【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか

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21話

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 公爵家の独立から、はやくも一年の時間が流れた。
 貿易計画は順調、すでに数か国との貿易路開通が控えている。
 フロレイス公爵領は多くの貴族の協力を得て、領民からの支持を確固たるものにした。

「ラテシア様。現在のセリム陛下についてご報告があります」

 リガル様より報告を受けながら、この半年間でセリムの現状を思い出す。
 王都での暴動以降、国内の情勢不安は止んでいない。

「セリム陛下は対応をしているようですが。私の見立てでは成す手がないのが現実です」

 リガル様の言う通りだ。

 セリムは民の減税にて溜飲を下げようとした。
 加えて政治の舵を反転させて、民を優遇する政策を打ち出していったのだ。
 それはまさに王として非の無い政策だった。

 しかし……やはり最初の法案が尾を引いている。
 反乱軍と化した従軍経験者達が、あちこちで貴族に対して暴動を小規模ながらに起こしている。
 そのせいで民の不安は止まず、貴族からも反感が王家に向いている。

「……正直、私でもここから王家の立て直す方法は浮かばないわね」

「最初の法案で見込んでいた支持派閥を失った今、セリム陛下は王としての影響力は皆無です」

 結果論とはなるが、やはり最初が間違っていた。
 あの時、私の忠告を聞いてくれていれば……
 そして今のように王として民を大切にしていれば、この惨状は防げたはずだ。

「ラテシア様。このリガル……失礼ながらもお聞きしたい事があります」

「どうしましたか? リガル様」

「もはや現王政では、この情勢不安は正せません」

「……ええ。セリムが間違いを認め、従軍経験者へ土地の返還を受け入れても最早手遅れでしょう」

「ですので、お聞きしたいのです。この先の展望を……」

 先の展望と聞いて、私は考える。
 答えに詰まっている訳ではない、正確にいえば答えはすでに二つある。

 一つはセリムには王から退陣してもらい、まだ幼き弟殿下を祀り上げて王となってもらう。
 だがこの情勢では、次の王は酷な運命を負うだろう。

 そしてもう一つ、これを言えば後戻りはできない。
 なぜなら、私が……


「おねえさま! 入っていいですか」

 ふと、思考していた時。
 部屋の扉をノックして、明るいディアの声が響いた。

「ええ、ディア。入っていいわよ」

「やた! おねえさま、入りますね」

 リガル様は直ぐに笑みを浮かべて、部屋の扉を開く。
 背が伸びて、今や七歳となった弟のディアが私の前に立った。

「おねえさま、見てください。ようやくダウィドを説得して、剣の稽古をしてもらえたの!」

 たった一年ながら、成長は早いもので。
 男の子であったディアの身長は伸びており、木剣を持った姿はさまになっている。
 もちろんまだ幼子だが、逞しさを感じる成長ぶりには驚かされる。

