【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

行倒れの少年③

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 璃耀は鬼の少年と目を合わせるようにしゃがむと、ニコリと笑う。人の良い笑顔だけど、騙された身からすればすごく不穏に見える。

「我らは其方から詳しく話を聞きたいだけだ。その様ななりで倒れていたのだ。相応の理由があろう。話してくれるなら、これ以上こちらから手出しはせぬし、ここにいる限り其方の安全は保証しよう。怪我の手当をするし、もしも腹が減っているならば食事の用意もする。望むのなら、周囲の集落に送っていってやるぞ」
「……別にいいい。俺は、姉ちゃんと妹を助けに行かなきゃいけないから」

 少年はふっと璃耀から視線を逸らして俯く。

「助けに? 姉と妹はどこにいる?」
「……たぶん、領主様の城」
「領主?」

 なんとなく鬼界は無法地帯で、小さな集落を各々が作って暮らしているのだと思っていた。でも、領主がいるということは、それらを管理している者がいるということだ。領地はいくつかあるのだろうか。妖界のように朝廷みたいなものはあるのだろうか。そういえば、鬼界の社会構造すらよくわかっていない。

「姉妹は捕らえられでもしてるのか?」
 
 璃耀の問に少年が悔しそうにグッと奥歯を噛んだのがわかった。
 
「…………連れてかれたんだ。ハク姉ちゃんに言う事を聞かせる為の質として……」

 思わぬ言葉に、周囲にざわりと動揺が広がった。

 少年の言う『ハク姉ちゃん』が本当にハクだとしたら、少年の姉妹と一緒に領主の城で捕らえられていて、人質を盾に無理矢理従わされている可能性が高いということだ。
 
 璃耀がギリッと拳を握りしめた。
 
「その話、詳しく聞かせろ、小僧」

 璃耀のにこやかだった表情がぱっと消え失せ、周囲を凍りつかせるような低い声音になる。

「全てを素直に話すのなら手荒には扱わぬ。そうでないなら、拷問してでも吐かせてやる」
「ちょ、璃耀さん!」 
 
 脅しめいた言葉に思わず声を上げると、鋭い視線がこちらに向いた。

「気が変わりました。この鬼の示す者が万が一あの方ならば、今頃非道な目に遭わされている可能性があります。悠長に付き合っていられません」

 瞳の奥にある底冷えするような鈍い光には覚えがある。ハクの為ならば迷わず冷酷な手段を用いる側近の目だ。俺が二の句を告げられずにいると、璃耀は鬼に視線を戻した。

「どうする?」

 少年の目に強い怯えの色が戻り、喉がゴクリと動く。
 
「蒼穹」
「はっ!」

 少年の返事を待っても無駄だと思ったのだろう。璃耀の一声で周囲の武官がガチャガチャと動きした。このままだとホントに拷問が始まってしまう。
 
 鬼だろうと相手は子どもだ。それに、恐怖で押さえつけたところで良い情報が得られるとは思えない。
 
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 椿に押さえられたまま身を乗り出すようにして言うと、ビクッと少年の肩が動いたように見えた。

「俺達は別に君に危害を加えたい訳じゃないんだ。探してる人の手がかりが欲しいだけなんだよ。それに、もしも俺達が探してる人が君の言ってる人と同じだとしたら、その人を助けたい。知っていることだけでいい。教えてもらえないかな?」

 璃耀達を制しながらまくし立てるように言うと、少年はおずおずと妖界の者たちの様子を横目で伺いながら、迷う素振りを見せる。

「大丈夫。これ以上、君に手出しはさせない。姉妹を助けたいなら協力もする。約束するよ」

 周囲を見回し牽制すると、結構な剣幕でジロリと璃耀に睨まれた。正直怖いけど、璃耀達のやり方で進めさせるつもりはない。

「こう見えて、俺、この中じゃ一番立ち場が上なんだ。そのはずですよね、璃耀さん」

 俺は目を逸らしたくなるのを堪えて、じっと璃耀を見る。
 以前、最初の大君の血筋の前には膝をつくと言ったのは、他ならぬ璃耀本人だ。日向の血筋を振りかざして言う事を聞かせるのは気が引けるけど、いざという時に主導権を握るためには必要なこともある。
 
