【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
148 / 297
人界編

亘の指針

しおりを挟む
 いざ亘の側に座ると、何も言葉が出てこなかった。いろいろ言ってやりたいこともあったのに、良いことも悪いことも、何も出てこない。

「汐から伺いました。最後までお護りできず、申し訳ありません」

 以前、雪の日の後に謝られたのと同じように頭を下げる亘に、俺はどう応えたら良いのか分からなかった。

 怪我をしたのは亘だ。俺を護ったせいで生死の境を彷徨うことになったのは亘の方だ。それなのに、何で亘が頭を下げているのだろう。

「……やめろよ。俺の方こそ……」

 そこまで言いかけて言葉に詰まる。ごめんも、ありがとうも、なんか違う気がした。

「……奏太様?」

 俺が口を噤んだままなのが気になったのか、亘は少しだけ頭を上げて俺の様子を窺う。
 無言が続く中でこちらを心配しているのがわかって、何かを言わなくてはと整理ができないまま俺は口を開いた。

「…………護ってもらった事は感謝してるよ……ホントに……」

 でも、このまま先を続けて良いものか一瞬迷う。言葉を切ると、真意を探るような目でじっと亘に見つめられて、思わず視線を下げた。

「…………けど、正直、怖かった。襲撃を受けた事が、じゃなくて、あんな風に護られることが。……目の前で、自分のせいで死に向かう姿を見せつけられるのが。……俺がお前を、死に追いやっているような気がして……」

 俺を護って死ぬということは、俺のせいで死ぬということだ。いつも側で支えてくれていた者が、俺のせいで……
 それは、鬼に真っ向から襲われるよりも怖いことだった。

「……あれは私が望んでしたことですし、貴方がその様にお考えになるような事では―――」
「無いんだろ。頭では理解してる。お前に言われた事も、汐に言われた事も、柊ちゃんに言われた事も、わかってるんだ。でも、それは理屈がわかったってだけだ。柾に言われた。本来自分の中から湧き上がるべきものを他人に押し付けられて、覚悟なんて決められるはず無いって。俺もそう思うし、実際そうだった」

 俺が言うと、亘は困ったように俺の後方にある扉の方に視線を移す。それと同時に、扉を守っていた柾がフンと鼻を鳴らしたのが聞こえてきた。

「己の信念を押し付けて覚悟せよ、とは流石に乱暴が過ぎると思っただけだ。」
「……お前に乱暴などとは言われたくない」

 亘の表情が苦虫を噛み潰したように歪む。それに俺は小さく息を吐いた。

「……俺には、柾の言い分のほうがしっくりくるよ。でも、未だに信念がなんなのかは、よくわかってない。行動の指針だって言われて理解はしたけど、命を捨ててまですることなのか。なんでそんなことの為に命を捨てることができるのか。亘はなんであの時……」

 なんであの時、あれ程迷いなく俺の前に出たのか。俺なんかのために、命懸けで体を張って護ろうとしたのか……

 今までも似たような場面は何度かあった。でも目の前でいつも側にいた者が、俺を護るためだけに苦しみ倒れ命の灯を消していくのを見ている事しかできない恐怖を味わったのは初めてだった。

「……信念と覚悟、ですか。そんなに難しい話ではないんですがね」

 口籠った俺に、亘もまた、仕方が無さそうにハアと息を吐いた。

「私は信念とは、こうありたいと信じる己の姿だと思っています。信念の為に命を捨てようとしたのではなく、こうありたいという己の為にこの命が必要だと思ったのです」

 一体何が違うのかがわからなくて、俺は首を傾げる。意味があんまり通じていない事を悟ったのだろう。亘は気が進まなそうに、

「あまり、このようなことは口にするようなものではないのですが、仕方がありませんね」

と言いながら、姿勢を正した。

「信念といえば聞こえは良いですが、私が常に持っているのは、言葉に置き換えればそうなる、というだけで、恐らく貴方が思っているような高尚なものではありません。ただ私は、仕えるべき主を護りきれずに己だけ生き残る事に懲《こ》りたのです。己の力不足で主を失い生き永らえる事ほど惨めな事はありません。失った後悔に身を焼かれるような思いは、もうしたくないのです」

