【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか

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最終話

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 自らの机の上に置かれた報告書。
 一年前の出来事が詳細に記されたそれを、私はもう幾度目になるのかも分からずに読む。

 王妃であったミラが間者を潜ませて反乱軍を扇動した騒動。
 それは未曽有の内乱へと戦火を広げるかもしれない出来事だった。
 しかし、当時の国王であったセリムの説得により内乱の火は鎮まり。

 事態は沈静化を迎え、ミラの協力者達も全てが捕縛されて処罰された。


「ラテシア様。また……読んでおられるのですね」

「っ……ダウィド。そうね、過去の教訓を忘れないようと思って」

 護衛騎士であるダウィドの声掛けに、ハッと意識を戻す。
 少し物思いにふけっていたので、彼が気にかけてくれたのだろう。

「あの日……ラテシア様は最善を尽くされておりました。あれ以上の結果など、望めません」

「分かっております……それでも」

 再び書類へと目を向けて、報告書を見つめる。
 最後の一文が、いつまでも私の記憶から消えはしない。

––国王セリム陛下の説得により反乱軍の沈静化を終えたが、その際の負傷により崩御される––


「あれが最善だったのか、私には今でも分かりません。救えた命があったのではと……思ってしまうの」

「人は決して完璧ではありません。俺もそうです……幾人、幾百人とかつての戦争で救えたかもしれぬ命を夢に見ます」

「ダウィド……」

「それでも、我らが後悔で過ごしてはなりません。国を護るために失われた命で築かれた平和を……最善ではないなどと卑下して良いはずがないのです」

 ダウィドの言葉通りだ。
 犠牲あって築かれた平和。
 それが最善ではなかったと思う事は……彼らの命に報いるものではない。

 私がすべきは……そんな彼らのため、この幸せを守り抜くことのみのはずだ。

「ありがとう……ダウィド。私の役目を思い出せたわ……」

「ラテシア様……」

「彼らの犠牲を、絶対に無駄にはしない。この国で、再び誰かの手で命が尽きる事などないよう。私達がこれからも責務を果たしてまいりましょう」

「はい。この先の未来……築かれた幸せを守り抜きましょう」

 しんみりした空気を抜けるため、私は立ち上がる。
 窓を開いて、外の空気を大きく吸い込んだ。
 そんな時、部屋の外から歩いてくる足音と共に……リガル様の声が聞こえた。

「ラテシア様、よろしいでしょうか」

「どうぞ、リガル様」

「失礼します」

 入ってきたのは、声の主であるリガル様。
 そして……その隣には、かつての政敵であったゼブル公爵の姿もあった。

「式典の準備が整いました。皆……ラテシア様をお待ちしておりますよ」

「リガル様、内乱の後始末で多忙な中。共にこの日の式典を迎えられた事、嬉しく思います」

「なにを言われますか、私は……貴方様の御傍に仕える事ができたあの日から。貴方を支える事ができて誇りに思っております」

 リガル様の頬笑みを受けながら、私は隣に立つゼブル公爵にも目を向ける。
 彼は騒動後、その責任を問う声が多く上がった。

 しかし……ゼブルは反乱軍を手厚く庇護し、土地の返還作業などを滞りなく続けてくれた。
 おかげで僅か一年で従軍経験者達は元の生活へと戻り、遺恨のない状況が築かれた。
 その手腕や功績を、手放すことはできまい。

「ゼブル公爵、私の傍に仕える事を決断してくださり感謝します。貴方のおかげで……王家派閥だった貴族家からの支持も固められました」

「ラテシア殿……様。私はただ……亡きセリム陛下の御心を継ぎ、その責務を果たしたまでです」

「それで、充分ですよ」

 彼の言葉を受けながら、皆を連れて式典へと向かう。
 その式典は、私にとって大きな晴れ舞台だ。

 私は、この一年で反乱軍の沈静化を終えたこの国を立て直し。
 他国へ伝えていたように、として建国を果たしたのだ。
 そして……それを実現した私は……

「それでは民達の前に立ってくだされ。ラテシア・フロレイス大公!!」 
「新たな国の一歩。ラテシア大公の繁栄を祈っております!」

 リガル様やダウィドの力強い激励を受け、私は頷いて進んでいく。
 私は公国の君主––大公となった、この式典は……それを宣言するものだ。

 装飾の施された階段を上がっていき、壇上へと向かう。
 この先には集められた民達や貴族が、この国の未来に希望を抱き、私の言葉を待っている。

「お姉様!」 
「ラテシア……」

 壇上への途中、弟のディアや両親が声をかけてくれる。
 すっかり身長が伸びたディアは、嬉しそうに笑って手を振った。
 父や母も誇らしげに、私の肩を叩いて背を押してくれる。

「各地の暴動を治めた勇姿に、誰もがお前の大公としての姿を望んでいる。皆に見せつけてこい。ラテシア」
「お姉様! 頑張ってね。ディアも……大きくなったら絶対にお姉様を支えるから!」

「はい……行ってきます」

 家族の激励を受けた先には、もう緊張など無かった。
 階段を上がっていき、光差す先へと歩いていく。

 陽の光が満ちた壇上に上がれば、空気を震わせる歓声が肌を刺す。
 期待と希望。
 民達が向ける大きな感情を受けながら、私は胸を張る。


「セリム……私も、貴方に恥じない生き方をします。貴方が護り抜いたこの国のため……」
 

 築かれた平和な世の中、国王セリムの名は……時を経て薄れていくかもしれない。
 けれど、私は貴方を忘れはしない。
 彼が国の王として見せた勇姿……その最後の姿は、私の憧れだ。



 セリム……貴方は王として立派でした。
 私だけは、それを覚えているから。
 だからどうか、見ていて。
 
 私はこれからも、ガーベラの花束を貰ったあの日に誓った通り。
 貴方が守り抜いた未来を……支えていくから。
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