死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

文字の大きさ
99 / 105
最終章

126話

しおりを挟む
 かつて魅了魔法を操り、『悪妃』として名を刻んだヒルダ。
 事情を知るからこそ、彼女の要望に困惑しかない。

 なぜ、アドルフに会う事を望むのか。
 私達の娘を助けてくれると約束したヒルダが、対価にアドルフとの再会を望んだ。
 今や国王から退き、平民として暮らす彼を巻き込みたくない気持ちはあった……しかし私達も娘のために要望を呑まざるを得ず、今はアドルフの住む村へ向かう。

「どうして……アドルフに会う必要がある」

 その問いかけを漏らしたのは、無言だったシルウィオだ。
 冷たい紅の眼が、両脇に騎士という厳重な警備の元で馬車に乗るヒルダへ問いかける。

「かつての夫に会いに行く事に、なにか問題があるの」

「真意を問いかけている。もしお前があいつや、カティに危害を及ぼす気でいるなら……考え直すことだ」

 ビリビリと伝わる気迫に、馬車を引く馬が怯えて立ち止まる。
 護衛の騎士でさえ冷や汗を流し、グレインやジェラルド様が無表情で見つめる馬車の中。
 緊張感が張り詰めるが、ヒルダはあっけらかんと答えた。

「抵抗する気は無いわ。どうせ死ぬのなら、思い残すことはないようにしたいの」

「思い残す?」

「ええ……私が生きた意味。私の存在意義を知りたいだけ」

 意味深な言葉を告げるヒルダ。
 その思惑がまるで分からぬまま、アドルフが住む村へと近づく。

 ここは私の母が眠る地でもある。
 そこにはかつて見た時と同じく……地面を覆うようなタンポポの花畑が広がっていた。

「……綺麗」

 柔らかな風に誘われるように揺れるタンポポの花が、目を楽しませる。
 それを車窓から見ていると、ヒルダはポツリと呟いた。

「兄も、この花が好きだったわ」

 その声に驚いて振り返れば、ヒルダが懐かしむような表情を見せた。
 普段は冷淡で、何を考えているか分からぬ彼女が、こんな表情を浮かべるなんて……

「兄は優しくてね、いつだって私の傍にいてくれた。私は幼少期は身体が弱くて、よく寝込んでいたけれど……いつだって兄は看病してくれたわ。枕元には庭で積んだタンポポの花を置いてくれてね」

「タンポポの花を?」

「昔の思い出を、今更思い出すなんてね」

 しかしヒルダは、思い出を語っている間際にまたいつもの冷淡な表情に戻る。
 俯いて、言葉を漏らした。

「でもそんな兄も亡くなった。悪だと断罪されて……私の家族は世界から消えた。そして生き残った私が……家族のために復讐に走った」

「……」

「でもね、いつも思うの。あの時に死ぬべきは私ではなかったのかと…………私ではなく、兄ならば。復讐ではなく別の道を歩んだのかもしれないと」

 ヒルダの目はどこか遠くを見つめて、哀愁が宿る。
 言葉の真意、その思いや苦悩を感じていた時。

「ヒルダ……アドルフと本当に会う気?」

「……」

「彼はもう、無関係で––––」

 そんな言葉を吐いていた瞬間だった。
「おとうさーん!」と声が聞こえて、車窓へと視線を移す。
 小さな男の子、女の子が笑みを浮かべて走っており、少し先のタンポポ畑に立つ男性へと抱きついていた。

「アドルフ……」

 ヒルダの呟きに視線をこらせば、私もその男性がアドルフだと分かった。
 彼は幸せそうな笑みを浮かべて子供達を抱き上げて、子供達は両手いっぱいのタンポポを手にして笑う。
 そしてその傍へと歩むのは……見知らぬ女性。

 その女性に、アドルフは優しく笑いかけていた。

「ねぇ、カーティア皇后さん。貴方はあの光景を見てどう思うの」

「…………不思議ね。今は素直に嬉しいと、感じるわ」

「そう…………私はね。後悔で胸が抉られるの。罪悪感で心が痛むの」
 
 呟きの声に視線を向ければ、ヒルダは大粒の涙を流していた。
 自らの胸に爪を突き立てて……自傷するような力強さだ。

「やっぱり私はいない方が良かった。私は……この世界に不要な存在だった。生きるのは私ではなく、兄であるべきだった」

「……」

「だって……私が居なくなった後の世界はこんなにも綺麗で……苦しいもの」

 その言葉には自らを否定する苦しみと後悔が滲む。
 ヒルダの吐露した想いに、言葉を失う。

 真意が掴めないと思って、警戒し、不信しか抱けなかった彼女。
 しかし彼女はいまや……過去に生きていた悪妃の姿はなく、ただ深い哀しみと後悔に囚われた人間に思えた。

「ごめんなさい……もう、アドルフに会う必要はないわ。城に戻ってください」

「いいの? ヒルダ」

「ええ……決心できたわ。私はやっぱり……この世には必要ないって」


 分かってきた事がある。
 ヒルダが抱える苦悩、もう後戻りなど出来ない後悔を彼女自身が理解している。
 だから彼女は自らの意思決定のためにアドルフと会ったのだ。

 自らを犠牲に私の娘のリルレットを救う。
 そのために、だと確認しにきたのだ。
 もう救いのない、取り戻しようのない不条理の中で……自分自身にケジメをつけるため。

しおりを挟む
感想 1,018

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。