【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
155 / 297
人界編

遥斗の呼び出し②

しおりを挟む
 ……あの赤い液体を、何で遥斗が? それに、まさか飲んだのか? あれを……?

 自分が飲まされかけた液体を思い出し、ゾッとする。

「遥斗! お前、誰に飲まされた!?」
「誰に? あの人の名前なんて知らない。これを俺にくれるんだ。それだけでいいだろ」

 遥斗はそう言うと、口で瓶のコルクを引き抜く。勢いで僅かに手の甲に飛んだその液体をペロリと舐め取ると、遥斗は恍惚の表情を浮かべた。

 それとともに、甘い匂いがこちらに届き、ズキズキと鈍く胸が痛みだす。あの時と一緒だ。

 遥斗の状態はどう見ても異常だ。匂いを嗅いだだけでこんなに胸が痛くなるのに、遥斗はおかしなほどに、この赤い液体を欲している。そして、この液体を持つ者の意思に従って行動している。この液体を手に入れる為だけに。その相手はたぶん、あれほど憎んでいたはずの『妖怪』だ。

「しっかりしろよ、遥斗!」
「しっかりしてるよ」

 遥斗はそう言いつつ俺を力いっぱい引き寄せ、口元に瓶を押しつける。臭気を直接吸い込んでしまい、鈍かった痛みが一層強くなって俺は思わず胸を押さえ込んだ。
 
 ……あの時のように飲まされるなんて、ゴメンだ。

 俺はキッと瓶を睨み、遥斗の手首を掴む。そのまま抵抗しようとする遥斗と揉み合いながら捻りあげると、遥斗はようやくポトリと瓶を取り落とした。

 瓶の中身の殆どが溢れ、地面に染み込むと、

「なにすんだよ!!」

と遥斗は怒声を上げて、地面に転がる瓶を拾い上げた。そしてそのまま、瓶の口を自分の唇に押し当て、本当に僅かになった中身を飲もうと傾ける。

「やめろ、バカ!」

 俺は咄嗟に声を張り上げ、遥斗の手にある瓶を叩き落とした。
 再び瓶が地面に落ちる。遥斗は慌てて地面に膝をついて拾い上げようとしたが、今度こそ中身は完全に土に吸われて消えていった。

「……ふざけるな」

 ボソリと、背を向けて座り込む遥斗から低い声が聞こえた。

「ふざけるなよ、お前」

 もう一度、遥斗はそう繰り返す。
 
 次の瞬間、キラリと何かが鬼火の光にきらめいたのが見えた。それと同時に、太腿《ふともも》に鋭い痛みが走る。

 すぐには何が起こったかわからなかった。激しい痛みに奥歯を噛み、痛む足を押さえて膝を折る。一体何がと目をやると、酷い出血に自分の手が濡れていた。

「……なに、してんだよ……」

 絞り出した声の先。遥斗の手には、ポタリと血の滴るナイフが握られていた。

「お前が悪い」

 遥斗は俺を睨んでいる。
 患部が痛くて熱い。意識をそっちに持っていかれて、頭がうまく働かない。

「あれを、無駄にするなんて」

 激痛の中で、遥斗の声が遠く聞こえる。

『―――無駄にするなよ』

 あの時の拓眞の声が頭を過る。

「……お前、ホントに……誰に、飲まされたんだよ……」

 拓眞は死んだハズだ。じゃあ、誰が遥斗をこんな風にした……?
 
