【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

閑話 ―side.柊士:最悪の知らせ―

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 ……リリン、リリ、リリン、リリリン、リリ、リリリン

 応接室に、不規則な鈴の音が響く。出どころは目の前の翠雨だ。

 少し前、護衛を大勢引き連れて突然押しかけて来た翠雨は、派兵の礼と見舞いとして、柊士への直接の面会を申し入れた。
 体調が回復してきてようやく尾定から里の者の面会が許されたところ。柊士の父と粟路で断ったようだが、二人では話にならぬとくどくど文句を言った挙げ句どう伝えても帰ろうとしないので、結局柊士が呼ばれることになった。

 直接会えば、その言葉の通り派兵の礼を言われ礼品を渡された。
 それから、妖界にいる予言の人魚の話も。
 白月が鬼界へ行った理由、白月が行かなければ世界が滅びると言われたこと、妖界の者達は白月に直接会い真実を確認したうえで共に世界を救う方法探すつもりであること。
 あちらに行った者達にも、予言の内容を璃耀から伝え、それでも同行すると望む者だけを連れて行くと言われた。

 そうやって人魚の話や妖界に伝えられている話、白月の事などを聞き、事件のあとの人界の様子を話している内に、先程の鈴の音が鳴った。
 人界の者が共に鬼界へ行く決意をした時に璃耀が鳴らすと翠雨に伝わる仕組みなのだそうだ。
 
 もともと鬼界に行くと決めていた者達だ。行くかどうかは本人達の意思に任せている。情報を与えられたうえで、それでも行くと決めたのなら、それで良い。

「璃耀達が問題なく鬼界の穴を抜けるようですね。あとは奏太様に閉じていただくだけでしょう」

 翠雨はそう言うと、スッと頭を下げた。

「本日は御時間をとっていただき、ありがとう御座いました。御顔の色がよろしくないようですし、我らはこちらで失礼させて頂きましょう」

 こちらの不調を知ったうえで、あれほど粘って面会を取り付けたというのに、翠雨は意外なほどあっさりと引き上げていった。

「――――一体、何だったのでしょうか……」

 栞が怪訝そうに、翠雨達が出ていったドアの向こうを見る。

 重要な話であった事は確かだ。でも、強硬に柊士を呼ばなければいけない用事だったとは思えなかった。

  
 ―――翠雨が帰って数時間後。ガタンと立ち上がった柊士の前、淕が頭を下げて立っていた。
 
「……奏太が……鬼界に……?」
「申し訳御座いません」

 意味を理解するまでに数秒。それがようやく頭に入ってきた途端、背筋がゾッとして全身に鳥肌が立った。

「……どういう事だ……? あいつは普通の人間だぞ。鬼界で生きていられるわけないだろ」

 しかし、柊士の言葉に返ってくる声はない。

「お前がついていて、何であいつが鬼界になんて……」

 焦りと混乱。しかし、淕は視線を下げたまま、柊士の目を見ようとしない。普段はキビキビと確かな返答を戻してくる、あの淕が。

「……何でだよ? 何で黙ってる!?」

 ダンと拳で思い切り机を叩きつける。栞が慌てて駆け寄り、ジンジンと痛む手に小さな手を添えた。
 
「柊士様、御身体に障ります。どうか落ち着かれてください」
 
 でも、自分の体調など、どうでも良かった。今はそんなことより重要な事がある。
 結を失い、自分が護り導いていこうと思っていた奏太まで鬼界に行ったなど、そんな報告は聞きたくなかった。
 母は鬼に鬼界へ連れ去られて喰われて死んだ。結もまた、白月となり鬼界に行った。今度は奏太まで……そんなこと、信じたくもなかった。

「……申し訳御座いません」

 淕はさっきからそれしか言わない。
 柊士は自分の頭に血が上っていくのを自覚しながら、抑えが効かなかった。つかつかと淕に歩み寄り、乱暴に胸ぐらを掴む。

「俺は、何があったか聞いてるんだ! お前の謝罪が聞きたいわけじゃない!!」

 柊士なんかより余程力があるはずの淕は、されるがまま黙っている。それが余計に火に油を注ぐ。

「お前がついていながら、何であいつが鬼界に行くんだよ!? お前は一体、何をしていた!?」
「柊士様、落ち着いてください!」

 栞が悲鳴のような声をあげた。騒ぎを聞きつけたのだろう。外にいた那槻なつきかずらが飛び込んで来て、柊士と淕を引き離す。更に、栞が青い顔で尾定と柊士の父親を呼びに出ていった。

 胸が痛い。頭痛がする。取り押さえられたまま淕を睨むと、淕は再び頭を下げた。

「――先刻、こちらに翠雨様がいらっしゃったと伺いました」
「それが何だ?」

 荒い息遣いでそう尋ねると、淕は静かに続ける。

「白月様は、この世を救う為に鬼界に行かれたそうです」
「それも聞いた」
「……あの方は、それを為せば闇を抑えるために永遠に囚われ自由を失うそうです。奏太様は、それを救うために鬼界に……」
「……は?」

