お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第173話 改めて出張inモーランゼア02

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外務3日目は夕方から晩餐会。

昼過ぎまで時間が空いたので下町にお忍びで服や靴を買いに行った。

案内はイイテンと女性秘書官の2名。

「どうして服を買われるのですか?」
事情を深く知らない秘書官のニドレアさんから直球の質問が飛ばされた。
「ご当地の下町の服装も個性が有るじゃない。外国の私服もそれはそれで目立つから」
「私たちの感覚で町を歩くと目立って仕方ないの。責めて服だけは馴染ませないと自由にお買い物も出来なくて」

「あぁそれで。解りました。では中級の服飾店を幾つか回りましょう。無駄な足掻きだとは思いますが」
「え?何て?」
「なんで?」
「何故、と言われましても…。ねえ」
視線をイイテンに投げた。
「こっちに振るな。…何と言いますか。お二人は滲み出るオーラが別格です。来国の噂は国中に回ってしまって。
服を少し変えた位では地元民なら直ぐに違いを見抜かれます。善く言えば他国よりも洞察力に優れる。悪く言えばガメツイ。全体で警戒心の強い職人気質な国ですので」
ある意味その警戒心で国の治安が良いのかも知れない。

「地方に溶け込むのって難しいな」
「ホントねぇ。オーラって言われちゃうとどうやって消せばいいのかしら。ペットも連れてないのに…」

何はともあれ買ってみないと始まらない。

身の丈と足に合わせたシャツやズボンや靴選び。白い綿シャツ。焦茶色のパンツ。黒革のショートブーツ。

全部揃えようとすると意外に時間が掛かるもので。

下と合わせて焦茶のベストも着けてみた。

ど…何処にオーラが有るの?身鏡の中の俺も首を捻る。

これって…あれだな。俺じゃなくてフィーネの魅力が高すぎるんじゃね?

婦人フロアから我が嫁の姿。薄い蜜柑色のチェック柄ワンピースに緑色のベストと茶革のシューズ。

「何てことだ!紫陽花の花畑に大輪の向日葵が咲き誇って他の全てを雑草に変えてしまっているぞ!」
「本当かねスタン君!何だか褒められてる気が微塵もしないぞ!」

シュシュを外してポニテを下ろしてみた。

「あぁ駄目だ…。無造作ストレートが色艶を増して魅力度をアップしてしまった」
「どうしたら良いのかね!」

「騒がしいですね…。嫌でも目立ってますよ」
「スターレン様は抑えられても。フィーネ様は何を着せても輝いてしまう。同じ女でもウットリ。呼んでくれてありがとイイテン」
「おいおい…」

「だよね。そうなんだよフィーネが可愛すぎるのがいけないんだ。やっぱり最後は偽装に頼ろう」
「えー面倒臭いぃ。フード付きの上着はまだ暑いもん」

「諦めるのはまだ早い。俺たちは明日から何処に泊まると思ってるんだ」
「おぉそうだったわ。あそこにならきっと何か有る。何たって本店なんだから」
エリュダー製のオプション衣装に賭けるしかない!

「まあ無かったらこれで回ろう」
「髪は纏めたいし。男も女も度胸よ」
為せば成るさ。

会計を済ませてそのまま4人で昼食。

ニドレアのお勧めのステーキハウス。豚、牛、鳥、ジビエ肉だけじゃなく。ランチには川魚の網焼きもメニューに並んでいた。
「お口に合わなかったら済みません。安月給なものでこんな店しか」
「全然。こう言う店だからいいんだよ。メニューは豊富で2階は静かで。1階には家族連れで賑やか」
「豊富だと悩むぅ。ま、何時もだけど。2人はデートで使ってるの?」
「「え…」」
顔を見合わせる2人。

「あれ?違った?」
「ちが…わなくもないですが」
「解りますか」
「2人の会話とか距離感見てれば解るよ。お別れしてたらごめん」
「ねー。クワンティが居ない間に鳥肉料理頂きましょうか」
「そうしよっか。夕方まで余裕出来たし。ちょっと重めでもOKだ」

「御自分が見えなくても」
「他人はしっかり見えてらっしゃる」
不思議そうな顔を浮べていた。

美味しい鳥肉ステーキを食べながら夫婦揃って自分探し中。

ふと窓の外を見ると通りの奥に時計店が見えた。

「ねえ。商業ギルドにも聞くけど。王都に時計店って何軒位在るの?」
「平民兵士に買える代物ではないんで詳しくはないですが十軒以上は在ったかと」
「そんな適当にお答えしては…。内町に代表する三つの商団の本店工房と副店がそれぞれ一つずつの計六店舗。
外町に各三店舗以上は在ります。内町は不変ですが外町は売り上げや経験年数で独立したり統合をして東や北の町に巣立つので個人の小売店は極少数です」
「済まん」

「まあまあ。兎に角高いんでしょ。上の方からもご注意受けたし。値切るんじゃないって」
「最低でも15軒かぁ。やっぱり行くのは本店だけにしようよ。対応が悪かったら下に降りるとか」
「だなぁ」

「買付に行かれるのですか?」
「そうそう。本命は1つだけだから。他の店で使う服を今日買ったのさ」
「成程…。でもそれだと逆効果では。本店ではドレスコードを敷く店も有るとか」
「そんな店には行く必要は無い。見た目で客を判断するなんて商売人として論外だ。高級飲食店や社交場ならいざ知らず。時計屋が広く万人にと言う上の趣旨に反した商売をするなんて有り得ない」
「2つの意味で時間の無駄。新しい商売のネタは普段着を着てる人程持ってるものよ。王都で通用しても外では通用しないわ」

「商売とは奥が深いのですね」
「俺には解らん世界です」
「イイテン。そう言う所ですよ」
「何がだ」

「もしも身体を壊して早期退役したら。どうやって私を養ってくれるのですか」
痴話喧嘩勃発。
「それは…」
「のほほんと構えて。将来の展望まで考えてくれないから何時まで経っても受けられないんです。考えられないなら他を当たって下さい。私も他の方を探します」
「お二人の前で恥ずかしいだろ。ちゃんと考えてるから」
「へぇ。ではお二人が王都を出られた頃に。詳しく!その考えを聞かせて下さいな」
「わ、解ったから」
切替の早いニドレアがニヤリと笑い、直ぐに鎮火した。