 遥斗は、疑い深くてしつこくて、正直鬱陶しいと思ったことも一度や二度じゃない。でも、こんな風に簡単に人を傷つけるような奴じゃないハズだ。前にナイフを突きつけられたときだって、全然本気じゃなかった。

「……だれに……」

 遥斗は利用されているのだ。恐らく、俺を呼び出すためだけに。あれを飲まされて、自分を失うほどに依存させられて……

「来いよ、奏太」

 遥斗は立ち上がり、俺の腕を掴んでぐいっと引き上げようとする。

「……無理だよ。動けない」

 足に力を入れると酷く痛む。できるだけ動かしたくない。
 すると遥斗はチッと舌打ちをし、ポイとナイフを投げ捨てた。そして、今度は俺の方に体を寄せて自分の肩に俺の腕を回す。更に、もう片方の手で逆側の体が支えられた。

「お前が一緒に来ないと、あれがもらえないんだよ。引きずってでも歩かせるからな」

 遥斗はイライラとした様子でそう言い放った。
  

 それからどれほど歩いたのだろう。足の痛みに耐えながら、引きずられるように歩く。荒い息を吐き出すたびに膝を折りたくなってくる。
 嫌な汗が額と頬を伝って顎からポタリと地面に落ち、足が止まりそうになるたびに遥斗に乱暴に引っぱられて、否応なしに歩かされる。

 気が遠くような時間の中で、しばらく前から一本道の先に扉が見えていた。土のトンネルに不似合いな、蔵などで見るような重く頑丈そうな扉だ。周囲には何もない。遥斗が目指しているのはあそこだと、嫌でも分かった。

 ようやく休めるという気持ちは大きい。でも一方で、着いてから起こることへの不安と恐怖も湧き上がってくる。

 せめて自分の居場所を誰かに知らせるためにと何度かスマホを取り出そうとしたが、遥斗に体を押さえられたままでうまく動けずにいた。
 
 自分で対処できない上に、助けすら呼べないなんて、情けなくて泣きたくなる。
 
 友人を利用されてまんまと誘き寄せられたうえに、自力で満足に歩けもしない。二人でどころか、一人ですら逃げるのは絶望的だ。 
 柊士や亘や汐達に頼ることしかできない無力さに嫌になる。
 
 嫌がられても、突き放されても、柾に稽古を続けてもらうんだった。いや、そもそも汐の言うように、無闇に家から動かなければよかったのかもしれない。

 人助けなんて言って、迂闊についてきたりしなければ……自分でもできることはあると過信しなければ……

 負の思考がぐるぐると頭の中を回り続ける。

 これから俺はどうなるのだろう。あの赤い液体を飲まされて遥斗みたいに誰ともわからない奴の言いなりになるのか、何かに利用されるのか、それともわけもわからないまま殺されることになるのか。

 目の前の扉は、休息場所か、処刑場か。

 ピタリと扉の前に止まると、遥斗は俺の体を支えていた方の手を放して前に突き出し、目の前の扉を押し開けた。

 そこは、窓のない、壁も床も土でできた穴蔵。
 穴の最奥には、薄い着物を着崩し、黒く長い髪を垂らした、見たこともないくらいに妖艶で美しい女性が座っていた。
  
 しかし、視認できたのはそこまで。向こう側が見えるとともに、ブワッと強烈な甘い匂いが向こう側からこちらへ広がった。
 
 先ほどとは比べ物にならないくらいの胸の痛みがズキッと走る。グラリと体が揺れ、何とか遥斗を支えに踏みとどまる。
 しかしそれも束の間、支えにしていたはずの遥斗に、ドンと背中を思い切り突き飛ばされた。

 バンと扉が閉まり、ズシャっと地面に無様に倒れ込む。変な倒れ方をしたせいで、じくじく疼いて仕方のなかった足が激しく痛み、うめき声がでた。
 
 なんとか痛みを堪えつつ顔をあげ、地面に倒れたまま体の向きを変えて周囲を見る。
 
 一瞬見た時には気づかなかったが、穴蔵の壁際には女性の他に、ぼうっと宙を見つめて座る着物姿の男が二人いた。壁をぐるりと囲うように首輪のようなものが複数埋め込まれて垂れ下がり、そのうちの二つに繋がれている。
  
 部屋にはどこかに繋がっているのか、頑丈そうな扉がもう一つあった。

 まるで罪人を捕らえているかのような空間。

 首輪に繋がれていないのはたった一人。先ほど見えた美しい女性だけ。その頭には、白い二本の短い角がのぞいていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...