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鬼界編
妖界の結界石②
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幻妖宮に着くと翠雨に迎え入れられ、丁寧な言葉で謝辞を述べられた。穏やかな笑みを浮かべてはいるが、苛烈な一面があることも知っている為、どうしても身構えてしまう。
翠雨について宮中を歩けば、以前ハクがそうだったように、そこで働く皆がその場で膝をついた。いちいち反応しそうになったが、後ろを歩く瑶にこっそり背を小突かれた。頭を下げるな、胸を張って堂々としていろ、という合図だ。初めて里に行った時を思い出す。
自分が真っ直ぐ前を向いているせいもあるし、自分の周りを護衛役達に囲まれているせいもあるし、近づく者近づく者頭を深く下げるせいもあるけど、自分がどんな顔で迎え入れられているのかがわからない。ハクの居ない宮中は、落ち着いているようにも見えるけど、実際はどうなんだろうか。
建物の奥へ奥へと進んでいき、一際豪奢で大きな部屋に通される。板張りの部屋に厚い畳が置かれていて、促された席に着席すると、茶菓が準備された。妖界へ来る前に、
「陰の気を除く呪物を身に着けていますから、供されたものを召し上がっても構いません。勧められれば食さぬわけにもいかぬでしょう。ただし、すべて先方が先に口にして、汐にも毒見をさせてからです」
と瑶に言われていた。
まさか毒を盛られるような警戒をしなければならないなんて思いもしなかったし、その確認を汐にさせることになるとも思わなかった。恐る恐る毒見をさせられる本人を見ると、汐はニコリと笑った。
「きちんと学んでいますから、御心配なさらず」
「いや、でもさ……」
「何も知らぬ奏太様が迂闊に口に放り込むより、心得のある汐に任せた方が、余程安全です。汐に任せずとも人界と妖界の毒物に詳しく盛られた事に気づける自信がお有りならば別ですが。三日三晩寝ずに勉強しますか? それでも全く足りないでしょうが」
亘にそう言われて、俺は口を噤むしかなかった。
なんとなく他愛のない会話をしている最中も、翠雨や璃耀達からの視線が気になって居心地が悪い。
瑶が何も反応しないからマナー違反はしていないハズだけど……
俺はカチコチに緊張しながら、問題無しと判断された冷めた御茶を啜りながら、妖界の結界石についての説明を受けた。
「肝心の結界石ですが、この部屋の地下にございます」
「地下?」
この部屋の、とは言うが、入ってきたところ以外に出入り口らしきものはない。一度部屋を出るのだろうか、そう思っていると、翠雨はサッと背後にいた護衛達に指示を出す。
護衛五人は迷いなく部屋の奥に向かうと、三名が一箇所でしゃがみ込んだ。
懐から先が複雑な形をした平たい鉄の棒のようなものを一人が取り出し床の一部に差し込むと、ギっという小さな音が聞こえた。結構な厚みのある床板の一部が持ち上がり、そのまま三人がかりで引き上げられる。残った二人が反対端を持ち上げて、最終的に五人がかりで床の一部が取り外された。
床が外された場所に現れたのは、暗い地下に続く階段。一人が階段を降りていくと、中でポゥッとオレンジ色の明かりがついたのがわかった。
「地下への入口は普段は隠され、戸板の中には厚い鉄板が入っているため簡単に破ることはできません。特殊な鍵がなければ開かず、鍵が開いてもあのように複数人がかりでなければ戸を外せません」
厳重に護られているのがよく分かる。それだけ大事なものだということだ。
「階段の下に部屋があり、その中に結界石があります。従者をお連れいただいて結構ですが、結界石に近づくことができるのは、奏太様のみ。陽の気の結界が張られているため、我らも近づくことができません」
「……陽の気の結界……?」
妖達が使う陰の気の結界は時折耳にするし、実際に見たこともある。でも、陽の気の結界は初めてだ。
「最初の大君の頃から存在し、結界石に込められた陽の気の一部を使って維持されているそうです。人界との結界を煩わしく思う妖が簡単に手を出せぬよう、陽の気に耐えうる方しか近づけません。妖界においては、正しく帝位に在られる方のみ。本来、妖界と人界との交流が無ければ、白月様にしか入れぬ場所なのです」
