死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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皇帝陛下の愛し方

77話

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 アイゼン帝国。
 ある街の孤児院にて、孤児の女の子が職員に呼び掛けられた。

「アイリーンさん、院長室まで行ってください……呼び出しです……」

「……は、はい」

 返事をしたアイリーンが浮かない顔を浮かべたのには理由がる。
 彼女は十歳の時に両親を不慮の事故で亡くしてしまい、引き取ってくれる親族がおらず成人まで孤児院で過ごす事となった。
 しかし、それは地獄の始まりだった。
 アイリーンは、孤児院の院長のになってしまったのだ。

(今日も……なのかな……)

 彼女は腕にでき、血の滲んだアザを見つめる。
 この孤児院の院長は慈悲でなく、私欲のために孤児を引き取っている。
 不機嫌であれば鞭打ちで鬱憤を晴らし、加えてお気に入りとなった彼女には身体を必要以上に触れる行為を繰り返していた。

 それを誰も止められないのは、院長は街の権力者の息子だからだ。
 孤児院の職員達も、家族の身を脅され見て見ぬふりを強いられる。

 アイリーンは両親を亡くした悲しみに暮れる間もなく、この地獄で過ごす事となったのだ。
 そして昨日……院長に言われた言葉が、呼び出された彼女の足取りを重くさせていた。

『アイリーン……明日は、僕と一つになろう。君を……僕の物にしてあげるからね』

 いやらしい笑みを浮かべて、肩を撫でる院長の言葉。
 身が凍りつき、おぞましさに吐き気が襲っても拒否など出来なかった。
 もし抵抗すれば、また鞭打ちの恐怖が待っているから。

「……もう……嫌だよ……ママ、パパ」

 助けを呟きながら、重い足取りで院長室へと辿り着く。
 逃げ出したいのに、擦り込まれた痛みの恐怖がそれを許してはくれない。
 胃液が上ってきそうな吐き気を抱えて、目を閉じながらそっと扉を開く。

「し、失礼します……」

 重い足取りで院長室へと入り、顔を上げた。


 瞬間。
 



「えっ……??」




 信じられない光景に彼女は目を見開く。
 部屋の中には、いやらしい笑みを浮かべた院長はおらず。
 代わりに、見知らぬ男性が立っていた。銀色の髪に端麗な顔の誰かがアイリーンを見つめている。

(だ、だれ? い、院長は? この人は……?)

「あ……あの……わ、私……呼び出されて」

「院長はもう居ない……戻るといい」

 そう返し、無表情のまま立ち尽くす男性にアイリーンは動揺して行動が出来ずにいた。
 時間が止まったように沈黙が流れたかと思えば、目の前の男性はそっとしゃがんで彼女と視線を合わせる。
 そして……
  
「ちょうどいい。聞きたいことがあった」

「……え?」
 
「ここから見える遊具で、何が一番人気だ?」

「ッ??」

 男性は呟きながら、窓の外。
 孤児院の庭にある遊具を指差した。

「ここにいる子は何が一番好きか分かるか?」

「え……あ、ブ。ブランコが人気です」

「そうか」
 
 短い返事をした男性は、そっとアイリーンの腕に触れる。
 思わず身構えた時、淡い光が輝き。腕にできていたアザや痛みが消えていくのが分かった。

「あ……ぇ……」

「……早く来てやればよかったな」

 柔らかな声色に、優しく見つめる紅の瞳。
 まるで、夢でも見ているような光景にアイリーンは立ちつくしながらも……頭を下げた。

「あ、ありがとうございます」

「これからは安心して過ごせ」

「っ……」

「院で怖がっている子に知らせてやれ……ここはもう、お前達が笑っていられる場所だ」
 
 訳も分からぬまま、背を押されて院長室の外へと出される。
 しかし、言われた言葉は不思議と信じられた。

(もう……怖くないんだ)

 それだけが分かって、アイリーンはこの事を他の子達に知らせるために走りだす。
 あの男性が誰かも分からない……どうなったのかも分からない。

 だけど。

(きっと……ママと、パパが……私を助けるためにあの人を呼んでくれたんだよね)

「ありがとう……ママ、パパ」

 両親を思い出したアイリーンは、涙ぐみながらも……
 久々に笑みを浮かべ、軽い足取りで他の子達の元へと向かった。









   ◇◇◇



 静かに閉じられた院長室の扉。
 それを見届け、遠ざかっていく足音を確認した後に皇帝––シルウィオは部屋のクローゼットを開いて呟く。

「……貴様の処罰がまだだったな」

「た……たすけ……」

 クローゼットの中では怯えたように身体を丸める院長がいた。
 腕と指はすでに折られており、脂汗にまみれて苦痛の表情を浮かべながら救いを懇願している。
 
「い、言われた通りに黙っておりました! 助けてください!」

「……この孤児院から、差出人不明で貴様が虐待をしている密告状が届いていた。わざわざ……王都の城前に置かれてな」

「ち、違うんです。なにかの間違いでしょう? 私はなにも……」

「貴様の行為を許せない者の勇気ある密告……帝国の長として見逃しはできない。俺自ら、貴様を処断しよう」

 淡々と、冷たい視線で見つめるシルウィオに院長は必死に額を地面へとこすりつけた。

「か、勘違いです! 全ては教育のためなんです! こ、子供達は大人に逆らってはいけませんからね? 当然の躾ですよ」

「……そうか」

「は! はい!」

 同意するようなシルウィオの言葉に、院長は懇願が報われたと顔を上げた瞬間。
 それは思い上がりであったと知る。
 見ているだけで身体が震えるような威圧感を、目の前の皇帝から感じ取ったからだ。

