死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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皇帝陛下の愛し方

83話

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「おとた~テアね。さいきん、一人でおトイレいけるようになったよ」

「偉いぞ、テア」

「えへへ。テア……どれぐらいえらい?」

「帝国一だ」

「やたー! いちばんー!」

 執務室で皇帝シルウィオの膝上に、息子のテアが座りお絵かきをしながら話す時間。
 シルウィオは頬を緩めながら、テアの頭を撫でるのを止めなかった。

「でもね、よるはまだこわいから。おとたがついてきてね」

「あぁ」
 
 そんな会話を交わす二人を微笑ましく見つめているのは、属護衛騎士のグレインだ。

(陛下……もう、俺の前でも家族といれば笑顔を見せてくれるようになってくださったのですね)

 グレインは自身が皇帝から信頼されている事を知り、嬉しさが胸を満たす。
 執務室には似つかわしくない和やかな雰囲気だが、それを咎める者など居ない。

 穏やかな会話の中、テアがシルウィオを見上げた。

「あのね。おとた……てあね、おねがいあるの」

「どうした」

「あの……あの……おかたんにもいったけど、てあね。わんわんとね、いっしょにすみたい」

「……」
 
 珍しくテアの言葉に黙るシルウィオに、グレインは首を傾げた。
 普段であれば即返事をするはず、だが今日はいつもと違い渋い表情を浮かべている。

「だめ? おとた」

「カティはいいと言ったか?」

「おかたんはね。テアがちゃんとおせわするならいいよって」

「そうか……」

 シルウィオは少し考えた後、テアの頭を撫でて呟いた。

「飼うのは良い。だが、命を預かるのは責任が大きい事だ」

「テアはちゃんとおせわするよ」

「あぁ、だが……命に責任を持つため。テアはもっと偉い子にならねばならない」

「おトイレ行くよりもえらいこ?」

「そうだ」

 シルウィオが頷けば、テアは落ち込みつつも頷いた。

「わかった、てあ。もっとえらいこになる!」

「あぁ、待っている」

 そんな会話を交わし、遊び終えたテアが去るのを見送り。
 シルウィオはグレインへと呟いた。

「父とは、難しいな」

「陛下……」

「できればずっと甘やかして、願いも全部聞いてやりたい。だが……テアやリルはいずれ、民を導く運命だ」

「そう……ですね」

「二人とも、カティの性格を継いだ、いい子だ。しかし……甘やかし過ぎる訳にもいくまい。帝国の民のためにも」

 溺愛しているだけに見えたが、そこまで考えていた事にグレインは純粋に驚きつつ。
 その言葉の重みを感じ、静かに頷いた。

「陛下……そのお心遣いに、民を代表して感謝を」

 皇帝として、父として。
 帝国の未来を見据え、教え導くシルウィオにグレインは心の底から感謝を示す。 
 シルウィオは無表情のまま、テアの描いた絵を見て心苦しそうにため息を吐いた。





 しかし、翌日。
 昨日と同じく、シルウィオの膝に座るテアをグレインが見守っていた時。

「てあね。きのう……よるにひとりでおといれいったよ」

「なっ……」

「おねしょしなかったの! えらいでしょ?」

 笑って報告をしたテアの頭を、シルウィオはひたすらに撫でた。

「わっ!? おとた?」

「偉すぎるぞ、テア」

「やた! てあ、えらいでしょ」

「あぁ、お前は立派だ。世界一」

「じゃあ! じゃあ!」

「犬は……俺が見つけてこよう。カティも説得する」

「やったー! ねぇねにも言ってくる!」

 喜び、部屋を出て行くテアを見送りながら。
 シルウィオはグレインへ自信満々な視線を向け、小さく微笑んだ。

「グレイン……これが父として導いたあの子の成長だ」

「……へ、陛下?」

「カティも、きっと俺を褒めてくれる」

 シルウィオは、皇后に褒められる事を想像して喜んで微笑んだ。
 その姿に、グレインも釣られて笑ってしまった。

(陛下……貴方の厳しさは、子共達に対しては甘すぎますよ。でも……陛下とカーティア様の御子様達ならば、きっと立派に育ってくれるはずです)

