が勘が鋭く男を見抜く能力に長けていると言うのが世の通例。個人差?

お年頃のクラリアをフィーネが女性陣の輪の中に戻した。

「スタンがあんな演説しちゃうから。私も!てなるんじゃない」
「調子に乗ったぜ。じゃあ次はフィーネがスピーチな」

「なっ…。墓穴掘った…。苦手なのに」
苦しみを分ち合いましょう。

誰か居ないかなぁ…。俺たちが見逃してる人の中に。

ロルーゼも分割化の話が本格的になるのは当分先。
フラジミゼールがタイラント領に成って安全性が確保出来るまでは紹介は難しい。

モーちゃんも跡取り取られたら困るだろう。

む~。またしても宿題を貰ってしまった。




---------------

時差を考えて昼前にペリーニャに連絡してアッテンハイムの教皇邸を訪問した。

先にペリーニャに黒鉄を鑑定して貰った。

話を聞いたペリーニャはニッコリと。
「見るのは構いません。そのご褒美としてラフドッグでの休暇に一泊だけお邪魔させて下さい」
読まれちゃった。
「また人の心読んで。読まない練習をしなさいって言ったでしょ」
「読もうとしなくてもお二人が休暇を楽しみにされているのは在り在りと表側に出てしまっています。駄駄漏れです」
「そんなにか…。1泊だけだぞ。海開きはまだ先で寒い位だからちゃんと冬服も持って」
「後でグリエル様の許可を取ってね」
「はい」

クリップを先にぶち込んでしまうと言う失態を犯したのは俺たちなので強く出られなかった。

ペリーニャに鑑定して貰った結果。

胸当て。

名前:黒鉄装タイトジット
性能:防御力4000
   制作者、付与者以外の破壊行為不能
   溶点温度8000℃以上
   装備者の全身を保護(露出部含む)
   経年劣化極微少
   対魔力性能18000
   (以下の魔法攻撃反射)
   装備者への貫通、被毒、疾患、即死系攻撃無効
特徴:制作者たちの魂の結晶

「実質破壊出来るのは俺たちだけだな」
「良かったぁ」
「人工物としては異次元の性能ですね」

短剣。

名前:黒鉄剣ラインジット
性能:攻撃力3800
   制作者、付与者以外の破壊行為不能
   溶点温度7600℃以上
   装備者の体力永続回復(1%/5分)
   経年劣化極微少
   対魔力性能18000
   属性変更:空きスロット2
   装備者への投擲、遠距離系攻撃無効
特徴:制作者たちの魂の結晶

「武器で防御系の補助も出来る」
「短時間でも装備して寝れば疲れも吹き飛ぶ?」
「胸当てと共に装備すれば略無敵ですね」
セット物と捉えてもいいかも。過信は禁物。

長剣。

名前:黒鉄剣ペインジット
性能:攻撃力4200
   制作者、付与者以外の破壊行為不能
   溶点温度8400℃以上
   貫通攻撃特化(対象の外装防御を無視する)
   攻撃対象の肉、骨、核等を断裂可能
   (刀身長範囲内に限る)
   経年劣化極微少
   対魔力性能18000
   属性変更:空きスロット2
   装備者への貫通系攻撃無効
特徴:制作者たちの魂の結晶

「攻防一体。真に理想通り」
「上書きするのはもう無理かもね」
「ペインジットは大狼様の牙の欠片と合成すれば進化もするようです」
マジですかい。

「それは当分先だな。聖剣並の性能を叩き出す代物にはしたくない」
「秘密兵器は最後まで取って置くに限る」
「短剣と長剣の鞘も強化しなければ挿抜の度に削れて装備者が危険です」
ド忘れしとりました。

