死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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三章

111話 進む二人① リーシアside

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「グレイン様……今、カーティア様はなにをしておられますか」

 本日も庭園にてカーティア様へと物語の書き方を教えるために来ていた私––リーシアは、隣に立つグレイン様へと言葉をかける。
 私の手を握って誘導してくれていたグレイン様は、少し動揺しながらも答えてくれた。

「すみません……現在、カーティア様は庭園の畑作業をしているみたいで……少々お待ちくださいね」

 その返答に思わず微笑みが漏れてしまう。
 アイゼン帝国の皇后様であられるカーティア様。

 そんな偉大な方が、庭園にて畑作業をされているなんて想像もできない。
 どんな物語よりも奇なことだ。

「––––っ! コッコちゃん達! 待ちなさい!!!」

「コーケッケ!」

 笑っていると、カーティア様の声が聞こえる。
 ニワトリのペット……コッコ様を呼ぶ声だ。

「どうやら……せっかく育てていた作物を、コッコ様のご家族が幾つか咥えて逃げ出したようですね」

「ふ……ふふ」

「あ、コッコ様がレタスを持ってカーティア様から逃げて……これは、お手伝いした方がいいだろうか」
 
 目は見えないが、グレイン様の戸惑う声に、容易に陽気な光景が浮かんでしまう。
 畑作業をしているカーティア様と、ペットであるコッコ様のご家族との作物をめぐる盗難劇。

 きっと、カーティア様に遊んでほしくてコッコ様がちょっかいをかけているのだろう。
 そう思っていると、ふと明るい声が私の耳へと入った。

「グレイン、お手伝いはいいよ。お母様のことはリル達が手伝うから」
「うん。今日はコッコちゃん達が遊びたい日みたいだから……」

 この声は確か、カーティア様のご息女でもあるリルレット様。
 そして、その弟君であるテア様だ。
 次代の皇位継承者である二人に、私は慌てて跪こうとするが……

「リーシアさん! お母様はいっつもあんな感じでドタバタだけど。物語の書き方を教えてくれてありがとうね」
「お母様、テア達から見ても最近……すごく楽しそう。リーシアさんのおかげだよ」

 リルレット様とテア様の声と共に、私の手を握って告げられた感謝の言葉。
 こんな自分がカーティア様の役に立てていると、お二人から認められたことが純粋に嬉しかった。

「じゃあね、リーシアさん! また明日、お母様に物語のこと教えてあげて!」

「ワフ! ワン!」
「のわーる、こーこつかまえる。いこ~」

 リルレット様達の声が聞こえた後に、犬の鳴き声とひときわ幼い声が聞こえる。
 グレイン様が再び笑って教えてくれた。

「本日も庭園は盛況ですね。ノワール様に乗ったイヴァ様も、コッコ様を捕まえに向かうみたいだ」

 イヴァ様は、リルレット様達の弟であり……まだ齢三歳ほどの末っ子。
 ノワール様は、確かペットの大きな黒い犬と聞くが、イヴァ様を乗せていると思えば微笑ましい。

「カーティア様のご家族は、本当に素敵な方々ばかりですね。グレイン様」

「確かに、仕える身からしても。微笑ましくて毎日が楽しいよ」

「私にも……そういった家族ができるでしょうか」

 言いながら、思わず口元に手を当てる。
 なんて恥知らずな言葉を問いかけてしまったのだろうか。

 盲目である私を救ってくださったアイゼン帝国の皆様。
 それだけで感謝は尽きないのに、さらにはカーティア様のようなご家族を望むなんて。
 嫁入りもしていないのに、はしたないことを……

「す、すみませ……」

「できる……はずだ」

「っ!」

 謝罪をしようとした瞬間、グレイン様が私の手をいつもより強く握ってくれる。
 それは普段よりも熱くて……なぜか胸が弾む行為であった。

「ひとまず。本日はカーティア様もお忙しいので、部屋に戻っておこうか」

「は、はい」

 ギュッと握ってくれた手。
 先の言葉の真意を問いかける前に、グレイン様が私を部屋へと誘導してくれる。
 どうしてか……いつもよりも手が、頬が熱い。

 なぜか胸の鼓動も強くなる中、誰かの声が聞こえた。

「グレイン」

「シルウィオ陛下……!」

 グレイン様の声を聞いて、シルウィオ陛下が近くにおられるのだと分かった。
 慌てて私は跪く。

「どうなされましたか、陛下」
 
「休暇申請、受領しておいた。五日後に三日間の休みを与える」

「っ! 感謝します」

のだろう? 有意義に休め」

「へ、陛下。その話は後ほどで……」

 シルウィオ陛下の声は、いつものように淡々としている。
 なのに、どこか喜々としているようにも聞こえた。
 加えて、グレイン様もいつもの固い口調から焦ったような声色だ。

「やっぱり……ノックしなかったこと。根に持ってますよね、陛下」

「ふっ……かもな。だが俺はお前のキッカケのおかげで、一歩進めた」

「っ!」
 
 はじめて、カーティア様の前以外でシルウィオ陛下が笑う声を聞いた気がする。
 そんな驚きを感じていると、陛下が去っていく足音が聞こえた。
 そして私の手を握っていたグレイン様はなぜか手が熱くなっていた。
 
「お休みを頂くのですね、グレイン様」

「あ! あぁ、実はその予定で……」

「誰かと出掛ける予定とのことで、私の事は気にせずに楽しんでくださいね」

 そう言って、「ありがとう」とグレイン様の返答があると思っていた。
 だけど、彼の返答は私の予想とは違っていた。

「リーシア……君を、誘う予定だったんだ」

「…………え?」

「良ければ、一緒に帝国を巡らないか。カーティア様達にもご許可は頂いている」

「わ、私を?」

「そう………君と、二人で話したいから」

 突然の誘い。
 グレイン様が握る手は少しの手汗がにじみ、緊張が感じ取れてしまう。

 どうして私などを誘ってくれるのか。
 その理由を聞く前に、私は驚くほどに自然と答えが出ていた。

「はい。私も……グレイン様となら。一緒がいいです」

「っ! 良かった。嬉しい」

 安堵したような息を吐いて、私の手を握るグレイン様。
 不思議と嬉しそうな声色が伝わってくる。
 なぜ私なんて……と聞くのは、誘ってきてくれた彼に失礼だから聞かない。

 むしろ私も嬉しさしかない。



 この場所に居るだけでも充分に幸せなのに……こんな良いことばかりでいいのだろうか。
 そんな幸福感が、私の胸を満たす。

 救いのない日々……真っ暗な人生を歩み続けるばかりと思っていた。
 なのにここに来てからはずっと。
 ずっと……目が見えなくとも、明るい。

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