 皇帝夫妻に絶対な信頼を置くグレインは、彼の溺愛を咎めはしない。
 なにより、二人の子は非が無い程に優しい子だと知っているから。

「犬……探すぞ、グレイン」

「はい!」

 相変わらず、子供達の前だと厳しい皇帝ではなく。
 甘々の父である彼に、グレインは素直に頷いた。

 そして、帝国一の剣と魔法の実力を持つ二人が。
 犬を見つけに帝都へ赴く。

 全ては、子供達のため。





   ◇◇◇





 帝都の路地裏。
 そこに、鎖に繋がれる犬が居た。

 漆黒の毛並み、鋭利な牙。なによりも人間の大人と変わらぬ大きな体躯。
 しかし、その身体は傷だらけで酷く痩せていた。

「クゥ……クゥ」
 
 弱々しく鳴き、餌を求める。
 しかし、水も餌も……もう何日も与えられていなかった。

「クゥ…………ワフ!」

 必死に助けを求めて鳴けば、鎖が繋がれた家の扉が荒々しく開いた。

「うるせぇぞ! この駄犬が!」

「キャウ!」

 出て来た男は、叫びながら犬を蹴り上げた。
 何度も何度も蹴り、犬を苦しめて恐怖させる。

「ちっ!! ちいせぇ犬だと思って飼ってみれば、こんなに大きくなりやがって」

「クゥ…………クゥ…………」

「餌代もかかるし、でけぇから世話も面倒だし……いいことが一つもねぇ犬だ」

「……」

 恐怖で身を震わせ、静かに伏せる犬。
 男はその姿を見てニタリと笑って見下ろした。

「だが……俺のストレス解消としては便利だ。死んだら捨ててやるよ」

「ク……」
 
 犬は小さく鳴き、ただ愛情を求めて男を見つめる。
 鎖に繋がれる庭先から見た事のある。自分と同じ姿をした犬達が散歩して大切にされる姿。
 あのように愛されたいと純粋に願うのだ。家族が欲しいと。
 しかし……

「なに見てんだ!」

「ッツ!」

 願いは叶わず、怒声を浴びせられて犬は身をすくませる。
 しかし……その時。偶然にも首輪に繋がれていた鎖がガシャリと外れた。

「おっと、外れたか」

「……」
 
 自然と、犬の足は動き出していた。一気に男から離れるように走り出す。
 行く当てなどない。だが……ここを離れれば、望むものがあるかもしれないと信じて。

 本能が、唯一の希望を求めて犬に最後の元気と勇気を与えた。

「あ! 待て! この!」

 制止の声など聞くはずもなく、ひたすら走る。
 しかし衰弱した身体では長く走れず、力なく道の真ん中で倒れてしまう。

「ワ……クゥ。クゥ」

 最後の力を振り絞り、微かに鳴く。
 しかし、道を往来する人々は汚れ、衰弱している犬に見向きはしない。

「なんだあれ」
「病気の犬だろ、ほっておけ」
「噛むかもしれないぞ」

 聞こえる声や避ける視線。逃げた先に求める愛は無かった。
 衰弱した犬は……絶望に近い感情を抱きながら、目を閉じた。


「ク……ゥ」と。
 最後の力を振り絞った鳴き声にも、応じる者は居なかった……














 ……かに思えた。







「グレイン、水を」

「はい、陛下……生きていますか?」

「分からん」

 何かが、聞こえた。
 かすれた意識の中、喉元に久しく無かった水が流れる感覚。
 そのまま、無意識に水を飲み込んだ。

「生きてますよ! 陛下」

「頑張ったな」

 優しく撫でられる感触に目を開けば、二人の男性が見下ろしていた。
 その瞳に、殴っていた男のような恐怖は感じない。

「ク……ゥ」

「お前、俺の家族になるか?」

 聞かれた言葉の意味は分からない。
 だが……自然に「ワン」と、か細く返事をしていた。

「連れて行くぞ。グレイン」

「はい! まずは治療してやりましょうか」

「餌も、多く手配してやらないとな」

 会話が聞こえる中。
 犬にとって聞き覚えのある足音が近づいてくるのを感じ。身を強張らた。

「あっ! ここにいやがった!」

 恐れていた叫び声が聞こえた。
 身体が震え、恐怖から逃げるため。銀髪の男の後ろへと犬は身を隠した。

「あんたら、誰だかしらねぇが。それは俺の犬だ!」

「……」

「返してもらうぞ!」

 いやだ。
 その想いが伝わったのか分からないが。犬の頭を銀髪の男が撫でた。

「大丈夫だ」
 
 呟かれた言葉に恐怖が消える。
 本能で、安心できると確信できたから。

「おい、さっさと渡せ!」

「この犬の衰弱……虐待か」

「な……ただの躾だ! いいから返しやがれ!」

「グレイン」

「はい!」

 短いやり取りの後。
 銀色の刃が円弧を描いた瞬間、叫んでいた男の指が地面へと落ちた。

「は? はぁぁ!? い、いでぇ! がァァ……」

 痛みに呻く男へ、銀髪の男が呟く。

「帝国法では、愛護動物への虐待は罪」

「は……ま、待て……その銀髪……ま、まさか、こ、皇帝へい」

「そして、この犬は俺の家族となった。渡しはしない」

「ま! 待ってくだ!」

 叫びも虚しく、男は銀髪の男が放った拳に吹き飛ばされる。
 大きく空を舞って地面に落ち。顔が大きくへこみ、ビクビクと身体を震わせていた。

「後は、帝国騎士に捕らさせておきますね」

「あぁ。帰るぞ、グレイン」

「はい。あ! 犬は俺が持ちますよ」

「いい。こいつは家族だからな」

 そんな会話が聞こえ、犬の身体が持ち上げられる。
 初めて感じる人の優しさと温もりに……自然と銀髪の男の顔を犬は舐めていた。
 感謝を伝えるために。

「お前は、家族として。俺が守ってやる」

「クゥ」

「だからお前は、テアとリルと一緒にいてくれ。あの子達が寂しくないように」

 ……自然と犬は「ワン」っと、答えていた。

 そうすれば、褒めるように頭を撫でてもらえる。
 願い焦がれていた愛を感じながら、彼へと甘えて鳴き続けた。





   ◇◇◇





 十日後。

 拾われた犬はノワールと名付けられ。庭園で子供達と過ごす。

「ワフ! ワン! ワン!」
「コケ! コケケケ! コケェ!」
「ピピ」「ピヨ!」

「のわーる! すごーい!」
「すごいね、テア! ノワールは力持ちだよ!」


 カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ


 ノワールは大きな体躯の背にリルレットやテア。そしてコッコちゃん一家を乗せ。
 それをひたすら写真に撮るシルウィオ。

 その賑やかな光景を見て、カーティアは笑ってしまう。

「相変わらず、撮りすぎだよ。シルウィオ」

「カティ……リルもテアも、喜んでくれている」

 何か言いたげに、見つめてくるシルウィオの姿にカーティアは微笑みつつ。
 彼に抱きついて頭を撫でた。

「ありがとう、シルウィオ。子供達のためにノワールを連れてきてくれたのね。偉いよ」

「っ!! あぁ。頑張った」

「ふふ、そんなに嬉しいの?」

「カティがこうしてくれるなら。なんだってする」

 嬉しそうにカーティアが撫でる手を受け入れるシルウィオ。
 その隣を、ノワールが走っていく。

「ワン!」と、感謝を告げるように鳴きながら。

「ノワール。てあ、だいすきだよ! いっぱいおせわするね」
「リルもお世話する! テアと一緒に!」
「コッケー!」

 愛してくれる家族。守るべき子供達。
 そして……先輩であるコッコからも受け入れてもらえて。

 ノワールは、長く望み続けた幸せをようやく手に入れたのだった。
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