「マウデリンの端材を合成するか」
「またクリップが必要ね。今週来週で取りに行くわ」


追加で焼いた鰻の蒲焼きと寒天ゼリーを献上してペリーニャのお強請り攻撃が始まった。

激しく抵抗を見せるグリエル様に。
「善いではありませんか。年始祝いは良くて今は駄目と言われましても反対意見として弱いです」
「む、むぅ…。スターレン君。また我が儘娘が迷惑を掛けるが宜しく頼む」
ペリーニャの後ろの壁際で聞いているゼノン隊の面々も顰めっ面。
「私ははん」
「黙りなさいゼノン」一喝両断。

「ま、まあお任せ下さい」
「全力でお守りします」
「兎に角頼む」
弱いパパさんだ。

話はクワンジアの闘技大会へ切り替わる。
「従者。以前にもこちらへ伺いました2人を加えて。ここからクワンジアへ馬車移動で出発したいのですが、ご許可を頂けないでしょうか」

「それは構わないのだが…。ペリーニャやゼノン隊と共に行っては貰えぬだろうか」
「…と申されますと。誰か参加させるのですか?」

「ペリーニャに謝罪を直接したいとな。国賓待遇での招待では断り切れない。国交全てを断裂している訳ではないからな。大会にはゼノンを出す積もりだ」

これは予想外だ。ペリーニャが出向くとは。
眉間を掻いて唸る。

敵対組織が多数存在し、俺たちを会場に釘付けにして別の場所でゴッズが呼び出される可能性が有る事を伝えた。
「残党組織の規模が不明瞭で。俺たちは初戦で敗退し自由行動を試みます。それでも動けなかったら従者に動いて貰う予定でした」
「今からでも断る訳には行かないのでしょうか。野蛮な闘技大会と謝罪を絡めるな無礼者、とか」

「済まない…。もう返事を出してしまった」
「だから言いましたのに。お二人にご相談してからにしてはどうかと」
「即答での返信を強く要求されてしまって。止む無く」
一歩先に招待状を出しやがったな。

「私たちが実は装備だけの雑魚でしたと笑われるのは全然構いません。ですが聖騎士であるゼノンが無様を演じて品位を貶める事は出来ない」
フィーネが舌打ち。
「馬鹿も馬鹿なりに考えたわね」

「しかも今のペリーニャが道具無しで転移が使えるなどと知れ渡るのも厄介です」
「折角注目度が下がったのに。その力を欲してまた外道のような輩が現われてしまいます」

グリエル様は頭を抱え。
「迂闊だった…」

ゼノンが挙手をして。
「私も初戦で敗退しましょう。品位などと言っている場合では有りません。敗退後の体調不良を理由にペリーニャ様が帰国の意を申し出れば引き留められる理由は無いように思われます」
「いや多分それは出来ない。ゼノンが出るなら初戦は間違い無く俺に打つけて来る」

「く…。では怪我を負った振りをして次戦を欠場するのはどうでしょうか」
「うーん。大勢の観衆の目を欺けるかな…。お互いに腕の骨でも折らないと納得されないよ」

ペリーニャが柔やかに。
「骨の一本程度なら。私とフィーネ様が協力し合えば直ぐに繋げられます。
少々大袈裟に演技をすれば問題無いかと」
両手を広げてゼノンを見た。
「死ぬ程痛いらしいよ、骨繋ぐの。俺はフィーネに気絶中にやられたから自覚無くてさ」
「それしき。堪えて見せます」

「転移の発動に関しては。昨年敵組織から押収した指輪がこちらに在るのは割れております。架振と交換され性能が落ちた事など誰も知りません。形状や宝石の色は酷似していますのでそれを私が堂々と指に嵌めて参ります」
「おぉその手が有ったか」
「流石ペリーニャ。あったま良い」

「帝国からの出場は控えるようにお願いしてあります。
後は目の良い上級冒険者たちとモーランゼア、メレディスの精鋭部隊に見破られないのを祈るのみ。
グリエル様。この場以外の誰にも裏工作は伝えないで下さい。恐らくクワンジアでは打ち合わせ出来ないので」
「少なくとも大会本戦開始までは。お願いします」