策士だ…。俺たちが出汁に使われた。

国の上層付近の人間を勧誘も出来んし。もし引退してもこの嫁さんなら大丈夫そう。




---------------

ペッツたちにご飯を与え。訓練場でイイテン隊の面々と軽く汗を流してお風呂からのドレスアップ。

晩餐会ではお肉の煮込み料理に加えて本鮪のステーキが出された。

持ち込み品をここで使うとは…。

隣席のケイルが苦笑い。まあ盛況完売で何よりだ。

付属してしまった鮪包丁も帰ったらラフドッグで忘れず買わないとなぁ。

挨拶に来た王子王女たちは全て双子ペア。名前を聞いたが違いが解らず覚えられなかった。

6人を1人で産んだ王妃カテリーヌ様は凄い!と心の中で絶賛した。

嫁さんも信じられない、と心底驚いていたものだ。

弟ケイルが自分の妃と子供は表に出せないし双子ではないと嘆いていた。

差別が酷いとも思うが無用な家督争いを避ける意味では正しい配慮とも言える。のか?

ちょっと可哀想になってきた。

デザートのブランデーの効いたブラウンケーキの後も暫く歓談。

そろそろ解散かと思われた矢先に突然正王が席を立ち。何を思ったかアクリル板から外れて俺たちの席にワインの酌をしに来た。
「そ…。許可を下さればこちらから」
「良い。酒席の戯れだ。明日町に降りる前に余の私室に来てくれないか」
「私は1人で、でしょうか」
「そうだ」
2人で話をしたい?て何をだ。

周りもザワザワ。弟ケイルも口を挟むべきかを悩んでる。フィーネだけが不満げに食い下がった。
「お言葉ですが陛下。護衛は付けられるのでしょうか」
「付けない」
「それでは困ります。もしも陛下のお身体が私用の場で急変されてしまったら。その責は誰が負うのでしょう」
「…」

「双方に取って不利益。承服致し兼ねます。席にお戻り頂き夫を板の前に行かせます。その上で周囲から人払いを施せば良いのではないでしょうか」
ナイス嫁b

陛下がそれを了承し。アクリルブースの隣に小さな席が設けられた。

ヒソヒソ小声で。
「折り入ってお話とは。突然どうされたんですか」
「色々ゆっくり話したかったが。最近ペリニャート様に直接会われたそうだな」
おいおいそんなんお告げしたらあかんでしょ!

ロイドちゃん。信者に言ったら喧嘩になるでしょて伝えて。
「…その方なら問題無いと」
マジで!?信じるからね。俺信者違うけど信じるからね。

「それが何か。会いに行ったと言うよりは一方的に呼び出されたと言うか」
「生きたままお会い出来るのか」
「半分以上死に掛けましたが。怒りを鎮めて貰えて何とか生還出来ました」
「そうか…。ペリニャート様はどの様なお声で。どの様なお姿だったのか」
何のインタビューなんだこれ。

「声をどう表現すれば良いのか…。あちらでは念話が会話なんで多分お告げの声と変わらない気がします。
お姿は純白のドレスを着てまして。教会に有る彫像よりは人間らしい生命力を感じ。お顔はそっくりでしたね。髪は黒髪のロングストレート。胸元位までは有ったかな。
ご想像通りの美女でしたよ」

「それを油絵には出来ないか」
はて?ロイドちゃん?
「…止めて!と叫ばれました」

「絵は下手糞なんで上手く描けません」
なんでこんなしょーもない嘘を吐かねばならんのよ。
「残念だ」俺もっす。
「断言は出来ませんが。敬虔な信者でお告げを聞ける陛下であれば。死後にお会いして頂けるのではないかと。変な言い方ですがそれを楽しみにされては如何でしょう」
何をお勧めしているんだろう。
「死後の楽しみ…」
「だからって死んじゃ駄目ですよ」
俺が言えた台詞じゃねえ!

「まあ良い。淡い期待を胸にその時を待とう」
「良かったです」

「第二の聖剣…はここでは無理だろうから。他に何か女神様の御加護が付いた装具を見せてはくれないか」
「加護付きは殆ど特定個人専用なんで該当者以外には持ち上げられません。後ろの床に置きますが、それで宜しければ」
「良い」

武器以外で見た目が格好いい霊廟の大盾をバッグから出して床に置いて離れた。

突飛な行動に驚く会場。壁際の兵士たちがピク付いた。

「何と神々しい…」加護付いてるからね。3つも。

ペタペタ撫でたり軽く払ったりハンカチでゴシゴシしたりクンクンしたり!?

俺の身体が嗅がれてるみたいで何か嫌。

これがやりたくて2人切りでって言ったのか。威厳溢れる賢王は何処行った。

数分間、鱗に映る自分と睨めっこ。

あのー。返して貰えなさそうなんですけど?
「…大丈夫。私を信じろ、と」
ホントかな。

「こ、これを余に。譲ってくれないか。国宝にしたい!」
「無理です」
大丈夫じゃないじゃん!!

「…可笑しいですねぇ、だそうですが」
女神様て人見る目無いんじゃない?前勇者といい、この人といい。
「…そんな筈は…と」

諦め切れない正王さんは。
「そこを何とか!」
「無理ですって!」
駄目だこりゃ。こうなったら適当に…。
地上では大変珍しい古代遺跡産の小盾に女神様の加護をちょっと色着けて渡すのはどうですか?てか責任取って下さいお願いします!
「…致し方なし、と」

遺跡産の小盾は残り3個。その内1つを取り出した。

名前:アルカンレディア製造の小盾(女神の加護:小)
性能:防御力1200
   物理・魔法耐性:高
   知能以外の全能力値+150
   経年劣化:微少
特徴:贈答用

贈答用にしては性能が良すぎる。表面形状は泡立つ水面のように白く波打ったデザイン。

「こちらなら如何でしょうか。加護も付いていますし。個人固定では有りませんよ」
「何と!余でも装備出来るのか」
「普通の筋力さえ有れば。加護も付いているんで軽々と持てると思います」

「おぉ!」
正王が盾を両手に掲げ、わーいわーいと燥いで会場中を走り回った。その隙に霊廟を取り返す。子供か!!