翠雨はほんの少しだけ、寂しそうな顔をして階下へ続く階段に目を向けた。
「御準備が宜しければ下へ参りましょう」
壁にも石が敷き詰められた階段は、二人が並んでようやく通れるくらいの広さしかない。前を翠雨とその側近が歩き、俺達はその後ろをぞろぞろと着いていく。俺は護衛役や案内役が前後に並ぶちょうど中央で、完全に護られた位置取りだ。その後に璃耀達が側近を引き連れて着いてきた。
「……この状態で挟み撃ちでもされたらと思うと、ゾッとしますね……」
なんて背後の巽にボソッっと呟かれたせいで、無駄にドキドキしながらランプの灯りに照らされた階段を降りることとなった。当の巽は、肘で思い切り汐に小突かれ、涙目で腹のあたりを押さえている。声が反響しそうなこの場所での不用意な発言は謹んでほしいものだ。
しばらく下ると、突き当りに扉が一つあった。朱色の格子のついた扉。警備の者がそれを開くと、板張りの部屋が現れた。部屋の殆どが板張りだけど、一箇所だけ、壁に向かって半円状に床板が途切れている。
そこに、大きなドーム型の半透明の黄色の膜があり、その奥に、注連縄を巻かれた大きな岩が地面から突き出すようにして鎮座していた。
玩具の入ったガチャガチャの半透明のケースの上半分だけをすっぽり岩にかぶせたような感じだ。
板張りの場所には、上の階と同じ様に厚手の畳が置かれ、豪華な屏風や燭台が置かれている。
「白月様が帝位に就かれた際の戦では、ここが最後の戦いの場となりました。この結界石を押さえることが戦の勝敗を決めたのです」
俺達を中に通しながら、翠雨がそう説明する。
「ここが……」
「白月様にとって良い思い出のある場所ではありませんから、当時とは造りを少し変えていますが、妖界にとって、とても重要な場所であることには変わりありません」
そこまで言うと、翠雨は、至極真面目な表情で、じっと俺の目を見据えた。
「ここは謂わば、妖界の要。最初の大君の頃から守られ続けた心臓部です。
白月様のお言いつけを守るため、あの方のお帰りまで帝位を空席のまま御守りするため、そして貴方がたにとっては賠償のため。
それでも、この場所に、未だ人界の方である貴方を御案内した意味合いを、どうか、御理解いただければと」
本来は転換の儀を受けた、妖界を守るべき帝にしか入ることができない場所。千年以上そうやって守られてきたその場所に、部外者が入るのは本来あり得ないことなのだ。しかも、結界石に直接触れることができる人間が。
知らず知らずのうちに、ゴクリと喉が動いた。
俺のことを信用して、帝しか触れてはいけないはずの……この世界を保つために最も重要な結界石を、任せてくれているということだ。
翠雨はスッと結界石の方を指し示す。
「どうぞ。貴方ならば、そのまま中に入れましょう」
「……我らは近づけぬのですか?」
亘が難しい顔で問うと、翠雨は小さく首肯した。
「結界に触れてみればよい」
俺は護衛役達と共に黄色い膜の前まで進む。亘が確認するようにスッと手をのばすと、バチ! と凄い音が聞こえた。
「亘!」
「この程度、どうということもありません。ただ、我らは本当に中に入れぬようですね」
顔を顰めた亘の手は、真っ赤に腫れ上がり一部が爛れてひどい火傷のような状態になっている。巽があからさまに、うわぁ~、という顔をして亘と陽の気の結界を見比べていた。
「……汐、手当てしてやってよ」
「いえ、試しにほんの少し触れただけですし、これくらい……」
「護衛役が手を怪我しててどうすんだよ。ちゃんと治せよ」
言外に、温泉水を使えと言うと、亘ではなく汐が頷いた。
「奏太様もお気をつけください」
心配そうな汐に頷いて返すと、俺も黄色の膜に向かって一歩を踏み出す。『陽の気の結界』と言うし、亘の状態も陽の気に焼かれたのだと思えば、人間である俺はきっと触れても大丈夫なのだろう。でも、さっきのあれを見てしまうと、どうにも及び腰になってしまう。
まさか、バチッとはいわないよな……
