【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか

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11話

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 王宮を離宮してから、半月が経った。
 今日の夜も、執務を終えた私は伸びをする。

「ディア……今日はもう寝なさい」

「うん」

 執務室には、うとうとしているディアが居る。
 姉がいる事が嬉しいのか、夜に私が執務をしていても隣に座ってクレヨンで絵を描いているのだ。
 今日は、私と母、父や自分を描いた絵の途中で眠くなったらしい。
 
「さぁ、部屋まで連れていくから。立てる?」

「おねさま……あのね、あのね」

「どうしたの?」

「違うの」

 寝室に連れていこうとすると、ディアはまぶたをこすりながら私を見つめる。
 小さな手でギュッと、私の手を握るのだ。

「おねさまと、いっしょねたい……だめ?」

「っ……」

 まだ五歳の弟。
 思えば私もこのぐらいの年頃は、父や母の寝室に潜り込んだものだと懐かしむ。
 慕われているのだと実感しながら、ディアを抱っこしてあげる。

「そうね、一緒に寝ようか。ディア」

「っ!! うん!」

 パッと明るい花が咲くような笑みを見せ、ディアは私へと抱きつく。

「えへへ。おねさまと、いっしょ。うれしい」

「ふふ、私も……誰かと寝るなんて久しぶりよ」

 私は留学で不在であったため、ディアにとって物心ついて初めて会った姉。
 だから以前までは緊張していたが、この半月で大分慣れてくれたと思う。
 寝室に着き、寝台の上に二人で横になる。

「おてて、つないでねてもいい?」

「もちろんよ。ディア」

「えへへ、おねさまといっしょ。いっしょだ」

 弟からの甘えに頬笑みながら、寝台近くのランプを消す。
 暗闇の中、ディアが安らかな寝息を立てたのを確認し、私も眠りへと落ちた。


   ◇◇◇


 翌日。
 いつも通りに執務室にて仕事を行う私の元へと、使用人が息を切らして走って来た。
 ひどい慌てぶりだ。 

「ラ、ラテシア様! よろしいでしょうか!」

「どうかしましたか?」

「お、お客人が参られました! ラテシア様にお会いしたいと……」

 あまりに焦っているため、まさか王家の遣い。
 もしくはセリム達でも来たのかと思い、警戒したが。
 使用人からもたらされた報告は、私の想像を超える人物の来訪であった。


「久しいね、ラテシア嬢」

 来訪者の男性は陽気な声色で、ふわりとした笑みを浮かべる。
 社交界でひと際注目を集めそうな、淡麗な顔立ち。
 くせ毛のあるふんわりとした黒髪に、碧色の瞳が私を見つめた。