危ねえなぁ。

「ご満足ですか?」
「満足だ。生涯離さぬと誓う」
私物化してもーた。国宝の話は何処へ…。

「この際少しお身体を鍛えられては如何でしょう。室内でも宮中でも歩き回れば良い運動になるかと」
「そうしよう」
盾を腹前で抱き締めてニッコニコ。

「これにて解散!」
騒然とする会場内に元気一杯な正王の声が響き渡った。




---------------

昼前に城を降りてエリュライズに直行。

相場が行方不明だがエリュグンテの約2倍。3泊で金200枚もした。

エリュダー商団事務所建屋が南に建ち。ホテル施設はその北側に2棟。間の棟は建て替え工事中。

大体2年周期で隣と交互に改装バージョンアップではなく更地から全てを立て直しているとのこと。

振り切ってるねぇ本店は。宿泊に掛ける情熱が凄まじい。

北棟最上階ぶち抜きのスウィートルーム。

基本的な内装の配置は他と似ていたが。料金が2倍なら設備も2倍の面積。ベッドは2部屋に10。リビングには20人掛けの大テーブル。ソファーエリア。

バスも広々。天井が全面アクリル斜め張りで露天気分が味わえる。恥ずかしいけどいい!
「水着…着ようかな」
「許しません。鳥さんにしか見えないって」
「もう。スタンのお馬鹿」

カウンターバーに小型冷蔵庫。庫内には塩漬けオリーブと豚ロースの生ハム塊が既に入っていた。
「おー生ハムじゃん」
「ちょっと塩分過多ね」
「クワァ…」
「ブートバナナの胚食べれば大丈夫っしょ」
「クワッ!」

大きなキッチン。スウィート宿泊特権で地下の温水プールも使い放題。

「完全にファミリー向けだなぁ」
「普通はそうよねぇ」

温泉郷の設備に幾つか取り入れてみよう。

昼食の軽食を発注。ハムエッグサンドに蒸し野菜の辛味ソースサンドにフルーツサンド。組み合わせや中身が日替わりで飽きさせない。

トマトジュース、蜜柑とオレンジジュース、グリーンスムージー、低脂肪牛乳などドリンクメニューも豊富。

「ミキサー…有りそうだな」
「貰えないか後で聞いてみよう」
先を越されていたなら買った方が早い。

物を真似るならロイヤリティーを支払えばいいだけだ。

レイルに伝えたら怒りそうだなぁと考えていたら。
『レイルからだが…。妾も城外なら入れるのではないかと言って来た』
「年内にもう一度来ることになりそうだから。今回は我慢してって伝えて」
『約束じゃぞ。だそうだ』
「帰ったら時計の勉強が最優先ね」
「特に明確な予定組んでなかったから、まあいっか」
事業の邪魔をしない程度にシュルツも交えれば勉強も捗る筈だ。元々その話もしていたし。

身支度を済ませ。タイラントの普段着(ちょい上)に着替えて出陣。フロントで城区域が抜けた下町のガイドマップを貰ってお出掛け。

ロビー奥の柱には背の高い柱時計。
カチカチと音はすれども振り子は無し。音の間隔は確かに秒を刻んでいる。でも秒針は無い。設計上の問題か大型には必要が無いのか。

いや懐中時計にも秒針は無かった。手巻き式の計りにも無かったので秒は余り重要視されていないのかも。

聞く迄も無くこれは部屋内ではないので貰って帰れない。
その代わりフロントで値段を聞いてみた。

「あの時計はフリメニー工房製で…。お値段は口ではお答え出来ません」
と答えてメモ紙に金5万の数字が書かれた。
「「たっ…」」かい。
これが底値だと?本気かケイル氏。
「昨今では購入希望者が増え。生産が追い付かず競争倍率が上昇。抽選に加えて競売が掛かり、今のが最終落札価格です。我が商団の総帥自らが豪腕と財を振るって捻じ伏せました」
「元値はもっと低いんだ」
「ビックリした」

「元値も製造元へのバックも不明です。交渉次第と言われる方や高い程価値が有ると見る方。相手に因って値を変える店。色々で。真実は御自分の目でお確かめを」
「まあ行ってみますか」
「覗いてみます。6時までには帰りますので」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」


時計売り上げトップ独走のフリメニー工房。次点のタメリッカ工房。3位のサメリー工房。行くのは勿論サメリー工房本店だ。

「ギルドは外町かぁ」
「今日はサメリーだけにして明日に回しましょ」
「何だかんだ時間喰いそうだし。そうすっか。クワンとグーニャは自由行動。夕方までに屋上テラスに戻らないと、夕飯抜きです」
「クワッ!」
「了解ニャ!」
「拾い食いすんなよー」
特にグーニャ。


フリメニーとタメリッカの本店は東西に走る中道から北側。サメリーは南側。昨日の外町境のステーキ店から見えたのはフリメニー工房の支店。

ホテルを出て南に周回すると程なくサメリー本店に到着。
噂通りに客足は少なく。逆を取れば物静かで良い店だ。

人の好みだな。店を選ぶのもそれぞれ。

ドレスコードは特に設定されておらず店員の対応も無愛想だが悪い気はしなかった。テレンスの事前情報が有ったからかも知れないが。

個人的に時計屋は静かな方が好きだ。

店頭に並べられた商品は代表作なのか値札は無い。左右の壁際に大型の柱時計が6基。大きさは同一。外観の違いは面取りされているかいないかだけ。

脂素で光沢の有る木目板と枠を埋める無骨な鋼色。時計窓はアクリル製。凸レンズのような湾曲で視野角は70度位だろうか。

短針と長針は寸分の狂い無く同じ時を刻んでいた。

入店と同時に中に居た客が出たので店内には自分たちと店員さんが2人だけである。

1週したり左右の各所に立ち耳を澄ませた。音の秒間隔もズレはない。何処に立っても同じ音が聞こえた。

「いいねぇ」
「綺麗な音。揃ってて気持ちが良い」

腕は確かなのが素人にも良く解る。

カウンター脇に立つ店員さんが少し驚いていた。

「こちらに並んだ製品は売り物ですか?」
「店を代表する見本ですね。売り物は奥に数点。多少背の高さを増減も出来ますのでそちらはご相談を。…それと音がどうかされました?」