「承知した。ゼノン、リーゼル。下の者にも決行直前までは控えよ」
「「ハッ」」

事前に話が出来て良かった。

ペリーニャのご招待はラフドッグ滞在の真ん中。5日後の1泊で話を付けて帰宅した。




---------------

帰宅してからお米を炊いて残りの鰻で鰻丼にした。

口直しの人参の浅漬けをポリポリしながら緑茶を頂き。
「鞘の強化は明日以降にして。今からコマネさんとこで小袋の類似品に必要な部材聞いて来る」
「じゃあ私はキッチョムさんの所で胸当ての付属品の相談して来るわ。アリーちゃんもクワンティに会いたがってるかもだし」

「そっちの方が時間掛かりそうだな。夜はトワイライトでも行こうか」
「それが良いわね。ゆっくり出来るし」

さっくり決まって別行動。

3区のコマネ氏の所へ向かったが生憎不在。

対応してくれたジェシカが。
「スターレン様だから明かしますが。最近近距離の転移道具を手に入れまして。ちょくちょくウィンザートに行っているのです。戻りは何時になるかは…」
「いいよ。さっきの内容参考までに聞きたかっただけだからさ。近場で何か無いか伝言お願い。良いのが教えてって伝えて。
それと超高温まで耐えられる鍛冶道具。釜と桶と鎚とか知ってたらそれも」

「…超高温、とはどれ程の」
「ざっと4000℃レベル」
「よっ…」
聞いた瞬間に固まってしまった。
「わ、解りました。伝えて置きます。が、期待は厳しいかと思います。鍛冶には疎くても、途方も無い数字なのは理解出来ますから」

「参考参考。時間はたっぷりあるから大丈夫」

「はい、必ず伝えます。話は変わりますがスターレン様は最近カジノには行かれましたか?」
「あー最近覗いてないなぁ。ソプランは行ってるかも」
「偶々昨日。酔い任せに久々に六人で行ってみたのですが結構面白そうな名前の物が入ってましたよ。
お時間が有るなら行かれてみては」
それは良い事聞いた。
「明日行ってみようかな。二人切りだとフィーネが激オコだから皆でになるけど。ジェシカも暇なら行く?」

「私たちは昨日それに挑んで全部擂りましたから結構ですよ。
私はこの収納バッグで全ての運を使い果たしたようです」
嬉しそうに腰の金皮バッグを撫でて見せてくれた…。
鑑定しなくても解る。あの毛皮だ。

予備のクリップを渡して。
「そのクリップ内側に付けるといいよ。遠くからでも鑑定されなくなる道具で。コマネさんに追加伝言。ジェシカの大切なバッグは除外でって」

「こ、これが…まさか」
「だからいいって。人の物取り上げてまで欲しい物じゃないから。忘れて。そして必ず伝えて」
「はぁ…。良かったです」
素直に聞き入れてくれたようで俺も良かった。




---------------

アリーちゃんをクワンティと遊ばせてる間に。キッチョムさんと商談室でご相談。

黒鉄の胸当てを繁々と眺め。
「これは見た事が無い合金ですな。尚且つ見た目よりも重くない」

小声で全マウデリン製だと告げると。
「マ…マウ!?」
手を滑らせて床に落とされた。
「ま、またご冗談を」
「冗談で私たちが持ち込むとでも?」

「そうかそれで…。これをデニーの工房で?」
「ええ。デニーロさんとスタンと何人かで」

「武器屋が胸当ての砂型を取らせろ、何て言い出すから何事かと思えば。成程…」
落とした胸当てを拾い直して綺麗な布で磨き。
「フィーネ様!記念に頬ずりしても?」
「出来れば、止めて頂きたいです」

