【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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鬼界編

日石の回収

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「⋯⋯ねえ、柊ちゃん。俺、一回、白日の廟に戻りたいんだ。ハクに協力してもらいたいんだけど……」
「はぁ!?」

 深淵や亘の事をぐるぐると考えつつ里の道をトボトボ戻りながら、頭の中で考えていたことをそのままポツリと零すと、柊士に素っ頓狂な声を上げられた。周囲の者達も目を剥いて俺を見る。

「お前、正気か? さっき、あの鬼に戻らないって啖呵切ったばかりだろ。あそこでどんな目に遭ったか覚えてないのか? 数日前の話だぞ」
「柊士様の仰る通りです。奏太様、どうか、お止めください」

 汐も、眉根を寄せて俺を見上げる。
 でもこれは、深淵に行くなら絶対に必要な事だ。

「別に、ずっと廟に留まるわけじゃないよ。ただ、日石を取って来たいんだ」
「……日石?」

 怪訝な顔をした柊士に、俺は首肯してみせる。

「今のところ、深淵に入って耐えられるのは陰陽の気を持つ俺とハクだけだ。だからって、俺とハクだけで深淵に入るのはいくらなんでも無謀過ぎるし、汐達も着いてくるって言うし、亘も連れ戻さないと……」
「馬鹿か! 二人だけでなんて、行かせられるわけないだろ!!」

 柊士はギョッとしたように声を荒げた。
 俺だって、そんな事は分かってる。だから、相談しているのだ。話は最後まで聞いてほしい。

「だから、護衛役たちが深淵に行けるようにしなきゃ。亘を連れ戻すにしても、俺の力だけじゃ無理だし⋯⋯。鬼が持っていっていたように、日石に相当するものが必要なんだ。陽の気を込めた結ちゃんの御守りでもちょっとだけ効果はありそうだったけど、たぶん、全然足りない。日石を一つ取ってきて構造を調べて、似たものを作らせないと」

 御守りでも多少効果を感じられたのだ。たぶん、構造自体は似通っているんだと思う。だから、御守りの改良版で何とかなれば、開発期間は短くて済むかもしれない。
 
「……例の呪物研究者に任せるつもりか?」
「うん。亘のめちゃくちゃな画をその通りに再現できるくらい腕が良いなら適任だと思う。短い期間で同行する者達の分を作らないないといけないから大変だけど、見本があるのと無いのとでは大違いだと思うし」

 サッと取ってサッと戻って来るだけだ。陽の気に満ちた廟の中なら危険も少ない。万が一、あの赤眼の鬼のように追ってこられても、身を焼かれている状態で何かができるとは思えない。

「……なら、俺が行って取ってくる」

 柊士は、少し考えるようにしたあと、仕方がないとばかりにそう言った。でも俺は首を横に振る。

「ダメだよ。柊ちゃんじゃ場所がわからないだろ」
「なら、鹿鳴さんに頼めばいい」
「万が一、鬼が後先考えずに飛び込んで来た時に、対抗できる手段があったほうがいい。鹿鳴さんは陽の気を使えないから」

 俺が言うと、柊士はピタリと足を止めた。

「何でも一人でやろうとするな、奏太。さっきも言っただろ。万が一のことがあれば、どうする?」

 柊士は眉間にギュッと皺を寄せて俺を見る。でも、それはこっちのセリフだ。
 
「頼るところは十分頼ってるよ。今回は俺がやった方が合理的だと思っただけで。柊ちゃんこそ、何でも俺やハクの事を一人で背負おうとしないでよ。そんな風に思い詰めてたら、また倒れる」
「奏太」

 咎めるような声で言われても、譲るつもりはない。

「助けてくれるなら、ハクと話す時間を早目に取れるように口添えしてよ。璃耀さんの補佐官を通さないと話せないって聞いたんだ」
 
 いくらここが結の故郷とはいえ、ハクは帝だ。妖界から世話をする者達がいつの間にか揃えられ、気づけば自由に会ったり話をしたりができない状態になっていた。
 俺の見舞いに来てくれていたのも、ハクがそう決めたから動けていただけで、こちらから会おうとすると、二三段階経る必要がある。

 すぐそこにいるのに、まどろっこしいことこの上ない。

 俺がじっと柊士の目を見ていると、観念したような溜息が聞こえてきた。

「……分かった。明日、会えるようにしておく。ただし、神社には俺も行く」
「あのさ、何でもかんでも背負うなって話をしてたつもりなんだけど……」
「お前と白月の二人に任せても碌なことにならない気がする。目が届くうちは、ちゃんと俺も見届ける」

 どうやら柊士にとっては、揃って鬼界に行くはずの俺達二人は信用ならないらしい。

「なんだよ、その不満そうな顔は。前科があるの、忘れてないからな」

 ハクと二人揃って、大人という大人にしこたま怒られた東京観光を思い出して、俺はうっと息を呑んだ。それから、小さく息を吐く。
 
「……分かったよ」

 余計な負担はかけたくなかったけど、仕方ない。チャチャっと取って、チャチャっと戻ってくることにしよう。


 翌日の夕方、約束通りにハクと話をすることができ、事情を説明したその足で大岩様のところへゾロゾロと向かうことになった。 
 約束の時間が夕方になったのは、面会予約時に栞が先んじて概要を伝えてくれていたからだ。
 護衛を付けないなら許可しないと、柊士と翠雨の見解が一致した結果である。

