焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

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第1話:政略の花嫁

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――戦国の世。
血と欲望が渦巻く中、女の命は駒に過ぎぬ。

斎藤道三の娘・帰蝶は、尾張の「うつけ者」と名高い男――織田信長に嫁ぐこととなった。
それは、政略という名の檻に彼女が囚われることを意味していた。

「これが私の役目なら、従うまで」

父・道三の前では凛とした態度を崩さなかった帰蝶だったが、心の奥底では得体の知れない不安がざわめいていた。
織田家の長男、織田信長――奇行ばかりで家臣からも嫌われ、尾張では「大うつけ」とあざ笑われている。
そんな男の元に嫁ぐとは、どれほどの恥辱であろうかと、誰もが口を揃えた。

だが、帰蝶は思った。

(――ほんとうに、うつけなのかしら)

尾張に入った帰蝶を迎えたのは、信長ではなかった。
婚礼の夜、花嫁の部屋に現れたのは、見知らぬ侍女と、信長からの贈り物だった。

それは、一挺の火縄銃。
そして、ひとつの手紙。

「夜伽は好かぬ。
だが、お前は特別だ。
鉄火のような女と見た。
俺を見くびるなよ。――信長」

火縄銃を撫でながら、帰蝶は静かに笑った。

「おもしろい人…」

そうつぶやいた声に、怨みも恐れもなかった。
彼女の瞳には、ただ確かな興味と、わずかな期待が宿っていた。

翌朝、ついに信長が帰蝶のもとを訪れた。

「どうだ。うつけとの婚儀は」

開口一番、嘲るような口ぶりだったが、その目は試すように細められていた。

「思ったよりは退屈しないかもしれません」

帰蝶は一歩も引かずに返す。
信長の唇が、わずかに吊り上がった。

「面白い女だな。誰よりも肝が据わってる。まさに虎の娘か」

信長は火縄銃に目をやった。

「お前が俺に見せた目。あれはただの女の目じゃなかった。
 もしお前が敵なら、真っ先に殺すつもりだった」

「それは光栄ですね」

帰蝶は一礼し、微笑んだ。

――この男は、ただのうつけではない。

口ぶりは乱暴でも、目は鋭く、決して虚ろではない。
粗野なふるまいも、意図的に見せている――そう確信した帰蝶は、知らぬうちに心を奪われ始めていた。

その日から、ふたりの奇妙な関係が始まった。

表向きには冷たい政略の婚姻。
だが裏では、信長は帰蝶にだけは少しずつ心を許し、帰蝶もまた、信長の焔のような心に惹かれていった。

夜の帳が降りるたび、帰蝶は火縄銃を手にしながら、信長の言葉を思い返した。

「俺を見くびるなよ」

それは、警告ではなく――
信長なりの、最初の誠意だったのかもしれない。

(私は、あなたの焔に惹かれているのですね)

帰蝶の胸に芽生えたその想いは、まだ小さく、儚い。
だがそれは、確かにそこにあった。

そして、それが後の運命を大きく動かしていくことになるとは――
このときのふたりは、まだ知らなかった。
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