【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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9章 壊れていく日常

◆回想―パンとスープと名前 ※暴力・過酷な描写あり

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 地震が起きてしばらくすると、雪が降り始めた。
 ノルデンは寒冷な気候の国だが、それでも7月はそれなりに暑い。雪が降るなんてことはあり得ない。
 
 あんな孤児院といえど、さすがに冬には厚手の長袖シャツくらいは支給される。
 だがこの季節は当然みんな薄着。それは他の――ヒトも同じ。
 家が倒壊しているために寒さに耐えられる毛布や服など、暖を取るものをすぐには用意できない。
 
 やがて風がびゅうびゅうと吹きはじめ、砕けた大地と家を白く染めていく。
 最初は視えていたみんなの火がどんどん消える。
 
 ――寒い。
 
 嫌でたまらなかったが、俺はまた孤児院の地下――『懲罰房』に戻った。
 外部に音を漏らさないためなのか、ここは頑丈に作ってあった。ずっと外にいるよりはきっといいだろう。
 
 吹雪からは逃れられるものの、室温はやはり低い。口から漏れる息は色濃い白で、視界が曇るくらいだった。
 懲罰房は人を閉じ込めて罰を与えるための所だから、暖炉も毛布もない。ただただ冷たい。
 寒いし、眠い。ただ、なぜか左手だけがじわりと温かかった。
 右手で左手を覆って身体を丸めると、寒さと身体の冷たさが少し和らぐ。
 そのまま固い石畳の上で眠りに落ちてしまった。
 
 
 ◇
 
 
「う……」
「あ、気がついたのかい」
「……?」
 
 次に目覚めると、そこは懲罰房じゃなかった。体には毛布がかかっていて少し暖かい。
 俺に声をかけてきた男も神父じゃなかった。髪の毛が紫色だ。黒色以外の髪を初めて見た。不思議だ。
 孤児院に少し似た造りのそこは、学校という所だった。今は「避難所」と呼んでいるらしい。
 大勢のヒトが集まっていて、地面に横たわっている。……みんな火が点いている、色がある。
 室内は寒いが、あの懲罰房よりは断然温かい。毛布を返せとも言われなかったので、俺はそのまま毛布にくるまった。
 
「なんであんな所にいたのかは知らないが、運が良かったよ」
 
「救助隊」とかいうのが俺を助けてくれたらしい。
 孤児院はぺしゃんこになったけど、あそこは地下で造りが頑丈で断熱性能とやらに優れていた。
 だから建物の倒壊に巻き込まれず、凍えることもなかったという。
 だがそれでもあの吹雪の中数日間いて凍傷にもならず助かったのは「奇跡」だと。
 
 話が終わると、紫の髪の男は俺にパンとスープを渡してきた。
 スープは孤児院で出される物よりも、具が大きくて多かった。
 パンは大きくて丸い。パンが出る時は、いつも欠片しか渡されないから最初それが何か分からなかった。
 
「神様、今日もお恵みをありがとうございます」――そう呟くが、「食べてよし」と言ってくれる者はいない。
 許しが出なければ、食べられない。どうすればいいんだろう……そう思っていたら、横から手が伸びてきて皿にのっているパンを盗られた。
 
「!」

 パンを盗ったのは大人の男だった。また見たことのない髪の色だ――銀色の髪で、目は青かった。
 
「いらないのなら、よこせよ」
「あ……」
 
 男は俺の返事を待たずに、パンをムシャムシャと食べ始めた。
 すると横からやってきた黒い髪の男が、その銀色の髪の男の肩を掴んだ。
 
「おい何やってんだ……それはこの子の物だろ。子供の食べ物横取りして、恥ずかしくないのか」
「うるさいな、その汚い手をどけろよ、カラス」
「カラスだと……貴様」
「さっきから見てたけどそいつは一口も食ってなかったんだ。いらないやつからもらっただけ、何が悪い? ……俺は3日食ってないんだ、価値のないどこぞのガキより、生き残るべき人間が満たされるべきだろうが」
「腹減らしてるのはみんな一緒だ! ……お前ら銀髪貴族はいつもそうだ……俺達に豊かな生活をさせず魔法を禁じ利権を貪り食って、子供から食べ物も奪うのか! 鬼畜が!」
「ギャアギャアとうるさい! ……死肉か残飯でも漁ってろ、カラスめ!」
「……!」
 
 銀のやつが大声をあげたからか、周りの黒髪の人間が一斉に銀のやつを見た。
 みんな、火事が起きそうなくらいに火が燃えていた。
 
「いいか? この国を滅ぼしたのはお前らカラスだ!! 身の程もわきまえずに武器を取って戦争なんか起こしやがるから、神罰が下ったんだ!『全ての人民に自由と権利と豊かな暮らし』? 馬鹿馬鹿しい、知性のないカラスどもにそんな物必要ない! 馬鹿に必要なのは法律だ、区別だ、絶対的な統治だ! 黙って賢明な人間にこうべを垂れていれば幸せ――」
 
 言葉の途中で銀のやつが吹き飛んだ。黒いやつが、銀のやつを殴ったからだ。
 そして銀のやつの周りに黒い髪の大人がたくさん集まってきた。みんなあの神父のように怖い顔をしている。
 黒いやつらの火は、銀のやつを焼き尽くしそうなくらいに赤く赤く燃えていた。
 