そんな考えが頭を過ったが、それを振り払うようにぎゅっと目を閉じて頭を振った。こういうのは度胸だ。怯えていても仕方がないし、思い切ったほうがいい。そう心に決めて、勢いよく手の平を突き出した。
距離的には確実に黄色の膜に届いているはずだ。それなのに、何の感触もない。突き破った感じも、何かに触れている感じもない。訝りながら目を開けると、俺の手はあっけなく黄色の向こう側にあった。
「……全然大丈夫みたいだ」
拍子抜けしながら黄色の膜に向かって歩みを進めると、まるで影から光の中に入るように何の感触もなく、すうっと黄色のドームの中に体が入る。ドームの中から皆を振り返れば、透明な黄色のプラスティックの向こう側に皆がいるように見えた。一人だけガチャの中に入った様な気分だ。
向き直れば、目の前には俺の身長よりも少し小さいくらいの大岩。注連縄の巻かれたそれにそっと触れれば、ヒヤッとした感触とともに、何故かほんの少しだけ、気の力が不足しているような、そんな感じがした。
「そういえば、妖界の結界石は、岩に陽の気が溜まっていってるのがわかるってハクが言ってたっけ……」
そう聞いたのは、大岩様のところへ皆で行った時だったと思う。大岩様はそんな感じがしないから、妖界の結界石とは違うと思う、と言っていた。そして、直接触れて陽の気を注いだハクを通じて、ぐんぐん陽の気を奪われていったんだった。
……ハクは直接触れて、妖界の結界石に気を注いでるって言ってたけど、大丈夫なのかな……
そう思いつつ、直接触れた手の平から、恐る恐る陽の気を注いでみる。確かに、無理やり引き出されていくような感じはない。そのままちょっとずつ、水道の蛇口をひねるように陽の気を注ぐ量をふやしていってみたが、特に問題なく自分で調整できそうだ。
ホッとしながらある程度注いでいくと、ふっと陽の気が入らなくなる一瞬が訪れた。結界石がしっかり満たされたのが分かる。
「直接触れるからこそ、わかることもあるんだな」
誰に言うでもなくそう呟いてみたけれど、何が直接注いでよくて、何がダメなのかの判断は難しそうだ。妖界の結界石以外は、離れて注いだほうが安全なのだろう。
兎にも角にも、これで今日の目的は完遂。堅苦しい場所から解放されて、やっと人界に帰れそうだ。そう思うと、はあーと深く長い溜息が出てきた。
翠雨について宮中を歩けば、以前ハクがそうだったように、そこで働く皆がその場で膝をついた。いちいち反応しそうになったが、後ろを歩く瑶にこっそり背を小突かれた。頭を下げるな、胸を張って堂々としていろ、という合図だ。初めて里に行った時を思い出す。
自分が真っ直ぐ前を向いているせいもあるし、自分の周りを護衛役達に囲まれているせいもあるし、近づく者近づく者頭を深く下げるせいもあるけど、自分がどんな顔で迎え入れられているのかがわからない。ハクの居ない宮中は、落ち着いているようにも見えるけど、実際はどうなんだろうか。
建物の奥へ奥へと進んでいき、一際豪奢で大きな部屋に通される。板張りの部屋に厚い畳が置かれていて、促された席に着席すると、茶菓が準備された。妖界へ来る前に、
「陰の気を除く呪物を身に着けていますから、供されたものを召し上がっても構いません。勧められれば食さぬわけにもいかぬでしょう。ただし、すべて先方が先に口にして、汐にも毒見をさせてからです」
と瑶に言われていた。
まさか毒を盛られるような警戒をしなければならないなんて思いもしなかったし、その確認を汐にさせることになるとも思わなかった。恐る恐る毒見をさせられる本人を見ると、汐はニコリと笑った。
「きちんと学んでいますから、御心配なさらず」
「いや、でもさ……」
「何も知らぬ奏太様が迂闊に口に放り込むより、心得のある汐に任せた方が、余程安全です。汐に任せずとも人界と妖界の毒物に詳しく盛られた事に気づける自信がお有りならば別ですが。三日三晩寝ずに勉強しますか? それでも全く足りないでしょうが」
亘にそう言われて、俺は口を噤むしかなかった。
なんとなく他愛のない会話をしている最中も、翠雨や璃耀達からの視線が気になって居心地が悪い。
瑶が何も反応しないからマナー違反はしていないハズだけど……
