263 / 297
鬼界編
亘との再会①
しおりを挟む
「亘っ!!!」
俺が声を上げた途端、冷たい目がこちらを向く。そして、もう一人に何事か言われたのを無視して、バサリと背の翼を羽ばたかせた。
こちらへ駆けてきていた虚鬼達と護衛達がぶつかり、巨大な虚鬼もまた、妖も赤眼の鬼の部下達も関係なく襲いかかる。敵味方の区別なく、鬼も妖もその対応に追われ始めた。
「この縄を解け! 闇の眷属を前に争っている場合ではない!」
赤眼の鬼が叫ぶ。
「奏太様、どうしますか!? 虚鬼に対抗する手が足りないのは確かです! 奏太様!」
「巽、解放して! 奏太、ぼうっとしてないで、しっかりして!」
俺の代わりにハクが巽に許可を出す声が聞こえる。
「奏太様、確かに亘のように見えますが、何処か様子が変です。お気をつけください!」
汐が近くまで来て俺の手首を引く。
スラリと刀を抜き、切っ先を光らせた亘は、ゆっくりとこちらに向かってくる。その目はじっと俺を見据えたままだ。
「白月様! お下がりください!」
ハクが妖界の武官に遠ざけられるのを横目に、俺はどうしても動けなかった。亘が何故あちらにいるのか、本当に俺達に気づかないのか、俺を見た後でもこちらに戻ってこないのは何故か。
「奏太様もお下がりください! 巽、奏太様を!」
哉芽が虚鬼の相手をしながらそう叫ぶ。
「……本当に、闇に囚われたのか?」
俺の真上、見下ろす視線は、常に敵に向けられていたものだ。少なくとも、自分に向いたことのない目。
「亘さん! しっかりしてください!」
赤眼の鬼を解放した巽が、守るように俺の前に出た。
「何故」
バサリバサリという羽音と共に、亘の低い声が落ちてくる。手に持つ刀の切っ先を、真っすぐに俺に向けて。
「何故、あの方の姿を装う? お前は何者だ? 何が狙いだ?」
「……何を、言ってるんだよ?」
「何故、あの方の姿をしているのかと聞いている。あの方は、あの時……虚鬼に……喰われた……はず……なのに……」
亘は苦しそうに眉根を寄せて片手で目元を覆い、ギリッと奥歯を鳴らした。
「亘、奏太様が分からないの? その刀を下ろしなさい!」
汐も、俺の手首を握ったまま、亘を見据える。しかし、ふっと顔から手を放した亘の目は、巽のことも汐の事も映していなかった。ただ一点、俺を見据えるだけ。
「……あの方って、誰のことだよ?」
「私の、唯一の主だ。たった御一人、残されていたはずの、私の……」
会話はできているのだ。意思はある。心を無くした虚鬼のように、ただ襲いかかって来るわけではない。
でも、俺に向けられているのは、問答無用で敵に刃を向ける時の目。言葉が通じる気がしない。俺は目の前にいるのはずなに、俺じゃない誰かを見ている。
「少なくとも、お前のような偽物ではない」
「馬鹿なこと言うなよ。お前は、俺の護衛役だろ!」
「何処の馬の骨とも知らぬお前が、あの方を騙るな!!」
不意に、亘が思い切り刀を振り上げた。
「奏太様!!」
そのまま真っすぐに下降し向かって来るのを、巽が刀を構えて受け止めようとする。しかし、巽と亘では力量差がありすぎる。たった一振り。刃の閃きが見えたと思うのとほぼ同時に、巽が地面に崩れ落ちたのが目に映った。
更に、慌てた汐にグイッと腕を引き寄せられ、代わりに汐が前に出る。けどそれも、亘の刀の柄で容赦なく胸を突かれて突き飛ばされた。
「巽! 汐!」
声を上げかけた瞬間、グイッと荒っぽく肩のあたりを掴まれ、体のバランスが崩れる。そのまま後ろ向きに体が傾き、ダンッ! と背と頭を地面に打ち付けた。
あまりの痛みとチラチラする視界にギュッと目を瞑ると、鋭い痛みが首筋に走る。目を開ければ、亘の顔がすぐ近くにあり、刃が首に当てられていた。
「……まさか、俺を殺すつもりか、亘?」
「お前の狙いは何だ? 何故あの方の姿をする?」
「狙いなんてない。お前、誰に何を吹き込まれた? お前の主が日向奏太で合ってるなら、今、ここにいるだろ。それとも、この短い期間で主を変えたのか?」