「秒間隔と分針が動く音。それを聞けば職人さんの腕も解ります」
「全て同じ音色。ズレが有ると気持ちが悪い。調整器を必要としない気位の高さが窺えました」
「ほぉ…」

2人を見比べて。
「柱時計と有れば中型の置き時計を1つずつ。そのままの設定で購入したいんですが」
「ご用意は有りますが…。お値段は少々お高く」
「お幾ら位?」
「柱時計が共通金貨五百。置き時計が金八百となっております」
小型化の方が高い。これが本来の値段設定か。
「それなら即金で払えるよ。商談は誰と交わせばいいの?貴方か、それともそちらの立派なお髭を蓄えた人?」
手前の人よりも先にお髭の方が。
「話は俺でいい。だが、お前らには売らねえ」
売らないと来たか。
「それはまたなんで?」
「俺は金持ちで若い奴が嫌いなんだよ。物も確かめず金だけポンと払う。ちょっと中身を知った素振りで鼻に掛けるようなお貴族様は特にな」
「ちょっと団長。話はこれからですよ」
俺もそう思う。

団長ってことはこの人がサメリアン本人か。

「商談ってのは物を見ながら話をするもんだと思うよ。それに貴族本人が直接買付なんてしない。俺は小金持ちの行商だ。主に食糧品を扱ってるけど。新規店の看板横に時計を置こうと思ってる。
品定めは購入後にここへ置いて確かめて。時計塔の袂で異相を見れば直ぐに済む。違うかな」
「貴重で高価な時計を損在に扱う積もりは有りません。私室の奥に仕舞い込んで眺める物でも有りません。時計は人目に触れて初めて価値が生まれる物だと思いますよ」
「…ふん。知った風な口を」

「団長…。どうして貴方は何時も何時も」
「喧しい。俺の遣り方に口答えするな。工房に戻る。こいつらには売らなくていい」
部下に就く人も大変そうだ。

「頑固っすねぇ。テレンスの言ってた通りの人だ」
「何だと?」
「頑固で職人肌の金持ち嫌い」
「腕は良いのに商売下手で損ばかりだとか」

テレンスの紹介状をカウンターに差し出した。

鷲掴みに粗く中身を読んだ。後の反応はちょっと面白かった。
「ス…」
腰が抜けた感じで椅子にストンと下りた。

「な、何だよ。先に言えよ。て聞かずに追い出そうとした俺が悪いのか…」
「どれ程頑固なのか試させて貰いました。嫌いじゃないですが程々にした方がいいですよ」
「時計の中身の一部はお城の工房を見学させて貰いましたし。主要部品の構成も、代王様直々にご教授賜りましたから」
前世界の知識もちょっとだけ。

招待状を隣から読んだ店員も腰を抜かした。
「ちょ…。大変な失礼を…」
「危ねえ危ねえ。危うく免許剥奪されるとこだった」
「そんな酷い事しませんて」
「購入。させて貰えますか?」

「勿論だ。手ぶらでは帰せねえ。おいフランツ。どうせこっちには冷やかししか来ねえから玄関閉めちまえ」
「は、はい!只今!」

1階奥の商談室で物を前に座談会とお茶。

「紅茶は性分じゃねえから麦茶で勘弁してくれ」
「全然」
「寧ろ懐かしい」

台車で運ばれた2品を見ながら。

「まあ構成自体は知ってると思うから省くぞ。お嬢さんの指摘に有った調整器に付いては訂正したい。
全時計職人泣かせの指摘で永遠の課題だ。調整器の役割の大は二十四時間のズレを補正するのと。指針との距離補正。所謂時差の補正も兼ねてる。
結局調整器の付いてないこいつらをタイラントに持ち帰ってもそのまま使えない。モーランゼアの時間軸のままだからだ。一々知らねえ奴らに時差が有りますって説明するのも面倒だろ」
「「確かに…」」

「調整器は城の工房で一括で生産と改良を担ってる。改良ってのは一口に小型化だ。この壁が有る限りそれ以上小さくは出来ない。
俺たちも遊んでる訳じゃねえ。代用品を探したり。既存品を独自で小さくしてみたり。それなのに。フリメニーやタメリッカの奴らは外装の付加価値だの何だのと。値段ばかりを上げて開発から逃げやがった。
それが悪いとは言わねえ。人や研究者を集めるには最後は金だ。だけどよ。
俺はどうしても嫌なんだ。金を釣り上げる連中も。本筋を見ずに金をドブに捨てる連中も。俺は心底。腹が立って大嫌いなんだ」
丸で自分のことを言われてるようです…。

隅に立つフランツも泣いていた。

「だから店番してお貴族様を追い払ってる訳なんだが。愚痴っぽくなったな。まあそれがこの国の一面だ。
後で工房は見せるが今週分の調整器は使い果たした。なんで調整器の付いてないこいつらを今直ぐは渡せない。
現品渡しは週明けまで待って欲しい」
「全然待ちます」
「王都に後3日。東町にも買付の用事があるので」

「ギリだな。なら用事の帰りに寄ってくれ。それまでにこいつらで仕上げる」
「完成品から追加工は出来るの?」
「それは職人だけの秘密だ。希少な部材で一度切りなんて頭可笑しいだろ」
「なるほどぉ」
「確かに一方通行は有り得ないですね」

麦茶を飲み干して製作工房見学。

何処も同じなのかここでもアクリル板越しに見学。

「技術は隠すだけじゃ発展しない。見せても素人には解らねえ。作業者も身が引き締まる。だからこれなのさ」
アクリル板を軽くノックした。
「集中してるから誰も気付かない」
「「へぇ」」

「この工程が心臓部。ダイヤの固定具作成だ」
中央のダイヤを焦さないように型枠に金属を流し込む作業をする工程。一番集中力を必要とする過程。
「知ってる前提で話すが。部材はペラニウムとアルミ。配合は調べてくれ。ダイヤのカットも一つって言われてるが俺はそうは思わねえ。歴代の中には掌サイズ迄落とし込めた代物も存在する。たった一つな訳が無い。と怒鳴り散らしても他の方法は発見出来てないのが現実さ」
「「…」」
常に疑いと探究心の格闘と努力の積み重ね。

隣のブースに移動。

「ここは心臓部の隣の動力部。マウデリン配合の合成金属に職人の魂。それは大袈裟だが魔力を込めている。これに失敗すると手巻きでコツコツその日限りの動作しかしない。自動巻きの要だ。
試しにフラメニーとタメリッカの時計を買って割ってみりゃ一目瞭然。多分数十年分の魔力しか封入してねえ。虚仮威しにも聞こえるかもだが。逆に外から入れられれば半永久で動かせる。まあ大概壊れるぜ」