俺はカチコチに緊張しながら、問題無しと判断された冷めた御茶を啜りながら、妖界の結界石についての説明を受けた。
「肝心の結界石ですが、この部屋の地下にございます」
「地下?」
この部屋の、とは言うが、入ってきたところ以外に出入り口らしきものはない。一度部屋を出るのだろうか、そう思っていると、翠雨はサッと背後にいた護衛達に指示を出す。
護衛五人は迷いなく部屋の奥に向かうと、三名が一箇所でしゃがみ込んだ。
懐から先が複雑な形をした平たい鉄の棒のようなものを一人が取り出し床の一部に差し込むと、ギっという小さな音が聞こえた。結構な厚みのある床板の一部が持ち上がり、そのまま三人がかりで引き上げられる。残った二人が反対端を持ち上げて、最終的に五人がかりで床の一部が取り外された。
床が外された場所に現れたのは、暗い地下に続く階段。一人が階段を降りていくと、中でポゥッとオレンジ色の明かりがついたのがわかった。
「地下への入口は普段は隠され、戸板の中には厚い鉄板が入っているため簡単に破ることはできません。特殊な鍵がなければ開かず、鍵が開いてもあのように複数人がかりでなければ戸を外せません」
厳重に護られているのがよく分かる。それだけ大事なものだということだ。
「階段の下に部屋があり、その中に結界石があります。従者をお連れいただいて結構ですが、結界石に近づくことができるのは、奏太様のみ。陽の気の結界が張られているため、我らも近づくことができません」
「……陽の気の結界……?」
妖達が使う陰の気の結界は時折耳にするし、実際に見たこともある。でも、陽の気の結界は初めてだ。
「最初の大君の頃から存在し、結界石に込められた陽の気の一部を使って維持されているそうです。人界との結界を煩わしく思う妖が簡単に手を出せぬよう、陽の気に耐えうる方しか近づけません。妖界においては、正しく帝位に在られる方のみ。本来、妖界と人界との交流が無ければ、白月様にしか入れぬ場所なのです」
翠雨はほんの少しだけ、寂しそうな顔をして階下へ続く階段に目を向けた。
「御準備が宜しければ下へ参りましょう」
壁にも石が敷き詰められた階段は、二人が並んでようやく通れるくらいの広さしかない。前を翠雨とその側近が歩き、俺達はその後ろをぞろぞろと着いていく。俺は護衛役や案内役が前後に並ぶちょうど中央で、完全に護られた位置取りだ。その後に璃耀達が側近を引き連れて着いてきた。
「……この状態で挟み撃ちでもされたらと思うと、ゾッとしますね……」
なんて背後の巽にボソッっと呟かれたせいで、無駄にドキドキしながらランプの灯りに照らされた階段を降りることとなった。当の巽は、肘で思い切り汐に小突かれ、涙目で腹のあたりを押さえている。声が反響しそうなこの場所での不用意な発言は謹んでほしいものだ。
しばらく下ると、突き当りに扉が一つあった。朱色の格子のついた扉。警備の者がそれを開くと、板張りの部屋が現れた。部屋の殆どが板張りだけど、一箇所だけ、壁に向かって半円状に床板が途切れている。
そこに、大きなドーム型の半透明の黄色の膜があり、その奥に、注連縄を巻かれた大きな岩が地面から突き出すようにして鎮座していた。
玩具の入ったガチャガチャの半透明のケースの上半分だけをすっぽり岩にかぶせたような感じだ。
板張りの場所には、上の階と同じ様に厚手の畳が置かれ、豪華な屏風や燭台が置かれている。
「白月様が帝位に就かれた際の戦では、ここが最後の戦いの場となりました。この結界石を押さえることが戦の勝敗を決めたのです」
俺達を中に通しながら、翠雨がそう説明する。
「ここが……」
「白月様にとって良い思い出のある場所ではありませんから、当時とは造りを少し変えていますが、妖界にとって、とても重要な場所であることには変わりありません」
そこまで言うと、翠雨は、至極真面目な表情で、じっと俺の目を見据えた。
「ここは謂わば、妖界の要。最初の大君の頃から守られ続けた心臓部です。
白月様のお言いつけを守るため、あの方のお帰りまで帝位を空席のまま御守りするため、そして貴方がたにとっては賠償のため。
それでも、この場所に、未だ人界の方である貴方を御案内した意味合いを、どうか、御理解いただければと」