亘の目を見据えて問えば、肩を押さえていた手でギリリッと首を絞められた。
「鬼に喰われたあの方に成りすまし、あの方を侮辱するような真似が、許されると思うのか」
「……鬼に……喰われた……? 馬鹿、言うなよ……」
手を放させようと両手で亘の手を掴み、痛みと苦しさに途切れ途切れに言えば、更に力が込められる。
「う……うぅ……っ!」
「余程、死にたいらしいな」
亘は刀をパッと持ちかえ、そのままそれを振り上げ――
横腹のあたりに悲鳴も上げられないほどの激痛が走った。何度か経験のある痛み。見なくても分かる。自分の腹を刺されたってことくらい。
「奏太様!!」
誰かは分からないけど、そんな悲鳴が聞こえた。
「……ふざ……けんなよ……亘……」
引き絞られるような声しかでてこない。息をするだけで腹が痛む。しかし、亘の表情は変わらない。凍りつくような目で俺を見下ろすだけだ。
「このまま腸を引きずり出されたくなければ目的を言え」
「……んなもん……あるわけ、無いだろ。……目……覚ませ……馬鹿……っ!」
そう返せば、本当に腹を裂くつもりなのか、刺されたところに再び激痛が走り、その範囲がズズッと少しだけ広がる。
「ぐっ……うぅぅう……っ!」
少しでも話せれば、そう思ったけど、亘は全く聞く耳を持たない。絶え絶えに息をするしかできないこの状況では、本当にこのまま殺されてしまいそうだ。
結を……ハクを、その手に掛けたと思い詰めていた亘の姿が脳裏に過る。
俺はグッと奥歯を噛んだ。
……たとえ正気を失っている状態だったとしても、亘に殺されるわけにはいかない。
俺は自分の腹のあたりを探り、ヌメヌメと生暖かく濡れる手と、自分の首を押さえつけている手を掴んだ。それから、自分の手にありったけの陽の気を集める。
掴んだ手から亘の体に集中すれば、汐達と同じように亘の中で循環しているはずの灰色の陰の気は、俺の中にあるドス黒い色と同じ色味になっていて、胸のあたりが濃く塗りつぶされているのが見えた。
「……やっぱり……闇に……支配……されたんだな……」
心の中に、やりきれない思いが広がっていく。
中途半端に脅したって、亘はこの手を放さないだろう。俺はそのまま、亘の中に叩きつけるように陽の気を注ぎ込んだ。一切の遠慮なく、体の中の黒い陰の気を祓うように。
俺の手から亘に向かって陽の気が流れ込むと、亘はキラキラと光る陽の気に驚き、苦痛に表情を歪めた。更に陽の気を流せば、バッと俺の上から飛び退く。
しかし、体の一部が酷く焼けただれているのに、俺から離れた亘は自分の体を気遣う素振りも痛みを堪えるような様子もない。ただ、じっと立ち尽くして俺を見ていた。
「……何故……陽の気を……」
ポツリと驚愕と動揺が入り混じったような亘の呟きが聞こえる。
「だから……本物だって……言ってる、だろ……」
腹が痛すぎて体を起こすのもできない。でも、俺の陽の気が入り込んだ瞬間、ほんのちょっとの間だったけど、闇のような黒さだった亘の中の陰の気が、僅かに薄まったような気がした。
亘が俺の言葉に耳を傾けようとしている様子がわかる。正直、意識を保っているのもやっとだけど、話すなら、今しかない。
けれど、そう思った途端、
「かかれ!!」
という誰かの怒号が、遥か上空で飛んだ。それとともに、見覚えのある大きな黒犬が、俺と亘の間に入る。
「主と袂を分かつことにしたのか? 亘」
ハクが呼んでいた迎えのうちの一人なのだろう。
何処か楽しそうな黒犬の声。期待したところで意味がないのは分かってるけど、黒犬は全然、空気を読もうとはしてくれない。
「……柾……待て……」
亘を正気に戻さないといけない。陽の気で怯んだ今がチャンスかもしれないんだ。
けど、柾はまるで俺の声を聞いていない。それどころか、尻尾を大きく振り、楽しそうに亘に向かって飛びかかっていった。
「待て……って……っ!」
腕を伸ばし引き止めようとしたけど、痛みと熱っぽさで頭が朦朧として、目が霞む。
