【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

救出の準備

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「つまり、白月様は鬼の村が潰されるのを厭って領主の城に向かわれたと……」

 蒼穹は頭痛を和らげるように眉間を揉みながら、そうまとめた。一方の璃耀はというと、セキの話の途中から頭を抱えたまま動かなくなってしまっている。

「……相手が鬼でも目の前の者を助けないと気がすまないのは、日向の性質なんですかねぇ」

 巽の視線が何故かこちらを向いてるけど、気にしたら負けだ。今はハクの話のはずだし。

 セキの話を聞く限りだけど、日の力……つまり陽の気を使えるハクは無事だとは思う。これ以上何かが起こっていなければ、の条件付きではあるけれど。
 
 陽の気を使える事自体が女神扱いされる程の力だとすれば、厳重に囚われているに違いない。ハクが食い止めていれば、恐らく人質であるセキの姉妹もまだ生きている可能性が高い。ただ、連れ戻すには、ハードルがかなり高そうだ。

「……小僧、領主の城はどこにある?」

 今まで黙っていた璃耀が低く唸るような声を出す。小さく落ちた言葉のはずなのに、普段より数段低い声に妖界側、数人の肩がビクッと跳ねた。

「……え……えぇっと……」

 セキも気圧されたように言い淀む。

「どこかと聞いている。答えよ」
「り、璃耀さん?」
 
 妙な冷気でも発しているのではと思うくらい、璃耀を取り巻く空気が冷え切っている。
 苛立ちを直に向けられているセキがちょっと可哀想だったので勇気を出して声をかけたら、璃耀にギロッと睨まれた。俺のほうが立ち場が上だと言質を取ったのが意味をなしていない。

「あの方がお戻りになったら、御二方揃って自己防衛のジの字からみっちり徹底的にお教えして差し上げますから、今は黙って頂けますか」

 何故か俺まで怒られた。璃耀の口調は疑問形ではなく強制力のある命令形だ。雰囲気が怖すぎて口を噤むしかない。
 
 ふと視界の端に視線を感じて目を向けると、汐にニコリと綺麗に微笑まれた。『教えていただいたらいかがですか』とその目が雄弁に語っている。こっちもあんまり触れない方が良さそうだ。

「蒼穹、この小僧を連れて領主の城とやらに行く。準備せよ」
「先行して偵察を送ります。状況確認が終わるまで、璃耀様はこちらでしばしお待ちください」

 しかし話をしている時間も惜しいとばかりに、璃耀は蒼穹を無視してくるりと踵を返す。その腕を、蒼穹はぱっと掴んだ。

「待て、璃耀。少し落ち着け」
「落ち着け? しばし待てだ? その間に、あの方に万が一があればどうする」
「気が急くのはわかるが、敵方の状況が不明なままでは助けられるものも助けられない。状況把握せずに突っ込んで無駄な犠牲を増やすつもりか」

 周囲を震え上がらせるような目で睨まれても、蒼穹は動じない。言葉を上下関係のものから友人のもの切り替え、言葉を重ねる。

「あの方が他の命を犠牲にする事を何よりも厭うことは、お主自身が一番わかっているはずだ。犠牲が増え自分の為だと知れれば、もう帰ってきて下さらぬかもしれんだろう」
「…………」
「そんな目で睨むな。お主があの方を一番理解していると思うから言っているのだ。周り道と思うことが結果的には近道になることぐらい、お主とてわかっているだろう」
 
 じっと見つめる蒼穹の目を、璃耀は黙ったまま見据える。それから、ギリッと奥歯を噛んで表情を歪めた。

「……準備はしておく。早急に偵察を終わらせよ」

 まだ完全納得したとは言えない表情だけど、璃耀が立ち止まったことで、蒼穹はホッとしたように息を吐く。それから、そっとその場に膝をついた。

「承知いたしました」

 
 ひとまず偵察を送り出すことに決まり、俺達は新拠点に作られた自分の部屋という名の穴の中に入った。
 
 すると、まるで俺達を追いかけてきたのかと思うくらいすぐに、璃耀の護衛の一人が訪ねて来た。

「あの、璃耀様の御命令で温泉水をお届けに参りました」 
「……はい?」

 思わぬ言葉に目を瞬く。

 山羊七のところでとれる妖界の温泉水は、生死の境を彷徨うような最悪の事態に備えて残しておきたい万能薬のはずだ。たかが風邪ごときに使って良い薬じゃない。
 それに、さっき大量に蓮華の花弁を食べさせられたばかりだ。
 
「いいんですか? それはいざという時の為に残しておいた方がいいんじゃ……」
 
 実際、俺の首にはいざという時のために、以前柊士にもらった結の御守りと共に温泉水が少量入った小さな容器がかかっている。でも、どんなに体調不良が長引いていても命の危険に晒された時の為に使わずにそのままにしている。
 