 亘が言おうとしている出来事に直ぐに思い当たり、俺は亘を見つめる。

「あの方の苦痛を、失ったものを、この命一つで取り戻せるのならいくらでも差し出すのにと、何度思ったか知れません。でも過ぎた事を元に戻すことはできません。だからせめて、そのような後悔をもう二度としたくないのです。誰のためでもなく、私自身が、全てが終わったあとに後悔に苛まれないように、命を賭ける必要があっただけなのです」

 亘は気負った風もなく、当然でなんでも無いことのように言う。

「……亘自身が後悔しないように?」
「ええ。信念云々はおいておいても、行動原理は至極単純ですよ。貴方を失いたく無かった、ただそれだけです。貴方だって、私が盾になったあの時、『もういい』と仰ったでしょう。私がその場を動けば、御自分が危険に晒されるのに。それは、御自分の命より、咄嗟に私の命を案じてくださったからではないですか? 失いたくないと、思ってくださったからではないのですか?」

 ……確かにそうだった。
 自分のせいで亘が死に向かっていくことが怖かった。それは多分、失う恐怖が一番大きかったんだと思う。

「私もまた、失いたくなかったのです。貴方を。主を失った未来で後悔を背負うことが死の淵に立たされるより辛く苦しい事だと知っているから尚の事。最初に申し上げた通り、私が、そう望んだのです。命を引き換えにしてでも主たる方を護り抜くことを。誰の為でもない、己の未来の為に」
「……己の……未来の為……」

 俺は噛みしめるように、そう声に出して繰り返す。

 失いたく無い。
 失うくらいなら……後から後悔するくらいなら……

 ……あの時、俺も多分そうだった。亘をあのまま死なせるくらいならと、そう思った。

 同じだったのだろうか。
 あの日、あの時、俺が抱いた思いと、亘が抱いた思いは。

 でも、思いが同じでも、俺は自分の無力さに奥歯を噛むだけで何もできなかった。何かを捨てることも、守ることも、できなかった。結局皆を危険に晒し失うところだった。

 眉根を寄せて考え込んでいると、亘はまるでそれに答えるかのように続ける。

「もし、貴方と私に違いがあるとすれば、私にとってそれが明確で常に持ち続けている指針であったからでしょう」

 ……指針。柾も言っていたことだ。

 亘が言うように、あの時俺には、亘や皆を失いたく無いとは思っても、明確な指針はなかった。ただただ急場で迷い慌てることしかできなかった。

「……俺に指針があれば、ちゃんと皆を危険に晒さ無いように動けたのかな……亘のことも、晦や朔のことも……」

 俺がそう呟くと、亘はあからさまに嫌そうな顔をした。

「すべてを等しく護ることはできません。何かを護ることを指針とするならば、対象と範囲、その優先順位を明らかにせねば、結果的に全てを失うことになります。それに、貴方に全てを護ろうと動かれると、私が護りたい者を護れなくなります」

 そう言う亘の表情に、自分の信念の為に亘が俺にその一端を押し付けたのだと言っていた柾の言葉が思い浮かぶ。

「……誰を盾にされても自分を優先しろって俺に言ったのは、亘の指針の先に晦達が入ってなかったから?」

 俺にはとても切り捨てるなんてことはできない。そう思っていると、亘は小さく肩を竦めた。

「範囲も対象も優先順位も、それぞれですからね。個人であることもあれば、家族、仲間、里、国、と広がる場合もあります。ただ、範囲が広がれば、それだけ個人の存在は薄くなり枠組みの重要度が増すものです。貴方に危険が迫っていない状態ならばまだしも、私の手はそれ程広くありません。私自身が本当の意味で護り抜かねばならぬのは、貴方と、白月様……正確には結様だけです。柊士様と貴方を天秤にかけられれば、私は迷いなく貴方をとります。晦や朔ならば尚の事。それが汐であっても、里そのものであっても、自分自身の命であっても、取るべきは貴方の命です。でも、きっと貴方はそうではないでしょう? 私が何よりも護りたい貴方の命を、貴方は恐らく一番に考えてくださっていないのです。あの日、それを改めて実感しました」

