【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

砂地の夜②

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 妖界勢と柾が鬼たちの相手をしている間に、蒼穹の指示で別働隊が動き出したのが目に入った。先頭に立って動いているのは、以前、妖界で世話になった和麻かずまだ。見覚えのある大きなミミズ姿に変わり、何故か薄茶の砂を斜め下に向かってぐんぐん掘り進み始める。

「あれは一体なにをしているんでしょう?」

 椿の呟きを拾ったのは璃耀だった。
 
「地中に拠点を作ります。ここのままでは、奏太様も兵たちも休めませんから」
  
 先程から璃耀は、言葉の通りに食べられそうな野草を手づから集めてくれている。今までの貴族貴族した璃耀のイメージからかけ離れていて、別人ではないかと思うほどだ。

「旅の間は薪集めや薬草集めなど、こうしてまめまめしく白月様の世話を焼いていたものです。まあ、宮中でも似たようなものでしたが、そちらは体面が何より重要でしたから」

 拠点作成と鬼退治の指示出しを終え部下に指揮権を委ねた蒼穹が、戻って来てそう教えてくれた。むしろ、こっちのほうが璃耀らしいのだそうだ。
 
 公での上下関係はあれ、璃耀と蒼穹は友人なのだと聞いた。苦笑する蒼穹に、きっと本当に今の姿が璃耀の一面なんだと思うと、何だか不思議な気持ちになった。


 和麻の掘った穴の中は以前にも入った通りかなり広い造りになっていた。入口だけを結界で封じて見張りを立てる事で、昼夜問わず鬼の襲撃を気にせずに皆が休めるようにしたようだ。
 
 穴の中は微妙に濡れた砂っぽい壁に覆われている。俺の周囲だけは陽の気のおかげでフカリとした土に変わるので、濡れた砂の上で寝ることにはならないけど、それでも土の上で寝るのは抵抗がある。
 
 そう思っていると、宇柳が申し訳無さそうな顔で、きれいなむしろを持ってきてくれた。

「あの……こんなものしかありませんが……よろしければ……」
「……ありがとうございます」

 じっと宇柳を見つめて御礼を言うと、すぃっと目を逸らされた。

「そ……それから、水と火を使える者がいるので、璃耀様が摘んだ野草と持参した味噌と干し肉で味噌汁を作らせまして……お召し上がりになられるならお持ちしますが……」
「………………有り難く頂きます」

 あまりの準備の良さに、正直言いたいことはある。けれど、温かい食べ物と寝る場所を用意してもらえたのは有り難いし、眠れるかはわからないけど空腹のまま土に直に寝転ぶより余程いい。
 
 そう思ってぐっと言葉を飲み込んだのに、巽がニコニコとした笑みを浮かべて俺と宇柳の間にずいっと入った。

「僕ら妖は嗜好品として楽しむ以外で飲食など普段しないのに、随分、御準備が宜しいのですね」

 人がせっかく言わずに済ました事を、巽が無邪気なふりしてつつく。

「鍋、器、食料、調味料、それに料理人まで、ですかぁ」
「……いえ、武官に料理が趣味の者がおりまして……」
「普段食う必要もない妖が、随分珍しいご趣味ですね! どれほど前から作る練習をされてたのか気になるなぁ」

 爽やかな表情で毒を吐く巽に宇柳が顔を引き攣らせた。別に宇柳を擁護するつもりはないけど、余計な事を言ってこれ以上関係性をギスギスさせる必要はない。

「やめろ、巽」
「しかし……」
「良いから。言いたいことはわかるけど、今更そんなこと言ったって仕方ないだろ。……せっかく持ってきてくれたのに、すみません。宇柳さん」
 
 俺が謝罪の言葉を述べると、宇柳は慌てたように目を見開いた。

「い、いえ! 元はと言えば、こちらのせいですし……こちらこそ、申し訳御座いません……」

 ハアと肩を落として戻っていく宇柳を見ながら、巽は眉根を寄せた。

「奏太様はお優しすぎます」
「余計な諍いで体力つかいたくないだけだよ。あと、食べ物も寝床も、あって助かるのは確かだし。用意してもらってなかったら、たぶんそのうち野垂れ死んでた。巽こそ、あんな言い方、らしくないだろ」 
「……そうかもしれません。でも僕、白月様の水晶玉を届けに行った後しばらく妖界で軟禁状態だったんですけど、宇柳殿は何かと気遣って良くしてくれて信頼していたんです。それなのに、自分の主にこの仕打ちですから……嫌味の一つも言いたくなります」

 巽の気持ちは有り難い。信用していたのに裏切られた憤りもわかる。でも、この頼れるもののない鬼界では、どんなに気に入らなかろうが、ある程度の協調性は必要だ。少なくとも喧嘩を吹っ掛けるような真似は避けたい。