「あ……あぁぁぁ……」

「貴様に教えてやる」

「え?」
 
「子は帝国の未来を築く礎。それを害するのは……我が帝国への反逆にも等しい」

「っ!! ち、ちが! ゆるしでッツ!?!!!!」

 求めた懇願は、途中でかき消される。
 必死に叫んだ口が鋭利な刃によって裂かれたからだ。
 痛みで叫ぼうと思っても、それも許さずに首を掴まれて絞められる。

「あ……あががが……ぐぅぅ」

「反逆罪の処遇は……貴様でも分かるな?」

「や、や……アアアァァ!!!! ダズゲェェ」

 震えた身体で叫ぼうと思った瞬間、院長の身体は一瞬で燃えていく。
 魔法で燃えるその炎は周囲には燃え広がる事はなく、院長だけをじわじわと焼いていくのだ。
 痛みから逃げるために叫ぶことも、悶える事も許されるず。

 じわじわと、院長はその炎に苦しみながら焼かれていった。






「……ブランコ……か」



 シルウィオは呟きながら、誰も居なくなった院長室から出て行った。


 その後、この孤児院には帝国騎士が見回りという名目で子供と遊びに来てくれるようになり。
 帝国の公卿ジェラルドが推薦した人物が新たな院長となった。

 元院長の父と、その権力を利用して悪逆を尽くしていた人物達はいつの間にか街から消え。
 アイリーンを含む孤児院の子供達は、恐怖の無い生活を取り戻した。
 そして……後にアイリーンは勉強を積み、帝国の文官となって城に勤める事になる。

 ……その時ようやく、自分を救った見知らぬ男性の正体を知るのだった。
 






   ◇◇◇



 翌日––
 昇り始めた太陽、未だ皆が眠っている早朝の時間。

 そんな時間に庭園にいる皇帝へと、護衛騎士のグレインは近づきながらも首を傾げた。
 使用人達にここに皇帝がいると聞いていたが、どうしてこんな時間に庭園にいるのか見当がつかなかったからだ。

「へ、陛下……今は、一体なにを……」

「……重大な仕事だ」

 小さく呟きながら、シルウィオは魔法によって次々と用意させていた材木などを切って組み立てていく。
 それをグレインは見つめていると、ふとシルウィオの足元に近寄ってくる存在に気付いた。

「陛下。足元に……」

「……?」

「コケ!」

 カーティア皇后の大切な存在でもある鶏のコッコが、シルウィオの足元でジッと見つめていた。
 何か言いたげな視線を向けられ、シルウィオも同じく無表情のまま視線を合わせる。

「……」

「……コ、コケ。コッコココ」

「……」

「コーケ? コーケ! コーケ! コーーー?」

「…………なるほど。分かった」

「コケ!」

「え? 何が分かったのですか?」

 思わず声を出すグレインだったが、シルウィオは淡々と作業を再開させながら呟いた。

「同じ親だから、言いたいことは分かる」







   ◇◇◇



 
 昼間、庭園に昨日までは無かったソレを見て。
 リルレットとテアは目を輝かせて声をあげた。

「あーー! 本で見たことある! ブランコだ!」

「ぶあんこーー?」

「そうだよ、テア! すごい! やたー!」

「ねぇね? やたー?」

「そうだよ、すごく楽しいんだよ、テア!」

「お~~やた~~!」

 喜ぶリルレットやテアを見て、椅子に座るシルウィオは満足気に紅茶を呑む。
 隣で座るカーティアは、ジッと彼を見つめた。

「あれ、シルウィオが作ってくれたの?」

「……あれは子に人気だからな」

「……すごいね。あれ」

 カーティアはその出来栄えに思わず感嘆の声を漏らす。
 リルレットがブランコで揺れ、テアの座る方は背もたれやひじ掛けが着いており落ちないように紐かけも付いている。

 それに加え。

「ピヨピヨ!」
「ピピピ!」
「ピー!」

「コケェェ!!!!」

 なんと、コッコのヒナ達が乗れるようなカゴまでブランコになっているのだ。
 コッコがヒナ達を乗せて、ゆっくりと揺らして楽しませている。
 子供達やヒナがブランコで遊ぶ光景は、城内の使用人達が足を止め見つめるほど微笑ましいものだった。

「可愛い……凄いよ。シルウィオ」

「……」

「っ??」

 遊ぶ子供達に周囲の視線が釘付けとなる中、シルウィオはカーティアへと身を寄せる。
 そして彼女の肩へと頭を乗せ、小さく呟いた。

「頑張った。カティに褒めてほしい」

「……っ!! ふふ、ありがとう。がんばったよ、シルウィオ」

「……」

 カーティアがシルウィオの頭を撫でれば、彼は嬉しそうに頬を緩める。
 甘えるようなその笑みだけは、皇后にしか見せないものだった。









   ◇◇◇






 以下、お知らせです。


 読んでくださり、ありがとうございます。
 本業が忙しく、暫く週一、二ほどしか投稿となっております……申し訳ないです!
 また時間が取れるようになれば、ペースを上げて書いていく予定です!

 今作、リルレットやテオが大人に成長するまでは書いていこうと思っておりますので、良ければお付き合いくださると嬉しいです。

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