「お会いできて光栄です。イエルク様」

 彼の名はイエルク・サイラス。
 我がルマニア王国の西に位置する大国、私が留学をさせて頂いた国であり。
 彼は、その国の王太子でもある。

「仰々しい挨拶は要らないよ。まぁ座って話をしよう」

 応接室のソファに座ったイエルク様は、私にも対面に座るよう促す。
 何度か社交界で話をしたが、相変わらず気さくな雰囲気だ。

「イエルク様、本日はどのようなご用件で……」

「また、面白そうな事をしていると聞いてね」

「ま、またとは……?」

 意外な返答に驚いていると、彼はコロコロと笑う。
 そして碧色の瞳を薄めて、ふっと呟いた。

「君はこちらの留学時代にも色々と面白い事をやっていただろう? 貴族家の不正を暴くため、商家との流通路から横領を明らかにしたり」

「あ……ありましたね」

 懐かしい話だ。
 彼の国に留学していた頃、私に暴言を飛ばす貴族家も居た。
 我が公爵家や王国に罵倒をされた事を許せず、動いた頃があった。

「他にも色々とあり、僕は君を気に入ってる。手に入れたい程にね」
 
 冗談交じりの様子で、イエルク様はまるで話をせがむ子供のように私を見つめるのだ。

「だから聞かせてくれないか、君が今してることを」

 私が行おうとしている他国との貿易事業には、彼の国も当然関わる。
 王太子である彼の機嫌は損ねる事はできないなと、私は全てを話し始めた。


 …………

「と、言う事で……離宮してきました」

「……それ、本当か? ぶっとんでるね、君」

「褒め言葉と受け取っていいのですか?」

「はは、もちろんだ」

 頬笑みながら返した言葉に、イエルク様さ驚きと共に笑う。
 そして、ひとしきり笑った後に私へと呟いた。

「思い切った選択だ。側妃でありながら廃妃を望み、公爵家当主代理を請け負うとは」

「我が国の貴族家の方々に、支持を頂けたおかげです」

「しかし、セリム陛下は間違った選択をしたね……よりによって君を手離すとは。いや……僕にとっては僥倖か……」

 イエルク様はふと、小声で呟き。
 少し考えた素振りを見せた後、私へと尋ねた。

「だが、現状のままでは他国との貿易事業の成功は……望み薄だろう」

「……っ」

 その言葉は核心を突いていた。
 私も考えていた、現状の立場の問題点でもある。

「君が成そうとする貿易路の成功が王家にとって不都合であれば、当然ながら王家側も阻止に動くだろう」

「っ……」

「どこまでいっても貴族は、王家に仕える身というのが王国制度の欠点。言い方は悪いが、相手が愚王であれば法案の一つで潰される」

 そう、他国との貿易路の成功への難点はそこだ。
 公爵家の当主代理となったのはいいが、王家の裁量一つで事業の破綻は簡単に導かれる。

 その事実に気付く彼に、私の考えを述べようとした時だった。

「そこで。僕から提案がある」

 イエルク様は身を乗り出して、私の手を取った。

「ラテシア嬢。僕の国へ亡命しないか?」

「……え?」

「いっそ廃妃されればいい。どのような不名誉を負ったとしても、我が国は君を受けいれよう」

「イ、イエルク様……」

「本音を言えば今日はそのために来た。優秀な君を我が国に引き抜きたい。どうだろうか––」

「お断りします」

「え……」

 イエルク様の言葉は、とても魅力的だ。
 確かにいっそ廃妃、もとい婚約破棄でもして他国へと流れる。
 それが一番楽だ。

 だがそれは、フロレイス公爵家を捨てる行為、出来るはずもない。
 それに……

「申し訳ありません、イエルク様。そのお話は受けられません」

「なぜだ。先も言った通り……公爵家に籍を置いていても、王家に一矢報いる事などできず……」

「いえ、一つだけあります。貴方の言った通り。いっそ廃妃同然の立場となり、王家の妨害など意にも介さぬ方法が……」

 実は、公爵家の当主代理として仕事を治めながら……
 私はある一つの答えを導いていた。

 セリム王政の配下のままの公爵家では、状況の打破はできないだろう。
 それどころか、彼の王政による王国の傾きに巻き込まれかねない。
 だから。


「セリムの悪政が続くようであれば。フロレイス公爵家は独立に向けて動きます」

「……え?」

「それなら、治める領地も全て公爵家が管轄し、邪魔はされません。そして……セリムとの繋がりも簡単に断ち切れる」
 
 王国からの独立。
 その選択は大きいものだと承知している。

 しかし現状のセリムを鑑みれば、評価は下落し、今後の王政では国そのものが揺らぎかねない。
 その結果で不幸を見舞うのは国民で、国力の低下による貧困は大勢を苦しめるだろう。

 ならば、私が受け皿となる。
 公爵家は独立を目指し、多数の貴族やセリムの弟殿下を取り込んで王国の新たな体裁をとる。
 セリムの王政が間違っていると突きつけ、独立という名に代わった私の廃妃を華々しく宣言する。

「イエルク様。もしセリムの王政が自分本位の悪政となれば、私は民のため王家すら喰らう覚悟です」
 
 民のため、公爵家のためにも独立を宣言して……栄光を掴みとる準備はできている。

「セリムの王政の未来が暗ければ……私が新たな未来の礎を築きます。この国に生きる民の人生を背負う、公爵家の者として」

 私の言葉に、イエルク様は驚愕しながらも。
 頬笑みと共に、胸に手を当てた。

「新王による隣国崩壊の危機かと思えば……とんだ傑物が、国を建て直そうとしているとはね。僕は君の決断に、敬意を表するよ」

 その答えに、私は感謝を返した。
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