【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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妖界編

囚われの姫君②

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「……遼ちゃん……なんで……」

 戸惑いつつ俺が問うと、遼は底冷えのするような目をこちらに向ける。

「お前の始末は蛙につけさせる。黙ってそこで待ってろ。」

 遼から返ってきた質問の答えにもならない一方的な宣言に、俺は思わず声を上げる。

「し……始末って! なんで遼ちゃんがあいつらの……!」
「黙ってろって言ってんだよ。」

 遼の温度を感じさせない低く響く声音に、俺は口を噤む。
 チラッとハクに目を向けると、ハクは、遼と共に入ってきた犬の面の男たちに眉を顰めていた。

「……なら、私に質問させて。そっちに検非違使が居るのは何故? その面と服装はわざと? 貴方達の別当はこのことを知っているの?」

 検非違使とは、ハクからさっき教えてもらった、京を守る警察機構の者たちだ。それがなぜ、遼と共に居るのだろう。
 少なくとも眼の前の者達は、捕らえられた朝廷側の姫君を救おうとする素振りは一切ない。

 ハクの問いに、遼の隣にいる男の口元が弧を描くように歪められた。

「瑛怜様は何も知りませんよ。驟雨様を裏切った報いを京の者達諸共受けて頂かなくてはなりませんからね。」

 ……驟雨という名前は聞いたことがある。確か、政変前の帝の名だったような……
 だとすると、政変時の恨みを果たそうとしているということなのだろうか。
 でも、なんでハクを捕らえたのだろう……

「……京に何をするつもり?」

 ハクが問うが男は嫌な感じにニコリと笑うだけで答えない。
 代わりに、それを遮るように遼がズイと進み出た。

「そんなのどうだっていいだろ。どうせお前は人界に帰るんだ。」

 遼は、俺ではなくハクを見てそう言う。

 ……ハクが人界に?

 ハクもよく分かっていないのか、眉根を寄せている。

「……人界に帰る? 何を言ってるの?」
「お前、記憶が無いんだろ。人界にいた頃の。思い出せば帰りたくなるはずだ。」

 ハクが人界にいた、というのは亘達と同じように、人界に住む妖だったということだろうか。ハクと遼は人界で接点があったのだろうか。
 でも、記憶が無い、というのはどういう……

 そう思っていると、ハクも戸惑う様子を見せながら、語気を強める。

「冗談言わないで。記憶が無いわけじゃない。それでも、帰りたいだなんて思わない。」

 戸惑いつつも、ハクは人界に元々いたという事を認めるような口振りだ。
 二人のやり取りが不可解過ぎて、俺はハクと遼を交互に見やる。

 すると、遼は苦々し気に表情を歪めた。

「じゃあ、家族の事は覚えてるのか? 友だちは? 地元の連中は? 柊士は? ……俺の事は覚えてんのかよ、結!」

 声を荒げる遼の言葉に、一瞬時間が止まったかのように静寂が流れた。

 ……は……? 結……? 誰が? ……ハクが?

「……結……?」

 ポツリと、ハクの小さな呟きが落ちる。

 遼が言う結という人物に、俺は一人しか心当たりがない。遼と同じ地元、柊士の名前……

 蛙に話を聞いていたあのとき、伯父さんから部屋を追い出される前に、亘は、“結を連れ戻す気か“と言っていた。

 ……何となく、辻褄が合ってしまう。でも、まさか……

 結は自殺したと聞いていた。でも、実際は違ったのだろうか。遼が結の葬儀で暴れたのは、それを知っていて、取り戻そうとしたからだろうか。

 ハクを捕らえたのは、遼が結を取り戻そうとした結果なのだろうか……

 ただ、眼の前の少女は、俺の記憶の中の結の姿とは一致しない。顔も、髪色も、年齢も。そんな事、あり得るのだろうか。

「……ハクが、結ちゃん? でも……」

 俺がそうハクに声をかけると、ハクはハッとしたように肩を震わせる。

「奏太、やめて。私、そんな人知らない。」
「結!」
「やめてって言ってるの!」

 遼が結の名を呼ぶと、ハクは声を荒げて遼を睨みつけた。

「人界での自分のことなんて思い出したくない! 私は既にここに居場所があるの。人界になんて、帰るつもりはない! その名前で呼ばないで!」

 次第に苦しそうに胸を押さえはじめるハクを、遼も睨むように見る。

「……なら、ここに居場所が無くなれば良いのか?」

 遼の言葉に、ハクが眉を顰める。

「……どういう意味?」
「言葉の通りだ。お前の居場所は人界だ。大人しく帰らないって言うなら、こっちの居場所なんて潰してやる。」

 ハクは遼と検非違使を交互に見やる。

「遼殿。今のままでは埒が明かない。ひとまず、やるべきことを果たしてしまったほうが早い。」

 検非違使はそう言うとそっと遼の背を押す。
 そして、ハクの方に視線を向けた。

「貴方の大事な幻妖京が滅びたら、また参ります。白月《はくげつ》様。それまで、こちらで大人しくなさっていてください。」

 検非違使はニコリといやらしく笑うと、踵を返して遼と共に牢を後にした。


「……白月?」

 俺が聞くと、しばらく扉の方を睨みつけていたハクが、困ったような顔をしてこちらに視線を向けた。

「……私のホントの名前。それなりに妖界では名前が知られちゃってるから、私のこと知らないなら黙ってたほうがいいと思って。ごめん。」
「いや、それはいいんだけど……じゃあ、もう一つの……」

 そう言いかけると、ハクはジロッとこちらを睨んだ。

「もう一つの名前なんてない。人界にいたときの自分のことを無理に思い出そうとすると、胸が苦しくなって不快感しか湧いてこないの。」

 ハクは胸のあたりに当てた手に力を込める。
 本人が嫌がるのに、これ以上追求はできない。

 俺はふうと息を吐き出す。

「……これからもハクって呼んでいい?」
「それはどうぞご自由に。」

 そう言うと、ハクも、ハアと息を吐いた。

「それにしても、さっさとここを出て京を守らないと。今は普段の半数程度の兵力しかいないのに……」

 ハクは悔しそうに唇を噛む。

「けど、この状態じゃ……」
「……奥の手を使おう。もう、悠長に助けを待っていられない。バレたら嫌というほど説教されるけど、仕方ない。」

 何だかよくわからないけど、ハクは決意に満ちた表情だ。
 不意に手を何もない宙にかざし、先程、俺の中の陰の気を吸い取ったときのように祝詞を唱え始める。
 この祝詞も、もしもハクが結なのだとしたら知っている理由に合点がいく。

 ……それにしても、一体何をしているんだろう。

 そうと思っていると、宙から結界を閉じるときに出てくる白い光の粒と、初めて見る鈍く輝く黒い粒が混じり合って現れ始め、次々とハクの手に吸い込まれていく。
 それに目を見張っているうちに、眼の前に白く輝くような小さな渦が生まれた。

「これ、結界の……」

 そう言いかけたところで、突然、背後から、

 ドガーン!!!

と轟くような衝撃音が響いた。

 唖然として振り返ると、瓦礫の間から、途轍もなく大きな、ツルリと光沢のあるうす赤茶色の何かが突き出していた。

 蛇腹のようなシマシマが全体にあり、突き出した根本には体全体よりやや濃い茶の帯が見える。
 目や口は無いのに、それが、ウネウネと動きながら、周囲を伺うような様子を見せ始める。

「……ミ……ミミズ……?」

 呟く俺の隣で、ハクがドサッとその場に崩れ落ちたのが視界の端に映った。

「ハク!」

 声をかけると、目を見開き、口元に両手を当てたまま硬直している。
 さらに、大蚯蚓らしき何かは、ハクと俺に気づいたのか、グイっと、こちらに体を折り曲げ、顔と思われるものを近づけてくる。
 それとともに、ズズッと土から這い出る素振りを見せた。
 息を呑むハクが、俺の服を思い切り掴むと、グイっとしがみついてくる。

