死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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三章

113話 進む二人③

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 アイゼン帝国、皇城内の地下牢。
 暗く、日の当たらぬ地下の奥底には揺らめく燭台の灯のみが唯一の光源となる。
 そんな地下牢の中にて、宰相であるジェラルドは陛下が連れてきた賊達を見つめた。

「今の時代に人身売買とは……それもアイゼン帝国領内でなど見境もないな」

 彼が見つめる賊達は、貴族令嬢を狙って人身売買業をしているらしく。
 皇帝陛下が乗ってきた馬車に引きずられて来た時は、流石のジェラルドも驚きを禁じ得なかった。

「さて、散々……シルウィオ陛下には白状しただろうが。改めて聞かせてもらうぞ」

「……」

「人身売買とは、もっとも足のつきやすい犯罪だ。売る人間の管理、売り先を見つけて支障なく送迎する等……手間もリスクも大きい」

「分かってるさ、だが……その分の見返りが大きいから、俺たちも手を出している」

「あぁ、そうだろうな。だが私が聞きたいのはその人身売買を取り扱う大本だ。こんな手間のかかるものは、よほど大きな組織であることが予測される。ならば早急に潰すのが帝国の判断だ」

「……」

「私も娘がいる身だ。できればそんな組織は潰しておきたい、手早く話してくれるか」

 賊達は互いに顔を見合わせながら、頬に笑みを刻む。
 ジェラルドは温和な笑みで話しており、それを見て懐柔できると思ったのだ。
 だからこそ、犯してはならぬ交渉を持ちかけてしまう。

「な、なぁ……貴方は宰相様なんだろう? 俺達を捕縛した陛下様はどうした」

「今、陛下はご子息の剣術大会を皇后様と観覧しておられる。できればその間に、この面倒事を私が終わらせたいんだ。話してくれる気になったか?」
 
「あ、貴方なら分かるんじゃないか。このアイゼン帝国は今……世界の国々の中でも最も栄えており、最も金が集まる場所であると」

「……」

「栄える国は、俺達のような奴らにとって大きな稼ぎのキッカケにもなり得る。それこそ一国一城にも並ぶ財を成すのだってこの国じゃ夢ではない」

「何が言いたい? 話の意図が見えないのだが」

 問いかけるジェラルドに対して、賊達は縛られたながらも迫るように身を乗り出す。

「今ここで、あんたに協力を願いたい。俺達の商売に手を貸してくれ、そうすれば……あんたは今の職務よりも莫大な財が成せるはずだ!」

「……」

「いつまでも誰かに仕えるなんて、もう辟易してるだろう? 俺達の組織にあんたみたいな大物が加われば、まさに一国すら牛耳る事が出来る!」

「……はぁ」

「なにも、職務を辞めろなんてリスクを負ってもらう必要はない。俺達の組織の犯罪事に関しての刑罰を軽減してくれるだけで、見返りを約束できる。娘さんが望む物をなんでも用意し––」

 言葉の途中で、賊の言葉が消える。
 犯してはならぬ交渉の末に受けた答え……それは賊の一人の顔面をジェラルドが壁にめり込む程に押さえつけた行為で示された。

「なぁ、私の質問に答えてくれるか? 時間をかけさせるな……」

「あ……あぁ……」

 温和な表情は一転、ジェラルドが本来持つ怒気の込められた声に、賊達の身に震えが宿る。
 賊達は見誤っていた。
 目の前にいる宰相こそが、誰よりも規律重んじおり、過去には誰よりも罪人を罰した騎士でもある。

 そして誰よりも、陛下に忠義を尽くしているなど知らなかったのだ。

「今夜は妻と娘と食事する。だから服も汚したくないし、時間もかけたくない。だから優しくしていたが……手荒な事も必要か」

「ま、まって……ま、まっへ」

 壁にぶつけて気絶した賊から手を離して……
 ジェラルドは残りの賊の額を掴み、力を込める。
 メキメキと頭蓋骨から聞こえてくるあまりの握力に、激しい痛みで賊達は苦しむ中。
 宰相としての問いかけが、再びもたらされる。

「話してくれるな?」




   ◇◇◇


 半刻後。
 皇帝であるシルウィオが地下牢へと足を進めて、賊達の前に立つジェラルドへと声をかけた。

「終わったか?」

「えぇ、陛下。その前にテア様の剣術大会のご結果はいかがでしたか?」

 シルウィオの御子であるテアについて問いかけるジェラルド。
 するとシルウィオは、どこか嬉しそうに口を開いた。

「グレインの教えもあって、かなり腕を上げている。今では並みの騎士よりも剣術では上をいくだろう。経験はまだ浅いが、補うほどの才覚がある」

「そうでしたか。テア様もご成長なされて……このジェラルド、感無量です」

「なによりも可愛い。リルレットやイヴァもそうだが……カティに似て可愛くて、愛しい」
 
 息子、娘の事になるといつもよりも饒舌となる陛下。
 そんな彼の姿に、以前の冷たく無口であった頃を知るジェラルドは思わず笑う。
 そして、賊達から聞いた事についてを話すことにした。


