【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

行倒れの少年②

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「……今、何て……?」

 鬼の子の言葉に周囲が静まり返る。
 今、確かにハクと聞こえた。彼が見ていたのは俺の方。緑に染まりかけた大地だ。もしもそれを見てハクと言ったのなら、それは―――

「その鬼を縛り上げて逃がすな!!」

 そう声を張り上げたのは空木だった。倒れていた子どもを縛り上げるのはどうかと思うが、彼に聞きたい事があるのは同意だ。

「亘、俺たちも、あっちへ行こう」

 俺は亘に抱えられたまま背を叩く。しかし亘は動かず立ち尽くしたままだ。一体どうしたのかと重たい体をなんとかねじると、強張った横顔が目に入った。

「……亘? 亘!」

 今度は先程よりも力を入れて背を叩く。すると、ようやくハッとしたように俺を見た。

「ハクの手掛かりを持ってるかもしれない。話を聞かないと」

 しかし、やっと声が届いたと思ったのに亘はすっと俺から目を逸らす。その足が動く気配はない。
 
「奏太様、私が聞いてまいります。そのように興奮されては御身体に障ります。どうかこちらでお待ちください」

 興奮していたつもりはなかったが、熱の辛さが一瞬引いたのだから、たぶん汐の言い分はそんなに間違っていないのだろう。
 汐はさっと俺から鬼の少年が見えないような位置に立ち、それからその目を心配そうに亘に向けた。

「亘、奏太様をそのまま押さえていて。奏太様……亘を頼みます」
 
 確かめるような声音。

「…………ああ」

 亘が小さく返事をすると、汐は少しだけ目を伏せてから空木達の方へ向かった。

 今の亘は、随分前、ハクになった結と再会した時に見せたものと少しだけ似た表情をしている。そして、その手でハクの入った鬼を斬ってしまったと知った時に見せていた表情と。 
 今までハクの名前は何度もでていたけれど、亘に変わった様子はなかった。だとすると、ハクとの再会の糸口が見つかったことに動揺しているのだろうか……
 会えるのかもしれないことを喜ぶ顔ではない。どちらかと言うと、迷いと怖れのようで―――

「あのさ、亘。何度でも言うけど、お前は悪くない。俺も、あの場にいた皆も、ちゃんとわかってる。だから今は生きて無事で帰ってきてくれるように、ハクを見つけることに集中しよう」

 亘は何も言わない。でも、大丈夫だと、もう一度トントンと背を叩くと、深く息を吸って吐いたのがわかった。


 鬼の子は、随分酷い怪我をしているようだと空木に聞いた。人界や妖界から持ってきている薬は、どれだけ長引くかわからない鬼界生活ではかなりの貴重品だ。さすがに鬼の治療には使えない。
 汐や空木達との短い相談の結果、簡単な手当を受けさせつつ璃耀や妖界の者も交えてハクに関する聞き取りを行うため、少年を連れて拠点へ向かうことになった。

 大怪我をしていて更に縛られているとはいえ鬼を背に乗せて暴れられては困るという理由で、少年は綱でぐるぐる巻きにされ宙吊り状態で運ばれることになった。
 いくら何でも扱いが酷すぎると抗議したけど、皆から口々に今まで鬼から受けた被害を並べ立てられ、危険性と安全確保の重要性を説かれて丸め込まれた。

 新たな拠点についたのはそれからしばらく。
 
 ブランと宙吊りにされ喉の奥から声にならない小さな叫び声を上げていた鬼の少年は、地面に降ろされるとキュウとへたり込んだ。
 
 ついでに、鬼を連れて移動してきたと聞いた柾が何を期待したのか喜び勇んで真っ先に穴から飛び出してきたが、少年を見るやいなやガックリ肩を落とし、

「亘が捕まえてきたと言うから期待してきてみれば、こんな弱々しいのを捕まえて一体なんの意味があるのか……」

とブツブツ言いながら穴の中に戻っていった。なんとも自由だ。
 
 俺からすれば、強い鬼をわざわざ捕まえてくるという発想のほうが理解できないのだが、柾は一体何を考えていたのだろうか。何だかそのうち強い鬼をどこかから連れてきかねないので、早めに釘を差しておいた方が良いかもしれない。

 俺の方はというと、あまりの寒さに歯をカチカチさせながら、パチパチと音を立ててはぜる焚火の前で椿にもたれ掛かり羽毛にうずまっていた。
 
 外での焚き火はなるべく避けた方が良いが、拠点に先に移動していた璃耀が俺の状態を見るなり仕方が無さそうに指示をだし、広めに結界を張って火をつけてくれたのだ。

「それで、その鬼はなんです?」

 周囲が落ち着き俺の震えが少し和らいだ頃、璃耀が俺に、というより俺の側で水を準備したり濡らした布を額に押し付けたりしてくれていた汐と、周囲の警戒をしている亘と巽、そして毛布代わりになっている椿に訊ねた。

「ここまでの道中で倒れていたのを奏太様に強引に拾わされたんです」

 巽の言い方には何だか棘がある。

「ハクの手掛かりが掴めるかもしれないんだ、結果オーライだろ」
「それと皆に反対されたからって亘さんからわざと落ちたのは別の話じゃないですか」
「……悪かったとは思ってるよ」

