焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

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第12話:焔の孤独、華の祈り

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――天正四年。

武田信玄の病没が確定し、信長の周囲には再び“追い風”が吹き始めた。
反抗の旗を掲げていた敵勢力は弱まり、朝廷も信長の動きを重く見始める。

だが、その風は――信長の内側に吹き込む“孤独”を、ますます深めてもいた。

◇ ◇ ◇

岐阜城。夜。

帰蝶は、庭に咲く冬椿の前に立っていた。
寒風の中で凛と咲く白い花は、まるで信長そのもののようだった。

「咲いても咲いても、誰にも寄りかからず……独り立つ」

ふいに背後から、そっと羽織をかける温もり。

「寒くないか、帰蝶」

「あなたこそ……ここしばらく、ほとんどお休みになっていないのでは?」

信長は笑わず、ただ静かに言った。

「……天下は近い。だが、その分、俺の“居場所”がなくなっていくような気がする」

「……どういう意味?」

「人は俺を恐れる。時に崇める。だが、心から俺を“人”として見る者はいない」

信長は夜空を見上げる。

そこには、雲間から覗く一つの星。

「信玄が死に、義昭も追い出し、本願寺も黙り込んだ。
 だがその静けさが、俺には“誰もいない”ように感じるのだ。
 焔がすべてを焼き尽くし、自らの足元さえ照らせなくなったような……そんな夜が来ている」

◇ ◇ ◇

帰蝶はそっと、信長の手を取った。

「……あなたは、たしかに強すぎる。
 でも、“燃える”ことと“孤独”は、同じではありません」

信長の瞳が、帰蝶を見つめ返す。

「私は、あなたの焔に寄り添う“影”として生きてきました。
 けれど、影があるということは、必ずそこに“光”があるということ。
 あなたが燃えている限り、私はここにいます。
 それだけは、絶対に変わりません」

沈黙。
風が庭の椿を揺らす。

やがて、信長がぽつりと呟いた。

「……ありがとな、帰蝶」

その一言に、彼の疲れと苦悩がすべて滲んでいた。

◇ ◇ ◇

翌朝。信長は再び馬を走らせ、京へ向かった。

公家たちとの会談、朝廷への献金、次なる布武の布石。
やるべきことは山のようにある。

そして、京で信長を待っていたのは――

「このような者が、信長公の政道を阻むとは……!」

僧兵を率いた寺社勢力の反発と、将軍追放による朝廷内の動揺だった。

だが、信長は怯まなかった。

「京の天子すら、民の安寧を守らぬならば、俺が“新たな秩序”を示す」

それは、かつて“下克上”と呼ばれた時代の果て。
秩序なき世に、強者が秩序を刻むという、静かなる革命だった。

◇ ◇ ◇

岐阜にて。

帰蝶は一通の文を読みながら、胸の奥に微かな痛みを感じていた。

「京にて朝廷と交渉せし。
焔はなお燃ゆる。だが、燃えるほどに“信”を見失わぬよう、そなたの言葉を思い返す」

「……あなた」

文の端に滲んだ墨の跡。
それが、どれだけの葛藤を抱えて記されたものか、帰蝶には分かる。

彼が、孤独のなかでも言葉を綴ったのは――
誰よりも“あなた”に繋がっていたいという、彼自身の願いなのだ。

「どうか、燃え尽きないで。
 焔の中で見失わないで……あなたの“人”としての心を」

帰蝶は椿の花の前に膝をつき、そっと祈った。

信長という名の“焔”が、すべてを照らしながらも、
どうか自らを焼き尽くすことのないように――

◇ ◇ ◇

焔は、なお燃えている。

だが、その奥底には、ひとひらの祈りが灯っていた。

それが“華”となって、いつか信長を包む日が来ることを信じて。

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