死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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最終章

127話

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 半年が経った。
 少しずつ症状が進行していくリルレットに、カルセイン王国の国王であるシュイク様がなんとか延命治療を行う。
 他の子供達が心配し、シルウィオも不安そうにリルレットを見舞いに訪れる。

 そんな中……

「シルウィオ陛下、カーティア様……ヒルダから報告です。時間逆行の準備が整ったと」

 ヒルダを監視しているグレインからの報告に、驚きと期待がこみあげる。
 彼女は重い罪を自覚し、この半年間を時間逆行の魔法の研究に費やしていた。
 準備がいよいよ整ったようだ。

「カーティア皇后さん。明日には貴方の娘さんや、息子さんを連れて……そうね、庭園にでも集まりましょう」

「ヒルダ……本当に時間逆行が可能なの? 子供達だけ時間を戻して悪性腫瘍が無害だと書き換えるなんて」

「できるかどうかでいえば、限りなく成功の可能性が高い方法を見出しただけ。失敗すればどっちみち死ぬわ」

 あっけらかんと答えるヒルダだけど、今は彼女にしか頼る当てはない。
 魔法にとんと無頓着なために、口惜しい気持ちはある。

 しかしその方法、定理を説明するヒルダに対して、シュイク様やシルウィオが納得するように頷いていた。
 どうやら、方法としてはかなり有用であることは間違いないようだ。

「さて、カーティア皇后さん。当日は貴方も子供達を抱いていてもらえる?」

「えぇ、でも私も一緒でいいの?」

「時間を戻すには、この世界に強い繋がりを持つ人がいる方がいいの……それがカーティア皇后さん。貴方よ」

「どういう……こと?」

「詳しい話は省くけれど。この世界は時間が戻り、貴方を起点に大きく運命を変えた。その変化の中心には今も貴方が関わっていて、時間を戻す際の大きな指標となるの」

 簡単に言えば、運命の変化の中心に今も私は結び付いて、時間逆行を行うには同席する方がいいようだと解釈する。

「明日は、私が命と引き換えに時間を戻す。言っておくけど、慰めはいらないし慈悲もいらない。私にはそんな慰めも、同情など要らない。ただ……この罪を終わらせたいの」

 ヒルダの言葉には一切の迷いが無い。
 自らの命を犠牲にして時間逆行を行う事、自らの罪を償うために命を投げ捨てる事。
 一切のためらいがない彼女の姿は悲痛にも思えた。
  
「では……また明日ね」

 ヒルダの言うように、明日に全てを賭けて魔法を実現させるしか子供達は救えない。
 口惜しいが、私達は待つだけしかできなかった。

 その夜、なにも出来ない私はある報告書を見つめていた。
 それはヒルダの生家であるナーディス家について、そして彼女自身がカルセイン王国での逃亡した記録だ。

「ヒルダについて、調べているのか?」

 寝室で横に座るシルウィオの問いかけに頷く。

「ジェラルド様に頼み、調べてもらいました。死にゆく彼女について……私は知らぬままでいいのかと思って」

 調べてみれば、ヒルダの半生は悲劇といってもよかった。
 彼女の生家であるナーディス家は、魔法に優れた一族であり、有望な貴族だったようだ。
 魔法学に長けたナーディス家はあらゆる魔法を編み出し、栄華を誇っていた。

 しかし、ある年を境に彼らは表舞台から姿を消し……目立つ事を避けるようになった。
 調べてみれば、魅了魔法を編み出して王家の人間や貴族を操り……禁忌とされる魔法への研究を深めていたのだ

 当然それが明るみになり、禁忌魔法を扱う重罪を犯したナーディス家は一族の処刑が決まった。
 ヒルダはその惨劇の最中に、兄によって逃がされたという。

「……壮絶ね」
 
 ヒルダが犯した事は、とても許されたものではない。
 それゆえにヒルダが背負う後悔は重く、深いものだと理解できた。

 彼女は罪に囚われ、後悔の痛みに押しつぶされて生きている。
 だからこそ、娘のリルレット達を救うために自分が犠牲になっても惜しくないのだろう。
 理解できたからこそ、私は…………
 
 一度後悔にまみれて死に、二度目を賢明に生きようと決めた私だからこそ。
 ヒルダがなにをしようとしているのか、分かる気がした。
 
「ねぇ、シルウィオ。一つだけお願いがあるの」

「どうした……」

「明日、ヒルダがなにをしても……止めずに見届けて」

「っ、なぜだ?」

「大丈夫だから……きっとね」

 私は静かに書類を置き、シルウィオを安心させるように笑った。
 ヒルダを理解できたからこそ分かるのだ。
 彼女はきっと……後悔を無くすために行動しているのだと––––


   ◇◇◇


 翌日。
 庭園にて、私はリルレットを抱き、息子のテアとイヴァも傍に寄せる。
 多くの監視、護衛騎士が囲む中でヒルダがやってきた。

「準備はいい? カーティア皇后さん」

 ヒルダの問いかけに頷く。
 彼女は様々な魔術書を広げて、印を描いて準備を始めた。
 その最中、病で苦しむリルレットが……ヒルダへと呟いた。

「おね……さん」

「なによ。苦しいなら黙ってなさいよ」

「リルのために……ありが……と」

「……くだらないお礼ね。いらないわ……そんなのもので人は幸せにならない。そんな言葉で助かる保証もない。だから苦しいなら黙ってなさい」

 ヒルダの言葉遣いに騎士達がいきり立つが、それを手で制止する。
 彼女は準備を終えて、こちらを見つめた。

「一つだけ言っておくわカーティア皇后さん。私を信じて……この場を動かないでもらえるかしら」

「ええ。分かった」
 
「……なら、始めるから」

 ヒルダが呪文を唱え、周囲の空気が歪んでいくのが分かった。
 私はただ静かに、子供達を抱いて彼女を見つめ続ける。

 私はこれから、ヒルダがなにをしようとしているのか察していた。
 だからこそ、そこに果たして救いはあるのか分からないが……信じるしかなかった。

「準備は整った。ではこれから」

 ヒルダは呟き、そして微笑んだ。
 琥珀色の瞳が歪み、頬を吊り上げて、あざ笑うように……

「私なりの最後を、迎える事にするわ」

 そう言った彼女を中心にして、空間が歪んでいく。
 彼女の存在が希薄になって、うっすらと消えて行く感覚。


「私は、私のやりたい事をさせてもらう」


 私にはヒルダが何をするのか、分かっていた。
 彼女が何をするのか。 
 分かっているからこそ——彼女の言葉に抵抗はせず、ただ黙って子供達を抱きしめた。
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