【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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6話

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 さて、私は廃妃されて無事に生家であるシモンズ公爵家へと帰ってきた。
 しかし……実はここからが問題だ。

「ラツィアお嬢様、いきなりどうなされたのですか!?」

 私の帰還理由など、シモンズ公爵家の使用人たちが知るはずもない。
 それに臭い……やはりここでもするが、顔見知りで親切な皆にあまり言いたくはない。
 なので手短に、こちらの問いかけのみ行う。

「お父様はどちらに?」

 私の父––トーデン・シモンズ。
 現公爵家当主であり、厳格な父だ。
 すでに母は亡く、父と会う機会は滅多にない。

『……』

 たまに会っても、二人で過ごす時間は無言。
 かろうじて、弟が居る間は家族の体裁を保てていたが……
 二人でいる際は業務連絡のみで、そこに親子の愛情は感じられなかった。
 淡々と厳格に家の繁栄のみに軸を置いた父は、貴族家として間違いはない。しかしそれゆえ、廃妃となった私に対しての判断は……重いものだろう。

 だから父の所在を確かめたが……

「シモンズ公爵様は、現在は領内の視察中です。ご帰還は六日後とお聞きしております」

 私の突然の帰還で驚きつつも、家令は滅私奉公してくれる。
 その厚意に礼を告げつつ、六日の猶予に口元が歪む。

「六日……それだけあれば、充分ね」

 私は運よく手に入れたこの六日の猶予で、父を説得して自由に暮らす環境を手に入れる。
 いわば、最高のプレゼンを用意するということだ。
 本来は一日で仕上げる予定だったが、六日もあれば隙なく詰めていけるだろう。

「ついでに……他にもやっておかないとね」

「お嬢様?」

 時間があるのならば、完璧に仕上げておきたい。
 プレゼンも、この身体も……この家もね。
 考えついた私は、さっそく使用人達に理由は後から説明するからと、ある物を用意してもらった。


 ……


「ラツィア姉さん! 帰ってきてたの!?」

「あらレルク。久しぶりね」

 夕刻頃、ある作業をしていた私の元へ弟––レルクが学園から屋敷に帰ってきた。
 歳はまだ七歳ほどで、父に似て眉目秀麗な顔立ちに碧の瞳が綺麗で、私と同じ金色の髪。

「姉さんに会えて嬉しい……でも、なにやってるの」

 まだ幼くて可愛さを残しながらも、少し大人びた言葉遣いの弟。 
 そんなレルクとの再会は久々だが、彼は困惑していた。

「油、灰、水……って。なんでそんなものを」
 
 レルクは困惑しながら問いかけてくる。
 それも当然だろうな、こんな物でなにをするのか見当もつくまい。

「姉さん、お妃さまのお仕事はいいの?」

「大丈夫よ、廃妃してもらったからよ」
 
「は!? えっ!? なんで?」

「もう、あそこにしがみつく必要がなくなったからよ」

「じゃあ……しばらくいっしょにいられるんだね」

 レルクは戸惑ってはいたが、私の帰還を素直に喜んでくれる。
 その事に安心しつつ、私は手元にある油、灰、水で作業を開始する。
 まず大きな器に灰を入れて、そこに水を加えて混ぜる。
 必死にかきまぜた後は、少し放置して灰の中にあった小石などを沈殿させて……灰とまざった水のみをすくうのだ。

「ひとまず、これで灰液の完成ね」

「ね、ねぇ……姉さんは何を作っているの」

「石鹸よ」

「せ、石鹸って……?」
 
 この世界では身体を洗う文化が危険だと、誤って認識されている。
 ゆえに石鹼という物すら知らぬのだ。

 これは別におかしなこと事ではなく、私の前世での中世だって石鹸こそあったが動物性油脂にて作られており、とても臭い物で使われる機会があまりなかった。
 衛生商品を扱うために歴史を調べていたから、そう言った時代があったのを知っている。

「でも……匂いを抑えるために、これを使えばいいのよね」
 
 私が手に持つのはオリーブ油。
 植物性油は、動物からとれた油と違って臭みもなく、軽い香りだ。
 ゆえに石鹸作りには良い材料となる。

「さて、さっきの灰液を火にかけて……油を少しずつ入れてまぜていけば乳化が始まり、暫く加熱した後に型に流しこむ」

 流し込んだ灰液に、オリーブ油も加わえる事で石鹸液となった。
 あとはこれを固形化させれば完成だ。

「姉さん、石鹼ってなんなの? 廃妃になってどうかしたの!?」

 弟のご意見はもっともで、私が乱心していると考えていそうだ。
 しかし、私は気にせず問いかけに答える。

「石鹼はね、身体を洗うものよ」

「身体を洗うって、姉さんはどうしてそんなあぶないことを……やめてよ、僕の大好きな姉さんが自殺みたいな行為をするなんて、やだよ」

 レルクは私の手を握り、廃妃となった事で本気で心配してくれているようだ。
 でも大丈夫……
 この石鹸が完成し、そしてこの前世の知識ならば打開策は溢れているのだから。

