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鬼界編
主従の契約
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「……なんか、ズルくないですか?」
巽が突然、不満気に呟いた。
「……何が?」
「だって、そいつ新入りなわけじゃないですか。それなのに、ずっとお仕えしてきた僕らを差し置いて、奏太様から力を賜って眷属になるんですよね?」
「……まあ、そうなるけど……」
この場合、成り行き上しかたないし、力を与えると言っても、たぶん強くなるとかそういう類のものじゃない。ただの主従契約くらいの位置づけだと思うんだけど……
「朱、俺がマソホに力を与えたら、主従関係以上に何か変化があるの?」
「力の加減によりますが、一滴程度であれば、危機に面したときに多少護りの力が働くのと、奏太様の配下に置かれるので、与えたよりも弱い力であれば、他者に支配されるようなことはなくなります。そこの鷲が闇の女神に支配されたような場合に、抵抗の力が働くということです。それから、主の力に縛られるということでもあるため、貴方様に危害を与えられなくなる、といったところでしょうか」
……なるほど。
闇の女神がまだ居たら、本人達の考え方次第だけど、力を与えても良かったかも知れない。でも、そういう脅威はもう居ない。意味があるとしたら、多少の護りの力くらいだろう。
「ちなみに、一滴以上あたえると、どうなるの?」
「一度に多くを与えるのは互いの負荷が大きいのでおすすめしませんが、与える力の量によって、相互の作用が強くなっていきます。貴方様からの命令の強制力が増す代わりに、得られる力が増し、関係性が強固になることで主にお仕えできる時間そのものが延びます。我らは、先代によって永きにわたり少しずつ、多くの力をいただいたため、不死となり、力を得ました。その代わり、貴方様が神力を用いた命令をなされば、逆らうことは出来ません。名実共に、貴方様の眷属となっていく、ということなのです」
朱達は、本当に長い間、御先祖様に尽くしてきたのだろう。そして、御先祖様も、力を少しずつ与えてきた。誇らしそうな顔で語る朱に御先祖様と朱達の絆が見えるような気がした。
そこへ、突然俺が主に代わったのだ。不満はないのだろうかと、不安になる。それに相応しい行いをしなければならないんだろうけど……
そんな事を考えながら、日向の護衛役達を見回せば、難しい顔をする亘と視線がぶつかった。
亘はじっと俺を見たあと、その場に、ざっと膝をつく。
「奏太様の負担にならない程度に、力をお与えください。これ以上、貴方以外の何者にも支配されぬように、貴方の命令に逆らえぬように」
「はあ? もう、闇の女神は居ないのに?」
「心を支配しようとする者など、どこにでも居ます。湊もそうだったでしょう?」
正確には、その力があったのは湊の母親の血。でも、確かに湊はそれを利用しようとしていた。あれを使って俺を支配しようとした拓眞でさえも、湊に操られていたようだと、あとから聞いた。亘が言うように、もしかしたら、そういう力は、他にもあるのかもしれない。でも……
「償いのつもりなら、別の方法でもいいだろ。主従であることを強制するのは嫌なんだ」
俺が守り手である以上、今までだって、対等ではなかった。でも、自由を縛るような関係ではなかったはずだ。柾が自分で望んで守り手の護衛役を外れたように。
「……それに、お前は……」
俺は、そこで口を噤む。自分で言いかけておいて、失敗したと思った。
「私が、何です?」
亘は訝し気に眉を顰める。
俺はその顔を見ていられずに、ふっと視線を逸らした。
「……力を与えて関係が強まるってことは、主を、俺一人に決めるってことだろ。それで良いのかって……ことだよ」
