【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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妖界編

妖界の帝④

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「ひとまず、幻妖宮に帰るそうだ。」

 翌朝、部屋で一人で待機しているように言われて待っていると、戻ってきた青嗣がそう言った。

「あの、俺はどうしたら……」
「もちろん、奏太も一緒だ。白月様が人界への入口を開けてくださるそうだ。ただ、自由に入口を開けられることは限られた者にしか知らされておらぬし、璃耀様から厳に口止めされている。恐らく、翠雨様すらご存知ないはずだ。だから、ひとまず幻妖宮に戻る。」
「何で口止めされてるんですか?」

 璃耀の射殺すような視線を思い出して、身震いしながら尋ねる。

「前の戦の際、人界をも手中に納めようとした先帝から、結界を破壊させようと白月様はとても酷い目に合わされたそうだ。璃耀様は白月様を護りきれなかった御自身を責め、同じ様な事態に陥ることを懸念されている。目の前で処刑される事態にまで発展したのだ。お気持ちは理解できる。」

 昨日、ハクが帝位につくまでの一連の流れを聞いた時にも思ったが、以前妖界に来た時に、陽の気の持ち主が処刑されたと聞いて、亘が取り乱していたことがあった。
 結とハクが同一人物なのであれば、結を好きだったのだという亘のあの反応も今なら分かる。

 ……なんか、いろいろ繋がってきた。

「璃耀様は、其方だけで陽の山を登らせるおつもりだったようだが、白月様が危険だと反対され、璃耀様をご説得されたのだ。白月様のお心遣いに感謝せよ。」

 青嗣は苦笑しながらそう言った。


 青嗣に乗せられ地上に降り立つと、一行は出発準備の真っ最中だった。
 その中にハクの姿もある。
 と言っても、ハクは少し離れたところで周囲を固められ、大きく豪奢な駕籠の中から外に足をちょこんと出して座り、出発準備をぼんやりと眺めているだけだ。

 ハクはこちらに気づくと、すっと立ち上がって手招きをする。
 呼ばれたのがわかって近くまで行くと、周囲が一気に警戒態勢をとったのが分かった。

 ……身一つ、丸腰の状態で何もできるわけがないのに……とは思ったが、一度攫われているだけに、かなりピリピリした雰囲気だ。

「奏太、手を出して。陰の気で苦しいでしょう?」

 不意にハクがすっと俺に手を差し伸べる。

 確かに、ハクに陰の気を吸い出してもらってから時間がだいぶ空き、徐々に胸の中が重苦しくなってきている。

 俺が自分の胸を確認するように押さえると、ハクはぐっと俺の両手を掴んで握り、自分の方に引き寄せた。

 ハクの背後にいる璃耀の目が厳しく細められ、周囲がざわめくのが聞える。
 厳しい視線は璃耀だけじゃない。翠雨もそんな顔をしているし、周囲の兵からは嫉妬に似た目で見られている……物凄く居心地が悪い……

 しかし、ハクはそんな周りの反応もお構いなしに、誰にも聞こえないくらいの声で小さく呟くように祝詞を唱えた。
 牢の中に居たときと同様、胸の中からどんどん苦しさが吸い出されていくのが分かる。

「……ありがとう、ハク。もう大丈夫だから。」

 だいぶ胸の中が軽くなって声をかけると、ハクはふっと手を離し、

「良かった。」

と何とも可愛らしくフワリと笑った。

 ガチャガチャっと鎧が鳴り、周囲の動揺が伝わってくる。

 ……物凄くこの場から逃げ出したい……

「……白月様に御自覚は無いのであろうが、あっという間に我が方の兵達に敵視されてしまったな。」

 烏天狗達に見送られながら、昨日と同じく和麻と共に青嗣に乗せられて飛び立つと、和麻はそう言いながら苦笑を漏らした。

「え、あれは天然なんですか……?」
「天然とは?」
「……あ、いえ。周囲の反応も含めて、自覚症状なくやってることなのかなって……」
「まあ、気付いていらっしゃるご様子はないな。」

 青嗣もコクリと頷く。

「璃耀様や翠雨様は別として、宇柳殿も御苦労されているようだ。大将殿よりもお声を掛けやすいからだとは思うが、軍に居ながら、白月様から直接お声がかかることも多い。周囲の目が怖いと以前溢していらっしゃった。」

 なるほど。自覚症状無しに、目に見えない被害をいろいろ振りまいているらしい。これ以上の反感を買う前にさっさと帰った方が良さそうだ。


 空の旅を数時間。
 亘に二、三時間乗るのはざらなので慣れているつもりだったが、さすがに疲れてきたころ、はるかむこうに建物が密集している場所が見えた。
 近づくにつれて、綺麗な碁盤の目状の街がハッキリ見えてくる。

「着いたぞ。幻妖京だ。」

 青嗣の言うその場所は、一番大きな通り沿いに看板を立て幟をなびかせた商店のようなものがたくさん立ち並び、人があふれる賑やかな場所だった。
 ただ、場所によって役割が分かれているのか、商店が所狭しと並ぶ左手側と、大きな建物が余裕を持って並ぶ右手側では雰囲気が全く異なっている。
 さらにその右手奥には一際大きな建物が複数林立する場所があった。
 しげしげと様子を見ていると、和麻が街の造りを教えてくれた。

「一番北側にあるのが幻妖宮。我らが向かっている、白月様の御所のある場所だ。その手前が貴族の館が並ぶ場所。一番南側が商店通りになっている。」

 しかし、幻妖宮に差し掛かる随分手前で一行は下降を始める。

「まっすぐ幻妖宮には行かないんですか?」
「京は空も含めて結界で守られていて、さらにその下に宮中を守る結界がはられている。東西南北にあるそれぞれの門を潜らねば入れぬのだ。」