 構えていたとはいえ、俺が急に落ちてきたのが相当怖かったらしい。たぶん巽が俺を拾えなくても椿か亘が拾ってくれたと思うけど、ここでそんな事を言ったらやぶ蛇だろう。

「白月様の手がかりとは?」
「それは本人に聞いたほうが早いと思います。俺達もまだ詳しく聞けていないので」

 目を向けると空木はコクと頷き、見張りの武官に指示をだす。
 少年は宙吊り飛行の衝撃からはだいぶ回復してきているようだけど、それでも本当に俺達が知ってる鬼だろうかと思うくらいにプルプルと震え怯えていた。
 それを武官がズリズリと引きずって俺達の少し手前まで連れてきて、グイッと乱暴に頭を押さえ下げさせる。
 なんだか、子どもを甚振る悪役のボスにでもなった気分だ。

「……それじゃあ話ができないから、頭を上げさせてよ」

 可哀想だから、と言うと否定されそうな気がして言葉を選ぶと、武官は素直に手を離す。
 少年は怖々頭を上げてこちらを見た。
 俺も話を聞く姿勢になろうと椿にもたれかかった状態から体を起こす。しかしすぐに椿に抱え込まれるように元の体勢に戻された。

「……あのさ、俺、話を聞きたいんだけど……」
「話を聞くだけならこのままでも十分でしょう。これ以上御身体を冷やしてはなりません」
 
 いや、このままだと本当に、偉そうにふんぞり返る悪役っぽく見えそうで嫌なんだけど……
 
 しかし、椿を見ても頑なに首を横に振られるだけで、放してくれるつもりはなさそうだ。大きな白鷺の姿で思い切り抑え込まれては動けるわけがない。
 抵抗する体力も惜しいので、俺は仕方なくそのままの体勢で戸惑いながらこちらを見る鬼の少年に目を向けた。
 
「ねえ君、さっき『ハク姉ちゃん』って言ってただろ? どんな人か教えて欲しいんだけど」
「………………ハク姉ちゃんを…………探してるの……?」

 小さく聞き取れるかどうかというくらいの声音だ。その脇腹を武官が槍の柄でドッと突いた。

「奏太様が御質問なさっているのだ、明確に答えよ」

 少年はうぅっと呻き声を上げる。この調子では相手が鬼だろうと、誰がどう見ても完全にこちらが悪役だ。

「危険なのは分かるから拘束は必要だけど、大人しくしてるんだから手を上げるのはやめろよ」

 武官は短く了承の返事をして姿勢を正したものの、未だに忌々しそうに少年を見下ろしている。
 
 里にも鬼の被害者は多い。ずっと人界に紛れ込んできた鬼と戦ってきたのだ。有志の中には鬼を憎む者も多いと聞いた。
 俺だって実際に鬼の被害にあっているから気持ちはわからなくもない。でも、だからって無抵抗の相手を甚振っていいわけじゃない。

「それで、『ハク姉ちゃん』っていうのは?」
「…………き……聞いてどうするの?」
「おい!」

 質問に質問で返した少年の脇腹を、武官はもう一度、ドッと突く。
 
「やめろって。手を上げるなって言っただろ」

 震えて怯えているのだ。こちらが歩み寄らなければ、答えてもらえるものも答えてもらえない。

 俺は体を抱えている椿の翼を軽く叩く。やっぱりこの距離、この体勢じゃダメだ。きちんと目を合わせないと。

「椿、やっぱり放し……」
「椿、奏太様をはなすなよ。鬼に近づきかねぬ」

 言いかけた俺の言葉に被せるように、亘が低い声で椿に指示を出した。完全に行動が読まれている。おかげで椿の翼には先程よりも強い力を込められた。

「……亘」
「なんです?」

 恨めしい思いで亘を見たのに、しれっとした返事が戻ってきただけだ。俺は諦めて小さく息を吐き出す。

「巽、彼をこっちに連れてきてよ。目を見て話したいんだけど、これじゃ動けないから」
「無茶言わないでください。僕が亘さんに殺されちゃいますよ」
「じゃあ、汐……」

 目を向けたらキレイに微笑まれた。こっちもダメだ。誰も彼も非協力的すぎる。

 眉根を寄せていると、呆れた様な溜息が横の方から聞こえてきた。

「ならば、私が参りましょう。視線をあわせて相手に心を開かせるのでしょう? 白月様がよく使われていた手ですから」

 俺達にだけに聞こえる声量で璃耀が言った。
 ただ同じ目線で向き合った方が話してもらえるだろうと思っただけなのに、そういう言い方をされると計算高いだけみたいに聞こえる。あと、時折見て優しいんだと思っていたハクの行動を璃耀はそういう目で見ていたのかと思うとちょっと複雑だ。

「璃耀様」

 璃耀の護衛が心配の声を上げると、璃耀はすっと手を上げてそれを制した。護衛達は不安そうにしながらも、璃耀を止めることなく何かあった時に備えられる位置に移動する。ああいうのを信頼というのだろうかと思うと、少しだけ妬ましい。
 ジロっと亘を見ると、フンと鼻を鳴らされた。
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