 じっと見つめられて、何だか居心地の悪い気持ちになる。そっと視線を逸らすと、亘は諦め混じりのため息をついた。

「一応申し上げておくと、私とて、貴方が失いたくないと願うものも出来る限り護りたいとは思っていますよ。以前申し上げた通り、後悔などない明るい道を歩んで頂きたいですから。白月様を救いたいと言った貴方を妖界にお連れしたのも、柊士様を死なせたくないと言われて鬼界の綻びまでお伴したのも、貴方が余計な後悔を背負わない様にするためです。でもやはり、それは出来たらであり一番ではありません。私の手に負えず貴方に危険が及ぶなら、白月様を一時的に他の者に任せてでも、柊士様を見捨ててでも、貴方を危険から遠ざけるつもりでいましたから」

 白月様の時には貴方を遠ざけた後に一人で戻るつもりでしたが、と亘は小さく付け加えた。

「とにかく、貴方自身の命が護られることが私にとっては最も重要な事で、その為ならば貴方が護りたい誰かを犠牲にすることになったとて、致し方無い事とも思っています。結果的に貴方が拭いきれない後悔を背負うことになったとしても、天秤にかければ貴方の命の方が勝ります。私自身の有りたい姿の為には主を失う事は最も避けなければならない事で、その為には貴方に生きていて頂かねばなりませんから」

 ……俺のためではなく、亘自身の有りたい姿の為に。

 亘の主張は思っていた以上に明快でシンプルだと素直に思った。

 俺が自分の命より重くて守りたいものであっても、それは亘にとって、主である俺の命よりも優先されるものではない。例え亘自身の命であったとしても。そしてそれは、俺のためではなく、亘自身のためだというのが根底にあるのだ。亘自身が後悔を背負わない為に。

 晦を盾にされても自分の身を最優先にしろと言われた事も、亘の指針に照らせば筋が通る。

 でも、俺にはやっぱりそれが出来ないと思うのは、まだ明確では無いにせよ、失いたく無い範囲と対象が俺と亘では違うからなのだろう。

 それが合っているとか間違っているとかではない。皆違っていて、それが当たり前なのだ。

 丁寧に説明されてみれば、それは至極当然のことのようにも思えた。

「……なんか、ちょっとわかった気がするよ……」

 そう小さく言うと、亘はほっとしたように表情を緩めた。

「御理解頂けて何よりです。では、今後は私の為にも御自身の身を第一に……」
「少なくとも、お前の指針に無理に合わせる必要がないって事はわかった。俺は俺自身の後悔が無いようにしていくよ」

 範囲も対象も、そもそもが違うのだから、無理に同じ指針に則る必要は無い。そしてその指針を否定する権利は誰にもない。

 亘は亘の未来の為に、俺は俺の未来の為に、最善の選択するだけなのだ。

 まだ俺の指針は曖昧だ。でもそれが明確になった時、自分の為にそれを貫き通せれば良い。亘が俺の制止を聞かずに命を張ったように。

「は、いや、あの……」

 俺の宣言に、亘は想定と違うとでも言うように戸惑いの声を出し、汐が近くで盛大な溜め息をはき、柾が面白がるようにクッと笑いを零した。

 心の底にずっと重たくドロドロと沈んでいたどす黒い何かは、本当に少しずつだけど、徐々にどこかへ流れ出ていっているような、そんな気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...