次はお休み中のブースエリア。
「本来ここで調整器を動力部の隣に置く。物が無いから休ませてる。人も道具もな」

最終工程手前のブース。
「心臓部、動力部、調整器。それが組めたらここ。今日のは調整器無しの国内専用品の組み付けだ。
時計の質を決める歯車を順番に重ねてる。今のは量産用だからアルミにアルマイト処理を施した固定サイズの歯車を使ってる。
下から短針用。連動。長針用。連動。秒刻み用。の最低五枚だ。全くの逆手でも出来ないことは無い。
なんで秒針が無いのか疑問だろうが。見たまんま。そんなスペースが無いんだ。
だったら薄くしろって言う話だが。同じ比率で縮小化には成功してない。過去の成功例は紛れの一品物じゃねえかって言われてるな。
王宮の宝物庫に入ってるって噂だがホントかどうか。俺も上位二人も見たこと無いと思うぜ」

最終の仕上げ工程。
「ここでは全部の部品を組み合わせて溶接。最後にお国指定の漏洩防止機構を施す。他が守ってるかは知らんが家では客に渡す直前に封印してる。
闇ではこれを抜かした物も出回ってるが手に入れても碌でも無い物ばかりだ。お勧めはしない。
あんたんとこの冷蔵庫と同じさ。職人たち全員の生活が懸かってるからな。残念だがこの先は見せられん」
「凄く良く解りました。難しいのが」
「自作の道は険しいねぇ」

サメリアンが軽く笑って。
「どうせテレンスを唆して上から怒られたたって口だろ」
「ご名答」

「ずっとだ。今も昔も。若い奴程夢を見る。夢が無きゃ研究は進まねえ。その夢を食い物に。何も知らねえ貴族が金に物を言わせて引き抜いてく。
相談出来る相手も居ねえ。意見を競う相手も居ねえ。それで潰れた卵を大勢見て来た。
だから、俺は貴族が大嫌いだ。テレンスをそんな目に遭わせないでくれ」
「しないよ、絶対」
「自分たちで勉強してからまた来ます」

「ここの後任はフランツだ。あいつは自分で店を開ける逸材だ。守る意味で売れない南へ行かせたのも一つ。まさかあんたに目を付けられるとは思わなかった」
「面目ない」

「不思議だな。一国の頂点にも軽く成れるって噂の人間がこんなにも腰が低いだなんて。俺は白昼夢でも見てるのかね」
「周りの評価が一人歩きして。実質唯の行商人だからさ」
「普通の商人さんだもんね」
「普通、か…」

商談室で支払い用の証文を書き終え。
「明日は他の上2つを冷やかしに。明後日もう一度工房内を見学させて貰えませんか」
「構わねえけど。冷やかすのか?名乗れば中まで見られると思うが…」

「俺も金に汚い奴が嫌いでさ。開発が進めば値下げも出来るのにしないとか。物が良くて適正な値段だったら買って帰るけど」
「ここで適性価格を知ったからにはね。それに接客も静かでないと音が拾えないし」
「騒ぐ子供が来てたら退散しよか」
「それもそうねぇ」

「好きにしてくれ。家の製品ぶっ壊せなんて言いたくないから適当なの買っといた方がいいと思うぞ」
「おぉ。調整器付きの安い奴買わなきゃ」

「安い、かどうかは微妙だが。上の二つの本店は確実に吹っ掛けて来る。行くなら外町だな。フランツ、家の支店に在庫有ったか」
フランツが手帳をパラパラ捲る。
「えーっと。売れてなければ五番店に有りますね。中型の置き時計が。明日丁度在庫確認なんで朝一で押さえに行って来ます」
「お願いします」
「私たちは初めての外町巡りね」
楽しみながら参りましょう。


夕食後も忘れない内にメモとイラストを書き出し。

「ハードル高いなぁ」
「遣り甲斐は有るよね」
「うろ覚えだけど。前世界の腕時計には歯車だけじゃなくて振り子みたいな反復板も入ってた気がする」
「小型化の鍵を握るのはそれかもね。高級ブランドの時計の中身なんて見たことも無いし。私たちが居た時代は殆どがデジタルだったしさ」

「遙か遠い未来だな。こっちでは来ないかも知れない」
「魔力の概念って不思議よねぇ」
ホントそれに尽きる。




---------------

こちらで買った一般服に着替え中。

クワンが一鳴き。
「グーニャを連れて北部から東部の町を偵察に行こうと思うのですが」
「ニャ~」

「まあ王都だけじゃ暇だろうし。俺はいいと思うけど」
隣部屋で着替えていたフィーネもスマホを読んで。
「ちょっと心細いけど運動もしないとね。ちゃんと深追いしないで帰って来るのよ」
「クワッ」
「ニャン」

弁当を拵えてる時間が無かった為、サンドイッチを注文し箱詰めにしてそれぞれに持たせ、窓から解き放った。

注文序でにコンシェルさんを呼んで服の相談。
「…外観を抑える着衣、ですか」
「有ったら欲しいなって」

「華やかさに彩りを加えるお召し物なら直ぐにご用意が有るのですが…。隣の本部に問い合わせますのでもう少々お待ち頂けますでしょうか」

退出後にお茶と焼き菓子が運び込まれた。

「昨日言って置けば良かったな」
「逆は難しいのかなぁ」

加算する方もちょっと欲しいねと話をしながら待った。

約30分後。グレー色の制服姿のコンシェルさんがもう1人、赤茶色の制服さんと布っぽい束を幾つかキャリアー台に乗せて戻って来た。

赤茶は初めて見るな。
「お初にお目に掛かります。エリュダー商団総帥のエリュトマイズと申します」
遣り手で有名な総帥さんだった。
「おぉ貴方が。俺が言うのも何ですが意外にお若い」
「初めまして。お呼び下されば出向きましたのに」
「いえいえ。御用も無いのにお客様をお呼び立てするなど宿泊施設の代表として有るまじき行為。こうしてお部屋に押し掛けるのも心苦しく。
ご所望の品が丁度倉庫の奥に眠っておりましたので。運ぶ序ででご挨拶をと伺いました」

「これはご丁寧に。エリュトマイズ殿」
「物が有ったのですね」

「はい。加算方向の品を作る際に出た…。正直に言いますと逆効果を示した失敗作が幾つか。お二人のご要望に添うならばと引っ張り出しました」
失敗品ねぇ。
「お時間が許すなら。そのお話とタイラントの新事業のお話もさせて頂けると幸いなのですが」