不意に、腹にバシャっと冷たい水をかけられ、体がグイッと柔らかいものに抱きかかえられた。
「奏太様っ!!」
「……つ……ばき……? 柾を……止めて、亘を……」
椿は眉根を寄せて亘達の方に目を向けた後、小さく頭を振った。
「何を仰っているのです。これほどの重症を負っておきながら。今は、亘さんのことではなく、御自身の事をお考えください」
「椿、頼むから」
「なりません」
椿の真剣な目にじわっと涙が浮かぶ。
「せっかくお会いできたのです。どうか、御自愛ください……奏太様……」
「……椿」
「亘さんの事は、柾さんにお任せしましょう。御二人は長い付き合いです。きっと何とかしてくださるでしょう。奏太様は怪我の手当てが先です」
俺は戯れるように亘の相手をしている黒犬に目を向ける。亘自身は忌々しそうな顔で柾の相手をしているけど、当の柾は生き生きと楽しそうだ。
椿の言葉に頷いて俺はふっと力を抜いた。
里でも間を割って入って二人を止められる者は少数だと聞いた。柾が喜び勇んで行った以上、動こうとしない椿と、一歩も動けもしない俺に何とか出来る気がしない。
「……椿、汐と巽は?」
俺が聞くと、椿は何処かに視線を向ける。そこに二人がいるのだろう。
「他の武官が見ています。二名とも動けてはいるようなので、大丈夫でしょう。ご安心ください」
「虚鬼は?」
「地上に居たものは全て始末されています。あとは、あの巨大な鬼と、翼を持つもう一体だけです。そちらもすぐに片がつくでしょう」
ひとまず、あの虚鬼達がどうにかなりそうなら良かった。
「ハクも無事?」
「ええ、お元気そうに見えます。ちょうど、いらっしゃいましたよ」
椿の声とともに、ひょこっとハクの顔が真上から覗いた。不満いっぱいの表情だ。
「私、奏太を頼むって、ついさっき柊士に言われたばっかりなんだけど」
「……ごめん」
俺が言うと、ハクは大きく息を吐き出した。
「生きてて良かったよ、ホント」
俺が声を上げた途端、冷たい目がこちらを向く。そして、もう一人に何事か言われたのを無視して、バサリと背の翼を羽ばたかせた。
こちらへ駆けてきていた虚鬼達と護衛達がぶつかり、巨大な虚鬼もまた、妖も赤眼の鬼の部下達も関係なく襲いかかる。敵味方の区別なく、鬼も妖もその対応に追われ始めた。
「この縄を解け! 闇の眷属を前に争っている場合ではない!」
赤眼の鬼が叫ぶ。
「奏太様、どうしますか!? 虚鬼に対抗する手が足りないのは確かです! 奏太様!」
「巽、解放して! 奏太、ぼうっとしてないで、しっかりして!」
俺の代わりにハクが巽に許可を出す声が聞こえる。
「奏太様、確かに亘のように見えますが、何処か様子が変です。お気をつけください!」
汐が近くまで来て俺の手首を引く。
スラリと刀を抜き、切っ先を光らせた亘は、ゆっくりとこちらに向かってくる。その目はじっと俺を見据えたままだ。
「白月様! お下がりください!」
ハクが妖界の武官に遠ざけられるのを横目に、俺はどうしても動けなかった。亘が何故あちらにいるのか、本当に俺達に気づかないのか、俺を見た後でもこちらに戻ってこないのは何故か。
「奏太様もお下がりください! 巽、奏太様を!」
哉芽が虚鬼の相手をしながらそう叫ぶ。
「……本当に、闇に囚われたのか?」
俺の真上、見下ろす視線は、常に敵に向けられていたものだ。少なくとも、自分に向いたことのない目。
「亘さん! しっかりしてください!」
赤眼の鬼を解放した巽が、守るように俺の前に出た。
「何故」
バサリバサリという羽音と共に、亘の低い声が落ちてくる。手に持つ刀の切っ先を、真っすぐに俺に向けて。
「何故、あの方の姿を装う? お前は何者だ? 何が狙いだ?」
「……何を、言ってるんだよ?」
「何故、あの方の姿をしているのかと聞いている。あの方は、あの時……虚鬼に……喰われた……はず……なのに……」
亘は苦しそうに眉根を寄せて片手で目元を覆い、ギリッと奥歯を鳴らした。