「で、でしょうな。ちょっと言ってみただけです。
触れられただけでも生涯の記念。解りました。これに見合う…と言うと無謀ですが。何とか男女両用の大男でも着けられる固定具を探しましょう」
「店売りの物でも大丈夫ですよ」
強化だけなら自分たちでも出来る。
「いえいえ。私も防具屋の端くれ。こんな逸品に店売りなど相応しくない。私の拙い誇りが許しません。
それに怠い金具では連結具が先に壊れてしまいます。
耐久性を確保した物でないと相手は務まりません。
…時間にして一週間頂けますかな」

「まだ2週間程の余裕は有ります。危険な事までは為さらないで下さい」
「危険は有りませんよ。表の知り合いを数軒当たるだけですから。しかし大金を掛けると怪しまれるな…。
ふむ。基本の型は当店の物と同様です。商品の改良をするとでも嘘を垂れましょう」

「細かい点はお任せします」


胸当てをバッグに戻した所でキッチョムの奥様ドルメダさんがお茶とクッキーを運んで来てくれた。
「あらぁ、もうお帰りでしたか」
「折角なので一杯だけ」

豊潤な紅茶の香りに誘われて。
「良い香りですね。独特な酸味が甘いクッキーととても合います」
コーヒーよりも好きかも。
「お粗末様です。何時かお話出来る機会もあるかと。ロルーゼ北部から取り寄せた茶葉なんです」
「おいドルメダ。フィーネ様はお忙しいのだぞ」
「大丈夫です。夜まで特に用事も無いもので。この紅茶好きです。どんな品種なんですか?」

「喜んで頂けて光栄です。私の生まれはロルーゼ北部のキャバイドなのですが」
キャバイド?何処かで聞いた地名…。
「そこで栽培されているドルアールと言う品種です。私の名もそこから取ったんですよ」
ご両親も好きだったのか。
「地元一帯で消費されてしまう為、隠れた名産なんて呼ばれてしまって。門外不出の所を親類の伝手で無理矢理取り寄せました。宜しければ茶葉を」
「少しで良いです!全部は要らないですよ」
「言い切る前に塞がれてしまうとは。後でお持ちしますね、少しだけ」
その笑顔が申し訳ない。

それからアリーちゃんを交えてキャバイドの町に付いて聞いたり世間話に華を咲かせた。

帰りには茶葉の袋と白革の女性用鎧を手にしていた。
あれれ?私は何時の間に買ったんだろう…。

疑問に思いつつ。闘技大会で使えばいいかと思い直して自宅に帰った。


自宅で買ったばかりの白革鎧を試着してスタンに見せると喜んでくれたのは勿論。
「おー王女を守る近衛隊長さんに見える。カッコ可愛い。
やっぱフィーネは白とか水色が映えるなぁ」
と評価してくれた。
「嬉しい。武装だけじゃなくて今度は普段着も褒めてね」
「ふぁい!」

双方の状況を擦り合わせ、ドルメダさんから頂いた茶葉を説明した。
「葡萄で有名なキャバイドにそんな茶葉があったんだ。
知らんかった…。フィーネ、ちょっと経典見せて」
あぁモーゼスさんとの思い出話に出た地名だった。

スタンは茶葉を一撮み手に取ると。経典と交互に睨み。
「埋められなかった2つの内の1つだ。これもう少し貰ってもいい?」
「ええどうぞ。沢山頂いちゃったから」
中袋にパンパンになるまで。スタンの役に立つなら遠慮無く使わせて貰おう。

「最後の1つはどんな物なの?」
「何処かで採れる薬草。ドクダミ草じゃない殺菌性の高い植物だって書いてある」
何とも曖昧で範囲が。
「広いねぇ」
「小難しい捻くれた謎解きみたいな書き方で。でも後1つなら何とか自分で解読したい。シュルツとかに聞いちゃダメだぞ」
「しないわよ」