 素直に受け取って良いのだろうかと躊躇っていると、璃耀の護衛はグイッと巽に小瓶を押し付けた。

「偵察が戻り次第動きます故、なるべく早く体調を立て直していただくようにと。貴方様には白月様のもとへ御同行いただかねばなりませんから」

 護衛は申し訳無さそうにそう言うと、まるで返されるのが怖いと言わんばかりに、一礼だけしてそそくさと部屋を出ていってしまった。

 飲めと言われたものを飲まずに体調が回復しなければ、あとが怖い。あの勢いだ。璃耀に何を言われるかわかったものではない。 
 俺は溜息をつきつつ、巽に手渡された温泉水をぐいっと飲んだ。

 いくら万能薬とはいえ、飲んですぐに効果が出るものでもないので、引き続きぐったりと椿にもたれ掛かる。

「温泉水を使えて良かったです。病がここまで長引くとさすがに不安になりますから」

 椿の言う通り、ここまで風邪が長引いたりぶり返したりすることは人界ではなかった。それだけ鬼界の環境が厳しいということなんだろうけど。

「ちょっと休めたら良いけど、さっきの璃耀さんの様子だと、すぐにでも呼びに来そうだな」
「それほどすぐには戻ってきませんよ。私が外の様子をみていますから、今はゆっくりお休みください」

 汐は俺の額に小さな手を当てて熱の状態を確かめてから、蝶に姿を変える。心配するように一度ピタと俺の鼻の上にとまったあと、ヒラリと外へ出ていった。

「……あのさ、一応聞くけど、亘はどうする? ハクに会うのが辛いなら、ここに残っ――」
「私を置いていくと? ふざけた事を言わないでください」

 全部言い切るより前に言葉を遮らされた。でも、亘の表情はいつもより固い。やっぱりハクと顔を合わせることに対して、亘の中で思うところがあるのだろう。
 
 いつかは向き合わなければならない事なのは分かってる。でも、こんな事態でなければ……ハクが無事に妖界にいてくれてたなら、本当はもう少し時間をおきたかった。せめてもう少し、気持ちが落ち着くまで時間を置けたら……

 そこまで考えて、俺はハアと息を吐いた。
  
 ……あぁ、俺の方が覚悟が出来てないのか。

 日向家の者として、あの事件の最前線で動いていた当事者として、亘の主として。自分達のせいで傷ついて姿を消した者に会うのが怖いのだ。それでも、このままで良いわけないのは確かで……

「わかった。もう聞かないよ」

 たぶん、俺の表情の方が固かったのだろう。亘がほんの少し、困ったように表情を和らげた。


「偵察隊が立ったようです……柾も一緒に」

 部屋の外の様子を見に行っていた汐が、呆れ顔で不穏な情報を持ち込んできた。

「……え、柾に偵察なんてできるの? 隠密行動ぶち壊しにして、城で暴れて帰ってくるんじゃ……」

 今までの行いや言動、聞き及んだ話などを考えれば、『静かに様子を見るだけ』に最も適さない人材だと思う。一体誰が柾なんかを偵察隊にいれたのかと問い詰めたいくらいだ。
 
「奏太様は、柾さんをなんだと思ってるんですか。さすがにそれくらい弁えてますよ。……たぶん」
「最後に付け加えられた一言がだいぶ不安なんだけど」

 全然フォローになっていない巽の返答は、不安感を掻き立てられるだけだ。
 
「外に出てる者がいるのに黙って閉じこもっているという事が出来ない方ですからね……」
「どうせ、自分も行くと言い張るのを空木では止め切れず、無理矢理強行突破されたのでしょう」

 椿と亘の言葉には実感がこもってる。

「一応、嗅覚は異常に発達してるので、それなりに役に立つとは思いますよ。強そうな鬼を見つけて飛びかかったりしなければ」

 ……だから、フォローになってないんだよ、汐。

「セキも行ったの?」
「城への案内が必要ですからね。拘束をして暴れないようにした上で同行しています」
 
 セキはやっぱり縄でグルグル巻にされて連れていかれたらしい。

「まさか、また吊り下げられて行ったわけじゃないよね?」

 再び縄で吊るされて悲鳴を上げながら移動させられるのでは、あまりに不憫だ。
 
「ええ、妖界の武官とともに同乗していましたよ」

 どうやら扱いが多少は和らいでいるようで安心した。いくら鬼でも、子どもは子どもだ。
 
「妖界の武官の方が常識的だったみたいだね」
「道案内をさせるのに吊り下げたら声が届かないではありませんか。妖界側からも同じ意見はでていましたよ」

 汐は当然とばかりにそう付け加えた。人界にせよ妖界にせよ、妖連中にはもう少し道徳教育をしっかりやったほうがいいのではないだろうか。

 ……あ、里の連中にそういう教育をするのも日向の仕事か……

 里の面々やこの場にいる者達を思い浮かべて、前途多難さに途方に暮れた。
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