「はい? 貴方以外に、誰が?」
「誰がって……」
何で疑問形で返ってくるのか。思い当たる者が居ないわけがないのに。俺はぎゅっと拳を握る。
……こんな形で伝えるつもりはなかったけど……
「……ハクが、謝罪は要らないって言ってた。少し時間は欲しいけどって。赦しを得られないわけじゃないってことだ」
いつか、赦しが得られて、亘が望めば。
そんな風に思ったのは初めてじゃない。亘と汐にとって、ハクは……結は、特別だから。
俺がそれに敵うわけ無いと、ずっと、心のどこかでそう思ってた。俺に尽くしてくれてきた気持ちは本物だろう。二人を信じていない訳じゃない。それでも、俺を唯一の主と決めてしまうのは、別の話だ。
結はハクとして生きてる。時間は必要だろうけど、望めばきっと、受け入れてくれるはずだ。
「……私が、いつかあの方の元に戻ると?」
「可能性は、残しておいたほうがいいだろ」
そのほうが、いいはずだ。いつでも、本当の主の元に帰れる道が。
……そのはずなのに、続く言葉が怖いだなんて、本当に情けない。どんな答えが返ってきても大丈夫だと、堂々としていたいのに。
「……そういえば、以前にもその様な御顔をなさっていましたね。あれは、祭りの力比べの席だったでしょうか」
亘の呆れ果てた様な声が聞こえてきて、胸の中がざわりとする。
「今、御自分がどのような御顔でそう仰っているのか、分かっておいでですか? まるで、御自分のほうが、捨てられる仔犬にでもなったような顔ですよ」
亘の言葉に、俺はグッと奥歯を噛む。
すると、ハアと小さく息を吐く声が聞こえてきた。
「何度か申し上げたはずですが、私は、貴方の護衛役です。他の誰でもなく。貴方もそう仰っていたではありませんか」
確かに言った。でも、あの時はあの時だ。永遠にそうなる、というのはやっぱり違う。
「……今はそうでも、選べる道は残しといた方がいい」
「選べる道も、選ぼうと思う道も、一つしかありませんし、それで結構です」
「……一つでいいって……」
口元だけで呟くと、亘は少しだけ眉を上げた。
「あの方には、あの方に仕える者が既に居ます。あの方の新たな居場所はあちらで、そこに私の場所はありません。そこに無理やり入ろうとも思いません。同様に、私には新たな主が居ます。私の中のその場所には、今や貴方以外の方はいません。そこに他の誰かが入ることもないでしょう。たとえ、それがあの方であろうとも」
「でも……」
俺が、言いかけると、亘は先を言わせないように首を横に振った。
「あの方への責任、負い目、それから、幸せになっていただきたいという気持ちは変わりません。どのような形であれ、償いもしていかなければならないでしょう。けれど、それはもう、主と仰ぐ方へのそれとは異なります。私の主は、貴方ですから」
俺は、言葉を続けられずに黙り込む。すると亘は、姿勢を正し、至極真面目な顔で俺を見上げた。
「それに、貴方は先ほど、償いのつもりなら、とおっしゃいましたが、私が気にしているのは、その先のことです」
「……その先?」
言おうとしていることがよく分からず首を傾げると、亘は頷く。
「自覚がないようですが、貴方は、このままではいずれ、人の生という瞬く間に過ぎていく時間の流れに置き去りにされていきます。これまで普通に人として生きてきたのに、貴方だけが取り残されていくのです。妖の生とてたかだか五百年。いつまでも共に居られる訳ではありません。ここから永遠に続く時を過ごす貴方のお側に、人としての貴方を知る者が、必要なのではありませんか?」
思わぬことを言われて、俺はピタリと動きを止めた。
あまり、深くは考えてこなかった。けど、亘の言う通り、俺はもう、人と同じ生を生きられない。いつか、今、側にいてくれる者たちに置いていかれる運命だ。父母だけでなく、柊士やハク、友達や、妖たちにも。