 なるほど。幻妖宮は相当厳重に守られているらしい。
 ハクを連れ出すのに、烏天狗の山にいる間を狙ったのもそれが理由なのだろう。
 そう考えると、随分計画的に実行されていたことがわかる。

 一行は、低空飛行のまま、大きな門を一列になって通り抜け、幻妖京に入った。

 烏天狗の領地は独特の作りだったし、烏天狗が飛び交っていたので感じなかったが、幻妖京に入ってからは、皆が人の姿で着物を着ていて、建物もまるで京都の歴史的建造物のような感じで、何だかタイムスリップしたような気分だ。

 興味津々で周囲を見回していると、不意に商店が立ち並ぶ方から、わっと大きな歓声が響いた。
 商店通りと十字に交差する通りにたくさんの人が出ていて、皆がこちらを見上げている。
 視線の先は、ハク達が乗る駕籠に向けられているようだ。

「凄い人気ですね。」
「だから言っただろう。あの御方は皆の英雄なのだ。」

 和麻が満足そうにそう言った。


 宮中に入ると、一行は広場に降り立ち、待ち構えていた複数の者達がその場に一斉にざっと膝をつく。
 ハクは駕籠から降りると、一番前で出迎えていた、身分の高そうな身なりの二人に声をかけた。

「泰峨《たいが》、宮中に変わりはなかった?」

 二人のうち、少年っぽさの残る貴人のほうが顔を上げてそれに応じる。

「ええ、こちらは問題ございません。ただ、近衛が御身を御守りしきれなかったこと、誠に申し訳ございません。」
「ううん、皆のせいじゃないよ。だから、泰峨も責めないであげてね。」
「しかし……」

 泰峨は眉根を寄せて、ハクの周囲を守る者たちに目を向ける。

「今は、それよりも京と宮中を守ることに集中したいの。」

 ハクがそう言うと、今度は隣りにいる貴人が声を上げる。

「白月様。」
「瑛怜《えいれい》、調査は進めてくれた?」
「はい。白月様や京に害意のあるものを見極めることができず、このような事態を引き起こす事になり、申し訳ございません。」
「ううん。検非違使だけのせいじゃない。少し丁寧に調べを進めよう。任せていい?」
「もちろんで御座います。汚名返上の機会を与えてくださる御厚情、誠に痛み入ります。」

 瑛怜は深く頭を下げる。
 ハクはそれに小さく頷くと、その場ですっと腰を落とす。

「二人とも、引き続き京と宮中をお願いね。」

 二人に目線を合わせるようにそう言うと、再び立ち上がり、今度は璃耀と翠雨を振り返る。

「奏太を連れて、一度部屋に戻るから、カミちゃんは仕事に……」

 ハクがそう言いかけると、翠雨は首を横に振る。

「いえ、その者を見送るまで御側におります。」
「え、いえ、結構です。璃耀と凪と桔梗がいれば十分……」

とハクが戸惑うように断りを入れると、翠雨は今度はニコリと笑みを浮かべる。

「白月様。私も、その者を、見送るまで、御側におります。」

 同じ事をもう一度ゆっくり繰り返すその笑顔に、ハクは顔を引き攣らせる。

「……蝣仁……」

 助けを求めるように翠雨の背後に控える男に目を向けると、蝣仁は諦めたように、ハクに小さく首を横に振って見せた。

 俺は、その二人の様子を見ながら首を傾げる。

「……カミちゃん?」

 ぼそっと小さな声で溢す。すると、

「理由はよくわからないが、白月様は以前から翠雨様のことを “カミちゃん” と呼ばれるのだ。」

とコソッと和麻が教えてくれた。


 宮中を進んでいくと、働く者たちが忙しなく行き来しているのが目に入る。ただ、ハクに気づくと皆がその場で膝をつく。
 ハクはその一人ひとりに挨拶したり御苦労様と声をかけたりしていた。
 何となく、ハクが皆から好かれる理由を垣間見たような気がする。

 一際豪華な襖のある部屋に辿り着くと、中に入る者が蒼穹によって厳選され始めた。
 それに乗じて、璃耀はしれっと翠雨を弾こうとしたが、翠雨は強引にそれを突破する。

「白月様がこれから為さることを今更私に隠そうとしても無駄だ。既に知っている。」
「……え……カミちゃん、何で……」

 ハクが眉根を寄せると、翠雨はニコリと笑って見せた。

「秘密です。白月様。」

 有無を言わさぬその笑顔に、ハクは何故か悔しそうに口を噤んだ。


「じゃあ、入口を開くね。」

 そう言うと、牢の中でそうしていたように、ハクは宙に手をかざし祝詞を唱え始める。
 そこに白い渦が生まれ、みるみるうちに大きくなっていく。

「あれ、ここ……」

 人が一人通れるくらいの穴が空くと、向こう側は見覚えのある建物の中だった。

「学校だ。俺の通ってる……」

 そこは、毎日通っている高校の、普段使用されていない空き教室の一つだった。
 窓の外の景色も見覚えがある。間違いない。
 陽の山の泉が本家の裏山に繋がり、空を飛んで数時間かかった幻妖宮が俺の住んでいる場所から電車で30分でつく高校と繋がるとは……
 一体どういう仕組みになっているのだろうか。

 不意にそこへ、学校のチャイムの音が鳴り響きガタガタっという机と椅子が動く音が聞こえてくる。

「っていうか、今日平日!! と、閉じて、ハク! 人が来る!」
「えぇ!?」

 俺が急かすように言うと、ハクは慌てて白の渦を閉じ始める。

「……人気がなくなる時間まで、もう少しここに居させてください……」

 完全に白い渦が消滅してから眉尻を下げてそう言うと、璃耀から、ハアというため息が聞こえてきた。
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