【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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人界編

妖界での療養③

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 結局、あの雪の日から一週間経って、ようやく俺と亘に紅翅から帰宅許可が出た。

「白月様にお任せ頂いた以上、私の指示には従って頂きますよ」

という紅翅の徹底した管理の元で過ごし、俺も亘もすっかり元通りだ。


 帰り支度も済ませ、よし帰るぞ、と部屋を出る。
 ちょうどその時だった。パタパタと康太が走ってやって来た。

「お迎えが来たみたいです!」
「……迎え?」

 そう首を傾げていると、廊下の向こう側から、淕と栞を連れた柊士がやってくるところだった。

 まさか柊士が来るとは思わずポカンとその場に立ち尽くしていると、柊士はピタリと俺の前で立ち止まる。

「え、わざわざ迎えに来てくれたの?」
「まあ、名目上はな」
「名目上は?」

 俺が尋ねると、柊士は亘の方へ目を向ける。

「本当の目的は亘、お前の事情聴取だ」
「え、ちょっと待ってよ。ホントに役目を果たせなかったからって亘を処分するつもり?」

 俺は慌てて亘と柊士の間に入る。しかし、柊士は訳が分からないというように、小さく首を傾げた。

「は? 誰がそんなこと言ったんだよ。単純に、あの日何があったか聞きたかっただけだ。里の連中をなるべく排除した状態でな」
「里の連中を排除って……」

 そう俺が言いかけた時だった。背後から

「ねえ、柊士までこっちに来たって聞いたんだけど、何事?」

というハクの高い声が響いてきた。

「ああ、ちょうど良かった。ちょっと部屋を借してくれないか。こいつから、あの日何があったのかを詳しく聞きたいんだ」

 柊士はそう言うと、クイっと親指で亘を指し示す。

「まあ、それはいいけど、それ、私も同席させてくれる?」
「……何でだよ」
「だって、私、詳細聞いてないし」
「別にお前は知らなくて良いだろ」
「え、何それ、部外者扱い? せっかく受け入れてあげたのに、酷くない?」
「ここへの立ち入りは礼だって言ってただろ」
「でも、紅翅を貸し出したでしょ」
「頼んでないだろ。だから尾定さんを同行させたんだ」

 柊士の言葉に、ハクはムゥと頬を膨らます。

「じゃあ逆に、なんで駄目なのか教えてよ」
「人数を絞りたいからだ。うちじゃなくこっちにわざわざ出向いた理由もそれだ」
「だとすると、聞かれちゃいけないのは伯父さんか人界の妖ってことでしょ。私は別にいいじゃない」
「だから、対象と人数を絞りたいって言ってんだよ」

 柊士とハクは、物凄く自然な感じで口論している。でも、何というか、このままだと完全に平行線だ。

「あ、あのさ、ハクだけなら良いんじゃない? 助けてもらったのは事実だし」

 意を決して間に割り入ってそう言うと、柊士はジロッと俺を睨む。それに、うっと息を飲んでいると、ハクは柊士の事などお構いなしにキラキラした表情で俺を見た。そして俺の頭に手を乗せ、ポンポンと軽く叩く。

「やっぱり、奏太は良い子だね。柊士とは大違い」

 身長は俺のほうが高いし、ハクは腕を伸ばして俺を見上げるような状態なのに、対応は完全に子ども扱いだ。
 柊士はハクのその様子を見て眉を顰めた。

「ただでさえ危なっかしいんだから、余計なことに首突っ込んで来んなって言ってんだよ。奏太、お前もだからな」

 まさか自分まで排除されるとは思わず、俺は目を見開く。

「は!? 俺はいいだろ! 亘の事だし、俺にだって知る権利くらいあるはずだ!」
「そーだ、そーだ!」

 俺が声を上げると、ハクは口元に手をかざしながら柊士に野次を飛ばすように加勢する。
 すると、柊士がググっと拳を握りしめたのが分かった。

「お前ら二人を余計なことに巻き込む可能性があったら、こいつは何も喋らなくなるだろうが! 黙って外で大人しく待ってろ!!」

 柊士はついにこらえきれなくなったように怒声を上げた。


 結局俺は事情聴取の部屋の中に入れてもらえず、待機させられる事になった。隣でハクは不満げに膝を抱えている。

「柊士ってあんなに怒りっぽかった?」
「俺は最近の柊ちゃんしかよく知らないけど、まあ、だいたいあんな感じだよ」

 俺はハアと息を吐く。

「ねえ、汐はなんか知らないの? わざわざこっちに事情を聞きに来るなんて、普通に鬼が出たって話じゃないだろ」

 それに汐は眉尻を僅かに下げた。

「柊士様が頑なにお話をお聞かせにならないようにされた事を、私が口にするわけには参りません」
「まあ、汐ならそう言うよね。隣の部屋にでも盗み聞きしに行く?」

 ハクは抱えた膝に頭を載せて首を傾げるように俺を見る。その途端、

「白月様」

という低く咎めるような声が聞こえてきた。璃耀だ。

「冗談だよ」
「冗談には聞こえませんでしたよ。人界の事に首を突っ込むようなことはお控えください」
「故郷のことだし、気になるじゃない。柊士がわざわざ来るなんて、それだけ面倒な事が起こってるかもってことでしょ」
「であれば、尚更です。ただでさえ、貴方は何故そのようなことになるのかと首を捻りたくなるようなことに巻き込まれるのですから」