「カラス、カラス……この非常時に……この期に及んで、黒髪差別……! よくも、よくも」
「俺はただ事実を述べたまで……! ぐぁっ」

 集まってきた黒いやつの一人が銀のやつの腹に蹴りを入れたのを皮切りに、黒いやつが次々に銀のやつに攻撃を加え始めた。

「なんで俺の家族が死んだのに、お前みたいのが生き残ったんだ!」
「表に出ろ、銀色野郎!」
 
 黒髪のやつらが、銀のやつをひっつかんで外へと引きずり出していった。
 
 ――懲罰房へ連れて行くのか。みんなでイリアスを打ったみたいに、黒いやつらはあの銀のやつを打つのか。
 
 俺は嫌だった。
 俺が関わりのないことでみんな勝手に燃え上がって、大声で言い争う。
 モノを作ったとか、パンを盗ったとか、権利とか天罰とか……そんなこと俺には全然分からない。
 ただただ、目の前で大声でがなり立てるのをやめて欲しかった。
 朝6時に鳴る鐘の音と同じ。耳が痛いし、頭に響く。
 
 何より、銀のやつと黒いやつがもみ合いになった際に黒いやつが俺にぶつかってきて、その時にスープの皿がひっくり返ってしまったのが嫌だった。
 黒いやつも銀のやつも何を怒って燃え上がっていたのか分からない。ただ、これだけは分かった。
 銀のやつは俺からパンを奪った。黒のやつは俺のスープをひっくり返した。
 どっちも俺にパンとスープをくれたりはしない。
 
 ――どうして。あれは俺の物じゃなかったのか。
 パンを返せ、スープを返せ。どうして、どうしてどうして。
 取り上げるんだったら、最初からくれなければよかった。
 神父の言った通りだ。これが、これこそが罪深い"ヒト"のやることなんだ――。
 
 
 ◇
 
 
 どれくらいそこで過ごしていたか分からないが、やがて避難所は異様な暑さに見舞われた。ちょっと前まで身体がガチガチになりそうなくらいに寒かったのに。
 前に見た街は雪で真っ白だったはずなのに全部なくなっていた。確かこんなに暑くなる前に大雨が降ったから、それで全部溶けたんだろうって大人は言っていた。
 
 息を吸えば生ぬるい空気が入ってくる――色んなモノの臭いが鼻をつき、吐き気をもよおす。
 たまに避難所に運ばれてくる、布でくるまれた何かから特に臭ってくるものだった。
 それらは避難所に使っている建物とは別の所にどんどんと運ばれていく。
「はぐれた家族がいるわけじゃないなら、あそこには用事がないだろう。絶対行くなよ」と大人は言う。
 ――あの銀のヒトみたいに懲罰房へ連れて行かれてはいけないと思い、その通りにした。
 
「なんで、どうしてこんなことに」――大人達はよくそう呟いていた。
 布にくるまれた何かが集まった部屋からは大声で何か叫んでいるのがよく聞こえていた。
「なんで、どうして」「嘘だと言ってくれ」「どうしてこの子がこんな」「何がどうなってるの」――大人もどうしてこうなったのか分からないらしい。
 
 またしばらくして、俺はどこかの街の孤児院に行くことになるだろうと大人から聞いた。
 なんでかは分からない。避難所の人間がそういう風に頼んだとかなんとか言っていた。
 そしてこの国はもう駄目だろう、とも。
 
 ――クニってなんだろうか。自由時間に外を歩くことはあったものの、外の世界のことは何も知らない。
 
「それで、ここの子供たちの名簿を作りたくて……君の名前、教えてくれる?」
「なま、え」
「そう。名前言える?」
「あ、おれ、おれ……の、なまえ、グ、グ……」
「……おいおい、大丈夫か、君」
「ヒッ……うぅっ」
 
 ――言えない。口から出ない。
 このままだとまたゴミだ。21番のままだ。どうしよう? 
 
(……そうだ、あれを見せれば……!)

 俺は服のポケットから、キャプテンが書いてくれた名前の紙を広げて見せた。
 名前を書いて書いて書きまくった紙は神父に捨てられてしまった。
 神父に水をかけられていたので少しにじんでいたが、これだけはポケットに入れていたから無事だった。
 
「グレン・マクロード……それが、君の名前なのかな?」
「っ……! そ、です! おれ、の、なまえ、は、グレン・マクロード……です!」
「わかったわかった。そんな泣かなくても……」
 
 鼻の奥が痛い。目からは涙がボロボロとこぼれた。
 人から呼んでもらえて、やっと自分の名前を言うことができた。
 
 ――俺の名前はグレン・マクロード。これでもうゴミじゃない。
 
 名前を呼ばれるのは嬉しい。
 でも勝手に名前を名乗っていることが知られたら、また首を絞められて名前を取り上げられるんじゃないかと思って恐ろしくもあった。
 それにこれは元はキャプテンの名前。親に、神に与えられた名前じゃない。
 所詮は偽物で……『ゴミの分際で人間の振りをしている』のに過ぎないんじゃないかと、その感覚が今でも拭えずにいる。
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