それは酷く心細くて、考えただけで胸が締め付けられるような、孤独な未来。
「…………付き合ってくれるっていうのか? 自由を縛られてでも、その永遠に」
「それが、私の望みですから。貴方が望んでくださるのなら、どこまででも、お供いたしましょう」
亘は、いつになく恭しく、頭を下げる。
「ただ力を与えるのとも、また違う。そうなったら、お前も周囲に取り残されていくんだぞ。それでも、本当に……」
「ですから、そう言っているでしょう」
亘は再び体を起こし、真っ直ぐにこちらを見つめた。
「あとに引けないんだからな」
「承知しています」
「……後悔、しないだろうな?」
「しません」
俺はぎゅっと、目を閉じる。
「朱、永遠の生を得られる量って、どのくらい?」
「あの方の御力が、教えてくださいます。神々の規律に触れず、与えられる力の量を。一度に与えても構いません。迷うならば、少しずつ、日を分けても良いでしょう」
「できるならば、一度に。貴方がまた、余計に迷うようなことのないように」
亘がそう、付け加えた。
俺は、小さく震える自分の手を見下ろす。亘の顔は強い意志を感じさせるものだ。迷っているのは俺自身。本当に良いのかと。後で亘が後悔することにならないだろうかと。
不意に、その腕にそっと、小さな手が置かれた。ついでに、強めにぎゅっと握られる。
「……う……汐?」
見れば、不満いっぱいと言った雰囲気を全面にまとわせ、キレイな笑顔で汐は俺を見上げていた。
「いつも、そうやって二人だけで決めて、私を置いていくのですね」
「……え?」
俺がポカンとしながら言うと、汐はじろっと亘を睨む。
「いつだって、相談もなしに勝手に決めるんだから」
「……しかし、汐を巻き込むわけにはいかないだろう。これは御役目とは別の話だし……」
亘もさっきまでのしっかりとした態度は何処へやら、汐の目を避けるように視線を逸らす。
「……あの、汐? 一体何が……」
……不満で……、そう言いかけると、その手に込められた力がギュウと増す。一体、汐の何処にこんな力があったのだろうかと思うほど、細い指が腕に食い込む。
「何が、ではありません。私を蚊帳の外に出して話を進めないでくださいと申し上げているのです」
汐の顔には、今度こそハッキリと、不満、と書かれていた。
「私もお供します。貴方の永遠に」
汐はキッパリと、そう言い切る。
「あ、あのな、汐。さっきも亘に言ったけど、選べる道が無くなるんだぞ? ハクのところに戻れるかもしれないし、汐は優秀だから、問題児の亘と違って、望めば新しい守り手にだって仕えられるかもしれないだろ」
亘がムッと眉根を寄せたけど、自分が問題児だという自覚がない方が問題だ。
そう思っていると、汐の方から、凍りつくような、冷え冷えとした声が響いた。
「奏太様は、私を解任するおつもりが?」
「そ、そういう意味じゃなくてっ!!」
俺は慌ててそう答える。
すると、ハアと、あからさまに大きな溜息が聞こえた。
「亘も言っていましたが、私は、他の誰でもない、貴方の案内役です。貴方にこの身を捧げるつもりでお仕えしているのに、まさか、そんな風に思われているとは思いませんでした」
心底残念そうな、失望したと言わんばかりの声。
「……ご……ごめん……なさい……ホント、そう言う意味じゃなくて……。ただ、汐は家族もいるし、もう少し良く考えた方が良いんじゃないかって……」
父親である瑶も、姉妹である栞も、こんな重要な決断を鬼界で勝手にしてこられたら、戸惑うだろうに。
しかし、汐は首を横に振る。
「守り手様の案内役になった時点で、この命は守り手様のもの。同じ案内役である栞も、私を案内役とした父も、良くわかっているはずです。私は、どこまでも、貴方と共におります」
汐はそう言うと、俺の腕をパッと放し、亘の隣に膝をついた。
