死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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皇帝陛下の愛し方

75話

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 漆黒の闇の中、松明の炎の揺らめきが幾重にも重なった影を動かす。
 夜の平野に数百人が集まり、とある一点に視線が集まっていく。

 彼らの前に立つ人物は、自信満々な笑みを見せて声を上げた。

「皆、よく集まった」

 その声で、一斉に数百人が跪く。
 皆が鎧を着込んでおり、鉄音が夜の静けさを打ち消した。

「余の招集に応じた貴殿たちに感謝する」

 視線の先で演説をする人物。
 彼はスルデア王国の第一王子ルウート。
 次期国王と名高い彼の招集により、目の前のスルデア王国精鋭騎士達が集まったのだ。

「知らせた通り! 我らは今夜、アイゼン帝国に向かって出陣する!! すでに父の許可も頂いた!」

「はっ!!」

 ルウート殿下の言葉に抗議を示す者は居ない。
 それは、精鋭騎士の皆が此度の計画に賛同して集まっているからだ。
 目的はただ一つ。

「アイゼン帝国に生まれた奇跡の存在。リルレット様を我らが国へ連れ戻すために!」

 彼らスルデア王国では一つの国教が存在する。
 魔教と呼ばれるその宗教は魔力を持つ存在を神に近い存在として崇めれば、神に認められ豊かになると信じているのだ。
 
 そんな宗教観を持つスルデア王国において、希代の魔力を持って生まれたアイゼン帝国の第一皇女リルレットは正に神に等しい存在であり、最も崇める存在––神人だ。
 故に自らの国でなくアイゼン帝国に神人が居る現状に、皆が不満を抱いていた。

「我らが神人はアイゼン帝国に生まれ落ちた! これを我が国へと戻す事、それこそ我らへ神が与えた試練でもある!」

「その通りです! ルウート殿下!」

「今こそ、アイゼン帝国へと侵攻し! 我らの神人であるリルレット様をスルデア王国へと連れ戻す! これは神のための聖戦だ!」

「おぉぉぉぉっ!!!!」

 神を崇め、宗教観で動く彼らに恐怖や不安など微塵もない。
 幼子を親から引き離す行為にすら、罪悪感は存在しないのだ。
 これらの行動は全て信仰すべき神のためであり、彼らは自らの行動に間違いなど無いと信じている。
 故に、精鋭騎士数百人が一斉にアイゼン帝国へと馬を走らせた。

 全ては信仰すべき神人、リルレットを取り戻すため。





 精鋭騎士が馬を走らせ、平原を駆ける中。
 彼らの後方にいたルウート殿下に、側近が声をかけた。

「ルウート殿下……神の試練は正しいと疑いはしません。しかし、この数だけでアイゼン帝国と戦う気でしょうか?」

「馬鹿が、この人数だからこそ良いのだ。見つからずに帝国内へと侵攻し、速攻で城へと攻め入りリルレット様だけを連れ出す。不意を突いた城内戦ならば、この人数で充分だ」

「なるほど、確かに……直ぐにリルレット様さえ我らが手中に収めれば……帝国も手出しもできませぬな」

「あぁ。それに連れて行くのは我が国屈指の精鋭であり……皆が魔法が扱えるのだ。さらに今回の作戦のために死ぬ思いで鍛錬を積んだ者達だぞ。帝国の戦力にも劣らぬ! 俺に抜かりはない」

「はは! その通りでございます!」

 ルウート殿下は確かな自信を胸に抱き、馬を走らせる。
 日中は軍を侵攻を隠すために身を潜めて、夜中に馬を走らせる。そうして、数日かけてアイゼン帝国国境まで迫った時、とある一報が入った。

「殿下! 我らが侵攻上に人が! 銀髪の男です! 一人でこちらに歩いてきております!」

「構わん! 馬でひき殺せ! 我らが侵攻を知られる訳にはいかないのだ!」

 スルデア王国の侵攻は止まぬ。
 殿下は勝利を信じて疑わずに、馬へと鞭を入れて走らせる。
 その勢いは、誰にも止められない。




 ……はずだった。















 その瞬間、ルウートは何が起こったのか理解できなかった。

 先導して馬を走らせていた精鋭騎士第一陣が、光り輝く閃光が走ったと同時に豪音と共に一瞬で視界から消えた。
 平原の一帯が黒炭となり、焦げた匂いが周囲へと充満する。

 理解も出来ずに呆然としている視界に入ったのは……いつの間にか精鋭騎士第二陣の中央で歩く男だった。
 まるで散歩でもするようにこちらへと向かって来る男。銀色の髪が松明の光で輝き、夜闇の暗さでも紅の瞳が視認できた。

「こっ!!」
 
 殺せ。

 そう命じようとルウートが口を開いた時には。精鋭騎士第二陣は身体を凍てつく氷によって固められ、時間が停まったように静止する。

「直ぐに殺せぇ!!!!」

 ようやく声に出せた指示、その頃には精鋭騎士は三分の一にまで減らされていた。
 かろうじて残った者達は状況を理解し、即座に魔法を放ち、剣を抜いていく。

 だが……誰もが抵抗すら虚しく、宙へと浮いていく。
 目には見えない手に掴まれたように、浮いた彼らは引きずられ、叩きつけられて、潰されて。
 大勢の悲鳴と叫びは、僅かな時間で途絶えていった。