本来は転換の儀を受けた、妖界を守るべき帝にしか入ることができない場所。千年以上そうやって守られてきたその場所に、部外者が入るのは本来あり得ないことなのだ。しかも、結界石に直接触れることができる人間が。
知らず知らずのうちに、ゴクリと喉が動いた。
俺のことを信用して、帝しか触れてはいけないはずの……この世界を保つために最も重要な結界石を、任せてくれているということだ。
翠雨はスッと結界石の方を指し示す。
「どうぞ。貴方ならば、そのまま中に入れましょう」
「……我らは近づけぬのですか?」
亘が難しい顔で問うと、翠雨は小さく首肯した。
「結界に触れてみればよい」
俺は護衛役達と共に黄色い膜の前まで進む。亘が確認するようにスッと手をのばすと、バチ! と凄い音が聞こえた。
「亘!」
「この程度、どうということもありません。ただ、我らは本当に中に入れぬようですね」
顔を顰めた亘の手は、真っ赤に腫れ上がり一部が爛れてひどい火傷のような状態になっている。巽があからさまに、うわぁ~、という顔をして亘と陽の気の結界を見比べていた。
「……汐、手当てしてやってよ」
「いえ、試しにほんの少し触れただけですし、これくらい……」
「護衛役が手を怪我しててどうすんだよ。ちゃんと治せよ」
言外に、温泉水を使えと言うと、亘ではなく汐が頷いた。
「奏太様もお気をつけください」
心配そうな汐に頷いて返すと、俺も黄色の膜に向かって一歩を踏み出す。『陽の気の結界』と言うし、亘の状態も陽の気に焼かれたのだと思えば、人間である俺はきっと触れても大丈夫なのだろう。でも、さっきのあれを見てしまうと、どうにも及び腰になってしまう。
まさか、バチッとはいわないよな……
そんな考えが頭を過ったが、それを振り払うようにぎゅっと目を閉じて頭を振った。こういうのは度胸だ。怯えていても仕方がないし、思い切ったほうがいい。そう心に決めて、勢いよく手の平を突き出した。
距離的には確実に黄色の膜に届いているはずだ。それなのに、何の感触もない。突き破った感じも、何かに触れている感じもない。訝りながら目を開けると、俺の手はあっけなく黄色の向こう側にあった。
「……全然大丈夫みたいだ」
拍子抜けしながら黄色の膜に向かって歩みを進めると、まるで影から光の中に入るように何の感触もなく、すうっと黄色のドームの中に体が入る。ドームの中から皆を振り返れば、透明な黄色のプラスティックの向こう側に皆がいるように見えた。一人だけガチャの中に入った様な気分だ。
向き直れば、目の前には俺の身長よりも少し小さいくらいの大岩。注連縄の巻かれたそれにそっと触れれば、ヒヤッとした感触とともに、何故かほんの少しだけ、気の力が不足しているような、そんな感じがした。
「そういえば、妖界の結界石は、岩に陽の気が溜まっていってるのがわかるってハクが言ってたっけ……」
そう聞いたのは、大岩様のところへ皆で行った時だったと思う。大岩様はそんな感じがしないから、妖界の結界石とは違うと思う、と言っていた。そして、直接触れて陽の気を注いだハクを通じて、ぐんぐん陽の気を奪われていったんだった。
……ハクは直接触れて、妖界の結界石に気を注いでるって言ってたけど、大丈夫なのかな……
そう思いつつ、直接触れた手の平から、恐る恐る陽の気を注いでみる。確かに、無理やり引き出されていくような感じはない。そのままちょっとずつ、水道の蛇口をひねるように陽の気を注ぐ量をふやしていってみたが、特に問題なく自分で調整できそうだ。
ホッとしながらある程度注いでいくと、ふっと陽の気が入らなくなる一瞬が訪れた。結界石がしっかり満たされたのが分かる。
「直接触れるからこそ、わかることもあるんだな」
誰に言うでもなくそう呟いてみたけれど、何が直接注いでよくて、何がダメなのかの判断は難しそうだ。妖界の結界石以外は、離れて注いだほうが安全なのだろう。
兎にも角にも、これで今日の目的は完遂。堅苦しい場所から解放されて、やっと人界に帰れそうだ。そう思うと、はあーと深く長い溜息が出てきた。
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