 その言葉にハクはむっと唇を尖らせる。まあ、ハクは帝だし、璃耀も苦労してるんだろうな、と他人事のようにぼんやりと眺めていたら、

「奏太様もですよ」

と汐が困ったような声音で言った。

「亘が言っていました。奏太様は疫病神にでも取り憑かれているのでは、と。私もそう思います」
「疫病神って……」
「少なくとも、面倒事には意識的に近づかないように為さってください。できたらお出掛けも控えて頂きたいくらいです」

 汐の言葉に、護衛に残されていた人界の妖も、ハクの護衛に着いていた妖界の妖も、皆が神妙に頷いた。

「その者の言うとおりです。白月様、そろそろ我らは幻妖宮に戻りましょう」

 璃耀がそう言うと、ハクはあからさまに不満げな声を上げる。

「えぇ? 見送りくらいさせてよ」
「この場に留まれば、面倒事に関わろうとなさるでしょう。それに、翠雨様から、いつお戻りになるのかと状況を問う文が日に二通も届くのです。そろそろ、蝣仁の制止を振り切ってこちらにやってくる頃です」
「今日戻るよって伝えたら?」
「そうしたら、きっと迎えに来ますよ。寄り道などされないように、と。現に、烏天狗の山に寄ろうと為さっているでしょう。できたらそれもお考え直し頂きたいところですが」
「でももう、首領に行きますってお手紙書いちゃったよ。楽しみにしてるって嬉しそうなお返事が来たでしょ」
「ならば、さっさと出向いてさっさと帰りましょう」

 それに、ハクはハア~と盛大に溜息をついた。

「……わかった」
「それから……」

 璃耀はそう言うと、至極真面目な顔をして俺の方に体を向ける。

「奏太様には、以後、白月様との適切な距離を保った言動をお願いいたします」
「……適切な距離?……それに、“様”って……」

 俺がそう呟くと、璃耀は一目でわかるほどに面倒そうな表情を浮かべた。

「条件はあれど、帝位を継ぐ資格をお持ちの方ですから。一応」

 ……なるほど……
 ここに来てからの賓客扱いにせよ、人界の妖の里のような対応にせよ、そういう理由があったからだったのか……

 確かに、結がハクになった道を辿ればそういうことになるのだろう。

 ただ、璃耀の表情にしろ、“一応” を強調する言い方にしろ、恐らく不本意なのだろうことはよく伝わってくる。
 こちらとしても、今までの妖界での扱いを考えれば居心地が悪いし、無理にそんな風に呼んでくれなくていい。

「あの、別に今まで通りで良いんですけど……」

 そう言ってみると、璃耀は冷たい視線をこちらに向けた。

「そういう訳には参りません。白月様にも人界の方々にも、立場を弁えた相応の対応を頂かなくてはなりませんから」
「……相応の……?」
「つまり、人界の方々にはあくまでも白月様を帝として戴く身であるということを御自覚頂かなくてはならぬ、ということです」

 璃耀は厳しい口調できっぱりと言い切る。

「最初の大君の血を引く方々には、我ら妖界の者も御前では膝をつきましょう。一方で、元を正せば人界の方々は妖界におわす大君の臣下。その御立場をお忘れになるべきではありません。呼び方にせよ、口調にせよ、態度にせよ、仰ぐべき御方への対応を頂きたいものです」
「ねえ、璃耀、従姉弟なんだし、そんな堅苦しくしなくても……」

 ハクがそう言いかけると、璃耀は口元にだけニコリと笑みを貼り付けて、有無を言わせぬ瞳でじっとハクを見つめた。

「こうでもせねば、白月様はいつまで経っても御自覚くださらぬでしょう。数日前に申し上げた事をもうお忘れのようですが、奏太様を婿としてお迎えになるおつもりが無いならば、必要のある時を除き、できるだけ奏太様に直接お触れになるのはお控えください。そして、奏太様にはきっぱりと白月様との距離を保っていただきたい。」

 ああ、なるほど。そっちが本音か……

「あの、何度も言いますけど、ハクも俺も、そんなんじゃないです。ホントに」
「本人達がそうであっても、周囲はそうは見ぬ、ということです。それに、男女の仲がどうなるかなど、誰にもわかりません」
「いや、だから……」

 そう言いかけると、不意にずっと様子を見守っていた汐が考えをめぐらすようにしながらポツリと呟いた。

「白月様がそう望まれ、奏太様が覚悟をお決めになるのであれば、それは目出度きことなのでしょうけれど……」
「ちょっと、汐までやめてよ!」

 俺は思わず声を上げる。しかし汐はそれに答えることなく俯いた。

「……再びお仕えする方を妖界へお送りせねばならぬというのは……」

 悲しそうにそう言ってから口を噤んだ汐に、俺もハクも返す言葉を失い沈黙せざるを得なかった。
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