「何事も勝手に動く護衛役が共に居るのは心底不愉快ではありますが、どうか、私にも力をお与えください。永遠の時の中で、貴方にお仕えする御許可を賜りたく存じます」
亘は物凄く微妙な顔で汐を見たけど、汐は真っ直ぐに俺を見つめている。決意を変えるつもりは無いと、言わんばかりに。
俺が守り手になってから、ずっと側にいてくれていた二人だ。俺は自分でも自覚がないままに、置かれた立場が大きく変わってしまった。でも、これから先も、この二人が側に居てくれるなら何とかなるような、そんな気がした。
「……最後にもう一度聞くけど、二人とも、本当に良いんだな?」
「「もちろんです。御心のままに」」
二人はそのまま、深く頭を下げた。
……俺の思うままにしていい、そう言ってくれるなら。
二人とも、連れて行こう。ここから先の、長い、長い旅路に。今までと変わらず、共に。
「――~ だからっ!! 亘さんと汐ちゃんばっかり、抜け駆けはズルいですって!!」
巽が急に怒声をあげた。
「なんかいい感じにまとめてますけど、そもそも、僕が言い出したことじゃないですか!」
「私も、どうかお供させてください! 二人ばかり、私もズルいと思います!」
椿も声を上げる。
「いや、だから、巽も椿も、それなりのリスクがあるって話をしてたの聞いてただろ? 亘と汐はそれを呑むって言ってくれたから……」
「いつ僕らがそれを呑まないって言ったんですか!?」
「私達にだって、貴方にお仕えし続ける覚悟はあります!!」
ズズイと迫ってくる二人に、俺は思わずジリっと後退った。勢いが凄すぎて、怖いくらいだ。
「わ、わかった! わかったから!」
思わずそう返事をすると、巽は途端にニコっと笑った。
「ご了承いただけて良かったです。もう、言質は取りましたから、撤回はなしですよ」
「……へ?」
椿もパチンと嬉しそうに手を叩いた。
「これで、いつまでも、奏太様にお仕えできますね」
……今ので、確定ってこと……?
しかし、嬉しそうに笑う二人に、やっぱり無しとはどうしても言えない。
俺は深い溜息をついた。
「……二人がそれでいいなら、もうそれで良いよ……」
巽が突然、不満気に呟いた。
「……何が?」
「だって、そいつ新入りなわけじゃないですか。それなのに、ずっとお仕えしてきた僕らを差し置いて、奏太様から力を賜って眷属になるんですよね?」
「……まあ、そうなるけど……」
この場合、成り行き上しかたないし、力を与えると言っても、たぶん強くなるとかそういう類のものじゃない。ただの主従契約くらいの位置づけだと思うんだけど……
「朱、俺がマソホに力を与えたら、主従関係以上に何か変化があるの?」
「力の加減によりますが、一滴程度であれば、危機に面したときに多少護りの力が働くのと、奏太様の配下に置かれるので、与えたよりも弱い力であれば、他者に支配されるようなことはなくなります。そこの鷲が闇の女神に支配されたような場合に、抵抗の力が働くということです。それから、主の力に縛られるということでもあるため、貴方様に危害を与えられなくなる、といったところでしょうか」
……なるほど。
闇の女神がまだ居たら、本人達の考え方次第だけど、力を与えても良かったかも知れない。でも、そういう脅威はもう居ない。意味があるとしたら、多少の護りの力くらいだろう。
「ちなみに、一滴以上あたえると、どうなるの?」
「一度に多くを与えるのは互いの負荷が大きいのでおすすめしませんが、与える力の量によって、相互の作用が強くなっていきます。貴方様からの命令の強制力が増す代わりに、得られる力が増し、関係性が強固になることで主にお仕えできる時間そのものが延びます。我らは、先代によって永きにわたり少しずつ、多くの力をいただいたため、不死となり、力を得ました。その代わり、貴方様が神力を用いた命令をなされば、逆らうことは出来ません。名実共に、貴方様の眷属となっていく、ということなのです」