「亘、奏太様が分からないの? その刀を下ろしなさい!」
汐も、俺の手首を握ったまま、亘を見据える。しかし、ふっと顔から手を放した亘の目は、巽のことも汐の事も映していなかった。ただ一点、俺を見据えるだけ。
「……あの方って、誰のことだよ?」
「私の、唯一の主だ。たった御一人、残されていたはずの、私の……」
会話はできているのだ。意思はある。心を無くした虚鬼のように、ただ襲いかかって来るわけではない。
でも、俺に向けられているのは、問答無用で敵に刃を向ける時の目。言葉が通じる気がしない。俺は目の前にいるのはずなに、俺じゃない誰かを見ている。
「少なくとも、お前のような偽物ではない」
「馬鹿なこと言うなよ。お前は、俺の護衛役だろ!」
「何処の馬の骨とも知らぬお前が、あの方を騙るな!!」
不意に、亘が思い切り刀を振り上げた。
「奏太様!!」
そのまま真っすぐに下降し向かって来るのを、巽が刀を構えて受け止めようとする。しかし、巽と亘では力量差がありすぎる。たった一振り。刃の閃きが見えたと思うのとほぼ同時に、巽が地面に崩れ落ちたのが目に映った。
更に、慌てた汐にグイッと腕を引き寄せられ、代わりに汐が前に出る。けどそれも、亘の刀の柄で容赦なく胸を突かれて突き飛ばされた。
「巽! 汐!」
声を上げかけた瞬間、グイッと荒っぽく肩のあたりを掴まれ、体のバランスが崩れる。そのまま後ろ向きに体が傾き、ダンッ! と背と頭を地面に打ち付けた。
あまりの痛みとチラチラする視界にギュッと目を瞑ると、鋭い痛みが首筋に走る。目を開ければ、亘の顔がすぐ近くにあり、刃が首に当てられていた。
「……まさか、俺を殺すつもりか、亘?」
「お前の狙いは何だ? 何故あの方の姿をする?」
「狙いなんてない。お前、誰に何を吹き込まれた? お前の主が日向奏太で合ってるなら、今、ここにいるだろ。それとも、この短い期間で主を変えたのか?」
亘の目を見据えて問えば、肩を押さえていた手でギリリッと首を絞められた。
「鬼に喰われたあの方に成りすまし、あの方を侮辱するような真似が、許されると思うのか」
「……鬼に……喰われた……? 馬鹿、言うなよ……」
手を放させようと両手で亘の手を掴み、痛みと苦しさに途切れ途切れに言えば、更に力が込められる。
「う……うぅ……っ!」
「余程、死にたいらしいな」
亘は刀をパッと持ちかえ、そのままそれを振り上げ――
横腹のあたりに悲鳴も上げられないほどの激痛が走った。何度か経験のある痛み。見なくても分かる。自分の腹を刺されたってことくらい。
「奏太様!!」
誰かは分からないけど、そんな悲鳴が聞こえた。
「……ふざ……けんなよ……亘……」
引き絞られるような声しかでてこない。息をするだけで腹が痛む。しかし、亘の表情は変わらない。凍りつくような目で俺を見下ろすだけだ。
「このまま腸を引きずり出されたくなければ目的を言え」
「……んなもん……あるわけ、無いだろ。……目……覚ませ……馬鹿……っ!」
そう返せば、本当に腹を裂くつもりなのか、刺されたところに再び激痛が走り、その範囲がズズッと少しだけ広がる。
「ぐっ……うぅぅう……っ!」
少しでも話せれば、そう思ったけど、亘は全く聞く耳を持たない。絶え絶えに息をするしかできないこの状況では、本当にこのまま殺されてしまいそうだ。
結を……ハクを、その手に掛けたと思い詰めていた亘の姿が脳裏に過る。
俺はグッと奥歯を噛んだ。
……たとえ正気を失っている状態だったとしても、亘に殺されるわけにはいかない。
俺は自分の腹のあたりを探り、ヌメヌメと生暖かく濡れる手と、自分の首を押さえつけている手を掴んだ。それから、自分の手にありったけの陽の気を集める。
掴んだ手から亘の体に集中すれば、汐達と同じように亘の中で循環しているはずの灰色の陰の気は、俺の中にあるドス黒い色と同じ色味になっていて、胸のあたりが濃く塗りつぶされているのが見えた。
「……やっぱり……闇に……支配……されたんだな……」
