【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

日の力

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 鎖でギチギチに巻かれ猿ぐつわまでされたまま叩き起こされたのは、大きな神社のような場所だった。
 
 今までの土地が砂と枯れ木ばかりだったのに対して、そこには元気に生い茂るとまでは言えないまでも緑の葉をつけた木々が生えていて、地面にも草花がある。
 
 鬼たちの会話から、『キガク城』という場所だとわかった。けれど、ところどころで煙が上がり騒然としていて、逆賊がどうとかこうとか、チラチラと聞こえてきて物騒な雰囲気に満ちている。

  
「確かに、女神とは違うな」

 ズキズキと頭も手のひらも酷く痛む状態で、城の前の開けた場所に跪かされた。目の前には漆黒の髪に二本の角の男がいて、赤い目で俺を見下ろした。
 
 周囲には俺と同じように、複数の鬼がボロボロの状態で縛り上げられ並べられているのが見えた。それを更に複数の武装した鬼が取り囲み睨みを利かせて見張っている。

「日の力を出すのは確かか?」

 赤目の鬼が俺を連れてきた鬼に尋ねる。
 
「はっ。実際に砂蟲に放つのを見ましたし、私も焼かれています」

 忌々しそうに俺を見下ろした鬼が、自分の手と腕を赤目の鬼に見せた。赤く腫れ上がり爛れた肌は、陽の気に焼かれた妖や鬼に見られる症状だ。

 赤目の鬼は、ふむ、と一つ頷いて、再び俺に視線を落とす。それから、離れたところで俺と同じように縛り上げられたボロボロの鬼のうちの一体を指さした。

「では、あれを焼いてみせろ」

 表情一つ変えずに発せられた言葉に、縛られたまま指をさされた鬼はギョッと目を見開き、慌てたように首を左右に振った。猿ぐつわをされているせいで言葉にはなっていないけど、やめてくれ、助けてくれと言う様に声を必死で上げている。
 
 まるで当たり前のように、誰かを簡単に傷つけ命を奪おうとする言葉に、捕らえられ無慈悲に攻撃されて落ちていった巽を思い出す。命乞いをする鬼を見ていられず、俺は目を伏せた。

 自分が襲われたり、友人の身を守るためだったり。危険が迫った時に鬼や妖に向けて陽の気を使うことはあった。さっき陽の気を使ったのだって、巽の事があったからだ。相手が鬼でも妖でも、陽の気を使う時には自分なりの理由があった。
 いくら相手が鬼でも、縛られ抵抗できない状態の者を、ただ陽の気を見せる為だけに焼くなんて、俺にはできない。

 しかし赤目の鬼は、表情を変えずに俺を見下ろした。
 
「なら、お前が肉塊になるか? 日の力を使えぬなど、食料にしかならないからな」 

 スラリと抜かれた細身の剣が首に突きつけられる。
 
 ……ただの脅しだ。
 
 冷静になれと、俺は自分に言い聞かせる。
 
 拠点の上空にいた時は、巽を失った怒りと胸の痛みでいっぱいになり頭に血がのぼった状態だったけど、殴られ気絶させられたせいか、今は妙に落ち着いていた。頭なのか胸なのかはわからないけど、自覚するくらいに冷え冷えとしている。

 ……陽の気を発したのを見た者がいる以上、どうせ、こいつらは簡単に俺を始末できないはずだ。

 ハクが日の力を使う女神と言われるくらい崇められているのだ。それだけ陽の気が貴重なのに、この程度のことで、その力の持ち主を処分できるわけがない。

 更にググっと切っ先を押し付けられてズキッと痛みが走ったけれど、俺はギュッと目を閉じ拒否の姿勢を示し続けた。
 
 これくらいのことで、こんなやつらに屈するつもりはない。こちらに害を及ぼすことも無く無抵抗な者を一方的に傷つけるような事はしたくない。俺は、こいつらとは違う。

 絶対に屈するかと奥歯を噛んで堪えていると、不意に上から、呆れたような、小さく息を吐く音が聞こえた。

「口の鎖を取ってやれ」

 赤目の鬼の声が聞こえ、ゆっくり目を開くと、赤目の鬼は面倒そうな顔で俺を見下ろしていた。

 ジャラジャラと音を立てて口に突っ込まれていた鎖が外される。今の今まで気付かなかったけど、口の中も怪我をしていたようで、痛みと血の味が広がった。

「関係のない鬼を焼くだけのことを何故拒否する。命が惜しくないのか?」
「……たとえ鬼でも、何もしてない奴に陽の気は使わない」

 俺の答えに、赤目の鬼は不思議そうに少しだけ眉を上げた。

「陽の気とは、日の力のことか? アレらは何もしていない者ではない。国に楯突こうとした反逆者の手下だ。どうせ放っておいても死罪になる」
「そんなの、そっちの都合だろ。反逆なんて俺には関係ない。自分が何かされたわけでもないのに、無闇に誰かを傷つけたくない。お前らとは違うんだ」

 命を奪うことを当たり前と考えるようなやつらと一緒にされたくない。何と言われようと、無抵抗の者に陽の気を使うつもりはない。

「日の力を見せ己の価値を示さなければ、命はないぞ」
「命はない? 目撃者もいるのに簡単に俺を殺して良いのか? 大事な力なんだろ。陽の気を使えるヤツは、鬼界には女神と俺しかいないのに」