朱達は、本当に長い間、御先祖様に尽くしてきたのだろう。そして、御先祖様も、力を少しずつ与えてきた。誇らしそうな顔で語る朱に御先祖様と朱達の絆が見えるような気がした。
そこへ、突然俺が主に代わったのだ。不満はないのだろうかと、不安になる。それに相応しい行いをしなければならないんだろうけど……
そんな事を考えながら、日向の護衛役達を見回せば、難しい顔をする亘と視線がぶつかった。
亘はじっと俺を見たあと、その場に、ざっと膝をつく。
「奏太様の負担にならない程度に、力をお与えください。これ以上、貴方以外の何者にも支配されぬように、貴方の命令に逆らえぬように」
「はあ? もう、闇の女神は居ないのに?」
「心を支配しようとする者など、どこにでも居ます。湊もそうだったでしょう?」
正確には、その力があったのは湊の母親の血。でも、確かに湊はそれを利用しようとしていた。あれを使って俺を支配しようとした拓眞でさえも、湊に操られていたようだと、あとから聞いた。亘が言うように、もしかしたら、そういう力は、他にもあるのかもしれない。でも……
「償いのつもりなら、別の方法でもいいだろ。主従であることを強制するのは嫌なんだ」
俺が守り手である以上、今までだって、対等ではなかった。でも、自由を縛るような関係ではなかったはずだ。柾が自分で望んで守り手の護衛役を外れたように。
「……それに、お前は……」
俺は、そこで口を噤む。自分で言いかけておいて、失敗したと思った。
「私が、何です?」
亘は訝し気に眉を顰める。
俺はその顔を見ていられずに、ふっと視線を逸らした。
「……力を与えて関係が強まるってことは、主を、俺一人に決めるってことだろ。それで良いのかって……ことだよ」
「はい? 貴方以外に、誰が?」
「誰がって……」
何で疑問形で返ってくるのか。思い当たる者が居ないわけがないのに。俺はぎゅっと拳を握る。
……こんな形で伝えるつもりはなかったけど……
「……ハクが、謝罪は要らないって言ってた。少し時間は欲しいけどって。赦しを得られないわけじゃないってことだ」
いつか、赦しが得られて、亘が望めば。
そんな風に思ったのは初めてじゃない。亘と汐にとって、ハクは……結は、特別だから。
俺がそれに敵うわけ無いと、ずっと、心のどこかでそう思ってた。俺に尽くしてくれてきた気持ちは本物だろう。二人を信じていない訳じゃない。それでも、俺を唯一の主と決めてしまうのは、別の話だ。
結はハクとして生きてる。時間は必要だろうけど、望めばきっと、受け入れてくれるはずだ。
「……私が、いつかあの方の元に戻ると?」
「可能性は、残しておいたほうがいいだろ」
そのほうが、いいはずだ。いつでも、本当の主の元に帰れる道が。
……そのはずなのに、続く言葉が怖いだなんて、本当に情けない。どんな答えが返ってきても大丈夫だと、堂々としていたいのに。
「……そういえば、以前にもその様な御顔をなさっていましたね。あれは、祭りの力比べの席だったでしょうか」
亘の呆れ果てた様な声が聞こえてきて、胸の中がざわりとする。
「今、御自分がどのような御顔でそう仰っているのか、分かっておいでですか? まるで、御自分のほうが、捨てられる仔犬にでもなったような顔ですよ」
亘の言葉に、俺はグッと奥歯を噛む。
すると、ハアと小さく息を吐く声が聞こえてきた。
「何度か申し上げたはずですが、私は、貴方の護衛役です。他の誰でもなく。貴方もそう仰っていたではありませんか」
確かに言った。でも、あの時はあの時だ。永遠にそうなる、というのはやっぱり違う。
「……今はそうでも、選べる道は残しといた方がいい」
「選べる道も、選ぼうと思う道も、一つしかありませんし、それで結構です」
「……一つでいいって……」
口元だけで呟くと、亘は少しだけ眉を上げた。