「そ……奏太っ!!」

 助けを求められているのはわかるが、俺も体が固まって動かない。

「何事だ!?」

 格子の向こうにある扉から、声を張り上げながら、複数の男達が入ってくる。
 しかし、一様に目を見開いて大蚯蚓を見たあと、叫び声を上げたまま引き返していった。

 残されたのは、大蚯蚓と、俺と、完全に俺の背中に顔を埋めて小さく震えているハクだけだ。

 相手が妖なら、陽の気で焼くしか……

 そう思っていると、突然、ふっと大蚯蚓がその場から姿を消した。
 一体どういうことかと目を瞬くと、大蚯蚓が開けた大穴の隣に男が一人、申し訳無さそうな顔で立っている。

「あ……あの……白月様……」

 おずおずとこちらの様子をうかがっている男の態度を見るに、何となく敵では無さそうなことだけはわかる。

 ……というか、むしろ、これは、助けが来たということでは?

 ハクを振り返ると、未だ俺の背にくっついたまま小さく首を横に振っている。

「ねえ、ハク。多分ハクの味方なんじゃないかと思うんだけど……」

 それでもハクは、俺の背に顔を擦り付けるように首を横に振るだけだ。

「……あ……あの……」

 大蚯蚓だったと思われる男は、眉尻を下げて戸惑っている。

 ……だんだん可哀相になってきた。

 そこへ、大蚯蚓が開けた穴から、今度は小さな影が飛び出してきた。
 次から次へと忙しない。

和麻かずま、どうした。白月様はいたのか?」

 飛び出してきたのは、梟だった。大蚯蚓を見たあとだと、小さくてすごく可愛い。
 梟は牢の中を旋回すると、

「……これはいったいどういう状況だ……?」

と戸惑ったように、地面にふわっと着地する。
 そして、すぐに人の形に変わった。

 それは以前、蝦蟇の沼で助けてくれた人物だった。

「……宇柳さん?」
「おお、何時ぞやの人界の。何故このようなところに……」

 宇柳は朝廷の者だったはずだ。きっと大蚯蚓と共に、ハクを助けに来たのだろう。
 宇柳という名前にピクっと反応したハクも、そっと俺の背中から顔をのぞかせる。

「……宇柳?」
「白月様! 良かった、ご無事で!」

 宇柳はそう言うと、ハクに駆け寄り、そのまま膝をつく。
 ハクはそれを見て安心したのか、ふっと力を抜いて、その場にぺたんと座り込んだ。
 それから、深く深く息を吐き出す。

「……宇柳、そちらの彼は、どちら様?」
「ああ、和麻です。もともと検非違使だったのですが、軍団に居たほうが使い勝手が良かろうと翠雨様が……
 和麻、御挨拶を。」

 当の和麻は遠巻きにずっとこちらの様子を伺っている。

「……し……しかし、私などが白月様に近づいては……」

 どうやら、さっきのハクの態度をだいぶ気にしているらしい。

 それはそうだと思う……物凄く気の毒だ。
 一番最初に駆けつけて……這いつけて……まあとにかく、真っ先に助けに来てくれた者なのに。

 すると、ハクもそれを気にしたのか、隣にいる俺にしかわからないくらいの仕草で深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。それから、震えていた手をギュッと握り込む。
 更に、その顔にニコリと笑顔を作って、和麻の方にしずしずと進み出た。

 和麻が慌てたようにその場に膝をつくと、和麻と目線を合わせるようにハクも膝をつき、両手で和麻の手を取る。

「一番に助けに来てくれたのね。すぐに気づかなくてごめんなさい。ありがとう、和麻。」

 たったそれだけなのに、和麻は感じ入った様に目を潤ませた。

 ハクは、さっきまで震えていたのが嘘みたいな態度だ。
 何だか、ハクの裏と表を見たような気がして、微妙な心持ちになった。
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