「いつか、ディアがおねえさまを守ってあげるからね」

「楽しみにしているわ。ディア……貴方自身の身を守る術、研鑽を積んでちょうだい」

「うん! ダウィドにもっと教えてもらう!」

 意気揚々とディアが話していると、慌てた足音が聞こえてくる。
 そして、私の部屋の前で立ち止まる。
 扉が開いているというのに、律儀な掛け声が部屋の中に響いた。

「ラテシア様! ダウィドです。ディア様を捜しており、入室を許可頂いてもよろしいでしょうか!」

「ふはは、相変わらず真面目ですな。ダウィドは」

「それが彼の良い所ですよ、リガル様」

 リガル様の笑い声を聞きながら、私は入室の許可を出す。
 名乗った通りにダウィドが入室し、私の前で敬礼を行った後。
 ディアの前に跪いた。

「ディア様。俺との稽古の途中です。捜しましたよ」

「ごめんね、ダウィド。おねえさまに報告したくて……」

「お気持ちは分かります。ラテシア様からの称賛を頂けるのは至上の喜びですから。しかし俺はディア様の不在を心から心配しましたよ」
 
 そう言って、ダウィドはディアの手をとる。
 以前に彼が言っていた、亡き弟への感情を込めるような優しい手つきだった。

「稽古に戻りましょうか、ディア様」

「うん!」

「ディア様。稽古が終わればこのリガルとの座学ですからね、来てくださいね」

「え~ディア、剣の稽古だけしたい~」

 リガル様から座学の提案を受け、子供らしい言葉を残しながらディア達は出ていく。
 今の王家の情勢など忘れそうな微笑ましい光景に心癒される。

「ディア様も、逞しく育っておられますね。ラテシア様」

「ええ……でも、願わくばあの子が剣を持たずとも良い世にしなくてはなりません」

「ラテシア様……」

 言葉の意味をくみ取ったリガル様は、小さく礼をした。


   ◇◇◇


 貿易計画が順調に進む中、私の屋敷へ、とある貴賓きひん達が訪れる。
 計画の進捗状況を知るためと、終盤となった計画の最終調整のためにやって来たのは……

「久しぶりだね。ラテシア嬢」

「お久しぶりです。イエルク様……それに各国の皆様も」

 その日、貴賓として来訪したのは隣国王大子であるイエルク様や、各国の重鎮たちだ。
 彼らを会議室へと案内する。

「この領地を貿易街とするなんて聞いた時は驚いたけど。順調なようだね」

「貿易計画に少し変更を加えた事、改めてお詫びします。皆様」

「はは、問題ないよ。わざわざルマニア王国の中心地に貿易路を伸ばすよりも経路は短くできた……君が各貴族を説得してくれたおかげだ」

 イエルク様の言葉に他の皆様も同調してくれる。
 貿易計画の最終調整、その話し合いも順調に進んでいた。

 このまま何も問題はないと思われたが……会議の終わり際。
 おもむろに、イエルク様は私へと問いかけた。

「ラテシア嬢。この貿易計画は順調だ。君の働きもあって問題はない」

「有難きお言葉です」
 
「だが我らは一つだけ、憂いを残している。それは分かるな?」

 彼の言葉に、私は視線を落とす。
 何が言いたいのか、ハッキリと分かるからだ。

「この際、君に聞いておきたい」

「……」

「独立したこのフロレイス公爵領と、ルマニア王国の関係をどうお考えだろうか? 現ルマニア王家の情勢不安は聞き及んでいる。この貿易路が、余計な争いに巻き込まれるのは避けたい」

 当然の質問だ。
 各国が此度の貿易計画に多額の出資をして、未来の発展を目指す中。
 たった一つ、ルマニア王国の情勢不安という憂いが残されているのだから。


「ラテシア嬢。僕達としては今後のため、ルマニア王国との境には隔たりを設けるべきと提言する」


 この先、内乱が起こるかもしれぬ国との間に行き来できぬ境を設けろというもの。
 その言い分、要求は当然のものだ。

 だが私は……別の決断をすべき時がきたのだと覚悟する。
 もはや猶予はなく、宣言すべきは今しかない。

 私のため、そしてルマニア王国のためにも。

「皆様、私は従軍経験者の土地返還と、王家の誤りを認める事を再度要求します。セリム陛下も受け入れざるを得ない状況まできました」

「しかし、王家がそれを受けれたとて民の怒りは止まぬ。その先の展望を……我らは聞きたいのだが」

「その先として……私は、ルマニア王国の実権をセリム陛下より剝奪するように動きます」

「「っ!!」」

 事実上の国盗りともいえる宣言に、各国の皆が驚く。
 だが、最早ルマニア王国に猶予はない……このままでは反乱軍による止まらぬ内乱が起こるだけだ。
 ならば、残された選択はこれのみ。

「……それが叶った先で、君はどうする気だ?」

 イエルク様だけが、面白そうに頬に笑みを刻んで問いかける。
 私はその言葉に答えた。

「この国を公国として……一時的にフロレイス公爵家が主権を握ります」

 民の支持が高いフロレイス公爵家が一時的に主権を持つ。
 しかし、いずれは王家派閥も納得させるため、まだ幼い弟殿下が成長した際には、臣籍降下にて公爵家にして主権を渡す。
 王家派閥も、民からの反感を買わぬには……今はこれしかないだろう。

 そこまでを説明すれば、イエルク様達も満足げに頷いた。

「良い試みだ。我らに話すのは、貿易計画の成功のために手を出すなと言う事か」

「恐れながら、その通りです」

「ふはは、相変わらず良き展望だ……君はやはり傑物だな。ラテシア嬢」

 イエルク様達の褒める言葉を聞きながら、私は礼をした。
 この独立騒動は、早くも終盤を迎える。
 願わくば、セリムが非を認めて民のために事を収めるのを祈るばかりだ。
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