「一言言いたくなる気持ちはわかるけど、少し控えめで頼むよ。どれだけ鬼界での生活が長引くか分からないんだ。少しでも気持ちよく過ごしたいだろ」
「……はい……」

 少しシュンとした様子の巽の肩を、俺はトントンと叩く。

「俺のことを考えてくれたのもわかってるよ。ありがとう」
「奏太様……」

 巽は目をウルウルさせてこちら見た。

「それにしても、食糧問題は深刻ですね。奏太様一人分とはいえ、妖界から持ちこまれたものが永久に続くわけではありませんし、見渡す限り砂地で鬼以外の生き物の気配がありませんでしたから」

 確かに、ちゃんと動植物がいる場所の目処をつけておかないと、今はなんとかなっても今後大変なことになりそうだ。汐の言葉に、椿もコクと頷いた。

「鬼界ならば妖界と同じく日中も動けるでしょうし、明るくなってから少し周囲を探った方が良いかもしれなせん。日中活動する生き物も居るでしょうから」

 あと、生活するのに困ることはまだある。
 
「……こんなこと言いたくないいけど、トイレもだ。行きたくなったら外に出ないといけないけど、隠れるところもないし……」

 人界なら公衆トイレを見つければいいけど、妖界なら茂みで隠れてするしかない。鬼界にいたっては、見た所、茂みすら無さそうだった。
 
「そのようなもの、この穴の中で済ませてください」
「はぁ!?」

 にべもなく言う亘に、素っ頓狂な声が出た。
 ここは遮るものもなく、ただぽっかりとした一つ穴が空いているだけだ。そこに、自分達も妖界勢も人界組も混ざって、所々にグループのようなまとまりがポツポツとできている状態。汐や椿、ハクの女性護衛役だった凪や桔梗、他にも数名女性が混じっている。茂みでだって躊躇するのに、こんな公衆の面前でできるわけがない。

「無茶言うなよ!」
「……しかし、用を足している間に鬼が来たらどうされます?」

 椿のもっともな問いにウッと言葉に詰まる。

「……えっと……その時だけ結界を張ってもらうとか?」
「外に出ても遮るものがないのは同じでは? 結界を張る者達に見られるのは良いのですか?」

 巽が不思議そうに首を傾げる。

「……ここでするよりマシだけど……」
「結界を張るにしても周囲の護衛は必要ですから、亘と椿、可能であれば柾もお付けください」

 その椿が居るのが問題なんだけど……いや、他の者達に囲まれてするのも嫌だけど……
 
 というか、トイレを必要とする者がここに誰もいないせいで誰からも共感を得られないし、全員にここですれば良いと思われているのが辛い。

「……どいつもこいつも、他人事だと思って……」
「……あ、あのぉ……お困りでしたら、和麻に一部屋作らせましょうか……?」

 頭を抱えて唸っていると、椀に入れた味噌汁を持って戻ってきた宇柳に遠慮がちに声をかけられた。

「和麻ならばそれほど時間もかけずに……」
「宇柳さん!!」

 俺は目を見開いて、宇柳の次の言葉も待たずに飛びついた。
 
 続き間だと匂いがどうとかが気になるから、少し造りは考えたほうが良いけど、和麻にそれ用の場所を作ってもらえれば、大半の問題が解決する。
 
 あまりに勢いが強かったようだ。宇柳は若干引き気味に、一歩下がった。

 
「お久しぶりです、奏太様」

 宇柳は早速、和麻を呼んでくれた。和麻と話をするのは妖界での戦以来だ。宇柳や璃耀の時もそうだったけど、あの時の態度との違いにやや戸惑う。

「お久しぶりです。すみません、こんな事で呼んでしまって……」
「いえ、拠点づくりが私の主な仕事ですから、お気になさらず」

 俺は和麻に、事の詳細とどんな部屋があれば良いかを伝える。和麻は体の大きさを調整できるらしく、人が一人通れるくらいの狭い通路を作ってもらった。周囲から見えず、臭気が伝わりにくくなるように、拠点から距離を作り、匂いは下に溜まるだろうと通路が螺旋状になるように下に掘ってもらう。
 さらにその先の小部屋の中央に深めの小さな下穴を堀り、用を足したら砂をかけられるようにした。落ちたら終わりなので注意は必要だけど。
 気休めかもしれないけど、トイレには小さな換気口も作ってもらった。

 たかが短期滞在の拠点にここまでするかと呆れた顔を亘にされたけど、ここは譲れない。和麻に協力してもらえる間にしっかり作り込んで、次に拠点を作る時には同じものを用意してもらうのだ。

 ついでに、トイレ用の通路の大広間に近い場所にも二部屋用意してもらった。繊細だと揶揄されようが、どうせ作ってもらえるなら、ゆっくり寝られる空間を確保したい。一つは自分と亘と巽用、もう一つは汐と椿用だ。
 汐と椿は俺と同じ場所にいると言ったけど、それだと気が休まらないだろうと押し切った。
 璃耀の眠る部屋と大部屋もいくつか作るつもりだったそうで、和麻は喜んで協力してくれた。

 水と火が使える妖もいるらしく、宇柳に頼めば風呂は無理でも水浴び位はできそうだ。
 
 なかなか便利な能力の者が集まってるな、と思ったけど、サバイバルに適した人選にした結果がこれなのだろうと思い直した。
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