「あ……ぁぁ、な、なにが……」
 
 一瞬だった。
 数百もの精鋭騎士が数分も経たずに消えた。 
 もはや、ルウートの目前まで迫った男を止められる者はいない。

「貴様が……ゴミ共の王か」

 目の前に立ち、月明かりに照らされたのは見目麗しい男性だった。
 しかし、無表情な顔には鮮血が付着しており。
 そして凍てつくような声色と紅の瞳で睨む男に、ルウートは恐怖によって言葉を失う。



 自分達の行為は神の与えた試練、正しいはずなのに。
 心に生まれた恐怖は、消える事はなかった。










   ◇◇◇




 ルウートは降伏を宣言し、地に頭をこすり付けるように伏す。
 それを見下ろす男の元へと、馬が走ってくる。

 ルウートが視線を向ければ、それは帝国騎士達だった。

「皇帝陛下! 本当にお一人で……」

「あぁ」

(っ! いま、皇帝陛下と言ったか?)

 ルウートは信じられなかった。
 目の前で精鋭騎士を壊滅させた男が……アイゼン帝国の皇帝陛下だと。

「ジェラルド様から此度の侵攻の情報を掴み、待ち構えておりましたが……まさか陛下自ら鎮圧なさるとは」

(我らの侵攻が漏れていただと……)

 帝国の情報網を侮っていたルウートだが、何よりも驚いたのは皇帝の存在。
 信じられないが、帝国騎士達の言葉でこの男が……真の皇帝だと分かったのだ。

「しかし、どうやって……お一人でここまで?」

「早期に片付けるため、転移魔法を使っただけだ」
 
 皇帝の答えに、帝国騎士達はどよめいた。

「流石です、カルセイン大国の魔法も会得しているとは……」

「違う」

「え?」

「これはリルから教わった。カルセインからではない」

「し、失礼しました!」

 そのやり取りに、ルウートは思わず声を出してしまう。
 最も優先すべき問いを聞くために。

「ど、どうして! そのような危険を冒してまで皇帝自らが我らを止めたのだ!」

 ルウートにとって、イレギュラーな存在である皇帝がいなければ……
 そんな思いが心にあり、思わず言葉にする。
 問われた皇帝は、表情も変えずに平然と答えた。

「最も優先すべき重大な事のため、憂いを無くしたかっただけだ」

「な……なにを……」

(危険を冒してまで……我らを排除しておきたかった事だと? いったい、なにが……)

 

 答えを待つ視線をルウートが向ければ、皇帝は淡々と呟いた。


「明日は、三歳となった息子のテアが初めて社交界へと参加する日だ」

「なっ!!」

 その言葉を聞き、ルウートの思考を激情が満たす。
 
(我らの聖戦を止めた理由が、息子ごときの社交界のためだと?)

「ふ、ふざけるなぁ!! 我らの聖戦を……その程度の理由でぇ!」

 叫んだ時だった。平然としていた皇帝の瞳に怒りの色が灯るのをルウートは見た。
 瞬間に、顔を踏みつけられる。
 すさまじい衝撃で意識が飛びそうになる中、声が聞こえた。

「貴様らごときゴミ共の処理に、テアの初めを邪魔されていいと思うか?」

「ば、なにが––––アガッ!?!!」

 再び、踏みつけられる。
 意図的に意識を飛ばさぬ力加減をされおり、ルウートはうめき声を出して痛みに悶える。

「答えろ。社交界に出る緊張で俺に何度も抱きついてきたテア、それでも頑張るあの子を邪魔していい理由を」

「ぐぇぁッツ!!」

 また、踏みつけられる。

「答えろ、姉としてテアを励ます健気なリルの頑張りを無駄にしていい理由を」

「や……やめ!!」

 踏みつけたまま、皇帝––シルウィオは冷たく見下ろし呟いた。

「なにより、綺麗に着飾ったカティが見れる機会を……俺から奪う理由があるか?」

「あ……あぁ」

「今夜……貴様のせいでカティにおやすみも言えなかった。苛立つゴミが……不愉快だ、消えろ」


 踏みつけられ、地面が鳴り響く破砕音と共にひび割れた。
 ルウートの意識は……そこで途絶えた。











 
 その後、シルウィオは帝国騎士達に後処理を任せて早々に家族の元へと戻る。
「はやくカティに会いたい」と呟きながら、転移魔法によって消えていった。


 任された帝国騎士達は、噂以上に皇后を愛する陛下を微笑ましく思いつつも。
 精鋭騎士を失ったスルデア王国を降伏させるために馬を走らせる。




 他の国ならば、多数の犠牲者が出たであろう此度のスルデア王国の暴走。
 それをただ一人で止めた皇帝の名は、再び各国に畏怖の存在として語り継がれていく事となった。







   ◇◇◇◇◇◇





 家族を溺愛するシルウィオ主軸に後日談を進めていこうと思います!
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