心の中に、やりきれない思いが広がっていく。
中途半端に脅したって、亘はこの手を放さないだろう。俺はそのまま、亘の中に叩きつけるように陽の気を注ぎ込んだ。一切の遠慮なく、体の中の黒い陰の気を祓うように。
俺の手から亘に向かって陽の気が流れ込むと、亘はキラキラと光る陽の気に驚き、苦痛に表情を歪めた。更に陽の気を流せば、バッと俺の上から飛び退く。
しかし、体の一部が酷く焼けただれているのに、俺から離れた亘は自分の体を気遣う素振りも痛みを堪えるような様子もない。ただ、じっと立ち尽くして俺を見ていた。
「……何故……陽の気を……」
ポツリと驚愕と動揺が入り混じったような亘の呟きが聞こえる。
「だから……本物だって……言ってる、だろ……」
腹が痛すぎて体を起こすのもできない。でも、俺の陽の気が入り込んだ瞬間、ほんのちょっとの間だったけど、闇のような黒さだった亘の中の陰の気が、僅かに薄まったような気がした。
亘が俺の言葉に耳を傾けようとしている様子がわかる。正直、意識を保っているのもやっとだけど、話すなら、今しかない。
けれど、そう思った途端、
「かかれ!!」
という誰かの怒号が、遥か上空で飛んだ。それとともに、見覚えのある大きな黒犬が、俺と亘の間に入る。
「主と袂を分かつことにしたのか? 亘」
ハクが呼んでいた迎えのうちの一人なのだろう。
何処か楽しそうな黒犬の声。期待したところで意味がないのは分かってるけど、黒犬は全然、空気を読もうとはしてくれない。
「……柾……待て……」
亘を正気に戻さないといけない。陽の気で怯んだ今がチャンスかもしれないんだ。
けど、柾はまるで俺の声を聞いていない。それどころか、尻尾を大きく振り、楽しそうに亘に向かって飛びかかっていった。
「待て……って……っ!」
腕を伸ばし引き止めようとしたけど、痛みと熱っぽさで頭が朦朧として、目が霞む。
不意に、腹にバシャっと冷たい水をかけられ、体がグイッと柔らかいものに抱きかかえられた。
「奏太様っ!!」
「……つ……ばき……? 柾を……止めて、亘を……」
椿は眉根を寄せて亘達の方に目を向けた後、小さく頭を振った。
「何を仰っているのです。これほどの重症を負っておきながら。今は、亘さんのことではなく、御自身の事をお考えください」
「椿、頼むから」
「なりません」
椿の真剣な目にじわっと涙が浮かぶ。
「せっかくお会いできたのです。どうか、御自愛ください……奏太様……」
「……椿」
「亘さんの事は、柾さんにお任せしましょう。御二人は長い付き合いです。きっと何とかしてくださるでしょう。奏太様は怪我の手当てが先です」
俺は戯れるように亘の相手をしている黒犬に目を向ける。亘自身は忌々しそうな顔で柾の相手をしているけど、当の柾は生き生きと楽しそうだ。
椿の言葉に頷いて俺はふっと力を抜いた。
里でも間を割って入って二人を止められる者は少数だと聞いた。柾が喜び勇んで行った以上、動こうとしない椿と、一歩も動けもしない俺に何とか出来る気がしない。
「……椿、汐と巽は?」
俺が聞くと、椿は何処かに視線を向ける。そこに二人がいるのだろう。
「他の武官が見ています。二名とも動けてはいるようなので、大丈夫でしょう。ご安心ください」
「虚鬼は?」
「地上に居たものは全て始末されています。あとは、あの巨大な鬼と、翼を持つもう一体だけです。そちらもすぐに片がつくでしょう」
ひとまず、あの虚鬼達がどうにかなりそうなら良かった。
「ハクも無事?」
「ええ、お元気そうに見えます。ちょうど、いらっしゃいましたよ」
椿の声とともに、ひょこっとハクの顔が真上から覗いた。不満いっぱいの表情だ。
「私、奏太を頼むって、ついさっき柊士に言われたばっかりなんだけど」
「……ごめん」
俺が言うと、ハクは大きく息を吐き出した。
「生きてて良かったよ、ホント」
0
あなたにおすすめの小説
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる