【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
273 / 297
鬼界編

鬼の都の災禍①

しおりを挟む
「あそこですね」

 朱に乗ってどれほど経ったか。視線の先には以前に見た鬼たちの都があった。
 
 しかし、そこに広がる光景は、当時の様子からは完全に掛け離れたもの。
  
 以前は人界の山里のように草木が生え、うねる道に家々が軒を連ね、日暮れだったから鬼の姿はまばらだったけど、それでも、一見平和そうに見えた。

 しかし今は、草木が枯れかけ、あちらこちらから燻る煙が上がり、夜なのにワーキャー叫ぶ声が響いている。

 虚鬼が道を跋扈し、身なりの良い女子どもを追い回し、男は何とか虚鬼と戦おうと武器や棒のようなものを振り回し、別の場所では力敵わず鋭い爪に体を引き裂かれて押し倒される者がいる。
 家の扉は無残に破られ、中からズルズルと血まみれのまま引きずり出されていたり、道の真ん中で虚鬼に食いつかれている者も。

 地獄絵図を現実世界に引っ張り出してきたような光景。

 完全にすべてが深淵にのまれたわけではない。でも、濃い陰の気が漂っている。

「想像以上に良くない状況ですね」

 朱が苦虫を噛み潰したように言った。

「闇の発生源は、右前方の城壁のあたりでしょう」

 朱の言う方角を見れば、城にほど近い一角を深淵ほどの闇が覆い、さらにその中に黒い闇を濃縮したような場所があった。まるでそこが核だと主張するように。

 闇は都と城の両方に手を広げ、一部を既に侵食している。範囲は次第に拡大していき、さらに、それに引き寄せられるように、離れたところにあった深淵が、まるで天気の急変を告げる黒雲のように、少しずつ、しかし確実に近づいてくるように見えた。

「とりあえず、俺、あれを祓ってきます」
「奏太!」

 ハクが咎めるような声をあげたけど、朱はコクと頷く。

「若様に行って頂いた方が良ろしいでしょう。あれほどの闇を祓うには、かなりの力を必要とします。姫様の気の力では、少々心許ないかと」
「そんな事まで分かるんですか?」

 陽の気の力の強さが分かるとは思わず目を瞬くと、朱は小さく笑った。

「これ程長く御二方をお乗せしていれば、さすがに分かりますよ。決して姫様の力が弱いわけではありませんが、若様は神の力の一部を宿していますからね」
「……でも……」
「大丈夫だよ。あれを祓ったのは初めてじゃないし、あの時と違って、今なら負担も少ないと思うから」

 前回は、あれを三箇所祓って限界だった。深淵の耐え難い陰の気のせいで、余計に陽の気を消費していたのも、たぶん良くなかった。
 でも、今は深淵に入っても余裕がある。あの時のようにはならないだろう。

「ハクは、朱さんと廟の様子を見てきてよ。終わったら、すぐ合流する」

 俺はそう言うと、周囲を見回した。
 護衛役達はしっかり俺達を囲むように飛んでいる。巽も朱の真下で、チラチラ俺の様子を見ては、異常がないか確認している。
 その中で、俺は一番近くを飛んでいた椿に目を留めた。

「椿、今の話、聞いてた?」
「はい。概ね、お話は理解しました」
「俺はあれを祓いにいく。このまま椿に飛び移るから、うまく拾ってよ」

 俺が言うと、椿はぎょっとしたように目を見開いた。汐もまた、険しい顔で声を荒げる。

「奏太様、おやめください!」
「危険です! せめて、下に降りてから……」

 でも、この大所帯だ。ハクも乗っている以上、朱が下に降りれば、いちいち全員が下に降りなければならなくなる。ただでさえ地上は虚鬼のせいで大混乱なのだ。朱から乗り換えるだけで時間を浪費するのは、どう考えても非効率的すぎる。