スタンは何時もトワイライトへ来ると。赤ワインを飲みながら窓から見える夜空を眺め、何処か寂しそうな顔を浮べてしまう。

寂しそうな表情に見えるだけで。心は穏やか。少しだけ沈む時もあればそうでない時も。今夜はやや沈み気味。

クワンティとグーニャは仲良く切り分けたお肉を綺麗に食べ私と同じようにスタンの横顔を見ていた。

私は思い切って聞いてみた。
「ここへ来ると。スタンは何時も寂しそうね」
「そんな事は…あるのかな。自分でもよく解らない」
曖昧な答えが返って来た。
「お悩みが有るなら聞いて進ぜよう」
「…ここから見える夜空は。前世の日本とは全く違って。
来る度に違う世界に居るんだなぁって。何かさ。心に穴が空いて寂しい気持ちになる」
「…」
私も同じかなと夜空を見上げた。

「前世の思い出話してもいい?多分これが最後」
「…どうぞ」

「俺の死因はさ。甲殻類アレルギーのショック死だったんだ」
「あぁ、それで海老とか蟹を食べる時に躊躇してたんだ」
「そうそう。今は全く関係無いのに。前世の母親には一杯迷惑掛けたのに。イジメが原因で引き籠もりになった俺に嫌な顔1つせず、身を粉にして働いてくれた。
親父は酒乱で暴力的な奴で。離婚と同時に俺を連れて関東に引っ越した。親類も誰も居ない土地に。
小三の頃から女手1つで17まで俺を育ててくれた。
俺なんて連れて行かなければもっと自由に再婚とかして生きられたのに。…俺は何一つ恩返し出来ずに現実から逃げて、勝手に死んだ」
「そっか」
私の場合は特殊だから。今は話せない。多分その答えを聞いてしまうから。アーガイアでの結末を。

「と思ってた」
「ん?思ってた?」

「実は最近まで元々の身体は植物状態で生きてたんだ。
魂だけでこっちの世界に迷い込んでしまった曖昧な存在」
「後半は前にも聞いたかな」
だから神様から与えられた使命を果たさないとこちら側に魂が定着出来ないと。

「向こう側を見ていたロイドちゃんが教えてくれた。あっちの俺の身体の生命維持装置が外されて、リンクが完全に途絶えたって」
「切り離されたのは、悪い事なの?」
「それ自体は予想してたし予定よりも早く来たってだけの話で済むんだけど」
「けど?」

「…母ちゃん。俺のアレルギー、本当に知らなかったのかなって。俺の好物でもあったし。何度もその手の料理や惣菜を自分で要求した事も有る」
「そこを疑うと、辛いだけだよ」

「うん、止めよっか。
こっちで頑張れば何時か日本の母ちゃんにも恩返し出来るんじゃないかって期待してた。フィーネと生きると決めた時。何番目かに掲げた目標。
フィーネに無理だから諦めろって言われても、淡く心で思ってた。それがフワッと消えた。

何だろうな。凄く虚しい気分。でもここからの夜空はフィーネの笑顔と同じ位、癒してくれるんだ。前を向きなさいって言われてるようで。

だからここからの夜空が好きなのさ」
強がるスタンの手を握り。
「私がここに居ます。クワンティもグーニャも友達も仲間も沢山居ます。実家に帰れば御父様も立派に成ろうと頑張る弟さんも。

あなたはそれを導きだと言う。でも私は違うと答えます」
「…」
「スタンは私を救ってくれた。それは誰かに言われたからなの?」
「…違う」

「それはスタンが掴んだ選択。ここが私とスタンが住む世界。過去は思い出。遠い記憶。
時間は前にしか進まない。神様にも戻せない。

何度でも言うわ。ここは異世界じゃないの。この世界が私たちの世界よ。

迷うなら何度でも聞いて。私は何度でも同じ答えを答えてあげるから」
スタンは泣きながら私の手を強く握り返して。
「…泣かせるなって。責めて自宅に帰ってから」

「お土産貰って帰りましょ」
「帰ろう。俺たちの家に」

夜空は優しく輝き。もう寂しさは感じなかった。
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