「つまり……こいつらは組織の主犯も知らぬと?」

「ええ、どうやら大きな組織らしく。胴元でもない指示役から指示を受けていただけらしく」

「……各国からの調査報告でも、似た事例があったな……顔も知らぬ者から、多額の金銭が儲かる話をもちかけられて、素人同然の者達に罪を犯させる組織があると」

「ええ……この賊達の素人同然の白昼堂々とした犯行にも理由がつきました。厄介な事に組織が彼らを足も着かぬように指示のみで動かしていただけのようです」

 胴元には届かぬように、指示役のみが実行役と接触する。
 タチが悪いのは、素人同然である者達に多額の報酬を持ちかけて犯罪に加担させる事だ。
 この賊達は自ら進んで手を染めたが、中には金がもらえると目が眩み……軽い仕事感覚で犯罪に手を染めた者もいるようだ。

「非常に厄介な組織ですね。下っ端を捕らえ、彼らの指示役を捕らえてもまだ胴元には届かない。幾人かの指示役を捕まえている間に、胴元は身を隠すでしょうし……」

 まさにネズミ算式に、胴元、指示役、仲介役、実行役と広がっていき。
 捕まった実行役から下を切り離す事で、胴元のみが逃げていけるという組織的に聡い犯行。

 凶悪で、各国が手を焼く存在だった。
 ただ……今回は相手が悪かった。

「ですが、今回は運が良かったようです。この賊達は……胴元にも近い指示役から貴族令嬢の誘拐を指示されたようですから」

 まず、ジェラルドが賊達から隠し事も許さぬ尋問で全てを聞きだした。
 バカそうな賊だったが、貴族令嬢の誘拐という大仕事を任せられる実行役であるならば……
 それなりの指示役と繋がっていると判断して、見事に白状させたのだ。

 そして……
 
「俺がいく……」

「よいのですか? 陛下が直々など……グレインにも任せられますが」
 
「グレインには休暇を与えた。だから今は手間をかけさせたくない」

「では、早急にこの賊達が供述した……指示役の居場所を地図に記します」

 そう言って、ジェラルドが地図に印を書いた時。
 今や傷だらけになった賊の一人が顔を上げて、ニタニタと笑いながら声を上げた。

「は、ははは。あんたら……自分が権力者で、安全だからって驕ってるなぁ」

「何が言いたい」

 ジェラルドの問いかけに、賊は言葉を続けた。

「あんたら、自分の力を過信しすぎだ。上には上がいるんだよ……俺達に指示をした人物は、組織の中でも屈指の実力を持ってる」

「……」

「それこそ他国で駐屯兵百人を相手にして、それでも生き残った話も聞く。悪党じゃなかったら……このアイゼン帝国で一番の騎士だったかもなぁ」

「それが、お前達の指示役だと?」

「あぁ、だから向かったところで全滅するのはあんたらだよ! 今からでも遅くない、さっさと手を引くことだ––」
 
 そんな言葉を賊が吐いていた時だった。
 シルウィオの周りに光が宿り、そのまま姿が消える。
 
 啞然としていた賊だが、少しの時間を置いて再びシルウィオが姿を現した。
 転移魔法を使ったのだ。
 そして、戻ってきたシルウィオは……


「こいつのことか」

「……え?」

 賊の前に転がされたのは、今しがた自信満々に話していた実力を持った指示役。
 だが、今は見る影もないほどにボロボロで、何百も殴られたような傷と共に、ピクピクと呻く。

「あ……え?」

「貴様らこそ、帝国を侮りすぎだ。コレは……グレインの足元にも及ばない」

「え……え……」

「さて、ジェラルド。この指示役も白状させるぞ……さっさと胴元まで情報を掴む」

「承知しました陛下……しかし後は私に任せてくださっても」

「お前も今日は家族と食事の予定だろう。だから手伝う」

「……ふふ、有難きお言葉です。陛下」


 賊の体から震えが止まらなくなっていく。
 このままなら、彼らは必ず胴元までたどり着くと分かったからだ。

 そしてそうなれば、自らが犯してきた罪の全貌は全て明かされて死罪は免れない。
 だが、止める手段も賊にはない。
 まさに絶望的であった。

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