「あの方には、あの方に仕える者が既に居ます。あの方の新たな居場所はあちらで、そこに私の場所はありません。そこに無理やり入ろうとも思いません。同様に、私には新たな主が居ます。私の中のその場所には、今や貴方以外の方はいません。そこに他の誰かが入ることもないでしょう。たとえ、それがあの方であろうとも」
「でも……」
俺が、言いかけると、亘は先を言わせないように首を横に振った。
「あの方への責任、負い目、それから、幸せになっていただきたいという気持ちは変わりません。どのような形であれ、償いもしていかなければならないでしょう。けれど、それはもう、主と仰ぐ方へのそれとは異なります。私の主は、貴方ですから」
俺は、言葉を続けられずに黙り込む。すると亘は、姿勢を正し、至極真面目な顔で俺を見上げた。
「それに、貴方は先ほど、償いのつもりなら、とおっしゃいましたが、私が気にしているのは、その先のことです」
「……その先?」
言おうとしていることがよく分からず首を傾げると、亘は頷く。
「自覚がないようですが、貴方は、このままではいずれ、人の生という瞬く間に過ぎていく時間の流れに置き去りにされていきます。これまで普通に人として生きてきたのに、貴方だけが取り残されていくのです。妖の生とてたかだか五百年。いつまでも共に居られる訳ではありません。ここから永遠に続く時を過ごす貴方のお側に、人としての貴方を知る者が、必要なのではありませんか?」
思わぬことを言われて、俺はピタリと動きを止めた。
あまり、深くは考えてこなかった。けど、亘の言う通り、俺はもう、人と同じ生を生きられない。いつか、今、側にいてくれる者たちに置いていかれる運命だ。父母だけでなく、柊士やハク、友達や、妖たちにも。
それは酷く心細くて、考えただけで胸が締め付けられるような、孤独な未来。
「…………付き合ってくれるっていうのか? 自由を縛られてでも、その永遠に」
「それが、私の望みですから。貴方が望んでくださるのなら、どこまででも、お供いたしましょう」
亘は、いつになく恭しく、頭を下げる。
「ただ力を与えるのとも、また違う。そうなったら、お前も周囲に取り残されていくんだぞ。それでも、本当に……」
「ですから、そう言っているでしょう」
亘は再び体を起こし、真っ直ぐにこちらを見つめた。
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「承知しています」
「……後悔、しないだろうな?」
「しません」
俺はぎゅっと、目を閉じる。
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亘がそう、付け加えた。
俺は、小さく震える自分の手を見下ろす。亘の顔は強い意志を感じさせるものだ。迷っているのは俺自身。本当に良いのかと。後で亘が後悔することにならないだろうかと。
不意に、その腕にそっと、小さな手が置かれた。ついでに、強めにぎゅっと握られる。
「……う……汐?」
見れば、不満いっぱいと言った雰囲気を全面にまとわせ、キレイな笑顔で汐は俺を見上げていた。
「いつも、そうやって二人だけで決めて、私を置いていくのですね」
「……え?」
俺がポカンとしながら言うと、汐はじろっと亘を睨む。
「いつだって、相談もなしに勝手に決めるんだから」
「……しかし、汐を巻き込むわけにはいかないだろう。これは御役目とは別の話だし……」
亘もさっきまでのしっかりとした態度は何処へやら、汐の目を避けるように視線を逸らす。
「……あの、汐? 一体何が……」
……不満で……、そう言いかけると、その手に込められた力がギュウと増す。一体、汐の何処にこんな力があったのだろうかと思うほど、細い指が腕に食い込む。
「何が、ではありません。私を蚊帳の外に出して話を進めないでくださいと申し上げているのです」