 到底俺を敬っているとは思えないほど冷たく睨まれているけど、視線を逸らしたら負けだ。
 
 しばらくそうやって睨み合っていると、璃耀は不本意極まりないといった様子で唇を歪めた。
 
「……仰る通りです。殿下・・

 ものすごく険のある言い方だけど一応言質は取った。
 苛立ちを抑えられていない璃耀と、これ以上背に冷たい汗をかきながら対峙する理由はない。
 さっと視線を逸らしてなるべく璃耀を視界に入れないようにしてニコリと笑ってみせると、少年の強張った表情がほんの少し和らいだように見えた。
  
「それで、俺達が探してるのは白月って名前の妖の女の子なんだ。白に銀が混じった長い髪で、金色の瞳。見た目は俺より少し下の歳に見える。特徴に共通点はない?」

 ハクとして初めてあったのは高二の夏。あの頃も俺と同じくらいの年か少し下に見えたけど、妖の体のせいか、俺が成長してもハクの見た目はあの頃からあまり変わっていない。

 俺の話に引っかかることがあったのか、少年は少しだけ目を見開いてから、不思議そうに瞬いた。
 
「……妖? でも、ハク姉ちゃんは、鬼の……」
「……もしかして、鬼の角があるの?」

 だとしたら、少年の言っている人とハクは別人ってことになる。
 周囲には捕らえられているのがハクではないという安堵と、せっかく手がかりをつかんだのにという落胆の空気が漂う。
 しかし、少年はフルフルと首を横に振った。

「角はないよ。ただ、少しだけ鬼の気配がするんだ。いろいろ混じっててよくわからないけど、ホントに少しだけ……」
「鬼の気配?」
「……近くに行ってよく見るとわかるんだ。相手が鬼かそうじゃないか。でも、ハク姉ちゃんはほんの少しだけ鬼の気配が混じってる。よく見ても気づくかどうかってくらいほんの少し」

 その言葉に、つい最近起こった事件が脳裏を過る。
 
「白月様は、ほんの一時とはいえ、鬼の魂を御自身の体に入れ、御自身の魂を鬼の体に入れていました。もしや、そのせいで鬼の残滓が混じってしまったのでは……?」
「……俺もそう思う。見た目は俺が言った外見と一致してるってことでいいかな?」

 確証はないけど、汐の推測はたぶん正しい。俺がもう一度問うと、少年はコクリと頷いた。

「あと、ハク姉ちゃんは雰囲気が不思議なんだ。なんか、近くにいてほしいっていうか、離れたくなくなるっていうか……」

 少年は何だかもじもじと言いにくそうにしながら言う。先程とは違う少年の雰囲気にポカンと口があいた。
 
「………………えぇーっと……それは……」
「恋ってやつですかねぇ」

 巽がぼそっと口元だけでこぼす。急に話の向きが妙な方向に変わった。というか、その情報は今必要だっただろうか。
 すると、少年はまじまじと俺の顔を見つめ返してきた。

「あんたからも、ハク姉ちゃんと同じ感じがする」
「……は?」
「……え~っと……それはどっちの? 鬼の……? それとも……」 

 苦笑を浮かべそこねた巽が堪りかねたように少年に問う。

「ハク姉ちゃんと同じで、近くで触れたくなる。ずっと近くで声を聞いていたくなる」
「はぁ!?」

 自分でもわかるくらいに素っ頓狂な声が出た。それとともに、椿にグイッと引き寄せられて抱え込まれる。力が強すぎてちょっと痛い。
 
 そんなこと人間の女の子にだって言われたことがないのに、まさか鬼の少年に言われるなんて思いもしなかった。

 唖然としながら二の句を告げられずにいると、蒼穹が何かを考え込むように顎に手を当てた。

「もしや、陽の気のせいでは?」
「へ? 陽の気の……?」

 間抜けな声で問いかけると、宇柳も何かを思い出すように視線を少しだけ上に向ける。
 
「そう言えば、妖界でも白月様が歌をうたわれた際には聴衆を惹きつけ高揚させるような効果がありました。声高に兵や民衆を率いる時にも。弱い陽の気が発せられる為だと聞きました」
「代々、帝位に在られる方はそうやって妖界をまとめていかれるそうです。声に乗せて微量な陽の気を発することで民心を引き寄せ士気を上げる。日の届かぬ妖界で生きる者にとって陽の気は、全てを焼き尽くす脅威というだけではないのだと。……まあ、璃耀様の受け売りですが」

