【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

キガクの城①:side.白月

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――奏太失踪の前日。

 城のどこかで大きな爆発音が聞こえた。
 足を鎖で繋がれたまま、冷たい石壁に預けていた身体を起こして耳を澄ます。

「はぁ!? お帰りになったはずのマソホ様が、今度は王城の軍を連れて攻めて来ただと?」
「この前来た時に、城の内部を調べてまわっていたらしい。反乱の兆しありとキガク様に嫌疑がかかってる! とにかく急げ! 完全に制圧される前に逃げねーと、俺たちもどうなるかわかんねーぞ!」

 そんな牢番の声が地下の石壁に反響したのが聞こえた。

 キガクとは、この城の持ち主であり、この地の領主。
 私もこの城で一度だけ会った。隻腕、赤褐色の毛むくじゃらの巨体。角はあるけど毛に紛れて少し見えるくらいで、鬼というより、筋骨隆々で体が大きいどこぞの国の猿みたいに見えた。

 そして、私は一度、その赤茶の鬼を妖界で見たことがあった。たぶん間違いない。声も、体の色も、毛足の感じも、ギョロリと鈍い光を持つ目も。
 
 随分前。妖界での旅の道中、たまたま見つけた黒の渦。そこから、あいつは覗いていた。そして、妖界へ入って来ようとしたのか、結界の穴を広げようと伸ばした腕で、璃耀が殺されかけた。 
 だから、それを助けるために黒の渦から腕が出ているのもお構いなしに、私は結界を閉じたのだ。あいつが隻腕なのは、陽の気に焼かれながら閉じる結界に腕を持っていかれたから。つまり、原因は私にある。別に後悔はしていないけど。

『次にあった時には必ず嬲り殺してやるからな!』
 
なんてあの時には言っていたくせに、再会しても、あの時の兎の姿から今の人の姿に変わったら気づきもしなかった。
 それどころか、私があの時の兎とも知らずに、いやらしい目で舐め回すように見てから『俺の妾にしてやろうか』などと宣った。

……キモ。

 そう声に出しかけて、何とかゴクリと飲み込んだ。
 代わりに下手に出ながら謙遜しつつ丁寧に断ったら、この牢屋に閉じ込められた。気が変わったら声をかけろ、と。

 いつまで待ったところで変わるわけないのに。

 妾にすると言ったのは一応本気だったようで、ここに閉じ込められてからも配下の連中に手荒に扱われることは無かった。

 一緒に連れてこられたセキの姉妹は隣の牢屋にいれられている。最初は泣きじゃくっていた幼いスズも、今はだいぶ落ち着いているようだった。二人を盾に脅されなかったのはせめてもの救いだ。

 ひとまず、例の迎えが来るまで適当に過ごせばいいかと思いながら、石牢の中で数日が経っての先程の爆発音である。
 
 数分前までは複数の牢番によって厳重に警備されていたのに、爆発音と共に動揺が広がり、あっという間に監視の目はゼロになった。

……今が脱出のチャンスかな?

 迎がくるのをじっと待ってもいいけど、腕を奪った兎だとキガク本人にバレたり、無理矢理妾にされる前に逃げられるなら逃げておきたいのも確かだ。
 
 私は周囲に人目がないことを確認して小さな兎の姿に変わった。

 妖界の拘束具は虜囚の体の形が変化しても拘束し続けられるように拘束具自体が変化する。けれど、ここの拘束具は人界のものと同じで大きさが変化したりはしないらしい。

 私は拘束具を抜け出て、自分が着ていた着物を鉄格子の外に押し出し、兎の体もギュムッと隙間に押しつけた。グググッと頭を突っ込んでみるが、中途半端にしか入っていかない。

 ……む、無理かな。

 頭が痛くて涙が出そうだけど、頭が出れば、あとは抜け出ることができるはず。

 ……もう……ちょっっと……!!

 グググッ

 ……あと…………少…………し…………
 
 っスポン!

 ようやく頭が外に出て、自分の耳がピコンと立ったのがわかった。
 
 私は涙目のまま、ホッと息を吐く。
 
 それから、手を引き抜いてギューッっと体を引っ張った。体の方は頭ほど苦労せずにスポッと抜ける。勢い余ってコロコロと地面を間抜けに転がったけど、上出来だ。

 さてと、鍵を探してスズとリンを――

 そう思ったところで、グイっと真上から首根っこを掴まれた。そしてそのまま、ヒョイッと体を持ち上げられる。
 
 ザバっと冷水を浴びせられたような気分になった。

 まさか、牢番がまだ残っていたのだろうか。脱走がバレた? いや、それよりも、この兎の姿を見られる方がまずい。
 全身から汗が吹き出しそうになりながら震えていると、直ぐ側で聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ああ、やはり、こちらでしたか」