「大丈夫ですよ。今日は時計店を数軒物色して回るだけなんで」
「お出掛けに使えそうかと衣装を確認しました。私たちって何かと目立つもので」

「成程!それは確かに。お顔と名が一致してはお買い物も気軽に出来ませんものね」
「そうなんす」

「サンメイル。お茶の淹れ直しと。お仕事の話は君も席に預かれ」
「じゃあホットコーヒーをブラックで」
「私はシナモンティーで」
「畏まりました。直ぐにご用意を」

運ばれる間に総帥自らが商品説明。
「加算方向の品は台車下段の物。後にお試しになってお納め下さい。全品お引き取りでも構いません。
上段逆方向の品は二つしかご用意が有りません。ご使用の際は当ホテル内でお召しになってからご出発を。フロントや従業員が混乱してしまいます故」
「それもそうだね」
「使い時に注意しなくちゃ」

品物は全て肩首に掛けるストールタイプ。色は加算方向が白と薄紫のシルク生地。逆方向が薄灰色のみ。

何方も薄手で季節を選ばず使い勝手が良い。

「灰色は混入防止で後から着色致しました。潮風や雨、洗剤などで多少色落ちしますが機能上の変質は有りません。
白と紫は自然色なので変色は有りませんが。繊維はシルク同等ですのでか弱い物となります」

灰色を羽織り、2人並んで鏡の前に立ってみた。

鏡の中の2人は鼻が低く、眉尻が垂れ、口角も若干下がって映った。
「面白い!」
「幸薄そう。これなら小金持ちってバレない。かな?」
「バレないバレない。フィーネも美人度が抑えられて至って普通の人に見える。…俺はぶちゃいくに磨きが掛かったな」
「ぶちゃいくなんて言ってないでしょ」
「前に顔は残念て言ってた人は誰でしたかね」
「ごめん…。でもあの頃より顔も引き締まったし。大人の顔付きになって結構イケメンになったよ。お髭は薄くて似合わないけど」
父ちゃんには程遠い…。

ちょっとした変化でも3点が重なると丸で別人。ストールは何度脱着しても変化は同じだった。

「良いっすね。これ頂きます」
「加算品は夜に試します。お出掛け中のペットがビックリしちゃうので」

「お気に召した様で何よりです。逆方向の要求はお二人が初めてですので少々気を揉んで居りました」

ストールを一旦外して4人で着席。

仕事のお話も半分以上がお礼を述べられ。
「ラフドッグでの合同店の成功。進行中のオリオン温泉郷への誘致など感謝の念に堪えません」
「オリオンはまだまだこれからですよ。それに宿泊が主眼でお客様を持て成すなら世界一のエリュダー商団を招かずして何処を招くのって感じです」
「タイラントの未来を左右する一大事業ですから。皆で盛り上げて行きましょう」

「何よりも嬉しいお言葉です。本来なら代表である私が出向くべきだったのですが。先々月に取締役を担っていた妻の出産が重なり。暫くこちらを離れられなくなりまして」
「おぉ、それは御目出度う御座います」
「母子様のお加減は」

「お陰様で母子共に健康で毎日が戦争です。幸い経験豊富な従業員も多く居ますから普通よりは遙かに楽なのでしょうが。人の親になると言うのは聞くとやるでは大違い。
…話が逸れましたね」
お茶を一飲み。
「動けぬ私らの代わりに。こちらのサンメイルを現地視察の主担当に就かせるので。そのご挨拶を兼ねて」
「以後お見知り置きを」

「こちらこそ」
「馬車で往復するだけでも4ヶ月は掛かりそう…。私たちが帰国する時にご一緒にどうですか。自由転移の許可は得ているんで」
「それは願っても無い」
「甘えさせて頂いても宜しいのですか」

「同じ事業に携わる取引相手なら喜んで」
「今後も手紙で事前に連絡下されば何度でも。首の座らない赤ん坊は無理ですが50名位までなら余裕です」

「ならば私も行けるな…。そのお話に乗らせて下さい」

「代表と主担当者が行くなら。各財団の代表も交えた方が早いな…。もう一泊延長して3日後の朝にこことタイラントを繋いで調整会を開きましょうか」
「そんな事が出来るのですか?」

「秘密を守って頂けると信じて音声通信道具を使います」
スマホをそっとテーブルに置いた。
「勿論ですとも。守秘徹底が命題の商団です故」
「延長はこちら都合ですので費用全ては頂けません。手続きは私が処理して置きます。
どうぞご緩りと本日のご予定を」

「おー何だかんだ時間経ったな」
「シュルツに一報入れて出掛けましょ」

ストール巻いてお買い物~。

「お待ち下さい。先程確か、時計を買いに行かれるとか」
「ちょっと外町まで。フリメニーとタメリッカの店を何軒か行こうかなと」
それを聞いたエリュトマイズが難しい顔をした。
「失礼ながら。そのお召し物では…買付が難しいかも知れません」
「マジで?」
「平民には売ってもくれないんですか?」

「一般平民を真面に相手してくれるのはサメリー系列だけと言っても過言では有りません。
現金払いも厳しく。一回勝負。次の店では金を持っている前提で話が振られます。それ位に横の繋がりが強い」
「噂通りの金の亡者だな」
「買えても1台だけかぁ…」

「まあサメリーさんの所で2台は予約済だから。行くだけ行ってみます」
「半分冷やかしなので」

「そうでしたか。もしもご購入出来なかったら本部の私の所まで入らして下さい。新店と将来オリオンで設置する用のが何台か有ります」
「見物だけならそっちでもいいな」
「後で寄らして頂きますね」
今から買いに行くのは破壊用だから1台でもいいや。




---------------

10時半にホテルを出発。内町と外町の時計塔を見て回りニドレアに教えて貰ったステーキ店でランチを堪能。

13時過ぎにステーキ店から見えるフリメニーの3番店の前を通り掛かった。

店の玄関前を掃き掃除しながら警備するおっさんが居た。

接近して入店しようとするとやんわり通せんぼ。
「ん?入っちゃ駄目なの?」
「見物も出来ないんですか?」
おっさんは無言で玄関脇の壁を指差した。

喋れない人?

