嫌いなあいつの婚約者

みー

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8話

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 奏多さんが手を振りながらこっちに向かって歩いてくる。

「やあ」

「奏多さん」

「ちょっといいかな?」

 杏里を見ると、にっこりと微笑んで顔を縦に振る。

「誕生日パーティーのことなんだけど……ダンス、一緒に踊ってくれないかな?」

 それは、私の欲しい言葉だった。

 まさか、本当に奏多さんに誘ってもらえるとは思っていなくて、心臓が急に早く動く。

「も、もちろんです」

「よかった」

 奏多さんは、安心したように微笑んだ。私の言葉でそんな表情をしてくれることが、この上なく嬉しくて顔が熱くなってくる。

「あ、あの、奏多さんも、ランチ一緒にどうですか?」

「ごめんね、今日は友人と食べる約束をしているからまた今度。パーティー、楽しみにしているよ」

「はいっ」

 奏多さんはすぐに去っていく。でも、少しだけでも会話を出来たことがすごく嬉しくて、口元が勝手に緩んでしまう。力を入れようとしても、にやにやが止まらない。

「よかったわね」

「うんっ」

 サラダを食べようとした時、誰かの視線を感じてその方向に目を向けた。

 涼が、こっちを見ていた。だけど、目が合うとすぐに逸らす。

 ……もしかして、今の奏多さんとの会話が聞こえてしまった?

 って、別にいいじゃない。聞こえていたからってなんの不都合があるっていうの?

 そう思ってはいても、目が合った時の涼の顔が頭から離れなくて、だって何かを言いたくて苦しそうな表情をするから。そんな顔をしたら、心配になる。

 どうしてそんな顔をしているの? って問いたくなる。

 そしてその問いの答えを勝手に想像してしまう。

 本当は、僕が桜を誘いたかったんだ、って。

「だったら、言えばいいじゃない」

「なんのこと?」

「あ、ううん。ごめん。なんでもない」

「涼くんのこと、考えてたの?」

 杏里は、柔らかく笑う。奏多さんがいるのに涼のことを考えてしまう私のことを侮辱するような目なんて全くなくて、まるで聖母のような瞳をしていた。

 杏里から聞かれると、素直に答えなくちゃという気になる。

 杏里に言われると、なんだか心の底の気持ちが浮いてきそうになる。

 本当の自分の気持ち。でも、分からない。本当の私の気持ちって?

「ただ、目が合って……」

「仕方ないわ。ずっと、2人は一緒だったんだから。急に他人になるのも簡単じゃないし……」

「そうね……」

 他人になる。私と涼が。

 この世界の涼じゃなくても、私の隣にはずっと涼がいた。

 嫌な思いでしかないけれど、ううん、ちゃんと思い出せばそうでもないかもしれない。

 かけっこをしていて転んで泣いてしまった時、涼は小さな花を私に渡してきて励まそうとしてくれた。他にも、いろいろあった。嫌な思い出だけを私はいつも思い出してしまっていたんだ。

 そんな思い出をなかったことにしてしまおうとしている?

「他人って…………寂しいね」

「そうね、寂しいわ」

 
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