 ピタリと動きを止めて、自分を掴んでいる者の顔を見る。

「……え……? ま……さき?」
「ご無沙汰しております、結様」

 柾はニッと笑ってこちらを見下ろしていた。
 
「……何で……?」
「匂いを追いかけたのです。人より嗅覚は優れているつもりですので」
「……いや、そうじゃなくて。なんで鬼界にいるの?」

 人界の日向の里に居るはずの柾がここに居るのは、一体何故なのか。状況を理解できずに柾の顔を見上げるが、柾は首をかしげる。

「鬼と存分に戦える良い機会だったので」

 まったく意味がわからないし、そういう事を聞いているのではない。

「そうじゃなくて!」

 私が声を荒げると、柾は、ああ、とようやく理解したように頷いた。
 
「個人的な目的はさておき、家出娘を家に帰すのが今回の我らの御役目ですよ」
「……は? 家出娘って……」
「置き手紙一つで勝手に消えておいて、家出娘でなければ何だというのです?」

 悪意の一切ない柾にまっすぐに見つめられて、私は返す言葉を失う。
 
「柾殿!! 勝手に爆発を引き起こしておいて、先に行かないでください!!」

 不意に、地下牢の扉を抜けて、泣きそうな声で叫ぶ一羽の梟がこちらに飛んできた。その後ろから、数名がバタバタと追いかけてくるのが見える。誰も彼も、見たことがある顔だ。

「宇柳まで……?」
「――っ!!! 白月様っ!!!」

 宇柳は音もなくスゥっとこちらへ飛んでくると、柾に首根っこをつままれたままの私の前で、人の姿に変わって膝をつく。

「……よ……良かった……ご無事で……」

 ボロボロと涙を流す宇柳に、ぽかんと口があいたまま塞がらない。

「ねえ、宇柳、何で来たの? 柾は家出だって言うけど、ちゃんと手紙の意図を読み取ってくれたら、私を探さないほうが誰にとっても良い結果になったはずだってわかるでしょ? それなのに……」

 そこまで言いかけると、宇柳はブンブンと首を横に振った。
 
「良い結果だなんて受け取る者が一人もいなかったから、こうしてお迎えに上がったんです!」

 宇柳はスンスンと鼻をすすりながら言う。

「でもね、宇柳……」
「聞きません! 申し開きは、翠雨様と璃耀様の前でなさってください!」
「いや、でも……」
「ここで貴方をみつけたのに、連れ帰らないという選択肢は、私達には残されてませんから!!」

 そんな、崖っぷちに追い込まれたみたいな顔で泣き叫ばれても……

 全く聞く気のない宇柳とどうすれば会話が成立するのか考えているうちに蒼穹の配下のうちの一人が、ポンと宇柳の肩を叩いた。
 
「まずはここを出ましょう。混乱に乗じて入って来ただけですから、長居は危険です。ご説明はその後に」

 それに合わせて、もう一人がそそくさと私の着物を回収する。
 
 それを目で追っているうちに、先程まで居た牢の隣が目に入った。スズとリンが唖然とした顔でこちらを見ている。

 ……そうだ、まずはスズとリンを助けてあげなきゃ!
 
「柾、ちょっと放して!」
「無理ですね。放せばまた逃げ出すでしょう?」

 柾はフンと鼻を鳴らす。
 
「いいから放してってば! その二人も外に出してあげなきゃならないの!」
「ああ、あのセキとかいう子どもの姉妹ですか」 

 宇柳はぐしっと腕で顔を拭うと立ち上がる。

「鍵を開けてやれ」 
「……セキを知ってるの? それに、助けてくれるの? 鬼だよ?」

 まさか、二人を助けるのに手を貸してもらえると思わずに、キョトンしながら問うと、宇柳は仕方が無さそうな顔で笑った。

「奏太様が、そのセキという鬼に約束してましたから。璃耀様は随分お怒りでしたが、だいぶ奏太様の信用を失ってしまいましたし、小さなことからでも、汚名返上が必要でしょう」
「……ねえ、待って、璃耀と奏太まで、鬼界に来てるの? 幻妖宮や人界で待っているんじゃなく?」

 璃耀は戦うことのできない文官だし、奏太はそもそも陰の気に堪えることすらできない人間だ。鬼界の環境は命取りでしかない。

「武官だけならまだしも、一体何を考えて……っ!」

 そう言いかけた時だった。
 
「シッ! 複数こちらへ来る足音が聞こえます。まだ遠いですが、急いだ方がよいでしょう」

 宇柳が不意に唇の前に人差し指をかざし、眉を顰める。確かに宇柳に言われて耳を澄ませば、カツカツといくつもの靴音が石に波響する音が聞こえてくる。さっさとこの場を離れた方がよさそうなのは確かだけど……

 ……本当にこのまま宇柳達と行くの?

 何のために鬼界に来たのか。妖界からも人界からも離れるのでは無かったか。このまま行けば、また元の通りに……

 カツン

 一際大きく、靴が石畳を踏む音が聞こえた。

 ドクンと心臓の音が鳴り、私はギュッと目を閉じた。
 
 ……いや、今はここを抜け出すことを優先しよう。帰るわけにはいかない、それだけは確かなのだ。後のことは、ここをでてから考えればいい。

「宇柳殿、陽動が必要なら、もう一つの火薬庫も爆発させてこようか?」
「……勘弁してください」

 柾の提案に、宇柳はうんざりした顔で言った。
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