「大丈夫だよ、万が一のことがあっても、巽がいるし。無駄な時間を使いたくない。椿が拾ってくれれば問題ないよ。念の為、浅沙と哉芽も下にいて」

 俺が側を飛ぶ護衛役に目を向けて言うと、二人は困ったように顔を見合わせた。しかし、微妙な顔をしながらも、一応指示に従って移動してくれる。聞き分けが良い。
 
「奏太様!!」

 汐が叫ぶのを聞きながら、俺は浅沙と哉芽が真下で俺を拾い上げられる位置についたのを確認した。

 優秀な護衛役がこれだけいるのだ。万が一にも、地面に叩きつけられる事にはならないと思うのに、心配しすぎだ。
 
 巽は二人が急に降りてきた事に首を傾げていたが、たぶん浅沙が事情を話したのだろう。

「今すぐ中止してください! 奏太様っ!!」

という泣き叫ぶような声が聞こえてきた。
 
 そうは言っても、巽には悪いけど、俺はもう椿に飛び移る姿勢になってしまっている。今更中止するつもりはない。

「……巽、かわいそうに……」

 そんなハクの呟きを背に、俺は亘を抱え、揺れる朱の背の上でうまくバランスを取りながら椿に向かってバッと飛び出した。

「奏太様!!」

 汐と巽の悲鳴が響く。

 しかし、すぐに俺の体は椿の柔らかな体に拾い上げられた。ほとんど落ちていなかったのではと思うくらいの時間差だ。

「さすが、椿」

 俺が言うと、椿は不満いっぱいの声を出した。

「人界に戻ったら、きっちり柊士様に叱っていただきますから!」
「椿を信頼してるから飛び降りたんだ。これくらい、見逃してよ」
「僕は、絶っ対に、見逃したりしませんからねっ!!!」

 椿ではなく、涙目の巽から喚き声が返ってくる。更に、

「奏太様、状況が落ち着かれたら、柊士様の前に、まずは私としっかりお話しをしましょうね」

と、汐がキレイな笑みを浮かべた。

 俺は、ハハッと誤魔化し笑いをする。人界に戻る頃には皆がすっかり忘れている事を祈るとしよう。

 そんな事を思いながら、俺は城壁の暗闇に目を向ける。 

「椿、御守りの陽の気はまだある?」
「はい。暖かさに変化はありません」

 念の為に確認すれば、そう確かな声が戻ってきた。

「ハク、廟の方は頼むよ。ついでに、淕も連れてって!」

 朱に乗るハクに声をかければ、淕がぎょっと目を剥いた。

「何を仰るのですか! 私も、奏太様と共に……っ!」
「柊ちゃんの事が心配で仕方ないんだろ? ハクと行って、状況を確認してきなよ。 気もそぞろな状態でついてこられても困るし」

 人界の大岩神社に影響があると聞いてから、淕はずっとソワソワしている。隠そうとはしてるけど、柊士の事が気になって仕方ないと完全に顔に書いてあるのだ。柊士に気を取られている時の淕は、正直信用できない。

 図星だったのだろう。淕が言葉を失っている間に、俺は椿の背をトントンと軽く叩いた。

「行ける? 椿」
「はい。もちろんです」

 すると、ハクから声が飛んでくる。
 
「奏太、絶対に無茶しないって約束して!」
「俺は大丈夫! ハクも気を付けて!」
 
 俺はそうハクに呼びかけながら、今度は自分の周囲を囲む者達を見回した。

「俺は陰の気が一段濃い場所に行く。負傷者と、御守りの陽の気が心許ない者はついてこなくて良いから、ハクの方に回って」
「こちらは皆、問題ありません。人界の者は奏太様にお供いたします!」

 空木の頼もしい声が響く。きちんと、人界の武官達の状況を確認してくれていたようだ。さすが、柾の補佐官だと思う。

 俺はふっと亘に目を向ける。できたら、陰の気の濃い場所には連れて行きたくない。でも、また離れた隙に闇の女神に奪われたらと思うと、心配で目を離すのも不安になる。

「亘が心配ですか?」

 汐が俺の様子をに気づいたように声を掛けてきた。

「せっかく濃い陰の気を祓ったのにまた支配されたらと思うと、ちょっとね」 
「きっと、大丈夫ですよ。陽の気の御守りもありますから」

 ……御守り、か……
 
 俺は、首にかかっていた結のお守りを手に取る。深淵の濃い陰の気の中で、俺を支えてくれたものだ。もしかしたら、少しでも陰の気を退ける力になるかもしれない。

 首から御守りを取り外し、ギュッと握りこむ。それから、これ以上、闇に良いようにされないように、そう願いながら陽の気をこめた。

 亘の首に結の御守りを重ねてつければ、汐が僅かに眉尻を下げる。
 
「良ろしいのですか? ずっと大切に首から下げていらっしゃったのに」
「ちょっと貸すだけだよ。人界に帰ったら、本人に返してもらう」

 いざという時に、無抵抗なままの亘を闇から守ってくれればいい。

 俺はそれだけ言うと、もう一度、椿の背を軽く叩いた。

「行こう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...