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三章
107話 新しい人⑥
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グレインの実力は圧倒的だった。
レイル王国の騎士達と、数の差があってもグレインにとっては差異でもなく。
まるで新兵を訓練するかのように軽やかに、彼らを傷つけずに叩き伏せたのだ。
「陛下、終わりました」
「よくやった。グレイン」
「いえ。有難きお言葉ですよ。陛下」
アイゼン帝国。
その君主––シルウィオを守る役目を与えられた騎士は、淡々と職務を遂行し、剣を収める。
そこに驕りや油断はなく、今も周囲を見定める瞳は鋭く。
呻いていたレイル王国の騎士達は、抵抗心を起こす気力もなく項垂れた。
「我が国の騎士を……こうも容易く……」
レイル王国の第一王子、ディッグ殿下は驚嘆の声を漏らす。
ここまで実力差があると、普通なら想像もできまい。
グレインの強さはシルウィオに並んで異質なのだから。
「言ったはずだ。貴様らレイル王国に……アイゼン帝国と事を荒立てる力はない」
再びのシルウィオの言葉。
今まさに見せつけられた圧倒的な差に、ディッグ殿下は唇を噛み締める。
「こちらの考えは変わらない。今や帝国民となったリーシアを渡すことは認めん」
小説家で各国で名が売れているリーシアを知財だと称して、その身を要求していたディッグ殿下。
彼はシルウィオからの拒否を受けても、それでも口を止めなかった。
「良いのですか? このまま俺に罪を負わせれば……力で我が小国を従わせた恐国に逆戻りだ。アイゼン帝国の外交は水の泡と帰す」
「……」
「私はただ、自国の民を返還要求しているだけだ。これを跳ねれば各国間の印象は最悪となりましょう」
まだ、その言葉を繰り返すのかと呆れてしまう。
確かに体裁だけを見れば、アイゼン帝国がレイル王国の知財であるリーシアを自国民と定め。
返還要求を突っぱねたようにも思えるだろう。
しかし、それは以前までのアイゼン帝国であればだ。
「此度の騒動。レイル王国を代表してこの俺が国際会談にて広めよう。アイゼン帝国は小国を力で組み伏せる独裁国家だと!」
国際会談とは、各国が友好を深めるために要人が集う場だ。
魔法大国カルセイン、その国王であるシュルク様も参加される。
私もグラナート王国で王妃だった時代、参加していたな……
それを思い出しながら、私は口を開く。
「そこまで言うなら、今から各国の要人を招いて判断を願いますか」
「……は? なにを言って……小国を力で押さえつける国だと自ら広めたいのですか?」
「ディッグ殿下。貴方は自らの思慮の狭さ、そして見解を広めるためにも……お父上に判断を委ねてから来るべきでしたね」
以前までのアイゼン帝国であれば、畏怖も相まってその理屈が通っていたかもしれない。
だけど、もうそんな事はない。
「現在のアイゼン帝国はシルウィオが主導して各国へと人道支援、教育支援などを行っていると、知らないのですね?」
「な……」
「貧国を従えるのではなく、手を差し伸ばして共に成長する道を歩む手段を、シルウィオはしております」
「……」
「アイゼン帝国は大国であるからこそ、その責任を持って恥じぬ功績を残したシルウィオと。ただ被害者だと煽って喚く貴方。各国はどちらを信じますかね?」
以前、家族で世界中を巡った旅。
あの経験をもとに、シルウィオはさらに人道支援を広げている。
他国を知り、理解した彼は、良き隣人のように各国と手を取り合い始め出した。
それをディッグ殿下に覆せるとは思えない。
なのに彼は、まだ諦めずに言葉を述べた。
「お、俺にも各国に知り合いはいる! そちらの信頼など容易く覆して……」
「ディッグ殿下。……私はかつてはグラナート国の王妃として、あらゆる国の方々との繋がりを持っております」
「っ……」
そう、私はかつてグラナート王国の王妃。
各国を結ぶ外交に力を注ぎ、功績を認めてもらった自負がある。
そしてそんな私の今が、アイゼン帝国の皇后なのだ。
「貴方に、私が各国から得た信頼を覆せるとお思いなら。いくらでも話をしてみてください」
そんな事をして見放されるのは、どちらなのか。
答えは明白だと彼はようやく気付いたのか……口を閉じる。
「貴方は父上に相談して、判断を仰ぐべきでしたね」
レイル王国の現王ならば、こんな失態は犯さないというのに。
それがディッグ殿下の経験の浅さだ。
外交とは情報戦。
信頼を得るためにも、相手を知って対話をするのが常。
それが欠けているディッグ殿下では、話にもならない。
「此度の件、当然ながらレイル王国の国王陛下にもお伝えいたします」
ここでジェラルド様が前に出て、ディッグ殿下を睨む。
もはや彼も取り返しのつかぬ立場だと自覚しており、目線を落として首を横に振る。
「ま、待ってくれ。俺が非礼な態度を取った事はしかと分かった。リーシアが我が国にもたらす利益はあまりに大きく。目が眩んだ。間違っていた……正式に謝罪をしたい」
「なにを言っているのですか。今更反省したところで……」
「お、俺が持つ財をアイゼン帝国へと献上する。此度の非礼への詫びとして受け取ってほしい。それでどうか事を荒立てずに済ませてもらえないだろうか」
いまさら怖気づいて、金銭で解決したいというのだろう。
だが、当然ながらジェラルド様もグレインも表情を変えない。
そんな条件、頷くはずがないのだ。
なぜなら帝国の君主であるシルウィオが……絶対に許さないのだから。
「俺の持つ財でどうか––」
「必要ない」
「っ!!」
冷たく響いた一声と共に、シルウィオがため息交じりに立ち上がる。
そして、その鮮血がごとき紅き瞳でディッグ殿下を見下ろした。
「事を荒立てる気があると、俺は言ったはずだ」
「アイゼン皇帝、待ってくれ。俺は自らの非を認めている。だからどうか謝罪の機会を」
「貴様の謝罪など必要ない」
「違うんだ、俺はリーシア殿の姉からも……妹を取られたと要望を受けて来た経緯もあって……」
リーシアの姉。
グレインとも因縁を持つ、エリーの事か。
まだ絡んでくるとは……恐らく彼女たちもリーシアの素性を知って取り戻したいのだろう。
金のなる木だとでも思っている事は明白だ。
「だからどうか。俺に弁明の機会を!」
「要らぬ。もう……面倒だ」
「は?」
「リーシアの姉とやらも……ここに連れてこい。関係する者も全員だ」
「え……」
「お前の態度に、俺も反省すべき事が見つかった」
反省すべき点?
シルウィオの言葉に皆が首を傾げる中、彼は以前よりも冷たい瞳で言葉を告げた。
「少々……最近の俺は甘すぎたようだ。アイゼン帝国が貴様ら如きに侮られたのは俺の失態。だからこそ俺自らが、貴様も含めた全員を処罰しよう」
冗談ではなく、本気で言っている。
それを感じ取ったアイゼン帝国の面々は、皆が畏怖の念を込めて視線を落とした。
シルウィオ自らの処罰など、諸外国が畏怖する象徴の一つ。
だからそれを聞いたディッグ殿下は、足を震わせて「やめてください」と小声で漏らすが……
「黙れ……さっさと連れてこい」と、シルウィオは許してくれるはずもなく。
ただ冷たい眼光で言葉を続けるだけであった。
レイル王国の騎士達と、数の差があってもグレインにとっては差異でもなく。
まるで新兵を訓練するかのように軽やかに、彼らを傷つけずに叩き伏せたのだ。
「陛下、終わりました」
「よくやった。グレイン」
「いえ。有難きお言葉ですよ。陛下」
アイゼン帝国。
その君主––シルウィオを守る役目を与えられた騎士は、淡々と職務を遂行し、剣を収める。
そこに驕りや油断はなく、今も周囲を見定める瞳は鋭く。
呻いていたレイル王国の騎士達は、抵抗心を起こす気力もなく項垂れた。
「我が国の騎士を……こうも容易く……」
レイル王国の第一王子、ディッグ殿下は驚嘆の声を漏らす。
ここまで実力差があると、普通なら想像もできまい。
グレインの強さはシルウィオに並んで異質なのだから。
「言ったはずだ。貴様らレイル王国に……アイゼン帝国と事を荒立てる力はない」
再びのシルウィオの言葉。
今まさに見せつけられた圧倒的な差に、ディッグ殿下は唇を噛み締める。
「こちらの考えは変わらない。今や帝国民となったリーシアを渡すことは認めん」
小説家で各国で名が売れているリーシアを知財だと称して、その身を要求していたディッグ殿下。
彼はシルウィオからの拒否を受けても、それでも口を止めなかった。
「良いのですか? このまま俺に罪を負わせれば……力で我が小国を従わせた恐国に逆戻りだ。アイゼン帝国の外交は水の泡と帰す」
「……」
「私はただ、自国の民を返還要求しているだけだ。これを跳ねれば各国間の印象は最悪となりましょう」
まだ、その言葉を繰り返すのかと呆れてしまう。
確かに体裁だけを見れば、アイゼン帝国がレイル王国の知財であるリーシアを自国民と定め。
返還要求を突っぱねたようにも思えるだろう。
しかし、それは以前までのアイゼン帝国であればだ。
「此度の騒動。レイル王国を代表してこの俺が国際会談にて広めよう。アイゼン帝国は小国を力で組み伏せる独裁国家だと!」
国際会談とは、各国が友好を深めるために要人が集う場だ。
魔法大国カルセイン、その国王であるシュルク様も参加される。
私もグラナート王国で王妃だった時代、参加していたな……
それを思い出しながら、私は口を開く。
「そこまで言うなら、今から各国の要人を招いて判断を願いますか」
「……は? なにを言って……小国を力で押さえつける国だと自ら広めたいのですか?」
「ディッグ殿下。貴方は自らの思慮の狭さ、そして見解を広めるためにも……お父上に判断を委ねてから来るべきでしたね」
以前までのアイゼン帝国であれば、畏怖も相まってその理屈が通っていたかもしれない。
だけど、もうそんな事はない。
「現在のアイゼン帝国はシルウィオが主導して各国へと人道支援、教育支援などを行っていると、知らないのですね?」
「な……」
「貧国を従えるのではなく、手を差し伸ばして共に成長する道を歩む手段を、シルウィオはしております」
「……」
「アイゼン帝国は大国であるからこそ、その責任を持って恥じぬ功績を残したシルウィオと。ただ被害者だと煽って喚く貴方。各国はどちらを信じますかね?」
以前、家族で世界中を巡った旅。
あの経験をもとに、シルウィオはさらに人道支援を広げている。
他国を知り、理解した彼は、良き隣人のように各国と手を取り合い始め出した。
それをディッグ殿下に覆せるとは思えない。
なのに彼は、まだ諦めずに言葉を述べた。
「お、俺にも各国に知り合いはいる! そちらの信頼など容易く覆して……」
「ディッグ殿下。……私はかつてはグラナート国の王妃として、あらゆる国の方々との繋がりを持っております」
「っ……」
そう、私はかつてグラナート王国の王妃。
各国を結ぶ外交に力を注ぎ、功績を認めてもらった自負がある。
そしてそんな私の今が、アイゼン帝国の皇后なのだ。
「貴方に、私が各国から得た信頼を覆せるとお思いなら。いくらでも話をしてみてください」
そんな事をして見放されるのは、どちらなのか。
答えは明白だと彼はようやく気付いたのか……口を閉じる。
「貴方は父上に相談して、判断を仰ぐべきでしたね」
レイル王国の現王ならば、こんな失態は犯さないというのに。
それがディッグ殿下の経験の浅さだ。
外交とは情報戦。
信頼を得るためにも、相手を知って対話をするのが常。
それが欠けているディッグ殿下では、話にもならない。
「此度の件、当然ながらレイル王国の国王陛下にもお伝えいたします」
ここでジェラルド様が前に出て、ディッグ殿下を睨む。
もはや彼も取り返しのつかぬ立場だと自覚しており、目線を落として首を横に振る。
「ま、待ってくれ。俺が非礼な態度を取った事はしかと分かった。リーシアが我が国にもたらす利益はあまりに大きく。目が眩んだ。間違っていた……正式に謝罪をしたい」
「なにを言っているのですか。今更反省したところで……」
「お、俺が持つ財をアイゼン帝国へと献上する。此度の非礼への詫びとして受け取ってほしい。それでどうか事を荒立てずに済ませてもらえないだろうか」
いまさら怖気づいて、金銭で解決したいというのだろう。
だが、当然ながらジェラルド様もグレインも表情を変えない。
そんな条件、頷くはずがないのだ。
なぜなら帝国の君主であるシルウィオが……絶対に許さないのだから。
「俺の持つ財でどうか––」
「必要ない」
「っ!!」
冷たく響いた一声と共に、シルウィオがため息交じりに立ち上がる。
そして、その鮮血がごとき紅き瞳でディッグ殿下を見下ろした。
「事を荒立てる気があると、俺は言ったはずだ」
「アイゼン皇帝、待ってくれ。俺は自らの非を認めている。だからどうか謝罪の機会を」
「貴様の謝罪など必要ない」
「違うんだ、俺はリーシア殿の姉からも……妹を取られたと要望を受けて来た経緯もあって……」
リーシアの姉。
グレインとも因縁を持つ、エリーの事か。
まだ絡んでくるとは……恐らく彼女たちもリーシアの素性を知って取り戻したいのだろう。
金のなる木だとでも思っている事は明白だ。
「だからどうか。俺に弁明の機会を!」
「要らぬ。もう……面倒だ」
「は?」
「リーシアの姉とやらも……ここに連れてこい。関係する者も全員だ」
「え……」
「お前の態度に、俺も反省すべき事が見つかった」
反省すべき点?
シルウィオの言葉に皆が首を傾げる中、彼は以前よりも冷たい瞳で言葉を告げた。
「少々……最近の俺は甘すぎたようだ。アイゼン帝国が貴様ら如きに侮られたのは俺の失態。だからこそ俺自らが、貴様も含めた全員を処罰しよう」
冗談ではなく、本気で言っている。
それを感じ取ったアイゼン帝国の面々は、皆が畏怖の念を込めて視線を落とした。
シルウィオ自らの処罰など、諸外国が畏怖する象徴の一つ。
だからそれを聞いたディッグ殿下は、足を震わせて「やめてください」と小声で漏らすが……
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