【完結】この運命を受け入れましょうか

なか

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5話

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 ヴィオラの去っていく背中。
 そして彼女が見せた力に……誰よりも焦ったのはリアであった。
 聖女という誇れる才能が、揺らぐ事の無かった希少性が消えるのを恐れる。

「これは、リアと同じ力か?」

「ち、違う。こんなのまやかしよ!」

 ルークの問いかけに、リアの背筋が震える。
 ヴィオラが見せた魔法は、彼女と並ぶ。
 いや、それ以上だと嫌でも理解できた。
 まるで、王家お抱えの宮廷魔法士と同じレベルだ。

(このままじゃ、私が……)

 リアは貧しい生まれで、身を売る覚悟さえしていた極貧時代を過ごした。
 そんな生活から抜け出すため、ルークの隣を死ぬ気で奪ったのに。
 
(奪われたくない……ここだけは、私が幸せに暮らす場所なのに……)

 それに、リアには危惧する事はもう一つあった。
 最後にヴィオラが言った、という言葉……
 見透かすような視線と態度を思い出し、血の気が引く。

「っ……まさか、知っているの?」

 聖女の卵として、なに一つ悪評のないリア。
 だが彼女はただ一つ、愚行という言葉に見合う自らの行いを思い出し……焦りと動揺が走る。

「だめ……を知っているなら、ここで出て行かせられない」

 驚いているルークを放置し、リアは駆ける。
 自らの私室へと急いで向かい、そこで待っていた彼女の護衛騎士へと涙声で訴えた。

「ケインズ! お助けください……!」

「っ、リア様……どうなされたのですか」

 答えた相手はケインズという、若くして王宮騎士に登り詰めた騎士。
 公爵家の次男として生まれ、家督を継がずに剣を握る道を選択した。 

 努力の甲斐もあり護衛騎士に抜擢される程、彼の実力は他より抜きん出た。
 だが剣しか知らぬ愚直さゆえに、彼は主君であるリアの言葉を疑いもしない。

「リア様を傷つけておきながら……ヴィオラ様は、まだ諦めていないと?」

「ええ、私、怖いの。今度こそ殺されてしまう。だって……あの人はとても嫉妬深い人だから」

 ケインズは胸に怒りを滾らせて、剣の柄に手を当てる。
 主君であるルーク陛下の伴侶を害すなど、騎士として許せない。

 自らも稽古の際にできた傷を、リアに癒してもらった記憶は今も新しい。
 このような優しき方にお仕えできる事が誇らしいと、彼は心酔さえしていた。
 だからこそ……彼の怒りは人一倍に滾る。

「ヴィオラ様の行為は……到底許容できぬ事です。見過ごせない」

「ええ、私はヴィオラさんをこのままにしては、とても危険だと思うの」

「リア様……」

「王宮から出て行ってしまえば、どうなるか分からない。怖い、怖いよ。どうにかして……ケインズ! 怖いよ!」

 自らの胸の中で震えて泣いているリアを見て……ケインズは決意を固める。
 主君を守るだけでない、不安を与えぬ事が騎士としての矜持。
 このまま何もせず、胸を張って騎士は名乗れない。

「リア様。少しだけ……お待ちして頂いてもよろしいですか」

「ケインズ?」

「王家に仕える身として、貴方には不安なき日々を送ってほしい。そのためなら、俺は力を尽くします。だからどうか……泣かないで」

 リアの頬に垂れる雫を、ケインズは拭う。
 可愛らしくて、愛嬌のある彼女へと抱く恋情。

 それが叶わずとも、せめて笑みを傍で見れるならと自らを納得させていた。
 だからこそ、ケインズは再びリアの笑みを取り戻すと誓う。

「貴方の不安を払ってみせます」

 そう言って、ケインズは部屋を出た。
 向かう先は王宮を出て行く憎きヴィオラの元。
 この手を汚しても、主君の不安を消してみせると彼は決意する。

 その後ろ姿を、リアが微笑んで見ているとも知らずに……

「ヴィオラ……どこにいる」

 王宮を迅速に駆け抜けるケインズは、血眼で目標を捜す。
 しかし怒りの感情の中、少しだけ残る冷静な思考がケインズに父の言葉を思い出させた。

『此度のヴィオラ妃の件、お前は静観し、余計な手出しをするな』

 博識高く名君と呼ばれた父。
 公爵家当主である父は、なぜかヴィオラに手を出すなと忠告していたのだ。
 それに……

『騎士団として、此度の王妃様の罪状を信じる事は出来ん。そのような愚行を犯す方ではない。だから我ら騎士団は再調査を陛下に嘆願するつもりだ』

 ケインズの上官であり尊敬する騎士団長も、ヴィオラの罪に疑いを持っていた。
 だが違う!
 父や騎士団長は間違っている、リア様の恐れを見れば一目瞭然ではないか。
 思い出した忠告も怒りで潰し……ケインズはヴィオラを見つけ出す。