汐の顔には、今度こそハッキリと、不満、と書かれていた。
「私もお供します。貴方の永遠に」
汐はキッパリと、そう言い切る。
「あ、あのな、汐。さっきも亘に言ったけど、選べる道が無くなるんだぞ? ハクのところに戻れるかもしれないし、汐は優秀だから、問題児の亘と違って、望めば新しい守り手にだって仕えられるかもしれないだろ」
亘がムッと眉根を寄せたけど、自分が問題児だという自覚がない方が問題だ。
そう思っていると、汐の方から、凍りつくような、冷え冷えとした声が響いた。
「奏太様は、私を解任するおつもりが?」
「そ、そういう意味じゃなくてっ!!」
俺は慌ててそう答える。
すると、ハアと、あからさまに大きな溜息が聞こえた。
「亘も言っていましたが、私は、他の誰でもない、貴方の案内役です。貴方にこの身を捧げるつもりでお仕えしているのに、まさか、そんな風に思われているとは思いませんでした」
心底残念そうな、失望したと言わんばかりの声。
「……ご……ごめん……なさい……ホント、そう言う意味じゃなくて……。ただ、汐は家族もいるし、もう少し良く考えた方が良いんじゃないかって……」
父親である瑶も、姉妹である栞も、こんな重要な決断を鬼界で勝手にしてこられたら、戸惑うだろうに。
しかし、汐は首を横に振る。
「守り手様の案内役になった時点で、この命は守り手様のもの。同じ案内役である栞も、私を案内役とした父も、良くわかっているはずです。私は、どこまでも、貴方と共におります」
汐はそう言うと、俺の腕をパッと放し、亘の隣に膝をついた。
「何事も勝手に動く護衛役が共に居るのは心底不愉快ではありますが、どうか、私にも力をお与えください。永遠の時の中で、貴方にお仕えする御許可を賜りたく存じます」
亘は物凄く微妙な顔で汐を見たけど、汐は真っ直ぐに俺を見つめている。決意を変えるつもりは無いと、言わんばかりに。
俺が守り手になってから、ずっと側にいてくれていた二人だ。俺は自分でも自覚がないままに、置かれた立場が大きく変わってしまった。でも、これから先も、この二人が側に居てくれるなら何とかなるような、そんな気がした。
「……最後にもう一度聞くけど、二人とも、本当に良いんだな?」
「「もちろんです。御心のままに」」
二人はそのまま、深く頭を下げた。
……俺の思うままにしていい、そう言ってくれるなら。
二人とも、連れて行こう。ここから先の、長い、長い旅路に。今までと変わらず、共に。
「――~ だからっ!! 亘さんと汐ちゃんばっかり、抜け駆けはズルいですって!!」
巽が急に怒声をあげた。
「なんかいい感じにまとめてますけど、そもそも、僕が言い出したことじゃないですか!」
「私も、どうかお供させてください! 二人ばかり、私もズルいと思います!」
椿も声を上げる。
「いや、だから、巽も椿も、それなりのリスクがあるって話をしてたの聞いてただろ? 亘と汐はそれを呑むって言ってくれたから……」
「いつ僕らがそれを呑まないって言ったんですか!?」
「私達にだって、貴方にお仕えし続ける覚悟はあります!!」
ズズイと迫ってくる二人に、俺は思わずジリっと後退った。勢いが凄すぎて、怖いくらいだ。
「わ、わかった! わかったから!」
思わずそう返事をすると、巽は途端にニコっと笑った。
「ご了承いただけて良かったです。もう、言質は取りましたから、撤回はなしですよ」
「……へ?」
椿もパチンと嬉しそうに手を叩いた。
「これで、いつまでも、奏太様にお仕えできますね」
……今ので、確定ってこと……?
しかし、嬉しそうに笑う二人に、やっぱり無しとはどうしても言えない。
俺は深い溜息をついた。
「……二人がそれでいいなら、もうそれで良いよ……」
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