 時が止まったような感覚に陥る。そんな話は翠雨から聞いていない。
 
 予言の話を聞かされた時、世界を救うだなんて大それたことだと思ったし、結局重荷を背負わせることになったと苦い思いがこみ上げた。
 でもその一方で、鬼界へ行った白月が生きることを悲観したわけではなく、目的を持って行ったと聞いて、ほんの少しだけ帰って来る希望が見えた気がした。
 
 それなのに――

「あの方が闇に囚われることなく自由を得るには、柊士様か奏太様が必要なのだそうです。その上で、奏太様の鬼界への同行を求められました。奏太様が同行を拒否すれば、こちらにいる翠雨様に知らせが届き柊士様の身柄を押さえると」

 息が止まるような思いがした。

「……俺の……身柄を……?」
「戦になろうと、守り手様いずれかが亡くなろうと、力尽くで奪うと」 
「…………そのために…………奏太は行ったのか……?」 
「何も知らぬ柊士様を質に取られた状態で、選べる道が無かったのです」

 淕はそれがたった一つの道だったかのように言う。しかし、他に選べる道はあったはずだ。少なくとも、柊士自身にはすぐに思い浮かぶ道が。

「……道が無かった……? 俺を差し出せばよかっただろ」
「貴方は日向家の御当主です。里をまとめて行かれる方を失うわけには参りません」

 キッパリと淕は言い切る。先程から謝り続けていた淕の様子を思い出して、ザワリと嫌な予感がした。
  
「…………あいつが、自分からそう言ったのか……? それとも、お前が…………?」
「私が、進言いたしました。けれど、あの方も分かって――」
「淕!!!」

 堪えきれずに怒声を上げた。自分が押さえられていることも忘れて淕に飛びかかろうと体が動く。

「柊士様! お止めください!!」

 那槻の止める声が遠く聞こえる。耳鳴りがする。胸の中がジリジリと焼き切れていくように痛む。目の前が暗くなる。

 いつもそうだ。日向家にいるがために、守り手の息子として生まれ当主の血を引いたばっかりに、いつも自分ばかりが残される。その身が一番大事なのだと言われて、守りたい者たちが順に居なくなっていく。本当は自分が居なくなるはずなのに、自分ばかりが守られて周りが犠牲になっていく。今度もまた――
 
「奪っていくなよ! 母さんも、結も、奏太も……! 俺から、何もかも奪っていくな……っ!」

 自分のせいだ。湊と同じように、理不尽に憤りをぶつけているのもわかってる。それでも、誰かのせいにしないと怒りの行き先がなくて頭がおかしくなりそうだった。

「柊士様!!」
「やめろ、柊士!」

 ドタドタと廊下を走り乱暴に扉が開く。栞の高い声と、父親の困惑した声が聞こえた。

 しかし、その姿を確認する前に、ズキッと激しい頭痛に襲われ体がグラリと揺れた。胸が苦しくて息がしにくい。意識が丸ごと暗い闇に引きずられていく。

「…………何でだよ…………何で…………もう、やめてくれ……」

 そう呟いたのが最後。すべてが闇に飲まれ――


 淕の目の前、ようやく落ち着いた様子で眠る柊士の姿があった。先程まで、酷くうなされていた。頬を涙が伝い、小さく母を呼んでいた。
 
 体がようやく回復してきたところへ衝撃が強すぎたのだろうと、尾定が大きな溜息をつきながら言った。またしばらく療養が必要そうだ。

「……もっと言い方があったんじゃない? 妖界のせいにすれば良かったじゃない」

 事の次第を話すと、栞が淕の隣でポツリと小さく呟いた。

「奏太様と御約束したのだ。柊士様に怒鳴られる役は私に任せると。私が死地へ送り出したのだ。恨まれ役くらいは買わなければ」
「律儀なのは分かったけれど、馬鹿の所業だと思うわ」

 柊士の手を握る指に、栞はぎゅっと力を込める。

「あれほどまで取り乱した柊士様を見るのは、結様の時以来。あの時のようにならなければ良いけれど……」

 結が妖界に行った一件があった時、柊士はしばらく日向家と距離を置いた。プツリと糸が切れたように何も手につかず、塞ぎ込み、そんな柊士に淕や栞も近づけなかった。
 今、柊士の立場はただの守り手であった頃よりずっと重い。同じようになられては、里が立ち行かなくなる。

「……お支えするしかないだろう。我らが」
「護衛役の任を解かれないと良いわね」

 危惧していた事を栞に指摘されて、グッと言葉につまる。栞はそれに小さくフフッと笑ってから、視線を柊士と自分の手に落とす。 
 
「……汐も、行ったんでしょう?」
「……奏太様に、置いて行かないでほしい、と……」

 近頃の関係が悪化しているとはいえ、二人はもともと仲の良い姉妹だった。案内役である汐がこちらに残るとは思っていなかっただろう。それでも安否が気にならないわけがない。
 
「……馬鹿な子……。仲直り、できなかったじゃない……」

 淕が送り出したのは、奏太だけではない。栞のその呟きが、胸に重く落ちた。
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