「……見つけた」

 ヴィオラはあと少しで王宮を出て行こうという間際。
 まだ……間に合う。

 そう考えたケインズは、あろうことか王宮内であるにも関わらず剣を抜く。
 周囲に人が居ないのを確認し、ヴィオラへと背後から近づいた。

(王家への危険因子は、今ここで途絶えさせる)

 ケインズの覚悟は決まっている。
 たとえ騎士道に反していようと、相手はか弱き女性であろうとも構わない。
 自らの主君への危険、その露払いを護衛騎士として行うべきだと自らを納得させる。

(二度と抵抗の意思など芽生えさせぬよう、顔に傷をつけて烙印を刻む!)

 廃妃された女、後ろ盾もない。
 リアを害した罰だと示せば、自らの罪も陛下に免罪してもらえるはずだ。
 ケインズの思考は、正義に囚われもう止まらない。

(非力な身でリア様を害そうと調子に乗った罰を……恐怖で思い知らせる!)

 滾った怒りをもって、ケインズは後ろから剣を振りかぶった。
 ––––瞬間だった。

「っ! ぐっ!?」

 驚いたことに、剣を振りかぶっていたはずのケインズが地面に膝を落とす。
 ぐらりと揺れた思考と、まどろんだ視界。
 剣を落として、彼は今の一瞬で見えた光景を思い起こす。

「うそだ。なぜ……?」

 確かに背後から奇襲したはず。
 しかし、ヴィオラは予想外の速度で振り返り……一瞬の間に、拳で鳩尾を正確に突いたのだ。
 信じられない、これは夢かとケインズは自問する。

「なん……だ。いまの……?」

「経験上、貴方は正義に暴走して追いかけてくるからここで片付けるため待ってたの」

 は?
 なにを言っている。
 意味不明な事を呟くヴィオラに、ケインズの疑問は溢れるが言葉はうまく出ない。
 鳩尾の痛みで、声が出せない。

「こんな……力……どうやって。なぜ分かっていた……」

「身体強化の魔法よ、貴方は単純だから予想通りだっただけ」

 力を振り絞って尋ねた言葉も、ヴィオラはケインズが理解できぬ言葉で返す。
 理解できるはずもない、前世の記憶を持ち、人生を千回以上も繰り返し。
 ケインズの癖、思考などを全て読んで警戒していたなど。

(まずい、まずい……せめて剣を……)

 それでもケインズは、まだ冷静に状況を悟る。
 このまま剣を抜いて倒れては、王宮内の抜剣という罪を犯した己のみが残る。
 
 経緯を説明しようにも、言えるはずもない。
 非武装の女性へと奇襲を仕掛けたうえで敗れたなどと……誰に言えようか。
 だから剣を収めねば……

「あ…………」

 だが、そんな彼の考えもむなしく。
 ヴィオラは剣を蹴飛ばすと、ケインズを冷たく見下ろした。

「力でなら屈服させられると思った? 対策は何百も積んできたの」

「あ……くっ」

「貴方は正義を謳えば、何でもする卑怯者よ。一度目……土下座した私を断罪するため髪を切ったあの日、忘れてないから」

「な、何を言って……」

「だから、次はちょっと強めにいく。起きた時は……貴方が罪を受ける時ね?」

「待て! や、やめっ!」

「じゃあ、おやすみ」

 必死に叫んでも、そこでケインズの意識は途絶える。
 今度は彼に見えぬ速度で放たれたヴィオラの回し蹴りが顎を揺らしたのだ。


 そして彼女は蹴り込んだ勢いのまま振り返り、トランクを持ちあげて再び歩き出す。
 彼女は王家お抱えの精鋭騎士を相手しながら、追っ手の憂いも残さず……完璧に王宮から去っていった。 
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