「大丈夫よ! これもお父様を説得するための準備だから。そうだ、ついでにアレも作っておこうかしら」

 いつの間にかレルクに加え、屋敷の使用人たちが集まっている。
 廃妃となった私が乱心して奇怪な何か作っていると、皆が思っているのだろうな。

「残ったオリーブ油を小瓶に入れて……そして屋敷に置かれた香水を少し加える」

 本来は香水ではなく、香水の原料でもある精油を使うべきだが。
 今は準備がないために代用の匂い付けとして、香水を加えておく。
 オリーブ油と香水を小瓶に入れてよく混ぜれば。

「簡易的なヘアオイルの完成。これで髪の保湿もばっちりよ」

「ヘ、ヘアオイル……?」

「そうねレルク……石鹸も完成して、私が身を洗えば……自殺などではないと分かるわよ」

 レルクは心配そうにしているが、私はひとまず父を説得するための交渉材料を集めておく。
 最高のプレゼンのため、石鹼を固形化させるための時間を置こう。

 そういえば、作業の合間にクドスから書簡が届いたが、戻る気もないので適当に返事をしておいた。
 どうせ、クドスの事だから政務など手一杯で窮地になっているだろう。
 その際に、私は彼から身を隠すためにも準備しないとね。

   ◇◇◇


 三日後、型に流し込んでいた石鹸を取り出す。
 本来はもう少し乾燥させなくてはいけないので少し柔らかいが、充分な品が出来た。

「石鹸も完成ね。これで準備すればいいだけだわ」

「ね、姉さん。本当に体を洗う気? 病気になりたいの? やめて、考え直してよ」

 私の手にしがみつくレルクの言葉に、微笑みながら答えた。
 まだ小さいのに、本気で心配してくれるのは嬉しい。

「大丈夫。石鹸とヘアオイルが出来た今、身を洗う方が健康的なのよ」

「駄目だよ姉さん! 自暴自棄になって不健康になって自殺するなんて!」

「いいから、待っていて。レルク」

「あ……」

 沸かしたお湯に布を沈め、身体を拭いていく。
 石鹸を少し切って、湯で溶かして泡で身体のすみずみ、手先や足指まで洗いつくし。
 完全に不浄を流し切り、さっぱりしたまま髪へとヘアオイルをすりこむ。

「ふぅ……我ながら完璧ね」

 清めた身体は、自分でも分かるほどに良い香り。 
 鏡で見つめ、手にとった金の髪は艶めいてサラサラで、風が吹けば芳香が乗っていく。

「父に会う前に、準備は整ったわ」

 清潔であることは、自信にも繋がるものだ。
 父の帰還に不安などなく、私は湯浴みを終えて部屋を出た。

「姉さん、大丈夫で…………え、なにこれ」

 レルクが私の傍で立つ尽くし、驚いた表情を浮かべる。
 他の使用人達も同様に、皆が仕事を止めて歩く私へと視線を注いだ。

「なんて、いい匂い」
「うそ。姉さん……なにをして」
 
 弟を含め、彼らにとっては初の経験だろう。
 身を清めた上、香りよい清潔を手に入れた者の香り。
 戸惑っていたレルクに、私は微笑みながら近づく。

「レルク、まだ不健康そうに見える?」

「ね、姉さん。ち……近づかないで!」

 え……?

「駄目だ、なんだか姉さんがいい匂いで、もっと大好きになっちゃいそうで……なんだか僕の匂いが急に恥ずかしいよ」

 あら、どうやら効果てきめんのようだ。

「大丈夫、貴方も身体を洗えばいいのよ」

「うぅ……どうしよ」

 どうやらレルクは、私の匂いが好ましく思ってくれているようだ。
 他の使用人達も同様で、皆がこちらを見ている。

「皆の分もあるわ。ぜひ使ってみてちょうだい」

 彼らは身を洗う事を危険だと思っている。
 だがこの香りを実際に感じれば、自分達も……と手を伸ばすのは必然だった。
 
 綺麗な空気を吸った後だと、余計に臭さを感じるように……
 臭いという感覚を手に入れた彼らは、私が持つ石鹼へと手を伸ばした。 



   ◇◇◇

 屋敷に帰ってきて、六日後。

「ふぅ……いい匂いね」

 目論見通り。
 屋敷中の人間、弟のレルクまで身を洗い。
 いまや屋敷は快適で、新鮮な空気で溢れている。

「姉さん、すごい。これ……すっごくいい匂い」

「お嬢様の言う通り、病気になる事もありませんね」

 皆の意見は好調、この調子なら父も説得できそうだ。
 そう思っていた時。
 屋敷の玄関扉が開き、お父様が帰還したのだと直ぐに分かった。

「おい……なんだこの芳香は。こんな良い香水を誰が購入した」

「旦那様……実はラツィアお嬢様が」

 父と家令がやり取りしている中、私は玄関に向かい。
 自信にあふれてカーテシーをする。
 さぁ、最高の準備を終えた今なら大丈夫。

「お帰りなさい。お父様」

 廃妃となった身だが、父を説得してみせる。
 私自身が自由に暮らすため、そして公爵家に迷惑をかえず……むしろ益となる話を提供するのだ。 
 この前世の知識と、王妃だった時の知識を活かして。
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