そこには清潔な服装とカップル入店禁止の但し書き…。
「うそん」
「なぜにカップル禁止…」

「工房主はカップルに恨みでも有るの?」

おっさんは周りをキョロキョロしながら小声で。
「最近。総師の奥様が…。逃げたらしくって」
「えぇ…」
「そんなの八つ当たりじゃん」

「おれ、一番下っ端だから無理だよ。タメリッカかサメリー行きな」
なんてこったい。
「しゃーないなぁ」
「信じらんない」

壁はドレスコードだけじゃなかった。

逆の意味で商売に私情を挟む奴が居るとは…。

商業ギルドで現金の予備千枚を下ろした序でにタメリッカで普段着で入れる店は有るかと問い合わせ。

こちらの正体を知って。
「どうして名乗らないのですか?」
小声で応対。
「普通の買い物がしたいの」

「大変申し上げ難いのですが…。タメリッカは全店舗上質なお召し物を要求されていまして」
「外町も?」
「なんで?」
「外も内も全てです。何でも、平民を相手にするだけ時間の無駄だと」
腐ってやがる。

2人で仲良しショッピングは諦め。フリメニーの4番5番店へ同時に入店し。金貨千枚以内で買える物を1台ずつ購入する作戦に切り替えた。

だがしかし…。俺の方は。

「お金は。本当にお持ちなのですか?」
「現品を見てから出す。現品も無いのに商談はしない。国外遠方で使える時計は有るのか無いのか。どっちだ」

「所持金を確認するまではお答え出来ません」
「出したら全額持って行く気だろ。鬱陶しいから現品の前で金額を吐け。足りなかったら帰る。それだけだろ」

「国外の行商様のようですが。随分と乱暴な方ですね」
「これは失礼。外国の買付専門商人をお嘗めになっているのですか?」

「転売されるお積りで?馬車も従者も連れず」
「お若く見えるのに。お耳が不自由なのですか?先程買付専門だと言ったのが聞こえなかったみたいですね。
顧客から信用を受け現金を預かり時計を買付に来た。物は精密で大きい。泊まっている宿まで運んで貰い、そこで馬車に積み込む。締結書類と受領証を交す。何か、間違ってますか?」全棒読み。

「間違いは御座いません。では、ギルド証のご提示を」
「顧客の情報は開示しない。だからこその現金購入。脳みそがお腐りの貴女では話にならない。
店長を呼んで欲しい」

「私が店長ですが」
んだとこらぁ。


一方その頃我が嫁は。

「お願いしますから国外で使える一番安い商品を。見せては頂けませんか?」
「総師とお会いになるお積りは?」

左手の指輪を見せて。
「貴方のお目々は穴が空いてらっしゃるの?愛する夫の取引相手への手土産に。モーランゼア一番だと名高きフリメニー工房の時計をと遙々遠方から足を運んだと言う」
「総師と。愛人契約を結ばれては如何でしょう」

こいつの頭蓋をかち割ってしまおうか。
「その様な下品なお話をしに来た訳では有りません」
「総師は女神教を信奉して居られます。一夫多妻の方も大勢に。下品な話では有りませんよ」

「夫は元気一杯健在です。その様な話では無く。一番安い商品はお幾らなのかを知りたいのです。手持ちで足りなければ夫と相談して引き出して来ますから」
「愛人契約を結ばれれば。大抵の時計は無料でお客様の物に」
この店…物理的に潰してもいいかな。

「それは止めて置いた方が良いだろうな。人間社会には疎いが」
水竜様にお尋ねした訳では有りません。
「そうだったのか」

清流の如き優しげな水竜様のお声を聞き、癒され、乱れた心も落ち着き。
「悪いお話ではないと思うのですが」
切らなかった。

カウンター越しに店員の胸倉を掴み。
「ごちゃごちゃ煩いんだよ。夫はこの国の王族にも言葉を繋げる伝手を持ってる。この店は神聖な商品を代価に如何わしい商売してるって。
ギルドとお城に訴えてもいいんだぞ。物は有るのか無いのか幾らなんだ。さっさと言えやこら!!」

「し、失礼しました!国外向けの。中型で宜しければ未契約品が一基!き、金額は共通金貨六百五十枚です!」
中型で調整器付きなら妥当なお値段かな。サメリーさんの所よりも50も高いけど…。

「有るなら早く言いなさいよ。物を見てからお金を出すわ」
「は、はい!直ぐにご用意を!」



中央通りで嫁さんと待ち合わせ。

俺の方が早く。怒り顔のフィーネが少し遅れて来た。
「何か有った?怖い顔してるけど」
「まぁ酷いのなんの。夫が居るって言ってるのに総師との愛人契約持ち掛けられたわ」

「…は?」
「でしょ。頭に来たから脅して最後の1台買って来た。スタンの方は?」
「上に報告したろかな…。俺は駄目だった。所持金を見せろばっかで脳みそ腐ってますね、て小馬鹿にした相手が店長だったから撃沈サヨナラ」

「腹立つわね。本部の上当品見せて貰って今夜は飲み倒そう」
「良い物見て気分転換しよかー」




---------------

一旦部屋に戻ってスカーフを解き。本部へと移動。

時刻は16時前。ペッツは帰っていないが夕食までには戻るだろうと。

事務室に居たエリュトマイズの案内で軽く館内を案内されたが実に質素な内観。

警備の数は多かった。

「お客様をこちらに招くのは珍しいんです。人目は多いですがお気に為さらず」
「資金繰りも大変そうですね」
「楽ではないですね。各地の支店に回し。道具類の工房に回し。設備の維持費に消え。警備や従業員の給与。
支店は半独立させて私の懐に入るのは僅かです。昨年、お二人が宿泊されてから釣られて名が売れてお客様も増加の一途。漸く行き渡るようになりました。
ご恩返し出来ていないのが申し訳ない限りです」

「半分以上ロロシュさんやカメノスさんが払ってしまってこちらとしても何とも微妙な。でもそれぞれその土地土地の個性が出てて素晴らしい宿だと思います」
「泊まれたのは僅かでも。沢山我が儘聞いて貰って。良い思い出も一杯出来ました。恩返しなんてとんでもない。
サービスに対して代価を支払うのは当然の義務です。客として」

「エリュダーを代表して御礼を。さて」
一段地下へ降りた先の倉庫部屋。
「こちらには自作出来ない物。調度品や古美術品。色彩豊かな骨董品などが納められています。お足元にご注意頂きご観覧の一時を」
「ちょ、とだけ緊張してきたな」
「触っちゃ駄目だと思うと余計にね」