「確か、この辺りだったよね」
 
 大岩様の前に着くと、ハクは宙に向かって手をかざす。たとえ長期間鬼界にいても、人界に現れる禍々しい黒い渦は、いつ見ても慣れない。

 黒い渦から向こう側が見えはじめると、そこには思った通りに明るい廟の中の風景があった。
 日の力をためていない黒い日石は、大岩から一番遠い入り口付近の壁際に並べて置いてあったハズだ。

「これくらいでいいよね」
 
 人ひとりが通り抜けられるサイズになりハクがスッと手を下ろすと、ハクは警戒する護衛達に取り囲まれて後ろに下がる。

「気をつけてね! 奏太!」

 護衛達の間からヒョコッと顔を出したハクの声が聞こえた。

「奏太」

 柊士は未だに心配そうだ。

「大丈夫だよ、すぐに戻ってくるから」

 一応、何かあった時のために短刀だけは腰から下げているし、いざという時には陽の気がある。俺は、御守り代わりのそれを、軽く叩いた。

「じゃあ、行ってくる」

 黒い渦の中に一歩踏み出せば、鬼界とは思えない、明るい日に満たされた場所に出る。
 鬼界にいた時はこの明るさと温かさが有り難くて仕方がなかった。でも、人界の陽射しにあたった直後にもう一度来ると、光は曇りの日のように弱々しい事が分かる。

 草の地面に足を下ろし周囲を見れば、思っていた場所に黒い日石を入れておく為の入れ物があった。
 さっさと回収しようと駆け出し、黒の日石に手をかける。

 そこで、ふと廟の扉が開いままになっていることに気づいた。
 そして、その向こうに銀色に光る大きな何かがいることにも。

「日石の男だ!!」

 轟く様な声。
 日石を回収しようとしていたのか、俺達が戻って来るかもしれないと待機していたのか。全身を鎧に包んだ男が廟の中に踏み入ってきて、全身が粟立った。

 俺は慌てて黒の日石を掴んで白い渦に向かう。
 全身鎧は重たく動きにくいのか、ガチャガチャと音が大きく威圧感があるだけで動きは早くない。

「急げ! 奏太!」

 白い渦の向こうで、柊士が焦った顔でこちらに身を乗り出している。
 
 ……あと少し!

 そう思ったところで、俺を捕まえられないと思ったのか、全身鎧が思いも寄らない声を上げた。

「待て! お前、仲間を探してるんだろう? 捕らえられた奴らがどうしているか、知りたくないのか?」 
「……は?」

 足が一瞬止まりかけ、体が全身鎧の方を向く。

「何を言って……」 
「馬鹿、ハッタリだ! 足を止めるな!」

 気づけば白の渦のすぐ手前まで来ていたのだろう。
 グイッと柊士に力いっぱいに腕を掴まれた。そのまま思い切り引っ張られ、勢いのまま、ドサッと人界の地面に倒れ込む。

「白月、頼む!」

 柊士の声が半ば叫ぶように響く。
 しかし、それを受けるまでもなくハクが飛び出してきて、白の渦に向かってパンと手を打った。
 
 キラキラとした光を受けて結界が閉じていく。
 
 全身鎧がこちらに腕を伸ばしたけれど、ハクはお構い無しだ。最後、ギャァァァ! という声を残してポトッと鎧の腕の部分だけが落ち、周囲は再び、暗がりに包まれた。

 尻餅をついたまま呆然とそれを見ていると、柊士もまた俺の隣に座り込み、額に手を当てて大きな溜息をついた。

「あんなの真に受けんなよ馬鹿。その騙されやすい性格、どうにかしろ」
「でも、あっちには椿も残ってるし、もしもあれが本当なら……」
「お前が最後に見た時、どれほどの者たちが残ってた? そいつらは、妖界と人界の猛者たちのはずだが、そんなに簡単に捕まると思うのか? お前は、椿を信用していないのか?」

 柊士に言われ、俺はグッと口を噤む。
 結界を閉じ終わったハクもちょこんと俺の前に座り込んだ。

「向こうに居るのは、カミちゃんと璃耀と蒼穹が厳選した者たちだし、蒼穹本人もいるからね。戦力も隠伏の技術も、油断さえしなければ、ちゃんと実力者が揃ってるハズだよ。人界の妖だって柾も空木も残ってるんだし、そんなに心配しなくても大丈夫じゃないかな。うまく隠れてると思うよ」 
「証拠もないのに、鬼の言葉なんかに惑わされるな。汐、巽、浅沙あさざこん哉芽かなめ、お前ら全員、こいつのこと、ちゃんと見とけよ」
「「はい」」
 
 なんというか、従兄姉二人に未熟さを指摘されたような気分だ。案内役護衛役に対して釘までさされてしまった。

「……ごめん」

 呟くように謝ると、柊士は仕方が無さそうな表情をしてから俺の手に視線を落とす。
 
「それで、取ってこれたのか?」

 柊士に言われて見下ろせば、しっかり、黒の日石がほんの少しだけ色を薄くして握り込まれていた。
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