 冷静というより、少しだけ自暴自棄になっているのかもしれないと思いながらも、挑発する言葉が止まらなかった。
 
 目の前の鬼がふっと屈んで赤い目を俺に合わせるようにして覗き込む。
 
「調子にのるなよ。反抗的な者を力付くで従順にさせる方法が無いわけではないのだぞ」

 低い声でそう言われる。赤目の鬼が体勢を変えて近づいたせいで、キリリと首の痛みが増す。でも……

「どれだけ脅されたって、お前らの言いなりになるつもりはない」

 俺は奥歯を噛んで睨み返す。
 と、赤い目の鬼は、何故か、虚を突かれた様な顔になった。

「……人とは非力で、生命が脅かされた途端、力ある者に従順になるものと思っていたが、お前はそうではないのか?」
「そんなヤツばっかりじゃないってことだろ」

 残念だけど、俺は脅されるのにも武器を突きつけられるのにも慣れてしまっている。巽のことを考えれば、多少切りつけられて血が流れたところで、どうってこともない。それに、簡単には殺されないと、半ば確信もある。
 
 しかし赤い目の鬼にとっては不思議だったのか、小さく首を傾げた。

「ただ脅すだけでは無意味ということか。日の力を見られれば良かったのだが、とんだ時間の無駄だったな。夜がくる前に出ねばならんというのに」 
「……陽の気を見せるだけでいいなら、相手はそのへんの枯れ木でも何でもいいだろ。何でわざわざ、自分と同じ鬼なんだよ」

 むしろ、首を傾げたいのはこっちだ。
 俺が言うと、赤目の鬼は今度こそ理解不能な顔になった。

「たとえ枯れていても貴重な木を焼くくらいなら、無価値な者を焼いたほうがマシだろう」 

 ……ああ、そうか。鬼界は植物が貴重なんだった。

 でも、人界でも、俺は金か人命かと問われたら人命が優先される世界で生きてきた。鬼の思考が理解できないのはこっちも同じだ。分かり合おうとも思わないけど。

「鬼とか動物とかじゃなきゃ、何でもいい。壁に放つだけでも陽の気は見えるんだから」
「……女神もそうだったが、自分の身が不安定な状態で、自分を売った村人や死罪の決まっている反逆者の命を気にするとは。人や妖のことわりはよく分からんな」

 妖の理は知らないけど、ハクは妖ではなく結だった頃の感覚のまま生きてる。どちらかといえば、人の理だ。俺と思考が似ているのはそのせいだろう。
 
「陽の気を見せるだけでいいなら、見せてやってもいい。誰かを焼かずに済むなら、それこそ何百倍もマシだ」

 一応、向こうの望みに応える姿勢を見せたからだろうか、赤目の鬼は目を細めて俺を見た後、スッと剣を下ろした。問答無用で言う事を聞かせようとするのではなく、こちらの話を聞く気があるらしいのが、なんだか意外だった。

「マソホ様、どうされますか?」 
「こいつは枯れ木を焼くと言ったが、女神は枯れ木を蘇らせた。燃えるか蘇るのかもわからん。枯れ木に使わせろ」

 赤目の鬼は少し考える素振りを見せたあと、俺を押さえている鬼にそう答えた。
 

 城の周囲には、枯れている木はない。城は丘のような場所にあったようで、複数の鬼に囲まれ、鎖を巻かれたまま引きずられるようにして丘を下り、緑のない場所まで連れて行かれた。
 城の周辺が一番緑が濃く、城から離れるにつれて葉の色に茶が混じり始め、次第に葉自体がなくなっていく。

 今まで見てきた砂と枯れ木だけの風景に戻った頃、一行は一本の木の前で止まった。

 手の鎖だけをほどかれ、腹を繋がれたまま、ドンと背中を突き飛ばされる。やじりの先端が背に当たるのを感じながら、俺は枯れ木に向き合った。

 さっき赤目の鬼は、女神が枯れ木を蘇らせたと言っていた。女神がハクなら、陽の気を注いだんだと思うけど、燃えずに蘇ったらしい。
 妖界のものに陽の気を注ぐと燃えるから、同じように燃えるものだと思っていたけど、鬼界で木に陽の気を注ぐとそうなるのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は手のひらの傷を避けるようにして手を合わせた。怪我をしてから放置していたせいだろうけど、手のひらは無残に赤紫色に腫れ上がっていて、パンと無造作に打ち付けることはできない。指の腹で何とか形を作っただけだ。
 
 それでも、頭の中の祝詞に合わせていつものように陽の気を注げば、キラキラした光が溢れた。真っ直ぐに枯れ木に吸い込まれていくと、確かに枯れ木は徐々に生気を取り戻すように枝を伸ばし葉をつけ始める。
 
 更に葉が増え、もっさり青々と生い茂らせた頃には、周囲の鬼たちが信じられないものでも見るように、ポカンとした顔で陽の気を浴びる木を見ていた。

「話には聞いていたが、これほどとは……」
日石ひせきをどれ程使えばこのようになるのか……」

 鬼たちのポツポツとした呟きが聞こえてくるなかで、赤目の鬼だけは、やはり、と納得するような表情を浮かべていた。
 
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