歴史を感じる壺や土器。黒鉄器や陶器のお皿。重厚な抽象画や戦争絵巻。色取り取りな宝飾品が整然とアクリルケース内で静かに眠っている。

その片隅に真新しい柱時計が4基並べられていた。

「これらは部屋には飾れません。お持ち帰り頂くと非常に痛い物ばかり。資金繰りが困難に陥った時の交換要員たちです」
一拍置いて時計の前へ。
「これを買い取るのに…。苦心して手に入れたスタプの女神像を取られたのが胸を抉られるように辛かった」
「え?スタプの作品が有ったんですか?」
「この中に…」

「ええ。あれだけは最後まで手放す積もりは無かったのですが。フリーメイに目を付けられてしまって。この最上級の時計四台と交換で」
そんな勿体ない、とどっちの意味で言えばいいのやら。
「ロビーの1台は競売で落とされたと聞きました。そこまでして増やす必要が有ったんですか?」

「その一台の契約寸前。何処で聞いたのか。金は要らないから彫像を寄越せ。その代わりに四台追加してやると。
精度が最も優れ、最も安いのはサメリアンの作品なのは解っています。それでも人目を引くのはブランド名。
お客様をお迎え、お送りするホテルのロビーに飾るのはどうしてもフラメニー工房の名が必要だと思いまして」
「最初から彫像狙いだったのか」

「でしょうね。退くに退けない所での竹篦返し。見事に嵌められました」
「卑怯者の集まりね。下から上まで。そんなだから奥さんも逃げるのよ」
「奥様が逃げた?」

「さっき外町の店に行ったら店外で働く店員さんが教えてくれました。最近逃げたって」
「今お店はカップル入店禁止で。私なんて総師との愛人契約出された位に酷かったんですよ。王様に直訴して店潰すぞって脅してやって泣いて謝らせました」
エリュトマイズは腹を抱えて大笑い。
「済みません。笑い事じゃないですね。でも胸がスッとしました」
「因果応報って奴ですね」

「真に。ご夕食に取って置きのシャンパンをお入れします。私からの責めてものお礼として」
「有り難く頂きます。因みにその彫像はスタプの後期の物でした?」

「いえ。滅多に表に出ない中期の作品でした」
中期か…。ソーヤンと前勇者の部屋に在ったのは後期。
モーちゃんに頼めば譲ってくれるかな。何かと交換で。
「俺の友人の1人が中期の像を持ってるんで。譲って貰えたらその内の1台と交換しませんか?」
「そ、それは本当ですか!」

「これだけ大切に保管して頂けるなら。多分友人も納得してくれると思います」
「おぉ何たる縁でしょうか。私よりも大切にしていた妻も喜びます。一台と言わず全部でも。その願いが叶うなら」
「多過ぎます。1台で充分ですよ」
「残りは将来のロビーに取って置いて下さいね」
わらしべ長者やってみるか。

人様の時計はベタベタ触れないので。一通り眺めて音を聞き。酷い雑音で乱された心をアクリルケースの品々で癒して部屋に戻った。




---------------

頂いたシャンパンを嗜み。美味しい夕食の後でペッツたちの偵察報告を聞いた。

「先輩の背に乗ったり。地上を走ったりしましたが。北も東も特にメレディス人ぽいのは臭わなかったニャ」
「え、臭いで地方が解るのか?」
元狼だから?
「クワンジアで嗅いだメレディスの連中は全員体臭がキツかったからニャ~」
「クワァ」
クワンも同意。

俺もフィーネも接近してないから解らない。レイルも臭かったって言ってたな。

「お風呂文化が薄いのか。特有なのか解らん。ま、取り敢えずモーランゼア内は安心して良さそうだな」
「お疲れ様。明日も私たち勉強会だから自由で良いわよ。オヤツは何がいい?」
「クワッ」
「先輩はツナマヨ。我輩は鮪フレークがいいニャ」
「あーならお米炊いて御握りにするか。自分たち用にも」
「いいわね。朝にパパッと作りましょう」

「ここの滞在1日延ばしたから。明後日は地下の温水プールでのんびりしますか」
「忘れてた。王宮のプールの参考にしなきゃ。どんなのか楽しみね」


加算型のストールの試着をして遊んでみた。
「ヤバい!スタンさんが完全なイケメンに」
「やっぱり!イケメンが良かったと聞こえるぞ。美人度が洗練されてしまったフィーネ君」
「違うの。浮気の心配が余計に増えてしまったのだよ」
「そっちかね。信用されてないなぁ」
「馬鹿なこと言わないで。年頃の女の子が言い寄って来るじゃない。普段でもモテモテなんだよ?元王族で大金持ちの商人で身長も高い。顔も整ってて優しい。実は勇者でって言ったら放って置かないわよ。色仕掛けに滅法弱い、て知られたら押し寄せて来るわ」
「そんなに?全然自覚なかったわぁ」

「あ…。変なこと教えちゃった…」
「心配なのは俺も同じ。悪用なんてしないさ。フラーメの案件にも使えるし。明日髪色まで変化する方使って今日撃沈させられた女店長を崩してみたい。じゃなくてこのまま負けて帰れない。フィーネは外で見張ってて」
「詐欺っぽくて嫌だけど。そこまで言うなら…」

「ぼったくり商法で売り上げ伸ばしてるような連中だぞ。正当な額は払うんだから詐欺でも何でもないよ。客側も金持ちだから誰かが首吊ることはないけどさ。
エリュトマイズさんみたいに中身の価値を知ってても泣きを見る人は居る。
それが対等な商売だなんて俺は認めない」
「解った。任せる。壊せるサンプルは多い方がいいもんね」

「そゆこと。あ、モーちゃんと交渉する用に彫像彫りたいからルビー固めてくれない?」
「それは無理。今持ってるのは粉から復元した物だから多分素材限界よ。何度も試してるけどくっ付かない。
ソーヤンさんの所で天然石を買おうよ。モーゼスさんにも女神様にも失礼でしょ」
「あー…。俺も同じだったか。ごめん、買いに行くよ」
調子に乗り易いのは何時まで経っても治らんな。

「クワンとグーニャは俺たちの見た目変わって違和感とか有るか?」
「クワ?」横に振り振り。
「先輩も我輩もご主人様は殆どオーラで見てるから何も変わらないニャ。それにその布は人間の目しか影響しないみたいです。我輩たちからするとなーんも変化無いニャン」
「クワァ」
他の偽装道具もだよとクワンが付け加えた。

「そうだったんや…」
「私たち。ただ試着して遊んでただけみたいね」

色々と。反省と勉強が多い1日だった。
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