 そこまで言うと、蒼穹は未だ不機嫌そうにしている璃耀にチラと目を向けた。
 
「妖界よりも更に陽の気の乏しい鬼界でその様な影響がでていても不思議ではない、ということですか……」

 蒼穹と宇柳の説明に、汐が眉根を寄せる。

「鬼にとってはただでさえ餌となるのに、緑を周囲に広げ陽の気で鬼を引き寄せるのですか……奏太様にはますます引き籠もっておいていただかねばなりませんね」
 
 椿も困ったように言った。

 
 いつまでも外に出ているわけにもいかないので、少年を連れて、拠点の中に場所を移す。併せて、少年の傷の手当と食べ物の用意をしてもらった。少しでもこちらを信用してもらって情報を引き出すためだ。

 少年は相当腹が減っていたのだろう。ガツガツと凄い勢いでスープの具を食べ、ズズズッと汁をすすっている。

「奏太様はそろそろお部屋に戻り、休まれた方が良いのでは? お疲れでしょうし、熱も高いままではありませんか。御食事もお召し上がりにならなくては……」

 椿は未だ白鷺の姿のままで俺を抱え込んでいる。
 鬼界上空の冷たい空気にさらされたおかげで、せっかく治ってきた体調は完全に逆戻りだ。ただ温かい火にあたりながら椿に抱えられていたことで寒気は随分楽になった。ハクの手掛かりが掴めた事もあって今はそっちの状況を把握したい気持ちが勝っている。
 
「俺がいた方が、あの子は安心するだろ。少なくとも、璃耀さん達にだけ任せるのは避けたほうが良いと思うし」
「では、せめて蓮華の花弁だけでも口になさってください」

 差し出された汐の手のひらには蓮華の花弁の小さな山ができている。

「……なんか多くない?」
「なかなか良くならなかった体調が再び悪化したのです。念の為、璃耀様に多めに処方頂きました」

 チラと少し離れたところにいる璃耀に目を向けると、ハアと呆れた様な顔をされた。時間を置いたことで、少し落ち着きを取り戻したらしい。

「場合によっては、再び拠点の変更が必要かもしれません。本来は少しずつ薬を飲んでゆっくり御身体を休められた方が良いのですが、白月様の手掛かりが見つかった以上、妖界の者達は多少無理を押してでも動くでしょう。恐らくそれも見越しての薬の量です」

 なるほど、たくさん飲んで早く治せ、と。
 薬は用法用量を守れというのが人界の基本だけど、妖界では違うのだろうか。

「我らに任せてくださっても良いのですが、部屋を移動されても、どうせソワソワして鬼の話を聞くまでお休みにならないでしょう。ならばこの間に薬を飲み少しでも楽な格好でお聞きください」

 汐にはしっかり俺の行動が読まれているらしい。

「さすが汐」

と言ったら、深いため息をつかれた。
 

「では、其方が知る事を洗いざらい話してもらおうか」

 璃耀が腕を組み少年を見下ろすと、少年は怖ごわ璃耀を見上げたあと、躊躇いがちに俺に視線を向けた。大丈夫だとコクリと頷いてみせると、言いにくそうに手元の食器に視線を落とす。

「……さっきも言ったけど、ハク姉ちゃんは連れて行かれたんだ。領主様の……キガク様の城に……」
「キガク?」
「……何処かで聞いたことのある名ですね……」

 名を繰り返した璃耀に、以前ハクの護衛をしていた凪がポツリと呟いた。俺に覚えはないから、妖界と何か関わりがあった者だろうか。

「何故連れて行かれた?」
「ハク姉ちゃんが村に来た時から村に緑があふれるようになって、しばらく皆でそれを喜んで……でも、キガク様の配下が突然やってきて、緑を得て領主へ報告しないのは反逆罪だって言い出して……だから……」

 言いにくいことなのか、少年はそこまで言うと眉根を寄せて口籠る。

「だから?」

 俺が促すと、少年はぎゅっと目を閉じ両手をキツく握りしめた。
  
「…………だから、村のみんなで差し出したんだ……緑を増やせる女神だって言って……」
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